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7時から朝食。アメリカ人の若者のグループが大騒ぎしてうるさい。アメリカ人ってどこに行っても、ほかの人のことにはお構いなしなんだね。傲慢な人たち。8時40分チェックアウト。Rathaus駅からメトロでウィーン中央駅へ。ここで空港への専用電車(CAT)に乗換え。CATは個別に駅があって、発券所もそこにある。大人片道9ユーロ。以前はリムジンバスで90シリングで空港へ行けたので、これも値上り。ウィーン中央駅~空港はCATで16分の旅。車内で検札あり。9:30頃空港到着。早々にチェックイン。13時のフライトなのでとても早く来たことになる。本屋で時間を潰す。ここでウィーンの観光ガイドを購入。空港内はやはり物価高。成田よりも高い。コーラのボトルが2.1ユーロ、エビアンのミニボトル2.5ユーロ、エビアン(大)3.5ユーロ。12:30、機上の人に。今回の欧州旅行は、98年のような充実感や満足感がなかった。レーゲンスブルクでのゆっくりとした時間が、印象的。
Mar 31, 2005
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6時半起床。7時から朝食を摂りに地下食堂向かう。Zipsterホテルのエレベーターは超クラシックで、手動。地下に降りると、白を基調にした内装の部屋に出た。そこは新しく作られたようにぴかぴかで、奥には大きな水槽があって、地下特有の暗い雰囲気を軽減するためにいろいろと工夫されているのが分かる。席につくと係りの女性がコーヒーか紅茶かを聞きに来て、ポットでサーブしてくれた。なんかこじゃれていてGOOD。メニューは新鮮なパン数種、焼き菓子、ヨーグルト(プレーン、フルーツヨーグルト2種類)、果物、シリアル数種、果物、野菜(トマト、パプリカ、胡瓜)、チーズ数種、ハム数種、ベーコン入りスクランブルエッグ、茹でたソーセージという感じ。パンがフレッシュで美味しい!シーズニング入りのプロセスチーズがとても美味しかった(日本のスーパーでは見たことがない)。例の如くゆっくりと朝食を頂く。離れたところに日本人のご夫婦がいらっしゃった。ウィーンは過去に何度も来たことがあり、合計の滞在期間は3週間ほどになるので、特に観光したいと思うところがなかった。メールチェックをしたかったのでホテルの受付の男性にインターネットカフェの有無を聞いてみた。もしよければホテルにもインターネットがあるということだったけど、15分1.5ユーロ。安くは無いので、「相場が良く分からない」とお断りしたところ、快くこのインターネットカフェを教えてくれた(こういうところがこのホテルの人は親切だと思う)。インターネットカフェは、カフェというよりは携帯電話屋。店の奥に10台くらいのPCが置いてあり、そこがインターネットスペースとなっていた。ホテル前のGross Gasseを3ブロックぐらい大学方向に歩いていくと左手に在る。料金は1分間8セント。ミニマムチャージ1ユーロ。王宮に行くと、軍隊がセレモニーを行っていた。どういうセレモニーか分からなかったけど、結構大掛かりなものだった。写真を撮影。その後Theater an der Wienに行って、エリザベートの2002年に行われたガラコンサートのCDと台本を購入。ガラコンのCDは日本でも売っていて、そのとき買ったほうが安かったと思う。もうHMVにもないので買ったけど。ところで、CD等もTax Refundの対象になるのかな?暇なのでオペラ座~シュテファン通りをうろつく。シュテファン大寺院の中に入って、暫く休憩。広い。だだっ広くて寒い感じ。カタコンプツアーは大人4ユーロ位になっていた。以前来たときに参加したことがあるけど、そのときより高い。当時は無料だったかも?久々にドナウ川の方まで歩いてみた。途中、イタリアンカフェでジェラート(二色で1.6ユーロ)を食べた。美味。市内のドナウ川はレーゲンスブルクやブダペストで見たドナウ川とはベツモノ。川幅も無くて小川という感じ。何の風情も無し。一応橋を渡ってみたけど何も無いので別の道を通ってオペラ座に戻る。シュテファン通りを右に入ったところに日本語対応のインターネットカフェ発見。値段高し。同じ通りに日本料理屋があって、覗いてみると従業員が開店前の清掃中(従業員は日本人じゃないみたいだった)。料理は、結構よいお値段だった。歩きつかれてシュテファン通りの真中にあるベンチに座っていたら、隣にいた男性から話しかけられた。男性は、中国系マレーシア人で、これから行くクアラルンプールご出身。「クアラルンプールは全てが安くて過ごしやすくて良いですよ」と仰る。欧州の物価高に辟易していたので、その話題で盛りあがった。再度王宮に行って、王宮内の土産物屋でポストカードを購入。ウィーンにあるエリザベートの像のもの(実はこの像はまだ見たことがない)。大好きだったホーフブルク内の美術館。図書館と美術館になっていて、しかも有料(良く見えなかったけど9ユーロぐらい?)。ここは以前は無料もしくは30シリング程度ではなかったっけ?帰りにスーパーに寄ってジュースとビールを購入。そしてここで10ユーロ紙幣を落とすという大失態。最後にスルッカにもう一度行こうと思っていたのに。立ち直れない。やめ。ホテルでプラハで買ったビスケットを食事代わりに食べる。本当に壁が薄い。隣のご夫婦の会話が筒抜け状態。下手すると個人の家よりも壁が薄いんじゃないかな。この筒抜け振りはないって。本当に、これがこのホテル唯一かつ最大の欠点。
Mar 30, 2005
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朝食を摂り、8:40にチェックアウト。フォリント建てで宿泊費を要求され、数字の桁の凄さに、69ユーロの予約だったことを受付の男性に再確認。ウィーン行きの電車が出る東駅には地下鉄で9時ごろ到着。車内で飲むアップルジュースをホームにある店で購入し、車中の人に。車両はオーストリア鉄道の車両で、超快適だった。コンパートメント形式の座席ではなく、幾つかの座席ごとに背もたれの間に荷物置き場があり、私のLLのスーツケースも上手くそこに入った。(余談だが、スーツケースなんかを持ってるのは日本人位だと言われているらしい。)前のほうに中国人とおぼしきカップルが二組座っていた。でも男性が車内をうろうろしていて落ちつかない。ひょっとして座席でなにかあるのかしらんと思っていたら、案の定彼らは後から来たアメリカ人を中心とするグループに「ここは俺たちの席だ」と言われていた。車両を間違えていたらしい。少なくとも私がいた車両は予約なしでは座るのが困難な状態だったので、予約しておいてよかった。さて、わざわざ太字にしたアメリカ人のグループ。こいつらは本当に五月蝿くて最悪な連中だった。糞ガキがそのまま30代になって中東欧諸国を酒と女遊びのためにうろついているようなご一行さまだった。最初は車内で酒を大量に買って飲んでいるくらいだったのが、やがて何処何処の国の女は云々みたいな話を大声でし始めた。その中には日本人女性についての発言もあった。コンパートメントではないのに、ハンガリー国境を超えた頃、彼らは持ちこんでいたラジカセで音楽を聴き始めた。←うるさいやつね。ここで乗り合わせた乗客(殆どハンガリー人・オーストリア人)がどうしたかというと、誰一人文句を言わず、その馬鹿アメリカ人の愚行は放置された。乗客の中にはレポートを読んでいるような人がいたが、そういう人は空いた席に移動(しかし、殆ど意味無し)していた。途中、国境付近では警官が乗りこんできたし、車掌も通ったが誰も何も言わなかった。欧州人は公共の場でのこういった行動に対して寛容なのか?意外に事勿れ主義だなぁと。12時20分頃ウィーン西駅到着。ここでは両替せず。1.5ユーロでU-Bahnのチケットを購入。ここで問題。ホテルの最寄のU-bahnの駅がRathausだったかVolks Theaterだったか、どちらか分からなくなってしまったのだ。以前予約をしたときに、いつも泊まっているユースの傍だと思った記憶があったのでVolks Theaterで降りたのが悲劇の始まり。本当はやっぱりRathausの傍で、しかも駅から300メートルのところだった。降りる駅を間違えたのでデカイスーツケースを延々と転がし、道で会った親切な人に行き方を教えてもらった。この男性の知識たるや素晴らしかった。「この道をXXしてXXにまがってXXをXXに行ってXブロック。ここからだとXX分くらいだよ」あたかも地図を見ながら教えてくれたかのような、実際のルートと遜色ない正確なご説明でした。ホテルに辿りつくと、受付では私の名前を呼んで出迎えてくれた。受付の感じはとてもよかった。チェックインを済ませて部屋に入ると、ビックリするぐらいの狭さだった。バスルームはとても綺麗。タイルなどは新しく、全てがピカピカに磨き上げられていた。しかし部屋は…まるで日本の子供部屋状態。シングルベッドと机と椅子。テレビを置くスペースが無くて、スピーカーのように壁に固定されていた。天井はブダペストの2軒目のホテルのように高く、縦にはゆとり感はあった。しかし横は皆無。スーツケースを開けるとドアが開かなくなって出入り不能になる有様だった。夜7:30からTheater an der Wien でミュージカル「エリザベート」を観劇予定だったので、オペラグラス等を持ってホテルを出た。Rathausまで徒歩10分かからない距離。途中、スルッカという有名なカフェでお茶をした。隣にいたご夫婦が親日家だった。前日、日本のオーケストラがウィーンで演奏したそうで、それを誉めていた。また私がドイツ語で話そうとしていたのを誉めてくださった。このご夫婦との出会いは大変喜ばしいことだった。やっぱりウィーンは居心地がいいと思った。その後徒歩で王宮を経由してオペラ座に向かう。