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'Stone wall' (Swiss Jura)
Photo by Ethan
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>前回


 登ってきたのは、三台の大型乗用車であった。小屋の下方一キロあたりで車が停(と)まると、十七、八人の男が跳びだした。
 十五人ほどが弾倉帯を腰のほかにも左右の肩からタスキ掛けにし、片手に自動ライフル、もう一方の手に大きな金属製の弾薬箱を提げていた。
 あとの二人の男が持っているのは、機関銃と予備銃身であった。全員が、前進し、小屋から七百メーターあたりで一度止まる。
 双眼鏡で彼等の動きを追いながら片山は呻(うめ)き声を漏らした。心臓が早鐘を打っている。
 三百メーターぐらいまで彼等を引きつけてから迎撃を開始しようと思っていたが、下手(へた)するとこっちのほうが蜂(はち)の巣にされてしまう。
 機関銃       を持った二人の男は左右に分れて走った。自動ライフルの連中は二(ふ)た手に分れ、機関銃を持った男を追う形で走った。三台の車のうちの一台が五百メーターほどバックする。
 二人の機関銃手は、互いの間隔が五百メーターほど離れたところで停まった。その位置で空冷ファン付きの二脚を立てたM六〇機銃の射撃姿勢をとる。










 自動ライフルの男たちは、弾薬箱を機関銃のそばに置いた。その一丁の機関銃について一人ずつの保弾手を残し、二つの機関銃を結んだ線の中央部に向けて駆けはじめた。
 自動ライフルの男たちは、それぞれのあいだに五メーターほどの間隔をとって、小屋のほうに匍匐(ほふく)前進をはじめた。彼等が使っている自動ライフルは西ドイツ陸軍の制式銃G三A三であった。口径は七・六二ミリ・ナトーだ。




IMFDB.org - Heckler & Koch G3 - G3A3
http://www.imfdb.org/wiki/G3A3#Heckler_.26_Koch_G3







 小屋からは一キロほど離れた位置にいる左右の機関銃が、援護射撃を小屋の方に浴びせてきた。銃が重いだけにかなり正確な射撃だ。石垣や小屋の石壁から砕けた石片が飛び散る。
 石垣から首を引っこめた片山は、バックパックを背負い、M十六を抱えると、石垣のうしろを中腰になって走りながら、時々顔を石垣の上に一瞬突きだす。

 這(は)いながら近づいてくるG三自動ライフルの連中は、石垣から五百メーターのあたりまで迫っていた。まだ射撃を開始してない。
 彼等が三百メーターまで近づくのを待っておられなかった。
 片山は多弾速射に賭(か)けることにした。ヴェトナムでも、中部高原の戦いで、M十六を使って、六百ヤードを越える距離の敵を倒したことがしばしばある。
 首をすっこめた片山はL型の起倒式照門を三百から五百メーター用のほうに切替え、セレクターを全自動にした。




Byrontaylor.com -
Marksmanship Training Unit M16/M4 Training Lesson
Courses of Fire
http://www.byrontaylor.com/m16/T5P5.html






















 銃身覆い(ハンド・ガード)を斜め上から下に押しつけるように左手で摑(つか)み、引金のうしろの把手(グリップ)を強く握って肩に押しつけた片山は立ち上がった。
 踵(かかと)を軽く浮かせ、膝(ひざ)を軽く曲げて、前のめりの姿勢をとり、G三自動ライフルの連中に向けて、フル・オートで五、六発ずつ点射する。




Youtube -
Game of Trolls
https://www.youtube.com/watch?v=kZC-Ko49vps





M16A1 Full Auto Rifle by sootch00
https://www.youtube.com/watch?v=OQU8_GPmLCk








 一発ごとの単射(セミ・オート)では軽い反動のM十六も、フル・オートで機関銃式に連射すると、銃口が目に見えない糸に引っぱられるように反りあがっていく。
 片山は腰で狙いをコントロールしながら、五、六発射つごとに引金をゆるめ、左右に走ってはまた射つ。
 はじめの三十連弾倉が空になって、遊底が開いたまま止まった時には、二、三人の死傷者が出たようだ。
 蹲りながら片山は、空になった弾倉を抜き捨て、目にも止まらぬ早さで弾倉帯のパウチから抜いた二本目の弾倉を弾倉室に叩きこむ。ボルト・ストップを押して遊底を閉じた。
 片山は中腰で走っては止まり、立ち上がって四、五発ずつ点射するとまた走った。
 敵のG三自動ライフル群も応射してきた。無論、二丁の機関銃も、数秒ごとに発射を中断して銃身を冷やしながら射ってきている。




