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戻ってきてくれてありがとう。 皆様、楓祭においでいただき、本当にありがとうございました。 今回も楓がたくさんの仲間たちを連れてきてくれました。 皆様、楓の手を取っていただき、ありがとうございました。 そして楓、ありがとう。 【会いたい人たちに会えた日v】─RENOMA編─ 皆様、本日は透子さんのお誕生日ですv 透子さん、お誕生日おめでとうございます! 今日はどんな素敵な一日を過ごされるのかな── 楓祭の直前に透子さんとランチをしました。 透子さんのお誕生日ということで、今回はその時の逢瀬の模様について日記にしたかったのですが、字数制限に遭ってしまったので、あえなく予定変更ということで──ちょうど最近、ちょっと不思議な出来事があったので、オンタイムでお知らせしたいと思います。 透子さんの記事は次回の更新まで楽しみにお待ちください☆ 前回の更新のコメント欄に、ゆうじろうさんが「またまた今日も奇跡があったでしょう」と書いて下さっていますが、ゆうじろうさん、確かにありましたとも! ええと── あれは透子さんにお会いした数日後のこと。 大学に用事があった私は、みのりの下校に間に合うように、広尾から14時10分台の東横線直通の菊名行に乗ったんです。私は空いていた座席に座って、中目黒で乗り換えることなく最寄の駅に着きました。 改札を出ようとして、定期入れ(正確に言えばパスモが入ったケース)が見つからないことに気づきます。バッグなどを大捜索しましたが、どうしても見つかりません。 広尾駅はパスモで入ったので、改札を通過する時は確実にありました。でも、直通電車が来て、すぐに飛び乗って、座って──降りるまでの間、まさかすられたとも思えません。だとすれば、やはり落としてしまったのか… ともかく、見つからないものは見つからないので、降りる駅の駅員さんに事情を話し、「駅や電車内での落し物について」という紙をもらって、その日は仕方なく帰ってきました。 で、家に着いてから「落し物について」の紙をよくよく見てみると── 直通に乗った場合(ものすごくローカルな話題でごめんなさい;)その手続きがものすごく煩雑であることが判明! なぜならば、広尾~中目黒は地下鉄が管理している範囲で、中目黒からこちらがわは東急電鉄の範囲なのです。となると、どこで落としているのかすらわからない私のようなケースは、地下鉄と東急のどちらにも問い合わせをしなくてはならず、さらにそのどちらもから「○駅から○駅までの○曜日の落し物は、三日後にどこそこの駅に集められて、何日まで保管」とめちゃくちゃ細分化された規約を言われてしまうのです! つまり、今日、落し物をして、すぐに気づいて知らせても、三日後にならないとしかるべき場所に落し物が集まってこないというわけです。そして、「しかるべき場所」がどこなのか、誰も教えてくれない! なぜならば、落とした本人すら落とした場所がわからないからなのです。だから、落とし主が地道に各駅に問い合わせていかなければならない。でも、落し物が駅員さんに届けられていなかったら──もし警察に届いていた場合、警察が知らせてくることはないでしょう。普通、定期入れに自分の住所や電話番号を書いている人は少ないと思います。私も同じく、身元がわかるようなものは、その定期入れには入れていませんでした。 パスモはチャージしたばかりで5000円相当が入っていたことも痛かったのですが、それよりなにより、私が定期入れを血眼になって探そうとするのには、ある理由があって── これを話せば皆様納得していただけると思うのですが(ていうか怒られるかも;)、実は私は楓の定期入れを譲り渡してもらって、今も現役で使っているのです。もとはといえば、私が楓の誕生日にあげた定期入れでした。つまり、なくしたのは楓の定期入れなのです。 そんな大切なものを普段に使うなよ!と思うむきもあるかと思いますが、こと定期入れみたいな小品は、使わないとどんどん古ぼけていってしまうので、とにかく私はボロボロになるまで現役でいてもらおうと、これまで25年間使い続けてきました。不思議なことに、たいして高級品でもないその定期入れは、四半世紀経った今もそれほど傷んでおらず、あの頃と変わらない姿で私のそばにいつもいてくれたのです。 またまた実は…のお話なのですが、これまでにも私は楓の定期を失くしたことがあって、その時も方々手を尽くした結果、あきらめた頃に──つまり半年後に──失くした時のバッグと別のバッグの中からひょっこり出てきたことがあったりもしました。 なので、今回も「もう二度と会えないかも」とはまったく思わなかったのですが、いかんせん、提示された「落し物を探す方法」がややこし過ぎたので、途方に暮れていたことは確かです。 