王宮敷地内に路線バスが通るようになっていた。これには驚いた。オペラ座前の地下道のピザハットを以前は重宝していたが、既に撤退し、Aenkerというウィーンのいたるところにあるパン屋になってた。悲しくなるほど手持ちの現金がなかったので、そこで買ったパン(1.78ユーロ)とアップルタイザー(1.3ユーロ)で夕食を済ませる。ユーロの現金が少なくなっていたので両替しようと両替商を探した。以前は馬鹿みたいに両替商があったシュテファン通りから両替商はすっかり姿を消しており、意外にも両替で苦労した。ステファン通り沿いにAMEXがあるのを思いだし、AMEXまで行ってレートを確認。レート自体は許容範囲だったので両替を依頼しようとしたのだが、手数料を聞いてやめた。100ユーロまで手数料一律7ユーロ。私は二日しかウィーンにいないので大量のユーロは不要。ユーロが強いし、3000円も両替したらいいと思っていたのだが…。三分の一以上が手数料じゃん。AMEXはお断りしてもう少し歩いてみた。しかし、両替商がない。あっても手数料は似たり寄ったりだった。オペラ座前の地下道にあるチケット屋兼両替商は手数料が4ユーロだった。仕方ないのでここで5000円ほど両替して幾ばくかのユーロをげっと。予定通り「エリザベート」を観劇。まあ、よかったかと。ウィーンの出演者の歌を聞いてしまうと、日本で上演されているエリザベートはベツモノとしてしか見られない。実際ベツモノだけど。「黒天使」の使い方は、日本の東宝版のほうがよいと思った。※ウィーンでは黒天使の殆どが女性ダンサーだったので、日本の振付や演出を用いることはちょっと無理だろう。劇場は馬蹄型の構造でで大変舞台が見づらかった。劇場でプログラム(5.5ユーロ)、ポストカード5枚(@0.9ユーロ*5)、1000枚限定のCD(45ユーロ)を購入。10時頃就寝。
Mar 29, 2005
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ホテルの朝食はWarmes Essenだった。だけど前評判からの期待が大きかった分、やや期待ハズレ。前日までのホテルよりは格段によかったけど、プラハのホテルの方がよかった。チーズ入りのスクランブルエッグ&茹でソーセージのほかに茄子の炒め物があり、それらは美味しかった。その他は全部ぱっとしなかった。例えばジュースは果汁100%のものではなかった。午前10時頃、中央市場に向かったところ、なんとお休み。その近くにある郵便局もお休み。やたらとお休みが目立つと思ってホテルのレセプションで訪ねたら、イースターの後だからでしょう、ということだった。残念。郵便局がお休みでは、ブダペストからポストカードを送ろうと思っていたのに切手が買えない。ハガキを買ったタバコ屋さんでは切手を扱っていなかった。試しに宿泊先以外のホテルをあたってみた。160Ft分の切手が必要なのに、100Ftの切手しかないと言われた。ちょっと困りつつ歩いていたら、路上で雑誌とかポストカードを売っているスタンドの前で沢山のハガキに切手を貼りつけている観光客を発見。聞けばそこで110Ftと50Ftの切手を扱っているという。早速購入してハガキを投函。そういえば。タバコ屋さんで98年に来たときに使い残した500Ft紙幣を使おうとしたら、それはもう使えない!と使用を断られた。2、3年前に紙幣のリニューアルがあったらしい。日本であればデザインが変わっても使えるが、あちらでは廃止扱いになるそうだ。恐らく偽札対策なのだろうけど、銀行に持っていっても新紙幣に変えてくれないとのことで、タバコ屋のおじさんから"Suveniorだよ!"と何回も言われてしまった。ブダペストでバレエのDVDを買おうと思っていた。それでいろいろと探してみたんだけど、Easter翌日の休業のためCDショップが閉まっていて買えなかった。中央市場の傍に開いているCDショップがあり、そこでも少々DVDを扱っていたのだけど、バレエは録画が古いものが(63年収録とか)2作品あっただけだった。値段は1000円台だった。CDなんかだと、日本で買ったほうが安いものが結構あった。ブダペストには既に飽きていた。観光も何もすることが無くてVaci通りを往復すること数え切れず。ウロウロするが、店が閉まってて何も買えず。ハンガリーは観光美化がされていない。Vaci通りに建つ建物ですらろくに手入れがされていなくて薄汚れていた。単に古いとかそいうレベルではなくて、壊れても汚れても放置でとことん汚いのだ。暇なので中央市場傍にある自由橋を渡って対岸へ。フランツ・ヨーゼフ橋と呼ばれる自由橋は素晴らしい。天気もそこそこよくてエルジュベト橋も美しい。もう一度ゲレルートに入ることも考えたんだけど、月曜日は定休日。ゲレルートの向いにある岩窟教会内を見学。足が悪くなかったら更に高いところにあるツィタデラに行きたかったのだけど、それは断念。ペスト側に戻り、ホテルから徒歩5分圏にあるカフェでカフェラテ(240Ft)とシュークリーム(160Ft)を注文。シュークリームはカスタードが固まっていて、あまりフレッシュじゃなかった。安いけどこんなものかぁ、といったレベルのお味。このカフェにはジェラート・ケーキ・パン等いろんなものがあり、結構繁盛していた。またしてもVaci通りをうろつく。暇なのでエルジュベト橋を渡って対岸へ。橋のたもとにある広場のエリザベート像のことを思い出したのだ。もう一度行って、よい写真を撮っておきたいと。その願いは叶った。しかし、帰りに雨に見まわれた。エルジュベト橋を渡っているときに既に大粒の雨だったそれは、橋を渡りきってペスト側に戻る頃にはかなりの雨になっていた。それで最初、橋の傍にある教会に逃げ込んだ。丁度夕方6時からのミサが始まるころで、扉は開いていた。キリスト教徒でもないのに雨宿りのために長くとどまるのは悪いと思って、雨足が弱くなったのを見計らってマチアスホテルの傍に出て雨宿り。暫くしたら止んだので、Vaci通りにあるインターネットカフェで1時間時間を潰す。700Ftなり。接続速度は超遅かった。画面を見ているのに疲れるくらいだった。8時ごろホテルに戻った。この旅行中に自分が太ったことを再認識。一日一食ドカ食い生活がたたったらしい。夜11時ごろ、またふらっと1Fのビアホールへ。ビール2杯飲んじゃいました。この店で扱っているビールは思いっきりドイツビールのBeck'sだった。チェコでもっと旨いビールを飲んでおくんだったよ。
Mar 28, 2005
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宿泊していたホテルにはインターネットの無料サービスがあった。しかし規模が大きいホテルなのにPCは二台しかなく、大々的に宣伝していなかったようだ。チェックアウトするまでメールチェックをして過ごし、昼頃に2つ目のホテルへ異動した。ここでハプニング。私はブダペスト・ホテル・リザベーションというインターネットのサイトから予約をしたのだけど、受付は私の名前では予約がないという。そこで念の為にと持っていたそのサイトの担当者とのメールのやり取りをアウトプットしたものを見せた。時間が早かったこともあり、幸いなことに部屋は確保できた。どちらのミスか知らないけどふざけた話だと思った。スタッフの感じがよいと評判のホテルだけに対応は迅速で、すぐに私の部屋を確保してくれた。シングルを69ユーロで申込んでいたのだが、部屋の値段は頻繁に変更されるようで、シングル55ユーロ、ツイン75ユーロになっていた。69ユーロでの予約が確定していたので、その値段でツインに泊めてくれたわけだ。部屋はとてもよかった。まず面積がそれなりに広い。天井が高くて2重窓。ベッドカバーやカーテンはグリーンを基調にした落ちついた花柄デザイン。部屋に入った瞬間に気に入った。これでバスタブがついていれば最高だったんだけど、シャワーブースのみだった。テーブルの上にひよこの置物が置いてあった。イースターのお祝いらしい。この日はVaci通り(北側)を歩いた。歩いていくうちに、ブダペストフェスティバル開催中の広場に出た。そこにはお店が沢山出ていて、土産物屋と食べ物の店(ソーセージ、ハンガリー料理、ホットワイン等)があったのだけど、いずれもすごく値段が高くてビックリした。観光客プライス。豚肉のソーセージ1本が1000Ftしていた。何も食べずに帰るのもつまらないので、ソーセージとポテトを食べた。脂っこくて塩分が強い。後から喉がとても乾いて大後悔。イースターの週末はスーパーすらろくに開いていなかったのだ。夜8時頃から叙事詩「ニーベルングの指輪」をもとにしたドラマの放送があるとトムから聞いていたので、それを見るためにホテルに戻った。イースターということもあり、テレビでは瀕死のローマ法王ヨハネパウロ二世のニュースが流れていた。あと、「ジーザスクライストスーパースター」らしきミュージカルが放送されていたので鑑賞。マリア役の人はひょっとしてハンガリー版「エリザベート」に出ていた人ではあるまいか…?声に聞き覚えあり。モノラル放送だったのが残念。「ニーベルングの指輪」を見て、初めてハンガリーの激変ぶりを感じた。98年に来たとき、トムの家にあったのは白黒テレビ。そのハンガリーがこんなにお金と映像技術が必要とされそうなドラマを作るようになっていたとは(NHK大河ドラマよりも遥かにお金がかかっていそうだった)!言葉はわからなかったけど、面白かった。11時前に1Fにあるビアホールに行ってビールを注文。300Ft。カウンター内のお姉ちゃんと地元の常連客が楽しそうに話していた。
Mar 27, 2005
