
さて、お茶シーズン。
無料呈茶、です。G.W.。歩行者天国。花回廊。400人。
うちの母も含め、お茶を差し上げた方に、よろこんでいただけました。よかった、よかった。
意義はあるとは思う。
疲れ気味、なんだろうなぁ、私が。
意義はあると思う。が、しかし、「おしゃべりしてないで、片付けろ」とかさー、小学校3年生以来に言われたよ。あほかい。お食事のときに、「とにかく早く、座れ」だの、言われたほうもさっさと座っときゃいいじゃん、とりあえず、・・・みたいな。キーキー、きりきり、油の切れた部品じゃないんだから。小学生の集団じゃないんだからさ。そして、何十年もやってきて、お若いのに、どこか高みからひとをみているような役員様。人格が伴わないとお許状やらお名前をいただけないなんて、だいたい、誰が、どうやって人格を審査しているのであろうか。ありえのうございます。・・・というようなことも、なんだか、だんだん、どーでもいいような気がしてきて、もう、いらいらもしない。
でも、ほんと、はっきりいって、今の私は、「どーでもいいや。」と思ってる。
ぎすぎす、ぎーぎー、は、どこか別の惑星で鳴っているというほどの距離感。
私の周りには、蛙の卵を包んでる生ぬるいどろろんっとしたゼラチン状の緩衝材があって、ぎすぎす波動は直接あたらないことになっている。
残念ながら、カウントダウンしているから、やれてる。
いや、正直、やれてない。やんなきゃいけないことが山ほどあるんだが、やる気もしない。やる気もしないのに、否、やる気がないのが見えるせいか、あれをやっとけ、これをやっとけ、せめてそれをひとつでも少なくするために抗弁するぐらいなもんである。人間失格。
400人に喜ばれるのは、意義がある、だろう。
が、こういうことをやれるのは、一種の部活ノリ、であり、そこには、ルールも序列もあるべきだが、お互いにおもしろがって、楽しいと思ってやれるうちが、花なのである。
そして、もっともっと大勢で、もっともっと間口を広く、まさにあらゆる意味でフレッシュな青年茶人(わおっ!青年+茶人!いったい、誰?どこにいるの?)が多くかかわるべきなのである。そして、そういうひとを指導するべき30代・40代もまた、自己研鑽をする場なのでありましょう。
今日は、お茶を通して、直接、頂くことのできる喜びを感じられる場であったと思う。
そのことをもっともっと一緒に活動した人たちとシェアしたいと思う。
お偉い方々、今日は、楽しかったですか?お茶は、楽しいですか?
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