ともかく、途方に暮れていても仕方ないので目を上げてみると──夜の7時ちょっと前になっていました。東急線の総合案内は19時に終了と例の「落し物の紙」に書いてあるので、私はとにもかくにも総合案内にすがることにしました。 ダイヤルして事情を説明すると、「落し物係」に回していただくことができました。 電話口に出てきたのは優しそうな口調のお姉さんで、終了間際ぎりぎりの電話だったにも関わらず、親身になって定期入れの詳細について尋ねてくれました。私も、ブランドがRENOMAであること、茶色の皮でできていることなど、私しか知り得ない情報をのべつまくなしに説明しました。 PCの画面を見ているようであったお姉さんは、ひととおり私の話を聞き終えると、「では、該当する落し物のデータがあるかどうか、確認してみますのでお待ちくださいね」と言って保留ボタンを押したので、私はすがるような気持ちで受話器から流れる音楽を聞いていました。 しばらくして、「お待たせいたしました」と明るい声。「あったんだ!」と直感しながら、「ありがとうございます。いかがだったでしょうか」と聞くと、「それらしい定期入れがありました。では、内容物と照合しますので、お客様のお名前をお知らせください」と嬉しい返事が。でも──名前? こちらの名前を言って、照合できるのか。私はパスモは定期としてではなく無記名で使っているので、私の名前を特定するものは入っていないはずです。 と、そこまで考えて、突然頭の中で何かが閃きました。 楓です。楓の名前の入ったなにかがあるはず。身分証明書とか、写真とか。 「和崎楓です」うわー。あいつのフルネームを口にするのなんて初めてだよ。 私は咄嗟に答えました。すると、窓口のお姉さんは、 「和崎楓さんですね。確認が取れましたので、どうぞ取りにいらしてください。保管している駅は中目黒駅です。こちらから連絡をしておきますので、明日から三日以内に取りに行ってください」 私は小躍りしそうになりながら、それでも忘れずに聞き返しました。 「名前が書いてあるものが、なにか入っていましたか──」 「銀行カードが入っていました。そちらにそのお名前が入っていましたから」 「えっ! 銀行カードが入っていたんですか?」 「はい。銀行カードと、それから千円札と…」 「はい? 千円札が?」 なんだか身に覚えのないものばかりの話が出てきて、驚くたびに向こう様に不審に思われそうなので、「本当に大切なものだったので嬉しいです。ありがとうございました」と何度もお礼をして、受話器を置きました。 もちろん、翌日の朝っぱらから取りに行きましたとも!!! それにしても、直通電車に座っていて、わざわざ中目黒で落し物をするなんていうことは絶対にないはずなのですが…不思議に思いながらも、中目黒の駅員室に行って問い合わせると、 「届いていますよ」との返答。 一日ぶりの、あの懐かしい定期入れをすぐに手渡してくれました。 ちょっと突っ込んで尋ねてみたくなった私は、対応してくれた若い駅員さんに聞きました。 「私は2時台前半の東横線直通電車に乗っていたのですが、この定期入れがこちらに届いたのは何時でしたか?」 「ええと、確認してみますね…(台帳をペラペラめくって)…こちらに届けられたのは、昨日の3時半ですね」 「え、じゃあ、時間的におかしいですよね」 「そうですね…でも、2時台前半の直通ならば、菊名で折り返して中目黒に停まる時間がおよそ3時半になるかもしれません。菊名から折り返してきた電車に乗って、そこで落し物を見つけたお客様が、中目黒で降りたときに届けられたのかも──」 「車掌さんではなくて、お客さんが届けてくれたんですか」 「ええ。昨日の落し物は私が応対しましたから。この定期入れも私が預かりました」 「届けてくれた人はどんな人でしたか?」 純粋な興味にかられて、私は聞いてしまいました。 すると、駅員さんは答えました。 「中学生か、高校生くらいの子です」 「男の子?」 「男の子ですね」 「服はどんな感じでしたか」 「制服を着ていましたから」 どこの学校の制服だった!? と喉元から出ましたが、聞きませんでした。 そういうわけで、めでたく手元に戻った楓の定期。 中には写真と、第一勧業の銀行カード、古い千円札が一枚。 そして私の5000円がチャージされたパスモ。 で、銀行カードなんですがね…莫大な遺産とか入ってないよねコレ(笑)。 11月10日、今日は先日の動物園遠足のメンバーでお弁当ですって^^ そういうわけで、キリンさんのピラフv 11月9日、♪のおにぎり弁当♪♪ 11月8日、試験休みが明けて、お弁当の日々が戻ってきましたv みつばちが飛んでるピラフです♪ 10月19日、22週1日目。おかげさまで11月1日で24週、7ヵ月に入ります☆ 右手をあげて皆様にご挨拶しております。顔は…地蔵系??? ◆応援ありがとうございます! 次回更新は11月15日(月)です。 ◆フリーページに第18節を更新しております。