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98年に初めてハンガリーを訪れた際、バラトンフュレッドの自宅で私をもてなしてくれたトムと再会。ホテルのロビーで8:40頃の待ち合わせ。まだ行ったことがない英雄広場に地下鉄で向かった。私は楽しみにしていたんだけど、超盛り下がり。もう今後会うことはないと思った。ハンガリーを旅程に加えたのは、久々にトムと再会したかったからだったんだけど。英雄広場・その傍にある市民公園・ヴァイダフニャド城をぐるっと回って、私たちが行った所は西洋美術館。丁度エジプト関連の特別展示が行われていた。ここの美術館の所蔵物を見るだけなら無料なんだけどこのエジプト展が1200Ft。私もトムもエジプト文明に興味があるという点で一致していたので、お金を払って見たんだけど、全然たいしたことのない展示だった。ウィーンの美術史美術館の30分の一もないくらいの展示数・内容で期待ハズレ。トムは持参のカメラで展示品の撮影に余念がなかった。その後オペラ座付近に移動。食事をとろうと街中をうろついたが、イースターということもあって閉まっている店が多かった。とりあえず街中のチキンのグリルのお店に入った。そこで黒ビールと別々の鶏肉料理を注文。出てきた料理は美味しかったけど、プレートにはポテトが山積。トムにこんなに脂っぽいものばかり食べると体に悪いのじゃないかと言ったところ、「同じお金を払って注文して皿にあまり食べ物がないより僕はこのほうがいい」という。食後のデザートはトムは注文せず、私だけ注文。その後それぞれコーヒーを注文。いろいろと話しをする中で、ちょっとトムに対して思うところあり。随分変わったねぇ、アンタって感じ?前会った時、彼はまだ学生だった。でも、遠方からの客に対するおもてなしのココロを感じた。今回は昼頃から「帰りたいなら帰れば?」って喉まで言葉が出かかってた。トムは17:40頃発の電車で現在婚約者と一緒に住んでいるセーケーシフェヘールバールに戻ることになっていたので、早めに南駅に戻った。ホテルに戻って、トムへのお土産を渡した。24.8キロのうち数キロを占めたそれは、日本酒・醤油・折り紙(トムのお母さんが好き)等。あまり嬉しそうではなかった。MP3のほうがよかったみたいだ。南駅のホームで出発直前まで話してお見送り。身勝手かもしれないけど、98年の思い出の中のトムのままであってほしかったと思った。その後、モスクワ広場駅から城バスに乗り王宮へ。漁夫の砦からの夜景を撮影。ブダ側最後の夜。
Mar 26, 2005
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ホテルの朝食は今まで泊まったホテルの中で最低。挨拶もろくにできない従業員は、宿泊客がいないのをいいことにお喋りに忙しかった。どこかから買ってきたパンは、パンに貼られている値札シールごとスライスされている始末。早々に食事を切り上げ、お風呂に入ってからブダペスト郊外の観光地センテンドレに向かう。南駅からメトロで2つ目の駅で下車し、郊外電車に乗換え。※途中まではブダペスト市内のためツーリストチケットが使えるが、区間外の部分は追加料金が必要。朝9時ごろセンテンドレ駅到着。駅から15分位歩くと、メインストリートに出る。朝早いので観光客はまばら。98年の「歩き方」にある「ワイン博物館」に行きたかったのだけど、閉館されたのか、別の店になっていた。特に見るものは無かったので、丘の上にある13世紀に建てられた教会の内部を見学。外の広場にいたおばあちゃんがこの教会の「みはり」をしていたらしく、私が中に入ると、ついてきた。小さな教会だったが壁画の一つに面白いものがあった。昔トルコに侵略された名残で、教会の壁画に、頭にターバンを巻いた黒人ムスリムの子供が描かれていた。センテンドレでポストカードを安く買うことが出来た。@40Ft。駅に戻る際、郵便局から自分宛にハガキを出した。切手代は160Ft。ハガキとあわせて1通200Ft(120円弱)。随分と高くなったと思った。欧州では郵便代金が急激に上がったように思う。ドイツではハガキ@1ユーロ、切手は2ユーロみたいだった。ハガキ1通3ユーロ。日本からハガキだと70円で送れるのに。12時前に南駅に戻る。ホテル傍に、地元の人が利用する定食やがあったので行ってみた。いろんな料理があったが、概して安かった。パン・パスタ入りのスープ、ジュースを選んで260Ftだった。ホテルで一休みして、今度は地下鉄のモスクワ広場駅へ。駅を出たところから「城バス」に乗り、王宮へ。このルートは一周20分かからないルートで、王宮敷地内の観光にうってつけ。私は二週してから漁夫の砦まで下車。写真を撮影。漁夫の砦はテーマパーク内の施設のように新しくて安っぽい建物だった。国会議事堂を望む景色は綺麗だったけど、なんというか部分的には綺麗だけど、風景自体はあまり綺麗じゃなかった。プラハのように徹底して観光美化すればよいのに、適当な感じ。夕方5時からゲレルート温泉へ。98年の「歩き方」によると1200Ftで利用可能だったのだけど、2時間のアフタヌーンチケット購入で2100Ftなり。値段のシステムは以前より細分化され、高騰していて、一日券だと2900Ftだった。たまたま前に日本人の女性集団がいて、キャビン(着替えるところ兼荷物置き場)を一緒にされそうになり困った。何回説明してもスタッフのおばちゃんに英語が通じず。最後にはドイツ語で話す羽目になった。とりあえずキャビンは別々にしてもらえた。私は水着を持ってきていたのだけど、ゲレルート温泉に行くつもりで外出しなかったのでそのときは水着はホテルにおいてあった。なので有名な前掛けをして入るはめに。。。他の利用客は水着の人が多かった。水着を持ってない人は裸で入っている人が多かった。温泉は36度と38度の2種類、スチームサウナ(50℃)と水風呂あり。初めて利用した感想:全然たいしたことない。行く価値無し。日本の健康ランドの方が100倍まし。ブダペスト、なんかつまらない。来たことを激しく後悔。
Mar 25, 2005
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早朝5時起床。レセプションに行って前日頼んでおいたモーニングプレートを出してもらう。レセプション横にある喫茶コーナーで座って食べた。はっきりって、いつもの朝食のブッフェと比較したらゴミみたいな内容の食事だった。適当に作ったと思われるサンドイッチ2つ、洋梨1つ、チョコレート菓子1つ、子供用のオレンジドリンク1パック。このオレンジドリンク、お隣のカルフールで0.5コロナくらいで売っていたやつジャン、とお怒りモード。これが9ユーロの朝食の替わりとは情けない。何も無いよりはマシだけどさぁ、限度ってものがあるよ。朝7:30発の電車に乗るため、6:40頃チェックアウト。#9のトラムで本駅に向かう。7時過ぎには到着。ブダペスト行きの電車は既にホームに停車していた。ホームにはアメリカから来たと思われるアフリカンアメリカンな人々の集団がいて、相当五月蝿かった。予約してあった席に向かうと、そこはコンパートメントの窓際の席だった。予約席は私の席とその向かいになっていた。既にアメリカ人の大学生くらいの男女3人がいて、うち一人が私の席に座りかけていたのでそこが予約席であることを告げ、どいてもらう。最初はわりとフレンドリーな態度だったが、こいつらアメリカ人の傲慢さとマナーの悪さには後々閉口する事になった。※私はアメリカ人が嫌いである。電車はイースターでスロバキア側に行く家族連れのため、スロバキア国境を超えるまで大混雑していた。私のコンパートメントも途中で満席になった。通路には席がない乗客が立っている有様だった。チェコ鉄道の内装はドイツ鉄道と比較しても悪くなかったのだけど、設備と管理に問題あり。途中で冷房が故障。車両は客席の窓が開けられないタイプだったため、車内は蒸風呂状態。トイレに至っては手を洗う水はでないし、「流す」タイプじゃないし、途中でトイレットペーパーはなくなるわと、管理レベルの違いが露呈。こういうことを想定してトイレットペーパー、ウェットティッシュを携帯していたのだけど、大正解だった。ハンガリー国内に入ると乗客は随分減った。およそ7時間の旅が終わり、ブダペスト西駅に到着。ブダペストは98年に来たときとそれほど変わっていないかんじだった。何がと言うと、公共機関等への投資状況や駅構内の雰囲気。前回は東駅に到着して、いろいろとすごいものを見てしまったのだけど、西駅はそれよりは格段にマシだったとは思う。しかしEUに加盟してから随分と年月が過ぎたのに、東欧時代の不便なところはそのままだった。駅構内にある銀行でコミッション無しというので9000円だけ両替し、メトロで南駅に向かう。途中、メトロ窓口で三日券を購入。おつりを2000Ft誤魔化される。暫く来ない間に、ハンガリーはイタリア化していた。南駅傍にあるホテルは大きいけどあまりよいホテルとは思えなかった。部屋の感じはベッドカバーやカーペットの色合いから薄暗く、なにより何か臭うのだ。冷蔵庫やドライヤーありで、大きめのバスタブがあったのでその点はよかったが。←バスタブがあるのでここに宿泊を決めた。メトロでペスト側へ出て、#2のとラムに乗る。このトラムはルートに国会議事堂があり、対岸から王宮方面を眺められる観光むけのトラムである。98年よりも区間が南側に延長されたように思う。ずっと乗っていたら郊外電車の駅まで行ってしまった。ペスト側から夜景を撮影。夜間の冷えこみが厳しかったので、8時前に南駅に戻り、ホテルの傍のCBAというスーパーで菓子と飲料を購入。9時ごろ疲れて就寝。
Mar 24, 2005
