☆煩悩注意報☆

☆煩悩注意報☆

2004年02月28日
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 朔哉さんが卒業制作に専念しているというのもあって、僕はなるべく彼の邪魔にならない様に距離を置く事にしていた。
 僕も自分のクラスメイト達と話せる様になり行動を共にしていたので、彼と離れていても寂しさを感じなくてすんでいた。

 それに彼と同じ洋画科の学生に、
「朔哉さんは毎日殆ど教室から出ないで集中している」
と聞いていたので、本当はどんな様子か気になってはいたけど、わざと洋画科の方へ行かない様に自分なりに気を遣ったりしていたのだった。

 季節が変わり年が明けて、風の噂で朔哉さんの卒業が決まったという事を耳にした。

 僕は、

 とほっとする反面、何だか心にぽっかり穴でも空いた様な気がしてならなかった。

 なので僕は、卒業制作展が始まっても彼の絵を見に行く事が出来ないでいた。
 でも、このまま彼に二度と会えないと言うのだけは嫌だった。
 それで作品展の最終日にようやく洋画科の展示会場へと足を踏み入れたのだった。

 会場へ入ると、僕の目に
「これは夢なのだろうか?」
 という様なもの凄い絵が飛び込んできた。 
 それは会場の壁の半分は有りそうな巨大なキャンバスに描かれていた。



 僕にはこれが朔哉さんの作品だとすぐに解った。
 僕は今まで我慢していた涙が一気に目から溢れてきた。

 そして何時から僕に気付いていたのか、朔哉さんが歩み寄ってきて僕の肩を後から抱いて耳元で囁くのだった。

 彼の声は優しかった。
「はい。でも僕、本当にこんなに綺麗じゃないですよ」
 そう言って僕は、彼の手を握りしめた。
「卒業しちゃうんですね」
「そうだな」
 僕の彼の手を握る力が強くなった。
「僕を置いて、僕なんかが手の届かない世界に行っちゃうんですね!」
 僕の涙が床にぱらぱらと落ちた。
 彼は唯黙って僕の肩を抱き続けたのだった。

 そしてその冬の長い夜、僕達は朔哉さんの部屋で心も体も結ばれたのだった。
 彼の声も僕に触れるその手も、何もかもが優しく暖かだった。
 しかし、この夢のような一時は今宵限りのものでしかない。
 解っていた。解っていたからこそもっと側に居たかった。
 だけど僕の心は、これでもう彼には会えないんだと言うのが信じられない程に満ち足りていた。

 僕は永遠に彼の腕の中で眠り続けたい気持ちで一杯になった。

 そんな僕に、彼はこう言った。
「もう一度俺に会いたかったら、俺のいる所まで昇って来い。
 だけど、俺は立ち止まってお前を待ってたりはしないけどな」
 その言葉は、僕の様な未熟者には酷な物だった。だけど、それが彼の僕に対する優しさだった。
「甘えていないで、自分の可能性を信じて何でもやってみろ」
 僕には、彼がそう言っている様に思えた。

 彼の地位にたどり着くのは、はっきり言って無理な事だ。
 僕なんかが一生かかっても足下にも及ばないだろう。
 だけど僕は出来る限りの事をしようと心に誓った。せめて彼の足首を掴める所まで登ってやろうと思った。


 そして三月、春の気まぐれな風と共に朔哉さんは卒業して行った。

 僕の手元には、一冊のスケッチブックが残った。

 そう、大学へ入学したての僕が彼を描いていたものだ。
 そのスケッチブックの最後のページには、朔哉さんが描いた僕がいた。
 あの夏の日、洋画科の教室で眠っていた僕だ。
 僕はその絵を見る度に彼の優しい手と、僕を見つめる真っ直ぐな目を思い出さずにはいられなかった。

「悲しい事なんか何も無い」

 そう自分に言い聞かせて、また彼に会う日だけを夢見て真っ直ぐに歩いていこうと僕は考えていた。

 いつの日か、僕が彼の昇る階段を見つけ出せる事を祈りながら。 

おわり





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最終更新日  2004年02月28日 22時04分54秒
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