どうか・・・
持って行き場のない やるせない気持ちを
このブログに綴らせてください。。。
ホリスティック医学を学んでいる(ホリスティックセラピストである)私は、
西洋医学を目の当たりにした。
「顔・表情・心(の声)を見ない病院」 で、父を失った・・・・。
ベッドの上で毎日、
恐かったやろう。
心細かったやろう。
苦しかったやろう。
守ってあげられへんかった・・・ お父さん、ほんまに ごめん。。。
10月14日(火) 午前1時30分 父 まさか! の 「 永眠」
死 因 : 院 内 感 染
入院したのは、「腸閉塞(ちょうへいそく)」だったけれど、半月で完治していた。 主治医が何度も「完治しています」と言っていた。
しかし、病院の書いた 『死亡届』の”死因”欄には、 「 腸閉塞」 と書かれてある。。。。。
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これが 『父の運命』 だと言われれば それまでだけど、あまりにも 無念。
最初は、大きくて綺麗で設備が整っていていい病院か と思っていた。
最初は、たくさんの若い看護師ばかりで活気があっていいかも と思っていた。
が! 茶髪・厚化粧・やる気のなさ・感情むき出し・笑ってごまかす・適当すぎ・不潔感‥
そして 何もかもが ずさんで不衛生
‥
主治医も他の医師も 言っていることが常にバラバラ、何を聞いてもハッキリしない。
「よくわかりません」 「何でだろう」 「もう歳ですからね」 「様子を見ましょう」
これがダメならこっち、あれがダメならこっち・・・
次々と薬が使われる。 どんどん薬漬けになっていく父
。
からだ中 穴だらけ、管だらけ、アザだらけ。
見る見るうちに 父は どんどんどんどん 痩せ衰えていった。
「きょん、このままこの病院に居たら 殺されてしまう。 助けてくれ・・・!!」
父が私にそう言った時には、既に 院内感染になっていた。
私たち家族も この病院からすぐにでも出して 助けてあげたかったが、
菌を持っているため 受け入れてくれる病院がない!
どうしてあげる事もできなかった。
主治医や看護師に意見することしか出来なかった。
9月1日 腸閉塞で某大学病院へ入院
(3件目の病院)
・
以前に同じく「腸閉塞」で入院した病院は、緊急オペのため受け入れてもらえなかった。
・運ばれた病院も設備が整わないため、また別の病院へ運ばれた。
9月10日 小腸手術
・高年齢のため、本人も家族も手術はしないで欲しいとお願いしていたが、
「手術しないと退院できない」と言われ、仕方なく承諾、ほぼ強行だった。
・小腸を20センチほど切った。 本当に切らなければいけなかったのだろうか?
・口の中が極度の乾燥で舌がひび割れ、言語が難しくなっていく。
(何度お願いしても、看護師たちが気がついて口を湿らすことはしてくれなかった)
9月13日
何故か
傷口がパックリ
開き、 化膿&悪化
→
再手術
↑ この時点で、私たち家族は 病院に対して
「不信感」
を抱き始める。
・手術した次の日から 寝たきり予防で「歩く練習」をしていたが、父は嫌がっていた。
看護師の雑で乱暴な扱いが恐かったようだ。 父が看護師に怯えていた原因のひとつ。
「 腸閉塞が完治
しました。 そろそろ食事を摂りましょう。 転院も手続きします。」
そんな矢先・・・
9月26日
MRSA菌が体内から発見される
・家族に何の連絡もなく 個室に移されていた(隔離)。
ボケ防止のため 個室を希望せずにいた。差額を請求されたが、こちらは断固拒否!
・結局、楽しみにしていた飲食は延期となり、また点滴、薬漬けの日々に戻る。
完全に 私たち家族は、病院を信用できなくなっていた。
転院させたくても、菌を持っている限り どこも受け入れてくれない と病院は言う。
父を どうしても助けたくて 教えてもらったところに問い合わせをしてみた。
保健所
は 、「MRSAは常在菌だから 弱っているお年寄りでは仕方ないでしょうね」と。
医療相談窓口
は、「その病院は苦情が多いのよ。 病院に伝えておきますね~」と。
だめだ、こりゃ。 問い合わせしただけ無駄だった、何の解決にもならず。
そうこうしているうちに・・・
父は、あっという間に 簡単に 恐れていた 「肺炎」 をおこした。
40度以上の熱、白目をむいてガタガタ震えて様子がおかしいのを 私が発見。
そんな父をたったひとりで病室に放っていた看護師に
ここで、私はとうとう キレた!
「プロとして 恥ずかしくないのか!! 初心に戻って!!
」
「この病院に ”愛” を感じた事がない!! 顔、表情、心の声を見て!!
」
「謝るなら、今からすぐ どの患者にもやさしくしてあげて!!
」
「この散らかってる医療器具やファイル、ゴミなど今すぐ整理して!!
」
直立不動になった看護師数名、20代のリーダーと30代の婦長も謝るばかり。
それでも次の日、針のついていない注射器や医療ゴミが いつものように病室の床に落ちていた。
そう、この病院は ゴミが落ちていて当たり前。 散らかっていて当たり前。
手の消毒している看護師を見たことがない。
特に 「衛生意識」を学校で叩き込まれた私にとって、
病院(外科病棟)なのに 「不衛生」であることが すっごく気になっていた。
そして次の日、主治医が えらい剣幕で私にくって掛かってきた。
(担当医)「看護師から聞きましたが、私の治療に文句を言ったそうですね!」
(私)「怒ってらっしゃる意味がよくわかりませんが‥ 自分たちの落ち度
は報告されてませんか?」
(担当医)「私の悪口を言っていたとしか聞いてません!」
(私)「看護師さんが ・・・・・・・・・・」
(担当医)「も、申し訳ありませんでした!! まったく聞いてないし 知りませんでした!!」
34歳の 頼りない主治医は 電話の向こうで 必死に謝っていた・・・・・。
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