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いつも通りの朝。今日はチェコで過ごせる最後の一日なので、おみやげを買いにマラーストラナ広場から王宮に向かった。成田を発つ時点の荷物の重量が24.8キロもあったので買物を控えてきたのだけれど、チェコの木製おもちゃを購入しようと思って。お目当ては木製の人形。王宮に向かう土産物屋で115コロナ~ある。いかにも土産物です、というペイントと装飾がされたものよりも木目が残されたタイプが欲しかったので三つくらいの店を回って、幾つか購入した。日本でも購入可能だと思うけど、600円位では買えないので購入。王宮では例の如く町並みをしつこいほどカメラに収め、聖ヴィーツ教会に入った。ここで教会中央付近にある椅子に座り、正面のステンドグラスを眺めながらじっと考え事をしていたところ、私に話しかける人がいた。"Hello, コニチワ?"それはかなりのご年配の女性だった。彼女は英語を話せたので、私たちは教会が閉められるまでそこで話しこんだ。恐らく三時間くらい話していたと思う。彼女は日本語を習っていたことがあるという親日家だった。旧東欧諸国の高齢者が流暢な英語を話すのは珍しい思っていると、彼女は出版社に勤務していたという。かつて皇太子夫妻がチェコを訪問した際、雅子妃が「ドボルザークが好きで、チェコに来たいと思っていた」と現地でのインタビューで答えたそうで、彼女はそれが大変嬉しく、今でも皇太子妃に対して大変強い敬愛の情を抱いているということだった。その後、日本企業によるチェコへの投資があり、日本に対して非常に感謝していると涙ながらに語る彼女の姿に、心打たれるものがあった。彼女はもう80歳くらいなのだけど、チェコの医療制度にいろいろと改悪(民営化など)があったため、彼女自身が高齢者であるにもかかわらず、もっと高齢のアルツハイマー患者の介護にパートで従事しなくてはならないということだった。教会の閉館時間になり、私たちは教会の前でお別れした。高齢の為、もう旅行もかなわないという彼女のために帰国後に日本の写真を送るという約束をして。暫く王宮敷地内を歩いて写真を撮影。翌日早いので早めにホテルに戻った。チェックアウトが早い宿泊客のためにモーニングプレートを用意してくれるというので、レセプションでお願いした。ホテル周辺のビアホールでビールでも飲もうかと思い、ちょっとうろついてみたのだけど手持ちが40コロナと微妙な金額だったので、やめ。のんべぇだったらカード切ってでもビアホールに行くところだけど、お酒の弱い私にはそれ程のモチベーションはなかった( ̄~ ̄)ξ 次回は行きたいと思った。
Mar 23, 2005
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7:30~8:20まで朝食。10時過ぎ、#9のトラムでプラハ本駅に向かう。Andel駅前から本駅まではトラムで20分ほどの道のりである。本駅はトラムの停留所を降りて駅前の広場を抜けて徒歩4分のところにある。ここの国際線窓口でブダペストへの鉄道乗車券を購入した。最初窓口で大人2等車で1350コロナと言われていたのだけど、乗車する電車を指定したところ予約料金込で1144コロナになった。1コロナ=5.1円だったので、思ったほど安くなかったけど、H○S等の旅行代理店で区間指定券を買うよりは安かったと思う。プラハの本駅構内には浮浪者が沢山いる。この人々は結構しつこくて窓口の脇で待ち構えて現金を強請っていた。私も切符を買っている傍から強請られて、「Ne!」といって無視していたんだけど、あまりにしつこいので私の対応を終えたチェコ鉄道の女性係員がその浮浪者に何やら文句を言っていた。この女性係員はすごく応対が親切で、助かった。実は窓口で値段を聞いた時点の手持ちのコロナの現金は1300コロナ程だったのだ。最初ブダペストまで2等車で1350コロナと言われ、「現金がないので両替をする必要があります」と即座に伝えたところ「一分、待って?」とPCをカタカタし始めた。結果1144コロナで切符を手にすることが出来た。これがイタリアあたりだったら窓口をたらいまわしにされたりするので嬉しかった。あと、2回ほど「あなた、26歳以上の大人よね?」と確かめていただき、有難うございました(w #9のトラムの、Andel → プラハ本駅までのルート。#ABCは乗換え可能な地下鉄。※チェコ語の特殊文字には未対応所要時間は朝でも20分。 Andel (#C Line) Arbesovo namesti Svandovo divadlo Ujezd Narodni divadlo Narodni trida (#B Line) Lazarska Vodickova Vadavske namesti (#A Line) Jindrisska Hlvani nadrazi (#B Line)切符を購入後、ホテルに戻り、それから最寄のReiffeisen銀行で両替え。手数料は25コロナまたは両替金額の1%。レートは1コロナ=4.9円少々だった。ここで6千円を追加両替。これでチェコの両替金額は1万6千円。写真の撮りなおしのため、旧市街~カレル橋~王宮をうろつく。一旦ホテルに戻った後、#4のトラムに乗って旅行ガイドに載っていたビール醸造所を併設するビアホールに行った。(うっかり他の停留所で降りてしまったのだが、この店のすぐ傍に#4の停留所があった)ビアホールに向かう途中にあった教会で、イースター前の礼拝が行われていた。世代を問わず敬虔なクリスチャンが多いのか、教会に入ると一番後で片膝をついて一礼してから席に向かう参加者が多かった。ビアホールは外から見ると結構広そうだったが、客席数はそれほど多くなかった。ビールは普通のピルスナービールが19コロナ、ブラックが25コロナ、フレーバービア(コーヒー、バナナ、チリ等)が35コロナだった。私はチリビールと鴨の料理にクネドリーキとザウアークラウト添えの「伝統的チェコ料理」を注文した。まだ4時過ぎだったのに店内は既に満席だった。←仕事が終わるのが早いのか?ビールは美味しかった。しかし料理はまずかった。ザウアークラウトは酸味より甘味が強いし、鴨は2切あったかなかったか。これにかかっていたソースがどちらかというと甘かったのだ。そして何よりクネドリーキ。これがでかでかと5切くらい料理に添えられていたのだけど、まずかったので半分しか食べられなかった。この料理は99コロナ位したんだけど、まずかった。この一皿のおかげでチェコ料理に対するイメージが超悪化した。チェコ料理はブイヨンなどによる味付けよりも「塩」による味付けがはっきりしている。カルフールで買った肉料理しかり、ホテルのスープしかり。同じ種類の料理でも塩の自己主張が強い。味付けに関してはどこかの国と同じ、という評価を下してしまった。再び#4のトラムに乗り、カレル橋の夜景を撮影するために旧市街側で下車。橋の上は足元からしんしんと冷えが伝わってくる。ライトアップされすぎたプラハの夜景は、あまり美しくはなかった。ホテルの受付で、朝4:30~6:30に朝食が必要な場合、事前に伝えておけば用意してくれることを確認。
Mar 21, 2005
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朝7時~8時まで朝食。パンの種類がとても豊富だった。温かいスープが出てうれしい。朝からアップルパイやタルトまで出ていた。しかし一つ問題発生。ジュースマシンのカリブレーションがきちんとされていなくて、オレンジジュースは濃縮液と水が適正に混合されず、薄いオレンジ色の水のようなのものしか出ない状態だった。その「おかしな」オレンジジュースの件でスタッフに一言言おうとしていた矢先、スタッフが既にオレンジジュースを持っていた客に「正常な」ものを謝罪しながら配り始めた。しかし、私のところにはついに持ってこなかった。すぐ傍のイタリア人には配っていたくせに。これって人種差別じゃないかと一瞬思ってしまった。それか言葉が分からないと思って放置したか。しかしそんなこと(といっても微妙な問題である)で朝からクレーマーになるのは自分自身の気分が悪いと思って、ホテル側にはクレームをつけずに自分で「正常な」ジュースに入替えたが。でも導火線が短い私をむかつかせるには十分な出来事だった。そのせいかどうか分からないがガンガン食べた。シャワーを浴びてから出かけた。購入したプラハ地図によると、#12のトラムに乗るとマラーストラナ広場に出ることが出来るし、このトラムは橋を渡って対岸に出てユダヤ人地区を通る。どこに行くという予定はないけど、観光&冒険がてら#12に乗ってみることにした。ツーリストチケットがあるのでこれを有効利用しない手はない。#12のルートは途中まではなかなかよかった。マラーストラナに至るまでの景観はなかなか綺麗だった。そのまま乗ってヴルタヴァ川を渡り、旧市街の観光美化されたエリアを越え、Vista vistaという停留所を過ぎると、所謂観光地プラハではない光景が広がり始めた(※治安的にヤバそうな雰囲気というのはなかったが何となく寂れた光景が広がる)。だいたい1時間15分位で#12はルートを一周してAndel駅前に戻ってきた。丁度お昼時だったので、昨日のように足が痛くて辛い買物になる前にとカルフールに寄ってヨーグルトジュース、葡萄、ペパーミントティのティーバッグ、ビール、パン、ケーキ、チョコなどを購入(160コロナ)。カルフールではパンを上からガッと補充するんだけど、なんというかファーストインファーストアウトという概念はチェコにはないらしい(苦笑ホテルの部屋に戻り、持参したポットでお湯を沸かし、ペパーミントティを飲みつつ休憩。チェコのパンはイタリアのパンみたいで食感が面白い。一つ1.5コルナだった。14時まで休憩して、今度は#9のトラムに乗ってみた。このルートはヴルタヴァ川を橋を渡るときの景観がよい。あとはプラハ本駅に行くので旧市街を観光するには便利なルートのトラム。しかし#9は終点で一度降りて乗換えなくてはならなかった。Andelに戻り、#12に乗って王宮に向かった。再び王宮周辺の写真撮影開始。しかしここで悲劇に見まわれてしまった。レーゲンスブルクの写真も数枚入っていたフィルムの最後の一枚を撮り終えても自動巻戻が行われなかったのだ。結局このフィルムは駄目になってしまった。がーん。ショックだったけどまだ時間もあるので撮りなおしをすることに決定。王宮へ至る坂道は何故か気に入って何回も行き来した。風邪気味だったので大事をとって17:45頃Andelに戻った。カルフール内のデリカテッセンで豚肉のソーセージ、ベイクドポテトのチーズあえ等を購入。デリでも二人分あろうかと思う量のポテトが高くても100円しなかった。昼間買ったパンも追加で購入。ワインを飲みつつ部屋で夕食となった。テレビでは昔日本で見たような歌謡ショーやタイムショックもどきの番組が放送されていた。歌謡ショーには漫才(?)コンビも登場。日本人とこういうところの感性に共通点があるのか…?>チェコ人よ…写真は聖ヴィーツ教会(Sissi管理人撮影)