Youtube -
7.62x51 Hk g3 full auto by ppr776
https://www.youtube.com/watch?v=Hz9EIy6yuLY





Original Vietnam-Era M60 at the Range by Forgotten Weapons
https://www.youtube.com/watch?v=uJ2LJVcuoaM





M60 in Ultra SlowMotion by Vickers Tactical
https://www.youtube.com/watch?v=8aekduZbQWk







 片山の頭や顔を、敵の七・六二ミリ弾に砕かれた石の破片がしばしば叩いた。強化焼き入れしてあるレンズのシューティング・グラスを掛けていなかったら目が見えなくなったところだろう。
 自動ライフルの敵は大勢だが、片山にとって絶対に有利なのは、石垣というタマよけがあることと、敵よりも高い位置にいるからだ。だから、射ち上げてきた敵弾が石垣の上をこすっても上にそれるし、片山のほうからは男たちの全身が見えても、彼等からは片山の姿はほとんど見えない。大体、五百メーターの距離で肉眼で相手の頭や顔だけを見つける視力を持っている人間は、ざらにいるものではない。
 片山は恐怖の小便をこらえながら、次々に弾倉を替えて射ちまくった。自動ライフルの連中の半分ぐらいがもう被弾している。
 二丁の機関銃の銃身が過熱し、銃身を取替えるために射撃を休止するチャンスがやってきた。
 弾薬箱から機関銃に吸いこまれるベルト・リンク給弾倉を支えていた保弾手と射手が、耐熱手袋をつけ、照門の下についたレヴァーを上に押し上げ、銃身を抜き外している。銃身だけを交換出来る新式のE1(ワン)タイプとちがって、銃身と共に二脚とガス・シリンダー・チューブの半分が一緒に外れてしまうタイプのM六〇だから、二人とも伏せたままでなく、上体を起して銃身交換の作業を行っている。
 M六〇機関銃の発射回転速度は、一分間に五百五十発といったところだ。
 引金を絞りっぱなしにしないで点射して、一分間に百発ぐらいの割りで射てば、銃身がオーヴァー・ヒートするまで十分間ほどの余裕がある。
 それが一分間に二百発連射すると二分間でオーヴァー・ヒート寸前になり、引き金を絞りっ放しにすると三十秒ぐらいで銃身を交換せねばならぬ。




Youtube -
M60: full disassembly & assembly by Si vis pacem , para bellum.
https://www.youtube.com/watch?v=sBlJmwPhCM0







