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なんだか最近は、身体の中に吹き抜けた<時代>というものを再び想い起している。僕にとって、自分の生きてきた時代で、1995年と言うのは最も衝撃的な年で、それはその後に連なる時代の変遷に、その方向性に対して大きな作用を引き起こした年だと言えると想う。僕は、その後の人生を、この1995年を起点にして生きた。この時代に起こったことの象徴が、僕の周囲で渦まいていたものから放射しているようだった。上九一色村を出て現世に降り立つと、そこで取り上げられているトピックの多くは、自分達の世界に関する話題で持ちきりだった。特に「教祖や村井氏などの幹部がどこに潜んでいるか?」という報道が多かったと想うが、まさにそうしたTVや週刊誌や新聞の記事を読み漁りながら、僕は世間をにぎわせている村井さんを乗せて上九一色村に、つまりこれも話題の教祖の元に送り届ける役目もしていた。 あの瞬間に人生の岐路がひとつ決定されていたと想う…既にサリン事件は起された後であり、騒然とする中、どこか都内に潜んでいた村井氏と豊田氏は、僕の前に忽然と現れたのだ。これは『オウムからの帰還』にも触れているエピソードなのだけれども、もう少し詳しく表現してみようと想う…場所は杉並道場だったと想う。夜は20時を過ぎていた頃だった。道場のサマナから得た極秘の情報で僕はたしか…駐車場に向かった。その時、人目を避けるようにしている人影が奥から現れ、暗闇の中で僕は声をかけられた。村井:(小さな声で)「○○君、分かるかい?私だ」僕 :「正大師ですか?」そして横にもうひとりヌーと立っており、野球帽を深く被っているが、体格からすぐに豊田君だと分かった。彼は何もしゃべらず、ただ右手を上げて「やあ」というそぶりを示した。見ると村井さんも普段とは違う格好で、何よりかつらを被っていたため、瞬間的なこの二人に違和感を覚えた。僕の心は、「いったい、何があったのですか?」という気持ちに支配されていて、数日間雲隠れしていた彼らの状況を何よりも知りたかったのだ。僕が彼らに歩み寄ろうとしている間、彼らは…何やら、「ひそひそ話」をしているようだった。この彼らの会話が…実は<分岐点>のひとつだった。今思えば、ぞっとするのだ…。このシーンは、これまでにも何度かフラッシュバックしている。彼らの会話こそ聞こえてこなかったが、僕は今ではあのシーンの持つ意味が<はっきりと>分かる…彼らは、ちょうど地下鉄サリンを起した後であり、その逃亡中に僕に会っていた事になる。そして、その時、彼らは二人で、事の真相を打ち明けた上で、僕をオルグしようとしていたに…違いないと想う。僕が犯罪行為に巻き込まれるか巻き込まれないかの瀬戸際が、あの彼らの会話の瞬間であり、彼らの裁定如何では、僕の人生はどのように転がっていたのか分からない…彼らの思惑をかろうじて退けえたものはなんだったのか…僕が近づいたと時に示した、僕の「疑念で怯える表情」を彼らは汲み取り、村井氏は、僕に真相を語らず、ただ運転手として上九一色村に送り届ける任務だけを、僕に課したのだ。そうに違いないと想っている。あの時、聞き取れなかった彼らの会話が、今ではリアルに聞こえてくるようだ。村井:彼(※僕のこと)はイケルと想うか?豊田:ヴァジラヤーナの実践と理解できるかどうかにかかっていると想いますが…。村井;時間がない、率直に言ってくれていい。彼は「使い物」になるか?豊田:…それは私には判断がつきません。もし、僕が僕自身の人生をかろうじて救いとったとしたら、「かっこつけずに、正直に疑念を生じさせ、正直に怯えた反応を示したから」だったのだと想う。無意識の「嫌な予感」に人一倍気にかける性格であればこそ、僕は守れたのだと想う。Eili ...