Mar 20, 2005
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朝5時台起床。頼んでなかった朝食をホテルで摂る事に決め、レセプションで朝食代9ユーロを現金で支払う。8:22分発の電車に乗らなくてはならないので、6:30から7:40迄朝食を摂る。土曜日ということもあってビジネスマンはおらず、7時半を過ぎるまで食堂はがらがらだった。窓から見える聖ペテルスの尖塔を目に焼き付けた。チェックアウトの際、スタッフのお姉さんに「89年に来た時よりもレーゲンスブルクは随分と景観が変わっていてとても驚きました。」と言ってみたところ、「本当に急激に変わった」とのことだった。「ホテルは気に入りましたか?」と訊かれたので、「はい」と返事をしておいた。問題がなかったわけではないけど、スタッフは大変フレンドリーかつ親切で価格的にも利用しやすいホテルではあったので。レーゲンスブルク駅には8:10頃到着。時刻表に書かれていたプラハ行き「4a」のa意味がよくわからず、とりあえず4番プラットフォームのAと書かれたあたりで電車を待つことにした。階段からホームの表示板を見ると、次に入って来るのはLeipzig行きということだった。やがて電車が来たが、車両の窓にはLeipzig行きであるという表示が貼られていたので、私はホームで次の電車を待っていた。しかし、電車はなかなか出発せず、次の電車は来ない。もうすぐ8:22である。まさかこの電車が私の乗る8:22発の電車なのだろかと疑問に思い、既に車内に居たカップルに訊いてみた。訛りの強いドイツ語でよく聞き取れなかったけど、どうやらそうらしかった。この電車は途中でLeipzig行きとプラハ行きに車両が切離されて行き先が分かれるのだ。先頭の方向がPraha行きなのだ。ということで私は30キロ近いスーツケースを持ってホームを先頭車両に向かって激走。時刻表の"a"は「プラハ行きは前方」を意味したのかもしれない。ホームの中ほどに車掌が居たのでドイツ語で訊いてみたところ、やはりこの電車は途中で行き先が分かれるタイプで、前方がプラハ行きだった。時間がないのでとりあえず目の前の車両から電車に乗り、前方の(Praha行きの)2等車に移動しなさい、ということだった。電車には乗れたものの、プラハ行きは通路にも人がいる位混雑していてなかなか前に進めなかった。コンパートメントは荷物があるので入れない。なんとか前に進んで、テーブル席のある普通の車両に席を見つけたのだけど、そこは2等車の喫煙車両だった。私はノンスモーカーで煙草の煙を憎悪する人間の一人なので、この車両にとどまることには抵抗があったが、席がないし、前に移動できないので仕方がなかった。この車両には女子高生くらいの集団がいた。「引率の先生が同じ車両のコンパートメントにいる」と乗車券を確認しに来た車掌に言っていたので、学生であることは間違いない。しかし、ドイツでは何歳から法的に喫煙可能なんだろう?彼女たちは引率の先生と一緒に喫煙していた。17、18日と快晴で天候に恵まれていたが、それが嘘のように、この日は空がどんよりと曇っていた。レーゲンスブルクを出ると小雨が降り始め、チェコとの国境に近づくにつれて雨足が強くなった。車外の景色も相俟って、なんだか寂しい雰囲気だった。パスポートを出せるようにはしていたが、既に廃止されたと思っていた国境でのパスポート審査は漏れなく実施された。チェコに入ってから、大量を持った小学生の集団が引率の先生と共に乗りこんできた。遠足みたいだった。しかし電車は相当混んでいて、当然彼らが座る席はなく、彼らは通路に座りこんでいた。通路は完全に占拠された状態だった。トイレに行くのも殆ど無理って感じの混雑ぶりになった。車内は子供たちのお喋りで五月蝿くなった。Nokiaの携帯電話を持っている子が多くて、ゲームやら着信音やらで騒々しかった。そんなチェコ人の子供たちとドイツ人女子高校生との間に喫煙を巡るトラブルが勃発した。最初、チェコ人と思われる女性が「あなたたちはStupidよ。子供がいるのにタバコを吸って!」と英語で彼女たちの喫煙に抗議していたのだけど、ドイツ人女子高校生は「ここは喫煙車よ」と抗議を完全無視。逆に仲間内でその抗議について「ばっかじゃないの」と文句をたれている始末だった。その後、小学生がイラストによる抗議を始め、ドイツ人女子高校生もイラストで「携帯電話使用禁止」を書いて応戦していた。まあ、そのイラスト合戦は笑えるくらいのコミカルな内容だったんだけど。電車がプラハ本駅に近づき、チェコ人小学生が降りる準備をし始めた頃ドイツ人女子高校生が彼らに質問した。ド「あー、そういえば、プラハを流れる大きな川の名前、何て言うんだか知ってる?」チ「ヴルタヴァだよ!」ド「ねぇ、なんだっけ」(他のドイツ人女史高校生に)チ「モルダウよ、モルダウ」ド「ああー、そうだった、モルダウ」チ「…」どこの国でも、若い世代はアメリカ人みたいに傲慢なんだね。予定通りプラハ本駅到着。ホームから下りのエスカレーターがない。仕方なくスーツケースをガタンガタンさせながら階段を降りる。これを考えるとドイツの、なんとtourist friendlyだったことよ。駅構内には両替商が沢山あった。レートをチェックして、構内向かって右端に位置するインフォメーション内の両替商で円をチェココロナに両替えした。レートは普通だったが、手数料111コロナ(約550円)と激高。手数料込みで、1コロナ=約5.1円。コロナも高くなった。手もとの旅行ガイドでは2004年1月のレートは1コロナ=4.15円となっている(添乗員をしている友人もコロナが5円に近づいていると言って驚愕していた)。プラハ本駅の構内にある地下鉄B線Hlavini Nadrazi駅の入口で、ツーリストチケット(7日間750コロナ)を購入。ホテルの最寄駅である地下鉄C線Andel駅に向かう。地下鉄の設備は意外にも新しかった。B→A→C線と乗り、最後に乗ったC線だけは車両の内装が木製で古いようだったが。Andel駅までは乗換えが2回あって、大きなスーツケースを持つ身には大変だった。事前に入手していたホテルのロケーション情報によると、ホテルは地下鉄C線Andel駅から徒歩2分のところにあるということだったが、私が間違えて別の出口(バスターミナル方面)に出てしまったことから、大変なめにあった。以後要注意。道の石畳がドイツと違って「手作りのファジーな段差」があったので余計に大変だった。途中、地元の人を捕まえてホテルへの行き方を英語で道を尋ねたのだけど、英語を使う機会がないのか、「びっくりした~」という表情をされてしまった。日本で外国人に道を訊かれた人がするようなリアクションをされて、こちらが逆にビックリした。1時頃ホテルに到着し、チェックイン。受付のお姉さんは冷たい印象で感じが悪かった。部屋は広くはないが綺麗に整えられていた。バスルームは深いグリーンのマーブル調と白のコンビネーションで落ちつきのある色合い。このホテルは近年リニューアルされたばかりで、設備の新しさはバスルームを見れば一目で分かるくらいだった。※冷蔵庫やドライヤーはなし。テレビをつけると、予想に反して面白そうな番組が放送されている。チェコ語は分からないのであくまでも雰囲気による印象だけど、少なくともドイツで見た「裁判」「討論」系の番組よりは遥かにエンターテイメント的性質が強いと感じた。ボヘミア貴族が出てくるドラマとかファンタジー系物語のドラマが多い。そういえば地下鉄の車内ではミスサイゴンの公演のポスターを見かけた。東京都の人口くらいしかいないチェコで単独でミュージカルを上演する?そういえば、チェコはアニメーションでも有名だ。この時点で、チェコは文化人・芸術家・芸能人が育ちやすい環境にあるに違いない、と勝手に確信。荷物を置いてホテル傍のトラム停留所から#4のトラムに乗り、パラツキー橋を渡ってヴルタヴァ川の対岸に出た。2つ目の停留所で下車し、そこから川沿いにカレル橋の方向に歩いた。レーゲンスブルクからの雨が嘘のようにプラハは快晴で陽射しが強かった。雪解け時の川の流れが力強く、強い陽射しを受けた水面の煌きが美しかった。とりわけスメタナ記念館からの川の眺めはなかなかにドラマティックだった。そして更に歩いてカレル橋付近に到着。ここにはマリオネット屋を始めとする土産物屋が沢山あった。そういった土産物屋では、ロシアのマトリョーシカ人形みたいなものも沢山売られていた。まだ旅行シーズンではなくてカレル橋は観光客でごった返すというほどではなかった。橋の両側に建つ色々な像を見る時間も十分にあった。有名な橋だけど、像は別に普通でとりたてて感動するほどのものでもないと思った。例の如く痛む足を引きずりながらカレル橋を渡って、それから更に王宮に向かった。王宮はカレル橋を渡ったところから坂道を20分位登ったところにある。この道沿いにも土産物屋が建ち並んでいるが、観光地らしく整った街作りが行われていた。王宮に着くと、夕方ということもあって既に人影はまばら。王宮からのマラーストラナ、旧市街地区にかけての眺めは、なんとも言えない美しさで、何枚も写真を撮ってしまった。既に開館時間が過ぎていた聖ヴィーツ教会の建物を外から見て、ロレッタに向かった。