 M六〇の銃身交換は素早く行われるタイプだが、それでも銃身を脱着し、一度外してあったベルト・リンク給弾倉の一発目を装塡ブロックに移すには二十秒はかかる。
 片山はバック・パックから取出した二本目の弾倉帯から抜いた弾倉を使い、G三自動ライフルの男たちを掃射した。
 今度は点射ではなく、一回に十発ぐらいずつ連射する。連射のあいだにちょっと間を置いても、三秒で空(から)になる弾倉を、素早く替える。
 戦闘がはじまってから五百発以上の実包を消費した片山のM十六は、ファイバー・グラス製のハンド・ガードが焦(こ)げ臭(くさ)くなっていた。
 しかし、復讐(ふくしゅう)の神が片山に味方してくれたらしく、G三自動ライフルの連中は、すでに全員が被弾し、戦闘能力を失っていた。
 片山は小川のところまで這(は)っていった。
 一キロほど離れて位置している二丁のM六〇機関銃手からは、這い出した片山が見えないらしく、まだ石垣や小屋に向けて、二、三発ずつ点射している。
 石垣も石造りの小屋も弾痕(だんこん)だらけだが、まだ崩れ落ちてないのは、七・六二ミリ・ナトーの百五十グレイン弾は、一キロを飛ぶあいだにひどくエネルギーを失うからだ。
 片山は小川の流れでカラカラに渇いた口をすすぎ、小川を這って渡った。ブッシュや窪地(くぼち)を択(えら)んで大回りしながら、左側の機関銃の背後に回りこんでいく。
 二十分ほど掛けて、左側の機関銃の斜め後ろ三百メーターのあたりの窪地にたどり着いた。
 M十六の銃身はまだ熱かったが触って火傷しないほどには冷えていた。片山は五百のほうにしてあった照門を0から三百メーター用のほうに切替え、バックパックの脇ポケットから手さぐりで取出した二脚を銃身に嵌(は)める。
 窪地からそっと這い出る。
 機関銃手も保弾手も、まったく片山に気づいてないようだ。M十六の五十五グレイン被甲弾頭を使う軍用実包の公称初速は、二十インチのM十六の短い銃身から発射された場合でも三千二百五十フィート、つまり約九百八十メーターという高速だ。
 片山は弾速測定機にかけて測ったわけではないが、午前中の試射から、二百メーターに照準合わせした三百メーターの目標物に命中させるには約七インチ、つまり十八センチほど上を狙えばいいことを知ってる。
 いまの機関銃手と片山の位置関係から見て軽い射ち上げになるから、弾道はもっと延伸する。だから、七インチより少な目に狙い越しをとるほうが正解なのだろうが、銃と弾薬の精度がそんな精密な計算についていけない。
 だから伏射(プローン)のスタンスをとった片山は、セレクターを親指でセミ・オートに回し、伏せて機関銃を射っている男の背中の上にM十六の狙いをつけた。










