ありのままで  え~やんか~。 

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2008.10.22
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どうか・・・ 
持って行き場のない やるせない気持ちを
このブログに綴らせてください。。。


ホリスティック医学を学んでいる(ホリスティックセラピストである)私は、
西洋医学を目の当たりにした。

「顔・表情・心(の声)を見ない病院」 で、父を失った・・・・。

ベッドの上で毎日、

恐かったやろう。 

心細かったやろう。

苦しかったやろう。

守ってあげられへんかった・・・   お父さん、ほんまに ごめん。。。

10月14日(火)  午前1時30分 父  まさか! の 「 永眠」

死 因 : 院 内 感 染

入院したのは、「腸閉塞(ちょうへいそく)」だったけれど、半月で完治していた。 主治医が何度も「完治しています」と言っていた。

しかし、病院の書いた 『死亡届』の”死因”欄には、 「 腸閉塞」  と書かれてある。。。。。

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これが  『父の運命』 だと言われれば それまでだけど、あまりにも 無念。

最初は、大きくて綺麗で設備が整っていていい病院か と思っていた。
最初は、たくさんの若い看護師ばかりで活気があっていいかも と思っていた。


が! 茶髪・厚化粧・やる気のなさ・感情むき出し・笑ってごまかす・適当すぎ・不潔感‥ 
そして 何もかもが ずさんで不衛生 ‥

主治医も他の医師も 言っていることが常にバラバラ、何を聞いてもハッキリしない。

「よくわかりません」 「何でだろう」 「もう歳ですからね」 「様子を見ましょう」

これがダメならこっち、あれがダメならこっち・・・ 
次々と薬が使われる。  どんどん薬漬けになっていく父 。

からだ中 穴だらけ、管だらけ、アザだらけ。
見る見るうちに 父は どんどんどんどん 痩せ衰えていった。

「きょん、このままこの病院に居たら 殺されてしまう。 助けてくれ・・・!!」

父が私にそう言った時には、既に 院内感染になっていた。
私たち家族も この病院からすぐにでも出して 助けてあげたかったが、
菌を持っているため 受け入れてくれる病院がない!

どうしてあげる事もできなかった。
主治医や看護師に意見することしか出来なかった。



9月1日     腸閉塞で某大学病院へ入院 (3件目の病院)
・ 以前に同じく「腸閉塞」で入院した病院は、緊急オペのため受け入れてもらえなかった。
           ・運ばれた病院も設備が整わないため、また別の病院へ運ばれた。

9月10日    小腸手術
・高年齢のため、本人も家族も手術はしないで欲しいとお願いしていたが、
            「手術しないと退院できない」と言われ、仕方なく承諾、ほぼ強行だった。
           ・小腸を20センチほど切った。  本当に切らなければいけなかったのだろうか?
・口の中が極度の乾燥で舌がひび割れ、言語が難しくなっていく。
           (何度お願いしても、看護師たちが気がついて口を湿らすことはしてくれなかった)

9月13日 何故か 傷口がパックリ 開き、 化膿&悪化  →  再手術
↑ この時点で、私たち家族は 病院に対して 「不信感」 を抱き始める。
・手術した次の日から 寝たきり予防で「歩く練習」をしていたが、父は嫌がっていた。
           看護師の雑で乱暴な扱いが恐かったようだ。 父が看護師に怯えていた原因のひとつ。


「 腸閉塞が完治 しました。 そろそろ食事を摂りましょう。 転院も手続きします。」



そんな矢先・・・

9月26日
MRSA菌が体内から発見される
・家族に何の連絡もなく 個室に移されていた(隔離)。
           ボケ防止のため 個室を希望せずにいた。差額を請求されたが、こちらは断固拒否!
・結局、楽しみにしていた飲食は延期となり、また点滴、薬漬けの日々に戻る。

完全に 私たち家族は、病院を信用できなくなっていた。

転院させたくても、菌を持っている限り どこも受け入れてくれない と病院は言う。



父を どうしても助けたくて 教えてもらったところに問い合わせをしてみた。

保健所
は 、「MRSAは常在菌だから 弱っているお年寄りでは仕方ないでしょうね」と。

医療相談窓口 は、「その病院は苦情が多いのよ。 病院に伝えておきますね~」と。

だめだ、こりゃ。 問い合わせしただけ無駄だった、何の解決にもならず。



そうこうしているうちに・・・

父は、あっという間に 簡単に 恐れていた 「肺炎」 をおこした。

40度以上の熱、白目をむいてガタガタ震えて様子がおかしいのを 私が発見。

そんな父をたったひとりで病室に放っていた看護師に
ここで、私はとうとう キレた!

「プロとして 恥ずかしくないのか!!  初心に戻って!!怒ってる」
「この病院に ”愛” を感じた事がない!!  顔、表情、心の声を見て!! 怒ってる」
「謝るなら、今からすぐ どの患者にもやさしくしてあげて!!怒ってる」
「この散らかってる医療器具やファイル、ゴミなど今すぐ整理して!!怒ってる」

直立不動になった看護師数名、20代のリーダーと30代の婦長も謝るばかり。

それでも次の日、針のついていない注射器や医療ゴミが いつものように病室の床に落ちていた。

そう、この病院は ゴミが落ちていて当たり前。 散らかっていて当たり前。
手の消毒している看護師を見たことがない。 


特に 「衛生意識」を学校で叩き込まれた私にとって、
病院(外科病棟)なのに 「不衛生」であることが すっごく気になっていた。



そして次の日、主治医が えらい剣幕で私にくって掛かってきた。

(担当医)「看護師から聞きましたが、私の治療に文句を言ったそうですね!」

(私)「怒ってらっしゃる意味がよくわかりませんが‥  自分たちの落ち度 は報告されてませんか?」

(担当医)「私の悪口を言っていたとしか聞いてません!」

(私)「看護師さんが ・・・・・・・・・・」

(担当医)「も、申し訳ありませんでした!! まったく聞いてないし 知りませんでした!!」

34歳の 頼りない主治医は 電話の向こうで 必死に謝っていた・・・・・。


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~ つ づ く ~






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最終更新日  2008.10.23 12:47:45
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