ロレッタに向かう道は、石畳が美しい。時間的に、西の太陽に向かって歩いているような感じだった。ロレッタは王宮から徒歩15分位のところにある鐘の音が美しいと有名な寺院。夕暮れ時で他の建物の影になっていたが、優美な建物であると思った。再び王宮に戻って写真を撮影し、地下鉄A線のMalostlanska駅に向かった。この頃には足の痛みが結構あって、なんとか歩いているという感じだった。MustekでC線に乗換えてAndel駅に。足の痛みが最高潮に達し、もう歩けないという状態だった。(後から分かったことだがMalostlanska駅前のトラム乗場からマラーストラナ広場経由でAndel駅に出られるものが幾つかあった)ホテルに戻る前にAndel駅を出たところのショッピングセンター内の本屋でプラハ地図(交通機関の運行区間の表示がある地図)を39コロナで購入。これがないとトラムを乗りこなすことが出来ないので。それから痛む足に鞭を打ってホテルの隣にあるショッピングセンター内のカルフールに立ち寄り、ジュース・ワイン・菓子類を購入(全部で99.9コロナ)。足が痛くて広すぎる店内を移動するのが本当に大変だった。こういったものを食べる間もなく、足の痛みで横になっているうちに就寝。午前2時頃ふと目を醒ますと、つけっぱなしになっていたテレビで放送されていたのは…かなり大人な内容の番組だった。点けっぱなしになっていたのはNOVAという、チェコではごく普通の地上波の局なんですけど?!深夜とは言え日本で放送されているものより大人な内容で、ビックリしましたがな。金曜日のあの時間だったから?とにかく、アジアのホテルだったらお金を取られそうな内容の番組だったことはマチガイナイ( ̄▽ ̄)!!よい子の私はコンタクトレンズをはずして再度就寝。
Mar 19, 2005
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朝5時半起床。朝食は6時半からなのでそれまでベッドでごろごろ。朝食はホテル5Fにある大部屋に用意されていた。6時半過ぎに行ったところ先客は3名ほど。いずれもビジネスマンのようで、窓際の席に座っていた。線路側でないほうの席だと窓からドームの尖塔が見える。Star Inn Hotelは、部屋の狭さや設備にはがっかりしたけど、朝食は思ったよりよかった。エレベーター内の案内の写真どおりのものが出た。パン、チーズ、ハム、ヨーグルト、果物etc.それぞれに種類が豊富で楽しめた。蜂蜜は小瓶に入っているタイプのもので好感。パンは近所のパン屋から焼きたてを仕入れているのかも知れない、とても新鮮。木の実が入ったパンは甘味がある。紅茶はティーバックが10種類以上あり、現地のちょっと高級そうなブランドのものだった。8時まで久々のドイツの朝食をゆ~っくりといただく。朝食代金は、室料とは別で9ユーロ(※IBIS系列のホテルは国に関係なく朝食は同一料金。物価水準により内容に差がある)。朝10時頃、市街に出る。快晴。今日はアウトラーストに長袖セーターといういでたちだが、寒くない。通勤通学ラッシュ後なので道端にはあまり人がいなかった。レーゲンスブルクには今日しかいないので聖ペテルス(ドーム)とドナウ河周辺を心ゆくまで散策することにした。マキシミリアン通りは完全にバリアフリーで段差がない。2010年頃(←うろ覚え)にレーゲンスブルクで何か催しがあり、それもあっていろいろと再開発しているみたいだった。カメラ3台+携帯カメラでドーム・ドナウ河・石橋を撮りまくる。しかし私好みの写真は撮れていない。ズーム機能に問題ありだもんね。いいカメラがほしい。2時間後、例のごとく脚が痛み始めたので駅構内のスーパーで歯ブラシと歯磨き粉を買って一旦ホテルへ戻った。スーパーの棚での値段表示が見づらかった。うっかり忘れいてたが、ドイツでは買い物袋は有料。ふとビニール袋を見ると一枚79セントとあった。普通のスーパーの袋が、である。レジではペットボトル等の資源の回収と瓶のデポジットのリファンドが会計と同時に行われる仕組みで、ベルトコンベヤーの上にごみと購入商品が延々と並べられていた。レジが一台しか開いていなかったので、時間がかかった。部屋でしばらく休んでからまたドーム周辺へ。午後のほうがドームに日があたっていて、写真向き。石橋を渡って対岸の湿地帯へ降りてみる。粘土質。平日の昼間なのであまり人はいないが、ベンチに腰掛けて日光浴をしている人が数名いた。あとはジョギングしたり犬を連れてきている人がちらほら。水の流れる音、鳥が囀る声、お日様の光・・・とシアワセモード。なにより何気ないドナウ河の周辺の自然が、ゆったりと美しい。レーゲンスブルクのよい点は、過度にメジャー過ぎない観光地なので、自分のペースで静かに観光できるところだ。橋を渡ってすぐの、ドーム向かって右側にはレーゲンスブルク旧市街の眺めのよさそうなホテルやレストランがある。昼間から橋の付け根部分にあるピッツェリアのオープンテラスでビールを飲みながら旧市街側を眺めている人々もいる。こういう生活は豊かだと思う。4時ごろ再度ホテルに戻る。今度は3時間がんばった。眼の下にできているシミが気になる。ちょうど会社が終わる時間のようで、線路をまたいだ道路が車で大渋滞していた。休憩がてらテレビを見ていたが、ドイツはいつも同じような番組をしていない?裁判みたいなやつ。被告人が登場して、裁判官・検察官・弁護士なんかもいるやつ。あとはディスカッション番組。5時半頃、駅へ。駅にインターネットカフェがあるので探したかったのだ。高かったのでりようしなった。ついでに駅の反対側の出口に作られてたショッピングセンターを覗いてみる。飲食店はチェーンが多い。ジェラート二色で3ユーロ~していた。高いね。三回目のドーム周辺探訪。時間を変えていろんな表情のドーム・ドナウ河周辺を撮影したかったのだ。夕方、空の色が変わっていく頃に対岸から望むドナウ河・旧市街地の方角は、風景がパノラマでムードがあった。夜8時過ぎになるとたいていの店が閉まって一気に人通りが減ったのでホテルに戻る。荷造り。翌日早いので就寝。所持金残35ユーロ。街で見かけたポストカードの相場=1ユーロ~
Mar 18, 2005
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現地時刻午前6時頃フランクフルト国際空港到着。早朝という事もあり空港はがらんとしている。クアラルンプールからのマレーシア航空は乗客の殆どがドイツ人だった。イースター前で混んでいたのかもしれない。入国審査は並ぶこともなくすぐ終了。トイレで洗顔し、歯を磨いてからスーツケースを受け取った。ドイツ鉄道のフランクフルト国際空港駅からレーゲンスブルク経由のプラハ行きの切符(81.9ユーロ)を購入しなくてはならないので、空港のインフォメーション真後ろにある両替で2万円両替。得たのは127ユーロ。…最悪!「手数料2.2%、受渡し手数料3.5ユーロ」だって!窓口のおじさんの"Gute Reise!"は高くついた。空港のシャトルバス(無料)でドイツ鉄道フランクフルト国際空港駅へ。10年以上ぶりのドイツ鉄道の駅構内は随分変わった。空間にゆとりのある旅客サービスカウンターが出来ていた。とりあえずそこに行って、事前にインターネットのDBサイトで調べておいた08:02発プラハ行きの電車のチケットを買う。久々にドイツ語を話してみた。通じた!(嬉地下の#4プラットフォームで電車を待つ。上は温かかったけど地下はだだっ広くて寒い感じ。定刻に電車到着。2等のコンパートメントに一人で着席。荷物が特大スーツケースなのでこれを中に置くと私一人で4人分のスペースが必要だった。フランクフルト中央駅から20代位の男性が一人乗りこんできた。"Ist hier noch frei?" 懐かしいドイツ語。でもその人とはそれ以後話すこともなかった。ニュルンベルクからまた一人に。外の景色はいつしか残雪で真っ白に。 レーゲンスブルク中央駅は以前来たときの面影を全く残さないくらい完全にリニューアルされていた。駅構内だけでなく駅周辺も物凄い変わりようだった。まず駅は三階建てになっていて、ホームからエレベーターとエスカレーターで高架式となった通路へ上がり、そこからエスカレーター等で一階へ降りる仕組み。一階にはスーパー、飲食店、花屋、本屋、バーガーキングが入っている。三階には駅のサービスカウンターがあり、飲食店とインターネットカフェがある。二階の通路は出口とは反対側のほうは大型ショッピングセンターに連結されている。駅の左手にはなんと巨大スポーツクラブが!外に出ると日が照りつけて結構暑かった。3月のドイツのはずなのに…。昔来たときのあのどんよりとして寒かったイメージをかき消すような暑さ。宿泊予定のホテルは駅から徒歩2分のStar Hotel Inn(★★★)。Park Hotel(★★★★)を検討していたのだけど、宿泊者の評価が凄く低かったので、駅に近いこちらにしたわけだが…失敗だったかもしれない。12時頃行ったけど、チェックインはすぐにしてくれた。スタッフはフレンドリー。しかし廊下の雰囲気はまるでユースホステル。部屋は激狭で、ドアを開けるとそこはベッドだった(部屋の中から見るとベッド脇の壁にドアがついている感じ)。あまりに狭いためテレビは液晶薄型。バスルームはシャワーカーテンがぴらぴらしたシャワーブース。タオルはバスタオルのみ。アメニティなし。スーツケースは床においては開けない。あと、部屋は線路に面しているので、電車の走行音が五月蝿い。窓を開けずにはおられない好天気だったから。49ユーロ(朝食なし)で駅近だったけどさ…。旅行者としてのホテル滞在の愉しみはないホテルだと部屋に入って数分で感じた。置いてあるアイテムを見るとIBISホテルの系列らしかった。 駅前のマキシミリアン通りを進み、懐かしい聖ペテルスドームのある方に向かう。