 引き金を絞る。
 機関銃手がのけぞった。それから機銃の上に突っ伏す。ドロップした五十五グレイン弾は脇腹(わきばら)から入って肺と心臓にダメージを与えたようだ。
 片山はベルト・リンクの給弾倉を支えて蹲(うずくま)っていた保弾手の首のあたりを狙って素早く第二弾を放った。
 男は横倒しになってもがいた。片山は男の背中の上の空間を狙って三発目と四発目を速射した。
 片山から見て斜め上の、こちら側の機関銃からは五百メーター、片山からは八百メーターほど離れたもう一丁の機関銃の射手が必死になって銃の向きを変えようとしている様子がぼんやりと見えた。
 M十六自動ライフルの場合、二百ヤードで照準合わせをしてあるサイトで五百ヤードの目標に命中させる時には、計算上約四十五インチ    約一メーター三十    上を狙わないといけない。
 それが八百メーター、つまり約九百ヤード離れた目標物だと、ゆるやかとは言え山の斜面で風があるから、命中させるには僥倖(ぎょうこう)以外に頼りになるものは無い。
 片山は窪地にあとじさり、顔だけを突きだした。ポケットから出したライカの双眼鏡の焦点を八百メーター先の機関銃のほうに合わせる。
 またしても、復讐の神は片山を見放してなかった。
 泡(あわ)をくらったM六〇機関銃の射手と保弾手の動きのタイミングが合わず、給弾ベルトがねじれて回転不良を起していた。
 立ち上がった片山は、M十六を胸に抱え、全速力でこちら側の機関銃に向けて走った。
 向う側の機関銃手と保弾手は、給弾カヴァーを開いて故障を直そうとしているらしいが、あせりきっているのでうまくいかないらしい。弾薬から外れたメタル・リンクが機関部のどこかに噛(か)みこまれたのかも知れない。
 バック・パックを背負い、弾倉帯や拳銃や手榴弾などを腰につけ、M十六を持ったハンディにもかかわらず、片山は三百メーターを四十五秒ほどで走り抜いた。
 機関銃から死体を突きのけ、左手で帯状のベルト・リンク給弾倉を支えた片山は、相手の二人のかなり下目(しため)にはじめの狙いをつけて十発ずつ連射しはじめる。
 銃が重い上に発射回転速度が遅いので反動が楽に処理できる。機関部の右側から空薬莢(からやっきょう)が次々に飛び出た。バラバラになったメタル・リンクが右下に落ちる。下が草地なので、冷却ファン付きの二脚は地面をしっかりグリップして跳ねない。
 百発目を過ぎた頃から当りはじめた。
 まず相手の機関銃手が転(ころ)がり、次いでその機関銃が着弾のショックで横を向き、保弾手が引っくり返る。
 片山はトドメを刺すためにさらに三十発ほど射ちこんでから射撃を中断した。
 そのとき、遠くから車のエンジンが掛かる音が聞こえてきた。
 小屋からは約一・五キロ、片山からは一キロほど離れたところに駐(と)まっていたベンツが動きだし、ターンしようとする。
 片山は、左手でリンク式ベルト弾倉を支えたまま、M六〇機関銃をベンツのほうに向けた。体は横に移して、射線と平行にする。
 うまい具合に、いま片山がいる位置から山小屋までの距離は一キロと、片山とベンツの距離とほぼ同じであった。
 だから片山は正照準のままで、動いているベンツの上下左右を射ちまくった。
 ベンツは五十発目あたりから動かなくなった。片山はさらに百発ほどをベンツに射ちこみ、さらに、G三自動ライフルの射手たちが倒れているあたりに三百発ほど射ちこんだ。
 加熱して白熱した機関銃の銃身は曲り、おまけに逆鉤(シアー)も壊れたらしく、これもオーヴァー・ヒートして勝手に発射された弾頭が銃身を突き破った。
 M六〇は銃身と薬室内に空気を通して空冷効果をあげるためと、オーヴァー・ヒート時に実包が自然発射してしまわないように、引金を絞る前には遊底(ボルト)は後退して開いた位置にある。ほどんどの短機関銃とその点は似ている。M六〇にかぎらず、空冷式の軽機関銃には、そのように発射時以外はボルトが後退した位置にある機構を採(と)っているものは珍しくない。
 無論、ピストル実包を使用する短機関銃とちがってM六〇機関銃は強力なライフル実包を使用するから、引金を絞り落すと、前進した遊底(ボルト)は装填ブロック内のメタル・リンクから実包を抜いて薬室に送りこんでただ閉じるだけでなく、カムの作動で四分の一回転して銃身ソケットに噛みこみ、完全に閉鎖して大口径ライフルの発射時の高圧ガスに耐えるようになっている。そのあと、撃針が実包の雷管を叩いて発火させるわけだ。
 しかし、そういった安全機構を採用していても、逆鉤(シアー)が壊れてしまっては何にもならない。
 片山は給弾リンク・ベルトをねじり引いて、わざと回転不良を起させた。こうでもしないと、車のエンジンがディーゼリングを起した時にはスウィッチを切っても勝手に回転し続けるのと同じで、ベルト弾倉の弾薬が尽きるまで勝手に発射し続ける。
 片山は、Uターンして逃げようとしたベンツに敵の指揮官が乗っていると判断した。
 M十六を提げて、そのベンツに近づく。三百メーターのあたりで立ちどまり、地面に伏せると、双眼鏡を使って観察する。
 四五〇SEL六・九であった。ベンツ四五〇SELのボディに七・九リッター二百六十八DIN馬力の強力なエンジンを積んだその車のタイアは三個まで炸裂(さくれつ)し、ガラスはすべて砕かれ、黒いボディは弾痕(だんこん)だらけで白っぽくなっている。トランク・リッドから突きだした無線交信用のアンテナはへし折られていた。