2012年01月28日
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『オウムからの帰還』…文庫本になりました。来月頭には店頭に並ぶとのこと。※ 最後のあとがきに、麻原初公判、井上公判、豊田公判で傍聴した際、描いた絵を入れました。言葉では伝えきれませんでした。文庫単行本あれから、もうすぐ17年になります。騒音のような報道は、かなり昔に遠のいており、僕の中でも悪夢はだいぶ解体されつつあります。…けれども、あの体験は、未だに意識の根底にこびり付いて離れない。かしこまると、あらゆる言葉が消えてゆくよう…ある程度、自分の精神の高ぶりにまかせて、吐き出すかのようにしないと言葉がこぼれ落ちない。この本は、僕があそこを出て一年目に書いた自伝。少々荒削りな語り口調で、まだ伝え切れなかった事がたくさんあるのだけれども、率直に、そして精一杯自分の体験してきた世界を語り落としたつもりだ。この本を執筆したことを後悔していないし、今の僕がかろうじて存在している理由も、この本の存在にあると想っている。(でも同時に「自分を前面に出して生活すること」は難しくなった。)あの頃、自分のそれまでいた環境が、内部から爆発してしまったような感じだった。出家という決断も一大イベントだったけれども、脱出も一大イベントだった。自分で言うのもなんだけど、極めて奇跡的なタイミングで、僕は出てこれたと想う。自分の心の中や社会の底に横たわるものを、誤魔化しなく見つめること…そこに真実の欠片を発見すること…これが僕の信条になっている。そしてその後2回にわたって、教団に友人を救いに行った。でも、それは悲惨な結果だった。オウム…それは不透明で名状しがたいもので、しっかりと手の内に納めることができないほど危なっかしかった。ただ、どんなにおぞましいものであっても、僕にとっては決して目を逸らすことができないものになってしまったし、それは社会にも様々な影響を与える限り過ぎ去ることのできない傷となってしまった。解き明かされた「謎」も多いけれども、解き明かされない「謎」も多く残された。その「謎」を直視すれば、未だにめまぐるしい「思考」が始まる。この思考を僕は制御しなければ、まともに生活できない。でも、時折フラッシュバックが生じる。そんな時、僕は、その像を追いやるのではなく、そのものを見つめるようにしている。そのほうが苦しい事だとしても、そこから目を逸らすのは卑怯だと想うし、それこそ亡くなったかたがたに申し訳ないと感じる。それだけでなく、加害者の壊れてしまった心も癒せないだろう。僕はその両方を取りこぼしたくないんだ。Eili ...
2012年01月27日
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鏡はそのものの似姿を取り込み魂の一部を奪い取っているのだ…それが美しい女性達の前であればあるほど…鏡は、彼女たちの生命エネルギーを奪ってゆくまた、一方で鏡は、似せ切れなかったわずかな欠損部分を補うかのように、そのものに投影し、<何か>を与えているむしろ、この奇蹟こそ魔法であり生命の息吹と交換に儚い美を与えられた人間が自分の命のエネルギーを奪われながら、魔を見出すとき自分自身の変わり果てた姿に驚愕するだろう…そこに吸引されていく自分とまるで満月を見つめて変貌する本能に気づかされるごとく彼はもはや、人間ではなくなっているのだ。Eili ...
2012年01月21日
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はっきりしていることはひとつある自らの根源は、父親と母親の営みによって生み出されたのではないことだ。もし、控えめに<地球年代>のみスポットを当てるのであれば、僕達は全て地上の他の魂と、「年齢が同じ」だ。ただ、この人間として生を受けた時期が互いに異なるだけであり、その前の経験が欠損しているだけであり、その後の還元された大地にどんな「染み」を残すかについて、あまりにも無自覚な存在…それが人間だと想う。そして、そこに多少なりとも「自覚的であろう」とする精神的な心構えや、いざない…といったものが「宗教」なのだろう。もし僕らの寿命が100年とは言わず1000年あるとしたならば、世の無常というのは、誰に説明されることなく、受け止められる現象だろう。もし神々が、人間の世界を見つめる余裕があったのであれば、そのせわしない生の営みに、不憫に感じていたかもしれない。Eili ...
