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2006年02月21日
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I'm return to "KYOTO" this week.

AND....

I've my birth-day at Feb./26.

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"曲水" by 杜甫

朝 囘 日 日 典 春 衣
毎 日 江 頭 盡 醉 歸

酒 債 尋 常 行 處 有
人 生 七 十 古 來 稀


點 水 蜻 ? 款 款 飛

傳 語 風 光 共 流 轉
暫 時 相 賞 莫 相 違



朝(ちょう)より回(かえ)りて日日(ひび)春衣を典(てん)し、
毎日 江頭(こうとう)に酔(え)ひを尽くして帰る。

酒債は尋常、行く処に有り。
人生七十 古来稀なり。

花を穿(うが)つ 蝶(けふてふ)は深深(しんしん)として見え、
水に点ずる蜻(せいてい)は款款(かんかん)として飛ぶ。

伝語す、風光、 共に流転して、


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杜甫の「曲江二首」と題する漢詩の、その「二」。
杜甫47歳の作desu.

*********

"京都の恋"


♪~♪

風のウワサを 信じて 今日からは
あなたと別れ 傷ついて
旅に出かけてきたの

私の心に 鐘が鳴る
白い京都に 雨が降る

うしろ姿の あの人は
今は帰らぬ 遠い人   

涙見せたくないの 今日からは
一度離れた 恋なんか
二度とはしたくない

このまま死んでしまいたい
白い京都に包まれて

恋によごれた女は 明日(あした)から
白い京都の片隅に 想い出を捨てるの

想い出を捨てるの



1970(S.45)年、渚ゆう子さんのヒット曲。
原題は"Kyoto Doll"、「the ベンチャーズ」の曲desu.

