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2004年07月22日
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云ふまいと思へど今日の暑さ哉  作者不詳


負うた子に髪なぶらるゝ暑さ哉  その女
ôta ko ni kami naburaruru atsusa kana
A criança às costas
Brincando com meu cabelo —
Que calor!
"Sono-jo"



hashii shite saishi o sakuru atsusa kana
Saio na varanda
Para fugir da mulher e filhos.
Que calor!
"Buson"


男ばゥりの中に女の暑さかな  子規
otoko bakari no naka ni onna no atsusa kana
Apenas homens,
E uma mulher entre eles.
Que calor!



雲の峯水なき川を渡りけり  子規
kumo no mine mizu naki kawa o watari keri
Cúmulos-nimbos
Atravessando os céus

"Shiki"




"夏の思い出"
作詞:江間章子 作曲:中田喜直




♪~♪
1
夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬 遠い空
霧のなかに うかびくる
やさしい影 野の小径(こみち)
水芭蕉の花が 咲いている
夢見て咲いている 水のほとり
石楠花(しゃくなげ)色に たそがれる
はるかな尾瀬 遠い空
♪~♪
2
夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬 野の旅よ
花のなかに そよそよと
ゆれゆれる 浮き島よ
水芭蕉の花が 匂っている
夢みて匂っている 水のほとり
まなこつぶれば なつかしい
はるかな尾瀬 遠い空


中田喜直は大正12年(1923)8月1日、東京生まれ。
父は『早春賦』の作曲者として知られる中田章。
昭和18年(1943)東京音楽学校(現東京芸大)を卒業して作曲家になりました。
この曲は、昭和24年(1949)、江間章子の詞に、新進の作曲家だった中田喜直が曲をつけたもので、NHKラジオで放送されました。
平成12年(2000)5月9日没。
『めだかの学校』『夏の思い出』『ちいさい秋みつけた』『雪の降る街を』など生涯に2000以上の曲を作りました。


"南方熊楠"(みなかた・くまぐす)
1867~1941


南方熊楠は、慶応3年4月、和歌山城下に生まれました。

少年時代は、学校の授業に出ず、植物の採集に山ばかり入っており、数日行方不明になったことから、天狗にさらわれたと噂され、「てんぎゃん」いわゆる「天狗さん」と呼ばれています。

また、近所の家で書物を借覧し、漢文で綴られた当時の百科事典「和漢三才図会」百五巻などの写本を作り上げた程、神童ぶりを発揮しました。
後に"熊楠"は、十数か国語を使いこなしていますが、既に少年時代にして、その非凡な才能が見られます。

和歌山中学校卒業後、上京し、東京大学予備門に入学しましたが、熊楠の学問への欲求が満たされず程なく退学。
20才で渡米し、各地を巡り、動植物の実地調査・研究に没頭しました。

その後26才でロンドンへ渡り、科学雑誌「ネイチュア」に「東洋の星座」という論文が掲載されたことにより、その名が知られ、大英博物館の嘱託職員に迎えられました。
大英博物館では仕事をしつつ、読書と筆写に明け暮れます。
その中で作り上げた「ロンドン抜書」は、民俗学や博物学等について、52冊・1万800ページにわたり丁寧に書きつけています。

34才で帰国し、3年あまり植物の宝庫である熊野の山々を踏破調査します。
37才から田辺に住み続けるようになり、49才で終の栖となる現在の南方熊楠邸に居を構えました。

そこに南方植物研究所を設置し、中国建国の父・孫文や民俗学者・柳田国男など世界の諸学者と交流します。
そして、博物学・民俗学をはじめとして、あらゆる分野にわたる研究生活を送り、ミナカテルラ・ロンギフィラ(南方の長い糸)という新種の粘菌を発見するなど世界的業績を挙げました。

昭和天皇が神島にお越しになった際、百十点余りの粘菌の標本をキャラメルの箱に入れて御進献したことは"熊楠"らしさのあらわれた有名なエピソードです。

中央学会から離れて活動していたため、長らく伝説的存在であったこの巨大な思想家・南方"熊楠"は没後50周年を経てようやくその真価が認められつつあります。

奇人学者として取り上げられることの多かった"熊楠"が、実は当時の日本にあって最も力強い学問の流れを形成しようとしていたことが、定説として認知されてきています。

「日本人の可能性の極限」とまで賞賛された"熊楠"の深遠な精神のなぞ解きは、緒に付いたばかりです。


com・mit・ment, com・mit・tal


n. 委任[託];
約束, 責任; 収容(令状).


夏 夏 夏 夏 ココナツ〜♪
愛 愛 愛 愛 アイランド〜♪


夏はやっぱり暑い!!!
昨日は"土用の牛"でございました・ね


土用の丑


古代中国の暦法に陰陽五行説というものがあります。
五行説はこの世のすべての事象を木、火、土、金、水の五つに分類します。
この分類で季節も
木=春、
火=夏、
金=秋、
水=冬
と、夫々の季節の終わりの約18日間を土用としました。
それぞれの土用のはじめの日を土用の入りとしています。

各季節それぞれに土用があるのですが、現在ではなぜか夏の土用(立秋前18日)だけが一般に親しまれています

土用の丑の日にうなぎを食べるようになったのは、江戸時代に平賀源内が、宣伝用に看板に『土用の丑の日』と書いてから流行したといわれています。

ついでに"うなぎ"

うなぎの歴史は古く奈良時代から食べられていたようです。 うなぎは太平洋南方の海で孵化し冬から春にかけて海を泳いで日本の川にやってきます。

この幼魚(シラスうなぎ)を養殖して食用うなぎとなります
天然物は少なくほとんどが養殖で、近年は中国や台湾、韓国からシラスうなぎを輸入しているので、季節に関係なくいつでも出回っています。

一口メモ
関東と関西の違い
うなぎのさき方は関東は背開きにし関西は腹開きにします
焼き方も関西風はさいたうなぎを頭をつけたまま素焼きにして、すぐタレをつけて焼きます

関東風は頭を取って白焼きにし蒸してから蒲焼きにします


ふうっ----
Tres tres "chaud"(hot)!!!!!






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最終更新日  2004年07月22日 07時17分27秒
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