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03:00に家を出発06:15ジャカルタ発ムルパティヌサンタラでバリ、ウングラライへ、12:25バリ発でスンバ島へ、waingapu 到着は15:00頃だった。時間がかかったものである。今日は何もできない、疲れてホテルで休息しかなかった。バリから、ロンボク、スンバワ ブサール。フローレス、その間にコモド島を左に見ながら東進し、フローレスの途中から南進し、スンバ島へ向かった。
空港はフローレスのマウメレと同じくらいの小さな規模だった。申し訳ないが、ここの人たちの人相は怖い、女性の顔も怖い。
こういう会社がある。レポートを大量に出させる。それによって、日本人が品質や人物の評価をする。本人がやったものではなくても、自分が主体になってやったように報告をうまく書ける人の評価が高く、仕事をしているので、報告書を書く時間が少なかったり、面倒なので、大部分を省略してしまったりする人の評価は低くなる。日本人はほとんど会社に来ないし、来ても、其の報告書を眺めるだけで、現場には出ない。これでは、仕事ができる人はこの会社で仕事をしたくなくなるし、報告書に専念して、本来の仕事は置き去りになってしまう。
休日出勤や残業手当がつかないように名ばかり管理職にして、強制残業や休日出勤をさせる。応じないと評価を下げる。残業や休日出勤の仕事ぶりを何度も確認しているが、ほとんど仕事はしていない。会社にいるだけである。それでも、報告のうまい人はいかにも多くの結果を出したように書いてある。
3月8日 インドネシアで 楽しく暮らす 15-175
斜めからインドネシアを眺めよう 175
07:30 ホテルから出て、スンバ島の西側のWaikabubakの方向に向かうが、途中観光地というか見どころに寄りながら行く。街を通り過ぎてなお、西へ向かい海に面したホテル(コテジ風)Resort Newaに泊まった。全く、携帯電話の電波が届いていない。このホテルの部屋にはテレビもない。何の情報も得られない、外部との接触が閉ざさされた世界に入ってしまった。一日タクシーを使い回して75万Rp約6千円である。Sri Kayaという果物を知っていないでしょう。これと似た果物は日本にはありません。説明が難しい。
報告は問題点と失敗についてさせればいいと私は思う。うまくいっているかいないかは自分の目で確認することにしている。しかし、この考えと逆の日本人が大勢いる。うまくいっていることだけ、うまくできている製品の報告だけをさせる。それを見て、満足げにサインをしている。余分な仕事をさせるだけで、なにも参考にならない。自分の目で確かめた方がいいと助言すると、逆切れされるので、そのままにしておく。
三交代の長の仕事として、全製品の断面図を投影機で十倍に拡大してなぞらせて書かせる。これも標準書がないので彼らはOK製品を選んで投影図を書く。それに指定された部分の寸法を書く。その寸法が公差に入っていようがいまいが、今までOKだったものはOKにしている。それを日本人が見て、OKのサインをしている。全く、不思議な世界を見ている。全く、意味がない世界を見せられている。
これで、クレームがなければすごいが、客先からのクレームは日常的にある。日本人は知らん顔をしている。直接、客先の日本人からその日本人にクレームの話が来ても本人は、その後、どうしたのか、連絡しない。すべてローカルスタッフに対応させる。これで、仕事がつながっているのが不思議である。よほど、日本人同士で分けありなのでしょう。
現状はどの会社も苦しいことは承知ですが、それでも、余裕のある会社と今にも倒産しそうな会社とある。もちろんその中間はいっぱいあるのですが、危ない会社はこのような会社です。
3月9日 インドネシアで 楽しく暮らす 15-176
斜めからインドネシアを眺めよう 176