 立ち上がった片山は、M十六A一を腰だめにし、引金に人差し指を掛けて、慎重にベンツに近づいた。セレクターはフル・オートにしてある。
 車の中では、血にまみれた二人の男が震えていた。
 フロント・シートのフロアに坐りこんでいる男は、三十歳ぐらいの痩(や)せた長身の体を持ち、リア・シートに横になっているのは五十五、六歳の小肥(こぶと)りの男だ。二人とも鉤鼻(かぎっぱな)を持っていた。
 片山はM十六を左手に持ち替え、右手でG・Iコルトを抜いた。
「二人とも外に出ろ。出なければ、車ごと焼き殺してやる」
 と、英語で命じる。
「う、動けない。射たれたんだ・・・・・・病院に運んでくれ・・・・・・」
 若いほうの男が英語で呻(うめ)いた。歯を鳴らして震える。
「甘えるな」
 片山は左手のM十六から、ただ一個被弾してなかったタイアに二発射ちこんだ。そのタイヤがバーストし、車はガクンと揺れる。
「わ、分った・・・・・・」
 泣き声をたてた若い男は、自分でドアを開いて車外に転がり出た。
 絶えず小さな悲鳴を漏らしながら、年をくったほうも外に這い出た。糞尿(ふんにょう)にまみれている。
「二人とも服を脱げ。俺を射とうとしたら、その途端に地獄行きだぜ」
 片山は命令した。
 二人のパンツも脱がせる。二人とも割礼を受けていた。二人とも十数発の七・六二ミリ弾をくらっているが、銃弾は車の分厚い鋼板を貫いたあとだし、その前に約一キロの距離を飛んでエネルギーを大きく失っているから、無論致命傷ではない。内臓まではくいこんでないのだ。
 二人とも武器は身につけてなかった。
 身分証から、小肥りの男はシモン・デュポンという名で、ホルンブルグ弁護士事務所の副所長と分った。
 若いほうは、ペーター・ジンメルマンという名で、デュポンの秘書だ。
「二人ともユダヤ系だな?」
 片山は尋ねた。日が暮れはじめ、二人は恐怖に寒さが加わって、震えがさらに激しくなっている。
「あ、あんたが、赤い軍団を痛めつけて回っている男だな? ナチ新党にでも傭われたのか?」
 ペーター・ジンメルマンが喘(あえ)いだ。
「畜生    」
 シモン・デュポンが悲痛な声を振り絞った。
「もっと早く逃げだしたら、こんな目に会わなかったのに・・・・・・」
「車に無線機が積んであるな? 誰と交信してたんだ?」
「事務所とだ。いま、ドイツのフランクフルトから、赤い軍団の傭兵団が車を駆ってこっちに向っている。傭兵団は気違いみたいな連中だから、このままであんただけでなく私も射たれてしまう。早く病院に連れていってくれ!」
「こっちに押しかけてくるフランクフルト支部の傭兵は何人だ?」
「五人。選り抜きの強者(つわもの)連中だ。それに、副支部長のクラウス・ベルネッケルが同行してくる」
「あそこに倒れている連中も傭兵(マークス)か? 俺に射たれた連中のことだ」
「ちがう。赤い軍団のチューリッヒ支部の戦闘部隊だ」
「フランクフルト支部の傭兵団は、あとどれぐらいの時間で、ここに着く?」
「分らん・・・・・・もう、そろそろだとは思うが・・・・・・ここからフランクフルトまで、直線距離だと三百キロそこそこだが、E四のアウトバーンをバゼールで離れると、スウィス・アルプスを縫うワインディング・ロードに入るから、もっと時間を喰うかも知れん・・・・・・頼む、奴等が来るまでに、早く病院に運んでくれ」
 デュポンは涙をこぼした。
「奴等が着くまでにしゃべってもらおう。ホルンブルグ弁護士事務所は、赤い軍団が国家や企業や金持ちを恐喝(きょうかつ)して送金させた金(かね)を、ダヴィド・ハイラルのトーテム・グローバルに渡す中継機関だということを認めるな?」
 片山はハッタリを掛けた。
 デュポンもジンメルマンも黙っていた。
「よし、去勢してやる。キン(ボールズ)抜きだけでなくて、ポールのほうもブッタ切ってやる」
 片山は言った。
「待ってくれ・・・・・・その通りだ!」
 若いジンメルマンが悲鳴をあげた。下痢便を噴出させる。
「貴様も認めるな?」
 片山はデュポンに向けて言った。
「認める。トーテム・グローバルやトーテム・インターナショナルのボスのジャック・モンローはダミーで、本当のボスはダヴィド・ハイラルだ」
 デュポンは答えた。
「そして、ハイラルこそ赤い軍団の軍団長・・・・・・トーテム・グループは、赤い軍団そのものだな?」
「そうだ・・・・・・」
「表向きは世界的な慈善事業家、博愛主義者として名を売っているダヴィド・ハイラルの本当の姿は、国際商業テロリストの黒幕というわけだな?」
「・・・・・・・・・・」
「よし、くわしく、ハイラルとホルンブルグ事務所との関係をしゃべってくれ」
「・・・・・・・・・・」
「オカマになりたいのか?」
「どこから話したらいいか・・・・・・エジプト最大の銀行の頭取であったしエジプト最大の企業グループの総帥でもあったアヌメル・アル・ハイラルと、フランス系ユダヤ人の母のあいだに生れたデヴィド・ハイラルは、ヨーロッパ留学中に共産主義にかぶれてしまった、ということになっている。














