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無理難題が押し付けられていた。通っていた
学校では、豚を飼い始め、餌は
、
生徒が自宅から残飯を運ばされた。食量不足は、日常だったので、
生徒一人が持って来る量は、ほんの一握りでしかなかった。
馬の「かいば」供出と称して、1週間に
500匁 (
2キロ弱 )
、草を刈って持参するように、先生から言われた
。干し草にして軍馬に
供するのだそうだ。
浦和の空き地や、道端の草は、瞬く間に一本も見られなくなった。日曜日に、
足を棒にして、歩き回っても、2キロの草など採れるわけはなかった。
ドングリを学校に持っていくことも、課題の一つだ。粉砕し、食用にするそうだ。級友は、お寺や
神社の境内を探したり、郊外の里山まで出掛けていた。土曜日になると、一人でバスに乗り、
リュックを背負って、『田舎』へ出掛けた。祖母が、ドングリ (
樫の実 )
を拾っておいてくれるので、
それを受け取りに行ったのだ
。
晒しの袋一杯のドングリは、かなりの重さだった。一泊し翌日の午後、重くなったリュックを背負って帰った。何回も繰り返すうち、白い晒の袋は
、
ドングリのアクで茶色に
なった。、毎回
、
先生に褒められたが、自分で拾ったものではないことに、後ろめたさを感じた。
何も持参しなくても、罰則はなかったが、無理難題な話だ。これが、小学生への“命令”だっだ。
こんな物も食べました。
どんぐり(樫の実) ずいき(芋茎) 芋がらのきんぴら(現在)
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