*********
cont.

十六

山の躑躅の色は、樣々ある。
一つ色のものだけが、一時に咲き出して、一時に萎《シボ》む。
さうして、凡一月は、後から後から替つた色のが匂ひ出て、禿げた岩も、一冬のうら枯れをとり返さぬ柴木山も、若夏の青雲の下に、はでなかざしをつける。
其間に、藤の短い花房が、白く又紫に垂れて、老い木の幹の高さを、せつなく、寂しく見せる。
下草に交つて、馬醉木《アシビ》が雪のやうに咲いても、花めいた心を、誰に起させることもなしに、過ぎるのがあはれである。
もう此頃になると、山は厭はしいほど緑に埋れ、谷は深々と、繁りに隱されてしまふ。
郭公《クワツコウ》は早く鳴き嗄らし、時鳥が替つて、日も夜も鳴く。
草の花が、どつと怒濤の寄せるやうに咲き出して、山全體が花原見たやうになつて行く。
里の麥は刈り急がれ、田の原は一樣に青みわたつて、もうこんなに伸びたか、と驚くほどになる。
家の庭苑《ソノ》にも、立ち替り咲き替つて、栽ゑ木、草花が、何處まで盛り續けるかと思はれる。
だが其も一盛りで、坪はひそまり返つたやうな時が來る。
池には葦が伸び、蒲が秀《ホ》き、藺《ヰ》が抽んでゝ來る。
遲々として、併し忘れた頃に、俄かに伸《ノ》し上るやうに育つのは、蓮の葉であつた。
前年から今年にかけて、海の彼方の新羅の亡状が、目立つて棄て置かれぬものに見えて來た。
太宰府からは、軍船を新造して新羅征伐の設けをせよ、と言ふ命のお降しを、度々都へ請うておこして居た。
此忙しい時に、偶然流人太宰府員外帥として、難波に居た横佩家の豐成は、思ひがけぬ日々を送らねばならなかつた。
都の姫の事は、子古の口から聽いて知つたし、又、京・難波の間を往來する頻繁な公私の使ひに、文をことづてる事は易かつたけれども、どう處置してよいか、途方に昏れた。
ちよつと見は何でもない事の樣で、實は重大な、家の大事である。其だけに、常の優柔不斷な心癖は、益々つのるばかりであつた。
寺々の知音に寄せて、當麻寺へ、よい樣に命じてくれる樣に、と書いてもやつた。
又處置方について伺うた横佩墻内の家の長老《トネ》・刀自たちへは、ひたすら汝等の主の女郎を護つて居れ、と言ふやうな、抽象風なことを、答へて來たりした。
次の消息には、何かと具體した仰せつけがあるだらう、と待つて居る間に、日が立ち、月が過ぎて行くばかりである。
其間にも、姫の失はれたと見える魂が、お身に戻るか、其だけの望みで、人々は、山村に止つて居た。
物思ひに、屈託ばかりもして居ぬ若人たちは、もう池のほとりにおり立つて、伸びた蓮の莖を切り集め出した。
其を見て居た寺の婢女《メヤツコ》が、其はまだ若い、まう半月もおかねばと言つて、寺領の一部に、蓮根《ハスネ》を取る爲に作つてあつた蓮田《ハチスダ》へ、案内しよう、と言ひ出した。
あて人の家自身が、それ/\、農村の大家《オホヤケ》であつた。
其が次第に、官人《ツカサビト》らしい姿に更つて來ても、家庭の生活には、何時までたつても、何處か農家らしい樣子が、殘つて居た。
家構へにも、屋敷の廣場《ニハ》にも、家の中の雜用具《ザフヨウグ》にも。
第一、女たちの生活は、起居《タチヰ》ふるまひなり、服裝なりは、優雅に優雅にと變つては行つたが、やはり昔の農家の家内《ヤウチ》の匂ひがつき纒うて離れなかつた。
刈り上げの秋になると、夫と離れて暮す年頃に達した夫人などは、よく其家の遠い田莊《タドコロ》へ行つて、數日を過して來るやうな習しも、絶えることなく、くり返されて居た。
だから、刀自たちは固より若人らも、つくねんと女部屋の薄暗がりに、明し暮して居るのではなかつた。
てんでに、自分の出た村方の手藝を覺えて居て、其を、仕へる君の爲に爲出《シイダ》さう、と出精してはたらいた。
裳の襞を作るのに珍《ナ》い術《テ》を持つた女などが、何でもないことで、とりわけ重寶がられた。袖の先につける鰭袖《ハタソデ》を美しく爲立てゝ、其に、珍しい縫ひとりをする女なども居た。
こんなのは、どの家庭にもある話でなく、かう言ふ若人をおきあてた家は、一つのよい見てくれを世間に持つ事になるのだ。
一般に、染めや、裁ち縫ひが、家々の顏見合はぬ女どうしの競技のやうに、もてはやされた。
摺り染めや、擣《ウ》ち染めの技術も、女たちの間には、目立たぬ進歩が年々にあつたが、浸《ヒ》で染めの爲の染料が、韓の技工人《テビト》の影響から、途方もなく變化した。
紫と謂つても、茜と謂つても、皆、昔の樣な、染め漿《シホ》の處置《トリアツカヒ》はせなくなつた。
さうして、染め上りも、艶々しく、はでなものになつて來た。
表向きは、かうした色の禁令が、次第に行きわたつて來たけれど、家の女部屋までは、官《カミ》の目も屆くはずはなかつた。
家庭の主婦が、居まはりの人を促したてゝ、自身も精勤してするやうな爲事は、あて人の家では、刀自等の受け持ちであつた。若人たちも、田畠に出ぬと言ふばかりで、家の中での爲事は、まだ見參《マヰリマミエ》をせずにゐた田舍暮しの時分と、大差はなかつた。
とりわけ違ふのは、其家々の神々に仕へると言ふ、誇りはあるが、小むつかしい事がつけ加へられて居る位のことである。
外出には、下人たちの見ぬ樣に、笠を深々とかづき、其下には、更に薄帛を垂らして出かけた。
一《イツ》時たゝぬ中に、婢女《メヤツコ》ばかりでなく、自身たちも、田におりたつたと見えて、泥だらけになつて、若人たち十數人は、戻つて來た。
皆手に手に、張り切つて發育した、蓮の莖を抱へて、廬の前に竝んだのには、常々くすりとも笑はぬ乳母《オモ》たちさへ、腹の皮をよつて切《セツ》ながつた。