周辺には歴史のある建物がちょこちょこ残っていて、雰囲気がある。13世紀からあるという石橋のたもとにある屋外ソーセージレストランでソーセージ6本とザウアークラウトの盛りあわせ(5.6ユーロ)を注文。ソーセージは塩分が強く干物のようで、肉汁が溢れて旨いといえるものではなかった。以前フランクフルトで食べたWurst mit Brot(ホットドックみたいなもの)が超美味しかったので、期待はずれの味だった。観光の記念だと思ってテーブルにおいてあった冷え冷えの小さいパンと一緒にその料理を食べた。料理を注文した客には無料だと思っていたのに、有料だった。外で冷えて固まった品質の悪いパンが一つ40セント。テーブルに料金を徴収に来た女主人が意地悪く見えた。石橋を渡ってドナウ対岸へ。雪解け時のドナウの流れは美しい。春の訪れで自然も緑を取り戻して美しい。河の中州も綺麗。水音、鳥の鳴き声が溶け合って、車やバスが来なければ最高。歩きまわっているうちに股関節に痛みが。だいたい1時間半を超えると出てくるんだけど、やっぱり出た。駅のほうにある病院の前で痛そうに歩いていたところ、病院前に車を止めた男性が後から「お送りしましょうか」と親切にも声をかけてくれた。自分でいうのもなんだけど、足が痛むときの私の歩き方は本当に足が悪い人のようなのだ。ホテルからはそう遠くない場所にいたので丁重にお断りしてホテルへ。朝、空港に歯ブラシ等を置き忘れたので駅構内のスーパーでパン2個(1.38ユーロ)とネクター1リットル(0.75ユーロ)を購入。座ると痛いのでベッドに横になって休んでいるうちに寝入ってしまった。夜11時頃目がさめてシャワーを浴びた。ぬるめだがお湯は良く出る。歯を磨こうと思ったら…歯ブラシセットがない。なんとフランクフルト国際空港のトイレに置き忘れてきたのだ。ショック。アジアのホテルにはあるような歯ブラシとミニ歯磨き粉はこのホテルには置いてないのだ。良く口をゆすいで就寝。 鉄道乗車券(フランクフルト国際空港→プラハ) 81.9ユーロ両替手数料 2 ユーロ両替手渡料 3.5ユーロザウアークラウト添えソーセージ 5.6ユーロ パン@0.4 0.8ユーロ パン2個 1.38ユーロネクター 0.75ユーロ
Mar 17, 2005
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成田第二ターミナルから打っています。12:50搭乗開始、13:30 クアラルンプールに向けて離陸予定です。フランクフルトには現地時間で明日の午前6時ごろ到着の予定。今日は10:05日暮里発の京成スカイライナーで成田まで来ました。すいていたし座席のシートが広くて快適でした。所要時間50分くらいでとても便利。ただ、駅にエスカレーターがなくて京成側まで荷物を運ぶのが大変でした。その「重たい」荷物は24.8キロもありました。どうりで重たかったわけです。おかげでテニス肘の右腕に少々怪しい痛みが☆結局、当日になっても気分は晴れず。でも行けば楽しい旅になると思います。帰国後にまとめてアップすることになると思います。 帰りにアジアに立ち寄りたかったので、アジア系エアーの中からマレーシア航空を選択。成田→クアラルンプール間は空いており、「2・5・2」の配列になっている座席には空席が目立った。フライトは快適。スチュワードが三名乗務していたが、うち一人がノーブル系でなんとも優雅な人だった。女性乗務員が結構きつそうな印象だったので、物腰の柔らかさで目を引いた。機内食は某米国系NW社よりは良いけど日系には劣るという感じ。まず品数が少ない。メインがあって、オレンジジュース(または水)サラダ。食後のハーゲンダッツ(バニラ)はC社の影響かな?ブランケットはぺらぺらだけど普通程度には暖かい。予定より早く午後7:40頃、30分ほど早くクアラルンプール国際空港到着。気温32℃。ロビーはがらがら。フランクフルト行きへの乗継ぎ便までの時間は4時間少々。国際線の乗継ぎターミナルはさほど広くなく、ヒトデのようなかたちの二層の建物だった。2Fにはビジネスセンターみたいなところがあり、そこでは18米ドルで食事・インターネット込みの各種サービスを受けられる。暇なので2000円だけリンギットに両替した。71.4リンギット(1リンギット=約28円)。それをもって2Fにあるバーガーキングへ行った。このBKにはインターネットの有料サービスがあり、PCは3台でレジで1時間25リンギット(※これは欧州より高い)払うと暗証番号をくれる仕組み。Wワッパーのセット(12.9リンギット)を頼んで少しだけ食べた。カロリーが凄そうでとても全部は食べられなかった。DVD・VCD・CDショップがあったので覗いてみた。「ラストサムライ」のDVDは79.90リンギット。DCVだと29.9リンギットくらい。「オペラ座の怪人(サントラ)」1500円位、「ER」180リンギット。香港より若干安い。10時ごろになると深夜便の旅客で出発ロビーは混み始めた。 マレーシア航空は時間はかかるが、目的地に同日遅くに到着するよりは、朝6時前に現地に到着し、朝いちから活動を開始できるメリットが大きい。ホテル代を倹約できるし。コストの面でも安全の面でも、悪くないエアーだと思う。 京成スカイライナー 1920円JR 290円Wワッパー RM12.9
Mar 16, 2005
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実は全然楽しくない( ̄~ ̄)ξ 会社のことで気分が沈んでいるから。本当なら旅行一週間前にもなれば自ずとワクワクしてくるものなのに。馬鹿上司のおかげで…(激怒明日、飛行機乗ったら楽しくなれますように。会社には「どこにも行かない」ことにしてOFFに入った。明日は早めに成田に行く予定。ウロウロすると股関節が痛むので、YBBステーションから出発前のカキコをするかもしれない。あくまでちゃんと起きられればの話ですが。明日は午後の便なので、京成スカイライナーに乗ってみようかなぁ。しかし通勤時間帯にLLのスーツケース持参で電車に乗るのはいやだなぁ。帰宅前、近所のマツキヨでいいものを見つけた。それはハーバルエッセンスの超お買い得セット。近頃リニューアルのためかポンプ型が1つ699円くらいで売られていたんだけど、今日のは、シャンプー&リンス+ミニボトルのシャンプー&リンスのセットで1000円也!!特にミニボトル欲しさに3セット購入してしまった。← 旅行に持っていける。ホテルのオールインワンなんか使えるか~!実はおとといリンスのポンプ型を2本購入したばかりで家には在庫が沢山ある。多少の在庫があってもスポクラ通いで使うから全然問題なし。マツキヨにもたまには安くていいものがあるのね。
Mar 15, 2005
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私的には味が今一つで残念だったのが、セブンイレブンにあったPBの「あさりの味噌汁」。なんといいますか、甘いんです。いろんな味噌を合せたらしいんだけど、この味が好みではなかった。入っていたあさりはちゃんとしたあさりだったんだけど(←どんなんや)、このお味噌の味だったら、この商品が出る前にあった他社の「しじみの味噌汁」のほうが安くて遥かに美味しかったよ。残念~~。セブンイレブンの「パンプリン」というデザートで使われているプリンは私好みの味。この商品は食べた後に満足感があるので好き。千円札で76枚用意した。今回の旅行にはトラベラーズチェックを準備していない。卒業旅行のとき、実は円とドイツマルクで合計50万円分のトラベラーズチェックを持って行った。←身一つのバックパッカーのはずが(w当時はクレジットカードを持てない身分だったというのもあるけど、時代的にも、今よりトラベラーズチェック利用がポピュラーだったと思う。学生時代に購入したAMEXの50万円分のトラベラーズチェックは、そのときは殆ど使わず、卒業旅行以後のすべての旅行で私のお小遣いとなっている。前回、98年の欧州旅行の際は、通貨統合前にとドイツマルクのチェックから軍資金にしたんだけど、不幸なことに為替レートの変動でマルクの価値が購入時の3分の2。これに懲りて最近は成田で学生時代に買った円のトラベラーズチェックを円に換金するということをしてきた(購入時の手数料が無駄だった!)行き先がアジアの場合、日本で両替していく必要はまったくない。空港内の銀行のレートも激しく悪いわけではないので、そこで一日分くらい両替してみて、あとは街中で必要に応じて両替すればよい。両替しすぎたら、アジアの通貨であれば円に再両替せずにそのままにしておく。今まで残っても2千円分くらいだったから両替のし過ぎを特に問題と思ったことはない。近いからまた行く機会もある。しかしこれが滅多に行かない国の通貨だったら話は別。記念にできる金額以上には残したくないものだ。旧共産圏にはそもそも再両替すら面倒な国が珍しくないので、両替額を細かくコントロールするために千円札を準備したと言うわけ。…って書いてきて気がついた。ワタクシが学生時代の方がリッチだったということ。おまけに1ユーロ=140円。ユーロ圏滞在が短くて良かった( ̄~ ̄)ξ
Mar 14, 2005
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今日のバレエは先生が代行だった。まあ、好き嫌いはあるのかもしれないけど、生徒数がいつもの半分程度というのは、代りに、しかも日曜日のクラスに来てくださっている先生に対して、あまりにも失礼じゃないだろうか。今日はバーを6台(一本のバーに4人くらい)出したんだけど、一本に二人とか下手すると一人で、フロアはガラガラ。別に悪い先生じゃないんだけどなぁ。どうしてだろう。私は丁寧に見てくれるという点で、この先生のことは好きなんだけどなぁ。バレエのあとで美容院に行った。いつも通り髪の量を減らしてもらった。ガリガリやってもらうわけです。Sissiは髪をヘアゴムでまとめていることが多いんだけど、もともとも毛髪量が多いため、二ヶ月も経つと減らしたところが伸びてくることもあり「もっさり」してしまう。だいたい三ヶ月に一度は行かないと大変なことになってしまう。次は6月中旬。6月か。ふむ。この頃には会社を辞めていたりして。