 だけど、ダヴィドと何回か会って話しているうちに、ダヴィドが共産主義者になったのは、父の意をくんだ上でのことじゃないか、という印象を受けた。
 ダヴィドの父のアル・ハイラルは恐ろしいほど頭が切れる冷徹な人物だったそうだから、エジプトも将来は社会主義国家になると見透していたらしい。
 そういう時が来たら、ダヴィドが共産主義の活動家だったということが、ハイラル一族にとって強力な免罪符になりうる。事実、エジプト革命以来、ほかの財閥の企業は次々に国家に接収されて国営化されたが、ハイラル財閥だけは解体をまぬがれることが出来た」
「そのようだな」
 片山は呟いた。
「ともかく、ダヴィドは共産党が非合法であった王政時代のエジプトのカイロにひそかに舞い戻り、エジプト共産党の創立者の一人となった。
 父のアル・ハイラルもひそかにダヴィドに潤沢な活動資金を渡していたが、父が死に母がハイラル財閥を引き継いでからも資金に関しては変りはなかった。母のライラ・エルことイヴォンヌも凄(すご)く頭が切れるんだ。
 豊富な活動資金を頭に拠出し続けたせいもあって、ダヴィドはやがてエジプト共産党の最高責任者である書記長になり、クレムリンの篤(あつ)い信頼も得た。
 エジプト革命のあとナセルが政権を握ると、国王に追放されてパリを本拠地にしていたダヴィドは、実業家への転向宣言を行った。
 それが偽装転向なのか、もともとダヴィドがのちのちのことを考えて派手に地下活動をやっていたにすぎなかったのかは分らんが、ともかく転向したダヴィドはハイラル財閥の遺産相続権を得て、母から莫大(ばくだい)な分け前をもらい、パリに地中海銀行とハイラル貿易株式会社を創立し、一方では社会奉仕家として西側ヨーロッパ各国の最高権力者たちと親交を結ぶようになった」
「・・・・・・・・・・」
「ところで、莫大な遺産をもらったか知らんが、慈善事業に湯水のように金をバラまいて、ハイラルがいかに西側ヨーロッパの首相や大統領の信頼を得(え)、国家機密に関する情報まで取れるようになったか秘密を教えよう。
 ダヴィドは、元エジプト共産党書記長として各国過激派とのつながりを利用し、ゲリラがテロや誘拐(ゆうかい)やハイジャックで稼(かせ)いだ闘争資金を地中海銀行に預けさせ、その金を巧みに運用してたんだ」
「ほう?」
 片山は眉を吊(つ)りあげた。
「各国政財界のV・I・Pから経済情勢に関する情報が入るから、ダヴィドはゲリラから預かった金を投資してボロ儲(もう)けした。テロリストたちには一定の利子しか払わないで済むし、地中海銀行に資金を預けたテロ組織が壊滅した場合には、元金までが丸々ダヴィドのものになった。
 世界各国でテロリストたちが暴力で手に入れる金の額は大したもので、当時でも月に二千万ドルはくだらなかったろう。アルゼンチンの極左都市ゲリラのモントネロスだけでも二年間で一億ドルを稼いだぐらいだからな。
 テロリストたちがどうしてダヴィドを信用したかというと、ダヴィドは自分の転向は偽装で、本音は西側国家の機密をさぐるためだと言ったためだ。事実、ダヴィドは、テロリストたちに情報を流していた。それに、あとでしゃべるが、ダヴィドはモスクワの・・・・・・クレムリンのお墨付きがあったんだ」
「なるほど」
 片山は唸(うな)った。
「ダヴィドはそれに、活動資金に窮しているテロリスト・グループに金を貸して高利をとった。そしてダヴィドは、儲けた金で、リヒテンシュタインのアルピーヌ銀行をはじめ、スウィスやルクセンブルグやバハマ諸島などの租税逃避地(タックス・ヘイヴン)などの十を越す銀行を乗っ取って経営権を握った。
 一方、ハイラル貿易会社のほうはどうかというと、これがまた大したもので、その実体は、アラブの石油をソ連や東欧に売り、ソ連や東欧の武器をアラブに売りつける国際ブローカーというわけだ。これまた莫大な稼ぎをダヴィドにもたらした。ダヴィドは転向したくせにクレムリンのお墨付きがあるわけも、商売と献金を通してダヴィドがアラブの急進派国の指導者たちの相談役にまでなったわけも分るだろう」
「トーテム・グループのほうは?」
「テロリスト組織の資金を運用したり、テロリスト団体に金を貸しつけたりして荒稼ぎしているうちに、ダヴィドは、それよりも自前の組織で誘拐やハイジャックやテロによる嚇(おど)しで、国家や企業や金持ちから金を捲きあげるほうが、さらにケタはずれの儲けになることに気付いた。
 ダヴィドのその自前の商業テロ組織が赤い軍団というわけだ。臨機応変にいろんな名を使い分けているがな。
 あんたは、キャナダのクェベック州が、人口の八十パーセントほどがフランス系なのに財界や官界のトップ・クラスのほとんどがイギリス系で占められ、フランス系はいわゆる 〝二等市民〟の扱いを受けていることを知っているだろう?」














