全3件 (3件中 1-3件目)
1

小諸城址にて 信号待ちをする交差点。歩道では子供がじゃれ合うように枯葉が踊り、「青だよ」と誘いながら横断歩道をカサカサと渡っていきました。その日、私はいつものようにスーパーに寄り、買った食材をせっせと袋に詰めていました。あとから私の隣に来たおばちゃんもせっせと袋に詰めはじめたのですが、がっ!違和感に促されてチラリと見ると、おばちゃんはその場でトレイのラップを破り、ジャコをビニール袋に詰め替えておりました。ツワモノ。さて、年末を意識しだすと何かと忙しくなるもので、今日はずーーーーーっと放置してあった書類や手続きを片付けてきました。あれは夏だったような…消防署の方が防火管理の書類をわざわざ届けてくれたんですが、講習なんかも受け持っているんでしょうか、たくさん付け加えながら説明するのがお上手で、長いな~( ̄  ̄)と思いながら聞いていたもんですから、肝心の記入の仕方を説明されても上の空でね┐(  ̄ー ̄)┌ フッ しかも、期限がないのをいいことに放置したもんでね… ┐(  ̄ー ̄)┌ フッおかげで消防署まで走ることになりました。消防署で対応してくださったのが、パンダの着ぐるみで玉ねぎをかぶった御仁。しかしながら、磨かれた眼鏡の奥にある眼光は鋭く、こんな感じ。画像1. パンダの玉ねぎのせ あ、画像が表示されないですか?へへっ =^^=ゞ なんででしょうね =^^=ゞで、 玉ねぎパンダ この方に手引きしていただきながら記入していったわけですが、後半に近付くとどう表記するかを考えなければならない内容でして、ところが 玉ねぎ この方は的外れな能書きをたれるだけで的確に手引きをしてくれない。その上、立場や身分というものをなにか勘違いなさっているようで、後半に辿り着くまでには、やはり私も大人の風格でもって何度も コイツの首を絞めたろか( ̄皿 ̄)! 堪忍袋の緒を締めていましたが、キレました( ̄皿 ̄)最初に書類を届けてくださった消防署の方が、『内輪の話でアレなんですが…なにをやらせてもミスだらけでどうしようもない職員がおりまして…』と、つまりはその職員のミスのせいでうちに出向くハメになったというわけです。部下のせいにするなと言いたいところですが、さておき、もしやその職員とは…眼光しか鋭くない、いや、目つきと態度が憎たらしいコイツではなかろうか。わはは。そーかそーか。オマエだったのか。オマエに相違ない。玉ねぎパンダめ( ̄皿 ̄)!
2011.11.25
コメント(9)

今宵はモーツァルトを聴きながら書いています。タ~タラタラタッタ~貰ったCDがモーツアルトであるということしかわかりませんけど ヘ( ̄▽ ̄)ノ昨年は母が病気になったこともあってとても短く感じた一年でしたが、振り返ればいろいろなことがあり、凝縮された時間を過ごしたように思います。年頭にはそんなことをしみじみと思ったものですが、なんと早いことでしょうか、今年も一年を振り返る時期に入ってしまいました。とは言ってもまだ1ヶ月ちょっと残っているし、最後の最後に年末ジャンボが当たってウハウハになるかもしれないですから、まだ振り返りません。でも、ここで終わるのもナンなんで、未来に目を向けてみようと思います。「相談している余裕はありません。この場で決断してください。」延命措置の可否を迫る医師に、涙を流しながら答えたあの日。私の涙はなんだっただろう。母の死が見えた悲しみか。それとも、罪の重さに耐えかねたのか。私の涙はなんだったんでしょう。 今じゃ「今日は砂糖が安いから買いに連れてって( ̄ー ̄)! ひとり2個までだから、あなたも2回まわって4個買うのよ!」とか。「芋けんぴ買って来て( ̄ー ̄)! 5袋ね( ̄▽ ̄)!」とか。5袋も食うのかよ。いえいえ、家族全員に1袋づつ支給されるんです。「いいから( ̄ー ̄)! 美味しいから持ってって食べなさい( ̄ー ̄)!」この母の傍らにあり、そして、母に寄りそう父を眺めながら、我が身が看護や介護を経て死に至るまで、あるいは死に様と言いますか、幸い健康であったとしてもどう老いるか、そんなことによく思いを巡らせるようになりました。子供や夫に世話をかけるようになってしまったとき、母のようになれるだろうか、父のようになれるだろうかと、一言一句や行動の仕方を考えさせられます。( 特売砂糖の買い付けは一回のままでいたいけど。)友人のお父様が亡くなったのは一昨年のことだったでしょうか、こたつに横たわったまま、家族が気付いたときには亡くなっていたそうです。父にその話をすると、「俺もそんなふうに死にたいな~。最高だ。」と言いました。看護される人となった母は、申し訳ない、申し訳ないと私に頭を下げていました。母のそんな姿に、父は言葉を失います。じわじわと近付く死期への恐怖はもちろん、孤独や不安、治療の苦痛もなく、看護や介護で我が子を苦しめることもなく、すまないすまないとの思いで苦しむこともない。自分も苦しまず、誰を苦しめることもない。ぽっくり死んでしまえれば、それは本当に最高の幕引きなのかも知れません。私は息子ばかりですから、「なんでアタシがお義母さんの世話しなきゃいけないのよ!」…とか。「もううんざり!」…とか。「無理( ̄  ̄)」…とか。なるでしょうね。ね。ね。ね。私がお嫁さんにそう言われるのは仕方ありませんが、私がさっさと死なないことによって息子夫婦にこんな争いが起こっては、死ぬに死ねませんっ。いや、だからさ…
2011.11.22
コメント(2)

