小学校が荒れているそう。ここ数年言われていることだけれど、最近は特にひどい様子。
私も以前小学校で英語の講師をしていたけれど、確かにクラスによっては、ちょっと問題があるな、と思うところもあった。あくまでも表面的なところからの印象だけれど、毅然とした態度をもち、子どもに対しても厳しさと優しさをもって対応している先生のクラスはとてもまとまっていて良かったように思う。
特に印象に残っている先生は、三人。
一人は女の先生。生徒の態度が悪ければ、真剣におこる。半端じゃない怒り方。6年生の担任の先生だったけど、その厳しさの陰で、これから中学、高校と大人になっていく子ども達がしっかりと生きていけるように!という気持ちが現れていて怒り方にも愛情が感じられた。いつものらりくらりとしている男の子に対しては、とことん話し合いお互い泣くまで一生懸命伝えていた。大人の世界へ子どもを送り出すその優しい厳しさが私は好きだったな~。
もう一人の男の先生は、とにかく「素」で子どもと向き合っていた感じ。オレもダメなところがあるし、悩んでいる。でも一生懸命頑張っている!の気持ちがストレートに出ていて、それに対して子ども達も素直になっていたように思った。生徒からも先生からも保護者からも信頼されて人気があった先生。泣く姿も、笑う姿も、怒る姿も人間として共感がもてた。
反対にこのクラスはちょっとな~というところは、先生がやたらめったら不機嫌。理由もなく・・・というか、基準もなく大きな声をだしたりするような感じがした。ある時は騒がしさをそのまま見過ごしたり、ある時は本当にささいなことで子ども達をしかりつけたり。
私自身も自分の子どもに接するときは、「あいうとお」の時だけはしっかりしかり、後は見守ろうと思っている(出来ないことも多いけど)
「あ」は危ないことをした時。「い」は意地悪をしたとき。「う」はうそを付いたとき。「え」はなくって、「お」は遅い時(ぐだぐだしていて時間を守れないとき)
自分で決めておくと、しかる基準ができていいような気がする。子どもにも「ママはあいうとおの時は怒るよ!」と言ってあるので、子どももしてはいけないことを分かっている・・・ようなき駕する。
子どもだろうが、大人だろうが人間同士が接するときの大事なことって一緒のような気がする。
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