「ああ」
「したがって、フランス系住民によるクェベック州の分離独立運動が盛んだ。
 クェベック独立運動には、穏健派から過激派まで、さまざまな組織がある。そのうち最も過激で爆破テロを得意としてたのがアンチ・アングロ同盟だった。
 そのアンチ・アングロ同盟のアジトで秘密総会が開かれている時、キャナダ秘密警察の一つがバズーカ砲と機関銃弾を十トンほど浴びせて、ビルもろとも組織を壊滅させた。
 アンチ・アングロ同盟の連中で生き残ったのは一人だけだった。数日前、強盗に腿(もも)を刺されて、すぐ近くの国境を越えたヴァーモント州プラッツバーグの病院に入院していたジャック・モンローだけだった。
 アンチ・アングロ同盟のアジトと総会のことを密告したのがジャックとダヴィドだとしても不思議ではないだろう?」
「そういうわけだな」
「ジャックはその組織の資金運営の責任者をやってたユダヤ・フランス系の男で、ダヴィドとは長い付合いだった。
 傷が治ってキャナダ・クェベック州に戻ったジャック・モンローは自首して出た。転向を誓って自由の身に戻れた。
 ダヴィドはそのジャックを社長に据(す)え、自分はいっさい表に出ずに、クェベックから遠く離れた太平洋沿岸のブリティッシュ・コロンビア州のヴァンクーヴァーにトーテム・インターナショナルを設立させた。今から七年ほど前のことだ。トーテム・ポールはあの州のインディアン文化のシンボルだ」










「ああ」
「ダヴィドがまずやったのは、彼の支配下にある各銀行を通じて、トーテム・インターナショナルに莫大な金を融資し、ブリティッシュ・コロンビア州とアルバータ州とノース・ウェスト・テリトリー、それにユーコン・テリトリーの四州にまたがる広大な未開地を買い占めさせたことだ。
 原生林と曠野(こうや)とロッキー山脈とツンドラの凍土からなるその土地の広さは百万平方キロとケタ外れの広さだ。百万平方キロというと、あの広いブリティッシュ・コロンビア州全体をわずかにしのぐ」
 デュポンは一息入れた。


 (つづく)





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Last updated  2021年11月21日 07時47分46秒


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