お久しぶりでございます。澄み渡った秋の空にたい焼きが映える今日この頃、ご無沙汰続きとなりまして、相すみません。機を逸したネタではありますが、先月は連休に飛騨神岡~新穂高へ、久しぶりの一泊旅行に出かけてきました。やはり日頃の行いが物を言うのか、当日の穂高では剣岳をくっきりと望むことができました。山の名前なんてどうでもいいでしょうが、雲がかかっているほうは、たぶん笠ヶ岳です。 この翌週には軽井沢~群馬県富岡へ、なんと一週間ぶりの一泊旅行です。こちらの旅は某組合の恒例旅行で、今年からお前が行けと父に命令されたので渋々行ってきました。その道中、ガイドさんが「あ、前にナントカ山が見えてきますよ~」とか「もうすぐ目の前になんちゃらが見えますよ~」とウキウキさせるのですが、あたしゃ後ろから2番目の席でなんにも見えませんって。お宿は9人部屋に4人だったので広び~ろと過ごせましたが、じーさま・ば-さまたちに「あんたが一番若いんだから」と最初に言われてしまったので、ばーさまたちが朝風呂でまったりなさっている間に全員の布団を上げ、デカいテーブルをひきずってお茶の用意を済まさせていただきましたともっっっ。渋々とは言いつつ、たぶん誰よりも楽しんだであろう『若者』なのでした。さて、なかなかブログを開けずにいますが、特に近況に変化があったわけでもなく、ぼちぼちと平穏に暮らせています。朝起きてコーヒー飲んで、洗濯して掃除して昼メシ作って片付けて、猫のフン掃除して晩メシ作って片付けて。こんな調子で私は平穏ですが、次男たちはこの間空き巣に入られて凹んでおりました。同じ日、長男たちは「道の駅 100万人目」で地産の梨やら柿やら貰って喜んでまして、お裾分けしてもらった梨は大きくて甘くて大変美味しゅうございましたが、長男一家がテレビカメラの前でめでたいインタビューに答えていたとき、次男一家は警察のカメラに撮られながら現金の内訳なんぞを答えていたわけですな( ̄▽ ̄)その日、私は たまたま気合を入れて いつものようにせっせと掃除をしていましたら、次男のお嫁さんから「通帳と現金がなくなってる」と電話が入りました。齢30(来年も30ね。)にもなるとガーリーな同情もなく、ちゃっちゃと警察呼びなさいと低音でソフトに教えて差し上げるぐらいでしょうか。でも、アノお嫁さんのことだから息子が帰宅するまで一人では心細かろう。近いことだし。父の愛車「じーちゃん号」を拝借してキコキコと向かいました。自転車に乗るのは約30年ぶりですかな。産まれたときに乗ったきり…ってか。さて到着。テンションは低いけど、この事態にアドレナリン放出で血圧と心拍数が上がっているのか、お嫁さんはタンクトップ姿でありました。寒っ。私が向かっている間に息子も帰宅し、間もなく警察もやってきました。空き巣の捜査では、ドラマと同じように刷毛らしきものをサッサッとやりながら指紋を浮き出させたり、床にライトを当てて足跡を探したりしていました。サッシの窓ガラスにはいくつかのはっきりとした指紋がありましたが、侵入路と思われる箇所などにも痕跡が一切残っていないそうで、恐らくこれらの指紋も身内のものだろうと思われます。身内のものって…って…ちょっとヨメ子さんっ! 手あとがいっぱいじゃないのっ!窓ガラスはちゃんと磨いときなさいよっ。それと。ワキ毛が見えておりますよ。
2011.11.07
コメント(6)
全3件 (3件中 1-3件目)
1