2012年01月21日
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生まれは、1931年3月2日(80歳)ソビエト連邦・ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国、スタヴロポリ地方、プリヴォリノエ村(ウィキペディアより)前から気にとめていたのですが、麻原と実は生まれた日が同じ(3月2日)で(もちろん年は違いますが)、太陽が同じサビアンメッセージを帯びています。日本および世界からは卓越した政治家として知られ、しかし国内からは経済効果のなさから疎まれていた人物です。ペレストロイカという、再建を意味する、いわば「革命」を起した人。ゴルバチョフ書記長、間違いなく「世界を変えた人物」の一人だと思います。いい意味でなのか悪い意味でなのかは、当事者の立場で異なりますが、当時の日本では人気が高かったのを記憶しています。そして血を流すことをなんとも想わないスターリンのような指導者とは明らかに違う点は評価してしかるべきだと思います。それに対して、同じ「魚座 11゚」にある麻原の場合、むしろ考えていたことは、スターリンやレーニンと同じようなことだったように思います。(端的に言えばそういうことになると想います。ですが考察を続けるともう少し違いが見出せませ。)…いや正確には違うと思います。結果として行った行動(※1)と行おうとしていた行動(※2)と、推測されうる最も可能性の高い動機(※3)が通常の我々の思考を超えていたために、※1で判断されて、※2を見落とし、※3が不明のまま解釈されているのが今の現状だと思います。リフトンさんの研究で解明されたように、彼は自分自身では本気で「救済のために人々を抹殺すること」を「究極の善」であると考えていたようなのです。それは確かに「悪夢」以外の何ものではなく、結果として内外に多くのダメージを与えました。この人物も、悪い意味で「世界を変えた人物」の一人だと思います。※1:地下鉄サリン事件実行※2:首都圏に70トンのサリン散布構想※3:その精神性、宗教性、密教的教義体系共通する太陽のサビアンメッセージを覗き込んで見ます。-------- 太陽が魚座11度に --------☆ 訓練された組織の一員として ☆『啓示を求めて、細い道を旅する人。』 今までの自分よりも優れた水準をもった領域に、自分をどんな犠牲を払っても進めようとする能力がある。意識と生活の新しいレベルに入るにあたって、必要なすべてを兼ね備えている状況。あとはただ歩くだけ。この度数は、より高度に進化した人に助けられながら、先に進む人をあらわしていて、助けはあるが、しかし歩くのは自分、という状況に立たされている。細い道といわれる以上は、これは困難が想定される。この度数をもつ人は、目的に向かって、努力を傾けつづける傾向が特徴。針の穴を通すような困難なものかもしれないが、息をつめたような集中はいくらでもできる人だ。ここは、まさに共通していると思います。歴史上の人物が、歴史的事象を起すとき、それは同時代の人にかなりのインパクトを与え、当事者達の大半は苦しみ、しかし意義のあることと本人は判断して決行に至る「革命」…これをカルト的な意味を除外して見事に表現しています。たとえば、ペレストロイカも当時の状況下でよくやれたものだ…と感嘆する一方、100年後に評価されうる改革だったとしても当時のソビエトの国民の大半には、その成果をほとんど評価されていませんでした。太陽の意志および意思として、何か啓示を受けたかのように、自己も他者も時代も国も、すべてを犠牲にしてでも、改革を行おうとする神がかり的な意思を持ち合わせる人物…がこの位置にいることが解ります。他の惑星は、全く違う位置にいるため、共通点は見出せないと思います。またゴルバチョフ書記長の出生時刻がわかれば、ハウス占いができるため、もっと詳細なことを占えたと思います。ただ、思い出すのは、麻原はこのペレストロイカ、ベルリンの壁の崩壊のニュースに、非常に衝撃を受けていて、その後の彼の行動に影響を与えていました。麻原の場合、太陽は財産の部屋2ハウスでした。教団の教祖として意思の太陽が、霊的な場所ではなく、むしろ俗世的な価値を匂わせる2ハウスにあったこと。しかし財産を「現世的な金銭などの財産」と決め付けるのは、ある意味通常の生き方を好む人には納得いくものでしょうが、「自己努力の結果取得した才能」を指します。ちなみにこの対極が、8ハウスの財産=つまり遺産であり、これは「自己努力なしに先祖の努力により手に入れた才能・財産」になります。で、生まれた時刻のわからないゴルバチョフですが、占星術には、実は逆算のテクニックがあり、彼の行為の結果を判断して、その全世界規模の影響力を示し、ナショナリズムを犠牲にしてもう少し視野の広い領域にスポットを当てている点(ソビエト国民には理解されず、世界に理解されていた)点で、9ハウスか10ハウスに太陽が位置しているのではないかと推測します。つまり、ちょうど昼頃、もしくは午後1時15分くらいまでの間に生まれたと、推測できます。Eili ...
2012年01月08日
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澄み切った寒い夜空を眺めていると自然と問いかけが降りてきますあなたはいつ自分の命が尽きると感じていますか…?それはいつのことになるか、わかりませんか?でも、確実にそれが訪れることだけは誰でも知っています。では、明日、突然死ぬとして…貴方だったら、何を最後に行いますか?最後にたったひとつだけ許されるとしたら選び取る最後の行いは、何になりますか?人生は想像以上に短いもの…短い故に、多くのことはできませんなので結果的に、多くの重要ではないことを諦めなければいけませんそれには、まず見極めなければいけません何が自分の真に望んでいたことなのか何が自分に最も期待されたことだったのかを幸いにも、たくさん思い浮かぶものたちも残念ながら、ひとつまで絞りこまなくてはいけません。。。自然と残された時間を正確に知りたくなってきます。時を刻む音が聞こえてくるようになります。そこで考えるのです自分の生かされてきた意味は何だったのかを…その上で、更に問いかけるのです何が最も意義深いことになるのかを自然と半生を振り返った人があることに気づきそれ故、ひどく哀しむことになったとしても悲観にくれる暇を与えません…最後の瞬間が…事のほか、重要なひと時であることを誰もがあこがれます美しく、散ってゆくことを…ただ悲しいかな人は死期を知らされずに、生かされているのですそこで、天を仰ぎ星達に問いかけるのです禁断の問いかけを私はいつ、命がつきるのですか…と私の生きてきた意味は何だったのですか…とその問いかけと同時に次元の扉が開かれそこに入ってゆく魂たちの姿が見えてきます…そして、それを見た人たちはどこか憧れながらも、こう叫びます。行ってはならない!…と或いは、行かないでくれ…とEili ...
