行徳みんよう勉強中

行徳みんよう勉強中

PR

×

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

エイヒロ(eihiro)

エイヒロ(eihiro)

2024.01.20
XML
テーマ: 民謡(16)
【民謡のふるさとを行く】「常磐炭坑節」

いわき市にある「みろく沢炭鉱資料館」を訪ねました。
炭鉱生活20年という渡邊為雄さんが収集してきた写真、鉱具が収められています。





ハアー朝も早よからヨ カンテラ下げてナイ(ハヨイショヨイショヨイショ)
坑内通いもヨ どんと主のためナイ(ハヤロヤッタナイ)

ハアーハッパかければヨ 切羽が残るナイ(ハヨイショヨイショヨイショ)
残る切羽はヨ どんと金となるナイ(ハヤロヤッタナイ)

ということで、今回のテーマは「常磐炭坑節」です。
唄の源流は、地元の「草刈唄」や足尾の「石刀節」その他の鉱山唄等様々な説があります。
また歌詞にある様に、不明な言葉が数多くあることから、独特の世界があることがわかります。

かつて幕末から昭和にかけて盛んだった炭鉱業ですが、国内では主要なエリアがいくつかありました。
北海道、常磐、宇部、筑豊、唐津、三池、西彼杵(長崎)
以下は、山本作兵衛著「画文集 炭坑に生きる」からの引用を中心に、主に明治、大正期の筑豊炭田の様子を書かせて頂きます。

(坑夫)
炭鉱によるが、農民による農閑期の出稼ぎ、農村からの脱落者、他の炭鉱・鉱山やあるいは他業種からの流入者など。例えば流れ者の炭坑夫の多い鉱山と、品行方正な金山坑夫(金属鉱山)の多い鉱山とでは雰囲気が全く違ったようです。

(過酷な労働状況)
運搬の機械化はされていたが、採炭については、長く人力に頼っていた。
本坑から切羽まで、先山と呼ばれる人がツルバシで堀り出した石炭を、後山と呼ばれる人がスラやセナで炭車まで運ぶ作業。
先山と後山は息を合わせて行う必要があり、夫婦関係が多かった。
この重労働を管理する労務方式を「納屋制度」といった。
納屋頭は、会社から請け負って労働者の雇い入れから労務管理まで一切を取り仕切る。会社からは歩合を、労働者からは賃金をピンハネ、移動防止のため暴力で威圧、監督していた。脱走者などにはミセシメと称するリンチを加える。

(事故)
落盤、ガス爆発、出水、炭車暴走など常に危険と隣り合わせ。
筑豊での主な坑内事故として、
明治32年(1899)豊国炭鉱ガス爆発 死者201名
明治40年(1907)   〃     死者365名
明治42年(1909)貝島炭鉱ガス爆発 死者259名
大正2年 (1913)八幡製鉄中央竪坑ガス爆発 死者101名
大正3年 (1914)三菱方城炭坑炭塵爆発 死者687名
大正6年 (1917)貝島炭鉱ガス爆発 死者369名
これ以外にも、毎年死者20人程度の災害はあったそうです。
このような状況で「明日の命も知れない」「太く短く生きるが本望」と考える坑夫が多かったようです。

(炭坑唄)
筑豊といえば「炭坑節」が有名です。坑内唄の中の「選炭節」が元とされていますが、他にも「石刀節」「ナンバ節」「採炭節」というカテゴリーがあります。
山本作兵衛さんの「炭鉱に生きる」には数多くの魅力的な絵とともに唄が描かれています。

唐津下罪人の スラ曳く姿
江戸の絵かきも かきゃきらぬ ゴットン

七つ八つから カンテラ提げて
坑内さがるも 親のばち ゴットン

憎いながらも 後をみる

二度となるまい 坑夫のかかにゃ
岩がどんとくりゃ 若後家よ

最後に「ゴットン」とあるのが、「採炭節」の中の「ゴットン節」というようです。
筑豊の坑内唄について、私は不勉強ながらその存在を全く知りませんでした。
救いようのない内容ですが、どこかクスッとして救われた気になる。まさにブルーズ感覚です。



「炭砿の山神祭風景」
爺ちゃん婆ちゃん 居る頃の
もの日は何時も 賑わった
盆に正月 節句に彼岸
それに炭鉱の 山神祭
祭りと節句が かさなって
学校も仕事も 休みです

常磐が他の鉱山に比べ、労使が比較的良い関係だったかわかりませんが、資料館を見た限り会社への愛情と誇りを感じます。



上の写真の下の方に
「炭坑節の中に(ハア俺が炭坑でヨオ見せたい物はナイ 山の煙突にヨオ竪坑の櫓ナイ)煙突と櫓は大きければ大きいほど働く人にとっても心の支え」だったと書いてあります。
このような人たちが明治~昭和期のエネルギー生産を支えてきたのだなアと思います。

昭和30年代以降、石油への資源エネルギーの転換に伴い、石炭産業は斜陽化、閉山が相次ぎます。
昭和46年(1971)最大手の常磐炭鉱磐城砿業所が閉山(88年の歴史に終止符)。4700名が解雇となりました。
同じ年に、福島第一原子力発電所1号機が営業運転開始しました。

冒頭の「常磐炭坑節」について、例によって様々な歌詞がありますが、吾妻栄二郎の名作(弟子の私が言うのも何ですが)「民謡世界」収録の同曲からの歌詞です。先生からは何度か稽古をつけて頂いたことがありますが、語尾の「ナイ」が奇妙な感じ(否定を意味する接尾語かと)がして笑ってしまったことを覚えています。
また、これがきっかけで「ゴットン節」というすばらしい唄と出会えた事を本当に良かったと思います。

以下の資料を参考にしました。

○「日本民謡大観 関東編」日本放送協会編
○「白水の里の宝ものマップ」みろく沢炭鉱資料館発行
○「画文集 炭坑に生きる」山本作兵衛著
○「宇部・小野田炭坑古老聞書」宮本常一採話
○「技術革新と女子労働」西成田豊著
○「広報みずまき」より「石炭物語」柴田貞志
○「福島県の歴史」山川出版社





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2024.01.20 00:00:11
コメントを書く
[【民謡のふるさとを行く】] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: