セミパラチンスクは、かつてはソビエト連邦共和国時代の核兵器開発のメッカで、空中で行われた核実験は 1949 年~ 1991 年までの 42 年間に 456 回を数え、広島、長崎の被爆者と比べようもない 150 万人を超える人々が被爆したといわれています。
1991 年ソビエト崩壊に伴いカザフスタンは独立し、以後、核実験も禁止されて今日に至っているが、核実験によってできた原子湖は口を開けて碧空を見続けています。
1998 年に、双方の被爆者の交流を通じて核兵器のない 21 世紀を目指すことを設立目的にしたヒロシマセミパラチンスクプロジェクトが発足して、主に、セメイ市にある小児病棟に癌の治療薬を贈呈したり、留学生を受け入れて、相互に平和交流を推進してきました。
私たちも遅まきながら、この運動に共感を寄せながらなかにし礼さんが作詩して佐藤しのぶさんが手話を交えて歌った「リメンバー」の歌をロシア語に訳して交流する旅を企画して、この秋に合唱交流訪問団を組織しています。ツアーの要領は添付の URL にコンタクトしてください。(下記にカーソルを合わせ Ctrl キーを押しますとホームぺージに飛びます。初めにモンゴルの旅が出ます。その下に、広島―セミパラチンスク合唱交流の旅の詳細を見ることができます。)