2012年01月07日
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鏡とは自分の似姿を投影する不思議な物質そこに映し出された自分とは紛れもない自分の一つの側面を見事に暴き出しながらそれでいて、虚像であることも知らせているいかに魅力的であったとしても…それは罠であることを逆に目を背けたくなるほど醜くとも…それもまた虚像だということを神話は教えてくれている喜んでいるものたち、騙されてはいけない哀しんでいるものたち、悲観にくれる必要はない異界から持ち込まれた、最初の物質…それがこの鏡物質性を帯びながらその空間を閉じ込めることに唯一成功している神の器それでいて、どこか正確には転写しきれていないその虚像の世界に悲しい宿命のように閉じ込められているのは神々だろうかそれとも、我々人間達であろうかEili ...
2012年01月07日
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今日、転寝をしていると、彼がこの歌を詠んでいる当時の情景が思い浮かんでいた。瀬を早み 岩にせかるる 滝川のわれても末に 逢わんとぞ思ふ『小倉百人一首』に出てくるこの有名な歌はファンも多いと想うけれども、崇徳天皇によるもの。この美しい歌は、多くの人に、恋する男女の別れを惜しむ歌だと言われているようだけれど…でも、違うんだ…と気づかされた。これは、後白河天皇と自分自身のことを…表していたののだろう…隠されていたのは兄弟愛だったのではないだろうかと想っている。彼は父にも嫌われ、弟にも嫌われていたようだけれども、ちゃんと時系列に沿って心の変遷を追いかけていかなければいけないと想う。これは保元の乱よりも前に創られた歌。彼はまだこの時期、その両者に対し「嫌う」という感情が生起していなかった時期だと想う。むしろ、困ったことに相手のほうが自分に対し、敵愾心を抱き、敬遠している事へのやるせなさから、にじみ出た歌が…この歌だったんだと、想う。次第に自分の心もすさみかけ、互いに相手を敬遠し始める関係に彼はいち早く気づき、どういうわけかうまくいかない父や弟との関係。それでも深いところでは分かり合える日が来るはずだ…と傷つきながらも、密かに期待していた彼の心が思い浮ぶ。恨む気持ちを精一杯退けようとしていた頃の、儚いけれど、許されてもいいはずの期待を込めた歌…それがこの歌の意味だと、想う。Eili ...
2012年01月06日
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『崇徳天皇への観想』年明けから色々な夢を見ているのだけれども、昨日、今日は何故か崇徳天皇の夢をみていた。ひどく悲しすぎる夢だった。彼に纏わる本を読んでいたからか…と想うのだけれど、ちょうどNHKの大河ドラマも1月8日より「平清盛」が始まるそうで、関連のある彼の生涯の一片を語り継いでくれるものとして期待してしまっていたからかもしれない。 この人…形容のしようがないほどの人物。怨念と言うのは、それだけ一点に集中した、自分自身何もかもを捨て去り、捧げる帰依がないとできない。もちろん、心において彼は寂し過ぎ、救われないほどの負のエネルギーを溜め込んでしまった末の、憤死という最後を見つめれば、周囲の人が時代を通じ、彼を畏れる気持ちもわかる。。。けれども、だからこそ、彼の心を鎮め、癒すことの責務は…この長い歴史を通じてもまだ完了することのないものであるのだなという気がしてならない。この人の日本という国の底辺の霊的集合意識に与えていた影響力は、計り知れないものがあったのだ…それはこの時代にまで余韻を残しているのではないだろうか…配流された地、讃岐にて、仏教に真摯に帰依していたのは間違いない。。。保元の乱の後、その儚くも寂しい気持ちを押し殺してなお残る郷愁を滲ませながら、血の経を謙譲し、奉納される事だけを願った彼の想いは、深い霊的な世界にも皹が入るほど、劇的に拒絶される。 怨霊はこの時に生まれ出でたと言われている。悲しすぎる…かつて天皇でさえあったこの人物に宿る魂の流転として、これほど見事に裏切られ、辱められ…救いがたい孤独感の中に葬り去られてしまった魂はないだろう…しかも、この人物は、権力者にあるような傲慢な姿としてではなく、保元の乱の後配流された後は、その健気なほど謙遜した生き様は、ひっそりとこの人の安否を気遣うわけにはいかぬほど、透明な心を持ち合わせていた人だとわかる…魂がその成長過程において、蛹から成虫になるデリケートな瞬間…叩き壊されるという事件。この人物が、大魔縁に陥るという悲劇は、史実の中でとりわけ異彩を放つ…、しかも未だ癒えぬ傷のひとつなのだ。雨月物語…西行法師と崇徳院との魂の会話がチャネリング形式で紹介されている。この物語を読んでから、彼の事が脳裏に浮かぶようになった。Eili ...