郎女《イラツメ》樣。御|覽《ラウ》じませ。

竪帳《タツバリ》を手でのけて、姫に見せるだけが、やつとのことであつた。

ほう――。

何が笑ふべきものか、何が憎むに値するものか、一切知らぬ上 (「藹」の「言」に代えて「月」)《ジヤウラフ》には、唯常と變つた皆の姿が、羨しく思はれた。

この身も、その田居とやらにおり立ちたい――。
めつさうなこと、仰せられます。

めつさうな。
きまつて、誇張した顏と口との表現で答へることも、此ごろ、この小社會で行はれ出した。
何から何まで縛りつけるやうな、身狹乳母《ムサノチオモ》に對する反感も、此ものまねで幾分、いり合せがつく樣な氣がするのであらう。
其日からもう、若人たちの絲縒りは初まつた。
夜は、閨の闇の中で寢る女たちには、稀に男の聲を聞くこともある、奈良の垣内《カキツ》住ひが、戀しかつた。
朝になると又、何もかも忘れたやうになつて績《ウ》み貯める。
さうした絲の、六かせ七かせを持つて出て、郎女に見せたのは、其數日後であつた。

乳母《オモ》よ。
この絲は、蝶鳥の翼よりも美しいが、蜘蛛の巣《イ》より弱く見えるがよ――。

郎女は、久しぶりでにつこりした。
勞を犒ふと共に、考への足らぬのを憐むやうである。
刀自は、驚いて姫の詞を堰き止めた。

なる程、此は脆《サク》過ぎまする。

女たちは、板屋に戻つても、長く、健やかな喜びを、皆して語つて居た。
全く些《スコ》しの惡意もまじへずに、言ひたいまゝの氣持ちから、

田居とやらへおりたちたい――、

を反覆した。
刀自は、若人を呼び集めて、

もつと、きれぬ絲を作り出さねば、物はない。

と言つた。女たちの中の一人が、

それでは、刀自に、何ぞよい御思案が――。
さればの――。

昔を守ることばかりはいかついが、新しいことの考へは唯、尋常《ヨノツネ》の婆の如く、愚かしかつた。
ゆくりない聲が、郎女の口から洩れた。

この身の考へることが、出來ることか試して見や。

うま人を輕侮することを、神への忌みとして居た昔人である。
だが、かすかな輕《カル》しめに似た氣持ちが、皆の心に動いた。

夏引きの麻生《ヲフ》の麻《アサ》を績《ウ》むやうに、そして、もつと日ざらしよく、細くこまやかに―。

郎女は、目に見えぬものゝさとしを、心の上で綴つて行くやうに、語を吐いた。
板屋の前には、俄かに、蓮の莖が乾し竝べられた。
さうして其が乾くと、谷の澱みに持ち下りて浸す。浸しては晒し、晒しては水に漬《ヒ》でた幾日の後、筵の上で槌の音高く、こも/″\、交々《コモヾヽ》と叩き柔らげた。
その勤しみを、郎女も時には、端近くゐざり出て見て居た。
咎めようとしても、思ひつめたやうな目して見入つて居る姫を見ると、刀自は口を開くことが出來なくなつた。
日晒しの莖を、八針《ヤツハリ》に裂き、其を又、幾針にも裂く。
郎女の物言はぬまなざしが、ぢつと若人たちの手もとをまもつて居る。
果ては、刀自も言ひ出した。

私も、績《ウ》みませう。

績《ウ》みに績み、又績みに績んだ。
藕絲《ハスイト》のまるがせが、日に/\殖えて、廬堂《イホリダウ》の中に、次第に高く積まれて行つた。

もう今日は、みな月に入る日ぢやの――。

暦《コヨミ》の事を言はれて、刀自はぎよつ[#「ぎよつ」に傍点]とした。ほんに、今日こそ、氷室《ヒムロ》の朔日《ツイタチ》ぢや。
さう思ふ下から齒の根のあはぬやうな惡感を覺えた。
大昔から、暦は聖《ヒジリ》の與る道と考へて來た。
其で、男女は唯、長老《トネ》の言ふがまゝに、時の來又去つた事を教《ヲソ》はつて、村や、家の行事を進めて行くばかりであつた。
だから、教へぬに日月を語ることは、極めて聰《サト》い人の事として居た頃である。
愈々魂をとり戻されたのか、と瞻《マモ》りながら、はら/\して居る乳母であつた。
唯、郎女は復《マタ》、秋分の日の近づいて來て居ることを、心にと言ふよりは、身の内に、そく/\と感じ初めて居たのである。
蓮は、池のも、田居のも、極度に長《タ》けて、莟の大きくふくらんだのも、見え出した。
婢女《メヤツコ》は、今が刈りしほだ、と教へたので、若人たちは、皆手も足も泥にして、又田に立ち暮す日が續いた。

coot.


(^死^)





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最終更新日  2006年02月21日 05時03分53秒
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