Mar 13, 2005
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今日は気分が長薄暗く沈んでいたので、バレエをさぼって家で引篭もってしまった。そんな自分にいつも自己嫌悪しちゃうのだけど、どうも出かける気分になれないのよ。で、韓流ドラマ「天国の階段」が山場を迎えたこともあって、テレビとPCの前に鎮座っしていた。来週はテファ兄ちゃんが…(うううっ。夜も遅くなってから漸く超重い腰を上げ、荷物作りを完了させました。ぼんぼんスーツケースに放りこんでから詰めなおしたら、LLサイズの半分程度の量になった。正確に言うと、開いた方の半分にはハンガリーの友達へのお土産が少々入っているが、これはあちらを出るまでにはなくなるのでカウントしない。あちらで消費するもの(例えば入浴剤や足裏シート)を考えると、もう少し余裕がでそう。欧州では食べる予定はあっても「買う」予定はないんだけど、帰りのクアラルンプールのチャイナタウンで最後に色々と吸い取られそうだわ(w
Mar 12, 2005
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数日前、評価を巡って問題が勃発した。「会社として」対応するために、部長が対応するしかないという判断になったらしい。問題ごとをめぐって、会社側は水面下で別の動きをしていると思う。明かに問題があるので。会社の帰りにカメラのフィルムを購入。今回の旅行には勿論デジカメも持っていく。だけど、普通の写真のほうがなんか愛着を感じるし、手軽に人に見せやすい。今回は携帯も含め、カメラと名がつくものを4台くらい持っていく。旅から帰ったら、お土産持参で祖母の家に行こうかな。
Mar 11, 2005
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海外携帯をどうするか暫く悩んでいたんだけど、ドコモのN901iGは高い上にボタンが小さくて使いづらそう(勿論、海外でもいつもの電話番号やアドレスを使えるというメリットはある)なので4万円近く払いたくない。それをレンタルで借りると、210円×19日となって結構な金額になる。テレコムのレンタル代金無料のにしようかと思ったんだけど、万が一のときのた目に賠償プランに加入すると一日210円かかるのでそれだったらドコモがいいし、なにより通話料が高いので却下。そこでVodaが思い浮かんだわけです。だからといって携帯電話二台分の維持費を払いたくない…と思っていたところに、海外で使える1円携帯発見。そしてVodaには3月31日で廃止される予定の、月々凡そ500円で維持できるプランがあった。…ドコモでよさそうなのが出るまで、この組合せで決定~。そして幸運にも、Vodaの機種のなかでは比較的まっとうな評価を得たというV801SHを某家電量販店で発見!!迷うことなく購入。(この機種自体は最近一斉に発売された機種の前の世代に当たり、市場にはあまり出回っていないのだけど、たまたま数台入ってきたそうで。)ちょっと嬉しかった。メールは使えないので、写真を送るというのできないけどね。ついでに海外で使えるポットを購入。渡航先にチェコがあるので…。まだ荷物を準備していない。いいかげんヤバイね。
Mar 10, 2005
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98000円の投資を回収すべく、毎日自動起床装置「おこし太郎」を使っている。最近目覚めがよいため、実はおこし太郎が作動し始めるとちゃんと目が醒めて、気持よく腰のマッサージを受けている。そして暫しもにょもにょした後、ちゃんと起床し、出勤しております。おこし太郎のエアーバッグが腰の下で4分間かなりの気圧(?)で膨張するので、腰が伸びて気持よい。私はね。明日の朝が楽しみです。
Mar 8, 2005
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来週京都の祖母の家に行くかもしれないので、荷作りを始めようと思う。ハンガリーの友人へのお土産も準備できた。日本酒・お醤油・折紙が主。せっかくの旅行前にいやなことが起きた。また会社がらみでもめ事が発生した。おかげで週末も結構イライラ。気持ちよく旅立ちてればよいのだけど。明日のミーティングに備えてICレコーダーを購入した。ああ~、またしても無駄な出費が。。。今日のはデビットカードで買ったけど、4月か5月のカードの支払いがコワイ金額になりそう。航空券、旅行期間中のホテル代金、おこし太郎(苦・苦・苦)、靴とか花菱さんのスーツとか。こ、これだけで…40万円近いんですけど。そしてこれにあちらでの観劇や買物代金が加わるわけですね。今年は緊縮財政をしかなくては。今日は「おこし太郎」をいつも通り午前6:15頃にセットしておいた。寝たのが午前3時頃だったので、どうせ起きられないと思っていたのだけど、それは正しかった。起きられなかった。いや、正確には「おこし太郎」が作動したのは覚えているのだけど…それに身を任せてしまった。動作時間は4分。私って本当に人間をやめた方がいいのかもしれない。心因性のものもあると思うけど、起きようっていう意思が全然ないんだよね。
Mar 6, 2005
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「おこし太郎」、私には効果がないかもしれない。今朝の様子を書こう。「おこし太郎」は6時半くらいに設定していた。しかし今日はそれが作動し始める前から目が醒め、最初に作動するステレオと3台の目覚ましを消した頃、「おこし太郎」が動き始めた。気持良くて…そのときは起きたけど、やっぱり気持ちよく二度寝してたもう、人間やめる。
Mar 4, 2005
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股関節が痛い痛いとスポクラで知合った中国出身のお友達に言ったところ、豚足を食べるように強く勧められたので、会社帰りにスーパーで調理済豚足を購入。そのまま食べられるということだったけど、レンジでチンしてから付属の酢味噌などをつけて食べてみた。食べ終わってから気がついたんだけど、豚足は骨を分解しながら食べないと駄目。私はお箸でチャレンジして失敗した。お味は…ちょっとブイヨンの風味がある脂というところかなぁ。美味しくはなかった。もっと美味しく料理したものがあればそういうので食べてみたいな。良質のコラーゲンの摂取は大切だから。自動起床装置おこし太郎が届いた。98000円もしたので確実に起こしてくれる目覚ましであってほしい。早速組立ててみた。組立てはいたって平易。そして、動作テスト開始。・・・・あれ。( ̄▽ ̄;) なんか、なんか、なんかとっても、背中と腰が伸びて、気持いぃ~んですけど?!「ん~、タイ古式マッサージ?」みたいなことを寝ぼけ眼で考えているうちに4分間の作動時間が終了し、気持ちよく二度寝に突入しそうな…予感…。
Mar 3, 2005
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昨日の日記のタイトルに使われた「お尻」という単語に引っ掛ったのか、今日はやたらと「ゲストさん」のアクセスが多かった。多かったというより50件のログのうち殆どが「ゲストさん」。偶然? 今日は定時で退社して、スポーツクラブへ向かった。平日の火曜日にスポクラに運動目的で行くのは一体いつ以来だろう?スポクラに行く前にダイソーと携帯ショップに立ち寄り、しつこくFOMA N901iGの価格チェック。何故か全部値段が書いてなかった。あまり携帯ショップには行った事がないのでよく知らないんだけど、覗いてみた3軒でこういうスタイルが採られていた。大手家電では全部細かく値段が提示されているんだけど?とりあえず今日は見ただけ。ダイソーではA4のクリアファイルと友人へのお土産等を買った。友人のお母さんが折り紙サークルに入っているので折り紙を数種類。あと何故かお醤油が好きみたいだったのでお醤油を数種類。←前回はお醤油をパンにつけて喜んでいた。スポーツクラブではプールで一時間ほど激しく歩いた。水中を黙々と歩いているだけなんだけど、結構楽しい。今日は25メートルがマイコースになっていたから余計。火曜日ってとても空いているんだもん!おかげで邪魔されずに負荷の高い動きを心置きなく実施することができた。結構カロリーを消費したはず。 その後、バレエに。火曜日のレッスンには長らく出ていなくて、下手すると半年ぶりとかそういう頻度。なのに先生は私の名前等を忘れずにきっちり覚えていらっしゃる。この先生は初めて来た生徒の名前をもれなく聞いて、そしてどういう方法でか記録して、次に会うときには名前と顔を完全に一致させている。その記憶力と記憶方法も素晴らしいが、覚えたての名前がレッスン中にぱっと出てくるのがこれまた凄い。生徒はもれなく名指しで注意される。単に覚えるだけならともかく、それがぱっと出てくるところはお世辞抜きで凄い。そんな凄い記憶力の持ち主である先生のレッスンに久々に参加するということで超はりきっていたんだけど。私、お尻が痛くて今日も上手く踊れませんでした。そして今日もワルツのときにやらかしてしまいました。重ね重ね済みません(>_
Mar 1, 2005
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