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エイヒロ(eihiro)

エイヒロ(eihiro)

2024.01.26
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こんにちわ、エイヒロです。

今日はいわきから四ツ倉へ向かいます。傘が手放せない一日となりそうです。
いわき駅北口、高校生が多いです。


夏井川(平橋)ここまで高校生たちの後について歩きました。


幕ノ内辺り


小川江筋との出会い。以下、江筋に沿って歩きます。


鯨岡辺り


大運寺(大室)




出羽神社(大室)近くにいたおばさんに挨拶。









江筋(鎌田)


上神谷or中神谷辺り


稲が成長しているのが分かる気がします。


江筋(中神谷)護岸がしっかりとして、立派です。


出羽神社(中神谷)参道の入口


工事中のようなので、パスします。


立鉾鹿島神社(中神谷)


こちらは立派な神社です。




下神谷


沢村神社


江筋









大山祇神社(泉崎)


安産祈願の神様のようです。


愛宕花園神社(下神谷)


御神楽殿








神照寺(下神谷)工事中?修繕中?のようでした。





来迎寺(下神谷)狛犬?が鎮座します。




薬師堂


草野駅


さて、ここからは「忘れられた日本人」の舞台をエイさんぽ、します。

いわきを歩くにあたり、ここだけは外せないと思っていたのが、この著書の舞台の一つ「北神谷」です。
著者は宮本常一さんです。宮本さんは「”旅する”民俗学者」と言われる、たいへんファンの多い学者で、「忘れられた日本人」は、宮本さんが各地の「年寄たち」を訪ね歩き聞書きした代表作と言われています。同書に収められている「文字をもつ伝承者(2)」は、地元の篤農家であり民俗学者である高木誠一さんについての話です。
それでは、北神谷へ向かいます。



泉崎


光明寺(泉崎)




岩城の殿様の子孫の方が訪れた話のようです。




小川江筋を造った澤村勘兵衛の供養碑


前回書いた「みろく沢」で石炭を発見、石炭業を興した片寄平蔵の墓です。澤村勘兵衛同様、この人も非業の死を遂げています。


竜蔵寺前の江筋


竜蔵寺

馬目


八幡神社前の江筋


八幡神社




馬目辺り




小川江筋について。距離も相当ありますが、土地の高低を手作業で測量したとは驚き、しかも見た目が美しい。偉大な事業です。また「じゃんがら踊り」は先程の光明寺から始まった、とは興味深い話です。


馬目


絹谷


草野小絹谷分校


北神谷辺り


白山神社








北神谷


見事なアジサイが植えられています。


観音堂






観音堂の石段を降りた辺り


北神谷




四ツ倉町大森


月田寺




庭渡神社


急な階段で、濡れているのでパス。


大森


八坂神社か?


厳島神社(細谷)




大浦簡易郵便局(狐塚)


仁井田川(松葉橋)


八坂神社(上仁井田)


「忘れられた日本人」の中で、宮本常一さんは高木誠一さんに勧められて「ジンガラ念仏」を見ている記述があります。同著の「注」では田村善次郎さんが「じゃんがら念仏、腰太鼓を持った数人を中に鉦を持った人が円陣をつくり狂ったように踊る。」とあり、やはり祐天上人のもたらした立ち念仏が、じゃんがら念仏の原型になっている、との解説をされています。
また、別の資料だと「腰太鼓」をもつのは3人だそうで、同著に書かれている所謂、早乙女たちによる「大田植」に相当するこの地の「磐城の三太鼓田」と関連があるのでは、と思ったりします。


ゴール。四ツ倉駅です。蜂の巣でもあるのでしょうか。


時間があったので、四倉図書館(公民館併設)へ行っていました。今日はいわきに宿泊です。


【まとめ】
一日中曇天、時々小雨。相当疲れました。
北神谷周辺は、「人の手の加わった」農村風景が素晴らしかったです。
また機会があれば、もう少し北の方へも行ってみたいし、「じゃんがら」も見てみたいと思いました。



歩行距離 約18km





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最終更新日  2026.03.18 16:54:35
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