西の端近くから、東の端に向かってもらうために、07:00にホテルを出た。6~7時間のドライブを予定していたが、昼食一時間をかけて、6時間で着いた。途中Waikabubakを通過したが、そのほかは、町らしい町はなく、景色も単調でほとんど眠っていた。目的地の東の端、PauやRendeの伝統村を見たが、いずれも期待はずれで、伝統家屋は少ない上に、トタン板で修復されていたり、トタン板で作ってあったりでした。行ってみて初めて分かることでしたが、伝統的家屋の集落で一番それらしく印象深かったのは、Waikabubakの町はずれの丘の上にある集落でした。何も、わざわざ遠くへ行く必要はない、一番近くに一番印象的な場所があったのでした。Hotel Ervinに宿泊、三日間とも熱いお湯が出ない。二日は冷たい水で我慢したが、このホテルではバケツ一杯の熱湯をもらって、たらいを借りて、行水をした。三日間落ちなかった垢が、いっぺんに落ちた。
インドネシア人は水で体を洗うが、石鹸を使ってごしごし、磨いても、垢が落ちていないことを知っていない。その証拠に、お湯で体を洗わせると、本人がびっくりするほど,ほろほろ垢が落ちる。体が臭く思うのはそのせいでしょう。男も女も体臭を大変気にする。他人が臭いから自分も臭いのではないかという疑心暗鬼である。お湯につかるという習慣がないから仕方がない。
今日、記念すべきは、Rendeで、ピナンを出された。歓迎の印である。ジャヤプラ、パプアでは緑色の実と石灰を一緒に噛んでいたが、季節が旬でないからここでは乾燥して輪切りにしたものだった。せっかくなので食べてみた。ほんの少しだけだったが、目が回って、パニック障害の時の症状に似てきたので、あわてて、口にのこっているものを吐き捨てた。それでも、一時間程にわたってもうろうとしていた。酔っ払いのような症状になるがここの人は子供の時から食べているので、程よい気分になるらしい。もうこりごりである。
3月10日 インドネシアで 楽しく暮らす 15-177
斜めからインドネシアを眺めよう 177
06:30ホテルから出発。08:20テイクオフ09:40バリ着、15:30発まで時間がたっぷりあるので、土産物を買いにタクシーでキンタマニへ行く途中のジャランスカワティの土産物屋街へ行ってオランマルを仕入れた。一コというか、一体が5万Rpだった。もっと粘れば4万くらいになったと思う。四個買った。ゴルフ仲間への土産である。
バリの空港でやっとフラッシュを使えるようになった。そして、待合室に唯一ある電源を使って、久ぶりにメールを眺めることができた。
会社内の情報の収集が全体的に出なく、ほんの一部の気にいった幹部や通訳からしか得られない日本人が多い。自分が集めた情報ではないので、間接的であり、その人たちが扱いにくい、気に入らない、彼らに従わない、彼らに批判的な人達は彼らから批判的な情報しか伝わらない。また、噂を作って、あるいは誇張、歪曲して報告する。それを、信じてしまう。直截自分で確認することはしないし、できない人が多い。そこで、従業員の多くは、通訳など全く、本来の仕事ができない人のご機嫌をうかがうようになる。そういう会社はもう、お仕舞いである。本社はどういうことを早く察知し、交代させる技量がなければならないが、ない会社がおおいので、これも、仕方がない。
うまくいっている会社は、日本人と現地人従業員との直接会話がうまくいっている会社です。日本人の皆さん、ぜひ、直接会話をして、皆さんが何を望んでいるのか、何を考えているのか、自然体で把握してください。
私は、従業員全体の味方なので、経営者の日本人やその側近や通訳には批判的です。彼らは、日本人経営者に、私は批判していることや、ないうわさを作って報告する。日本人は、バカなことにそれを信じる。そして、私を眼の上のたんこぶにする。自分で自分の首を絞めてしまう。そういう無能な日本人が多い。(^_-)-☆日本に戻った 2026.08.02
(^_-)-☆エポ時期の確認 2022.09.28
(^_-)-☆色々あるらしい 2011.06.05