2012年01月04日
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あけまして、おめでとうございます。年明けそうそうですが、驚きました。彼とはあまり面識はありませんでしたが、なぜこの時期に出頭したのかを占星術的に<運命の軌跡>を探ってみることにします。【ニュース】元オウム真理教幹部で特別手配されていた平田信容疑者(46)を名乗る男が12月31日深夜、東京都千代田区の警視庁丸の内署に出頭した。警視庁捜査1課は指紋などから平田容疑者と断定し、1日未明、目黒公証役場事務長の仮谷清志さん(当時68歳)が拉致されて死亡した事件の逮捕監禁致死容疑で逮捕した。【占星術分析】なので、いきなりですが占星術リーディングモードで、行きます…1円:ネイタル2円:プログレス3円:トランジットネイタルには、宿命が刻まれ、プログレスには、運命の傾向が刻まれ、トランジットには、まさにその時点での天体の新しい作用が刻まれる。12月31日を選んでいる時点で、暦どおりの年の終わりを意識しての活動だろう。トランジットに謎があるのではなく、心境の変化だと想う。つまり、本人もうかがい知れないような「天の事象」に影響されて、陥った事象ではないため、純粋にプログレスチャートで解析していけばいいのだと想う。プログレスチャートで太陽(P太陽)は、生と死の8ハウスに入っている。ひとつの区切りとして、受け入れる心境をここから導けるか?というとそうではないようだ。彼のP太陽がネイタルの8ハウスに入るのは1994年からだ。つまり、事件を起すあたりから、死の部屋に突入している。つまり、事件を起すまでの運命的な意志の流れ自体が、冥界へ突入している。心境の変化だとすると、感情・・・それは月や金星でみてみる必要がある。彼の個人的な意志の区切りであれば、P太陽に出ていると想う。しかし、彼が誰か人のことを想っての出頭であったとするならば、それはP月やP金星に現れていると想われる。P金星も内惑星なので、太陽に付き従って動く。やはり8ハウスであることに変わりはなく、2011年12月31日に何か変化は見られない。P月に関しては、動きは最も大きく動き、この時期1ハウスに突入している。月(感情)が、本人の人生の目的の本来の位置に戻ってくる…【参考になる解説】第1ハウスに「人生の目的」という意味があるのは、物事は「使命」や「目的」を与えられることから始まる為です。ASCに「未来」の意味を与える人もいます。それは、ASCが、チャートの始まりの意味を示すだけでなく、最後に到達する地点でもあるからです。参考:http://www.geocities.jp/sanhon5/house1.htmlここから想像できるのは、一連の人生の総決算的な感情において、「もうここらへんでいいだろう…」という感情に達したのではないかということ。でも、僕が注目したものは、P木星だった。確かにP木星は、この時期に8ハウスから9ハウスへとまたごうとしている。木星とは、個人の中でかなり理想に燃えた高い精神状態を意味し、宗教的な心境も反映されている。9ハウスとは、MCの手前での、完成に向けた最後のハウスで、「遠方」を表し、「手が届かない高い所」を表します。犯罪者となってしまっとはいえ、すべての魂が、崇高な魂であるという視点に立ち、分析をするならば、彼の精神は一段階シフトする段階にちょうど移ったのだと、言えそうです。8ハウスが偏った精神性を表し、カルト宗教を暗示するのに対し、9ハウスは、もっと公に受け入れられる段階まで熟成した精神性を表し、ある意味社会的には安全な宗教性(既成宗教など)を表しています。占星術的な運命の軌跡を追いかけてみるならば、精神性において、カルトを脱皮し、卒業し、社会的にまともな宗教性(9ハウスの木星)の段階に入ったからだと、言えそうです。Eili ...
2012年01月01日
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