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12/26に双子が産まれるも、1号は未熟児センターへ連れていかれ、2号は通常の育児室へ。そして12/29、1号が問題無く通常の育児室へ戻ってくることに。ここで、ようやく2人並ぶ姿を見ることに。やはり似ている…。さすが一卵性。そして、上の娘の産まれたときにもそっくりだ。ということは…泣くわ、動くわで大変なのだろうな…。とにもかくにも、無事の成長を祈ることにしよう。
2007.12.30
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と、忘れないうちに双子メモを2007/12/26 13:52産1号 2631g2号 2530g出産は帝王切開にて。手術は13:00から。13:00に手術室in。麻酔をして、出産自体はほどなく終わるとのこと。13:52に男児×2、産まれる。1号は出産後、羊水を上手く吐き出せず、呼吸が上手くできなくなった…ということで、保育器に入れられ未熟児センターへ連れていかれることに。(ママ曰く、あまり泣かず、色も白かったとのこと→全身麻酔で無いので見れるらしいです。)2号は何事もなく、通常の新生児室へ。ママは15時過ぎに病室へ戻ってくる。…も、相当痛いらしい。ママ曰く、自然分娩の比ではないとのこと。確かに、娘の自然分娩の際は痛いというフレーズは聞いておらず、普段もあまり痛いということを口にしないが、今回は「痛い、痛い」と連呼。相当痛いのだろう。本当にお疲れ様でした。そして、点滴とともに、痛み止めもいれてもらう。17時過ぎに2号と面会。のち、未熟児センターの1号にも面会。心電図やら点滴の管やら装着されていた。私が見たときには色も赤くなっており、さらには大声で泣いておりました。少し安心。看護士さんもおそらく問題ないでしょうとのこと。ただ、もう少し様子を見る必要があるとのこと。名前はまだ未決定なので、1号、2号。1号、2号もお疲れ様でした。そんな感じで1日はあっという間に終わりました。
2007.12.27
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さて、私は1児のパパでございます。(正確に書くと「ございました」)というのも、2007/12/26に妻が双子を出産。家族が一気に増えました。今まではくだらん日記をメモっておりましたが、せっかくなので、こやつらの記録をあわせて書きとめておくことにしました。とりあえず、出産前の簡単なデータ(2007/12上旬)を記録。・パパ 30代・ママ 30代・娘 2歳10ヶ月の3人構成。ここに男の一卵性双生児が新規加入することになった。出産までの道のりは険しかった。・まず検診は近くの産婦人科は×→双子対応可能な総合病院へ・通常の妊娠であれば検診は月に1度でOKだが、2週間毎・つわりがえらいひどいさらには、・5人乗りの車に乗っていたが、このままでは 物理的に全員乗れず(チャイルドシートを取り付けると 大人1人乗れないことに…)急きょ買い替え。なんてところまで。1番大変だったのは「つわり」でしょうか。これは本人にしかつらさはわからないでしょうが、家族も大変なのです。ニオイにも相当過敏になるので、我らも食べ物に制限が出てきたり。休みの日もママは外に出れず。私と娘の2人で外へ脱出なんてことが多々。(食欲も無いし、1人の方が楽…なんてときがあったそうです。)つわりは本当につらそうでした。(こちらもつらかったですから。)つわりは7月~9月くらいまで続いたでしょうか。つわりが終わった後のことはまた後日書くことにしましょう。
2007.12.27
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我が鹿島アントラーズ。ようやく10冠達成ですか。ここ数年、あと1歩のところまでいきながら、足踏みだらけ。そして昨今は勝ち切れない+浦和+ガンバが格段にレベルアップ…で、正直、リーグ戦は厳しいかと思っておりました。(今年も天皇杯狙いかと、正直…。)ところがところが。こんなこともあるのですねぇ。ガチンコで浦和、ガンバとやったらまだ差はあるかもしれない…が、そうでなくなることもサッカーではありうるんですねぇ。ま、来期はACLもあるわけで、補強も考えなくてはならないでしょう。あの浦和でさえ、あれだけ疲弊してしまったのですから。とりあえずは、良かったですねぇ。として11冠目を目指してほしいものです。
2007.12.03
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