2010年10月29日
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──楓からの挑戦状── というか、ご先祖からの挑戦状といった方が正しいかも。 テストが早く終わった者の暇つぶしのために、ご先祖が出題したものです。 案の定、楓はたちどころに解いてしまって、「暇つぶしになりゃりねーのな」とニヤニヤしていました。 皆さんは、楓に勝てるかな! (後ほど、私にはよくわからない楓の解き方&答えを載せますので、ご確認くださいv) 皆様、本日は雨の中をこちらに遊びにいらして下さってありがとうございます☆ 25周年はこの人に担当してもらう! 【彼の遺した言葉】by Champion 「N店にはなんでもある」 おれはよく、楓が遺したこの言葉を思い出します。楓というのは、二十五年前に病に倒れた、おれの友達です。いわゆる、夭折でした。二十五年も前といえば、これを読んでくれている人の中には、まだ生まれていない人もいるんじゃないかな。 小学校三年の時に大怪我を負い、三学期の三ヶ月間を全部入院していたおれは、遅れを取り戻すために四年生になって塾に通い始めました。その塾には、おれのような半分障害を持った子や、病気を背負った子、不登校の子、外国人の子などなど、様々な事情のある子供たちが集まっていました。今から思えば、塾とは名ばかりで、当時はまだめずらしかった、ある種のスペース的な場所だったのかもしれません。その塾に、まとまりようのない面々を一声で動かすことのできる、強烈な個性を持った子がいました。ただ個性的なだけでなく、ものすごく頭のいい子で、今でいえば太田光のようなお笑い系の頭の切れ方も、小学生ですでに持ち合わせているという、おそろしいほどの魅力を持った子でした。女の子たちがからかい半分で言ってくる心理テストとかで「お風呂に入るとき、どこから洗う?」という質問に、「おれ? 風呂から洗う」とか切り返してみせたり、鮮やかなものでした。 よく笑い、よく怒る彼から最初の洗礼を受けたあの時のことを、今でも覚えています。当時は障害によってまだ視力が定まらず、字も読みにくかったおれにも、先生はわけへだてをすることなくテキストの音読を指名していました。それでつっかえつっかえ目を凝らして読むわけです。どんどん見えなくなっていって、恥ずかしくて不安で、とうとうおれは読み進めることができずに止まってしまいました。そのとき、なんともいえない張り詰めた雰囲気の中、あの声が聞こえたのです。「生じる、くらいが読めねーなんて、バッカじゃねーの!」。あたりは水を打ったように静まり返りました。ところが、その荒っぽい声を聞いた途端、おれの目の前にはありありと「生じる」という文字が見えたんです。これを励ましと言わずになんと言おう。本当にその人のことを思う言葉は、時に激しく挑戦的なものであることを、おれは彼から教えられました。 おれたちはみんなそんな彼に心酔していましたが、おれが彼と個人的に仲良くなったのは中学に入ってからでした。お互いの家に行き来して、中学生にしてはなんで好きだったのかわかんない、サディスティック・ミカバンドが二人ともお気に入りで、よく聞いたりしていました。彼のお父さんに連れられて、本郷の方に古本屋巡りに行ったとき、おなかがすいて三人でウナギ屋に入ったのを覚えています。ウナギを食べたあと、道を歩いていて急にトイレに行きたくなって、コンビニとかがなかったのでまたウナギ屋さんに戻ってトイレを借りたんです。彼は大笑いして、「おまえはウナギを食べると出るんだな」と言いました。不思議なことに、この妙なクセは今も変わりません。 さて、タイトルにあるN店というのは、うちの近所にある舶来品がおいてある小さな商店のことです。 おれは母親が身体が弱く、中学に入ってからはとくによく入院していたので、そのたびに楓に呼ばれて、彼の家で食事の世話になったりしていました。驚いたことに、楓はお笑いや勉強の他にもオールマイティな才能を持った子で、メインからデザートまで、中学生にしてなんでも作ることができました(おれが他の友達にそれを言うことは口止めされていましたが)。もちろん、彼のお母さんもとても料理の上手い人なのですが、おれが呼ばれるときは、いつも楓とおれとでふたりして夕食を作っていました。 楓の言う耳慣れない食材の名前をメモ書きし、N店まで使いに走らされた。街道沿いにある大型のスーパーに比べれば、あきらかに品揃えは劣る。それなのに、楓は「N店にはなんでもある」とくり返すのです。 初めは半信半疑でしたが、果たしてたいていのものは手に入りました。おれは、自信たっぷりな楓の横顔を見ながら、「だけどさ、なんでもあるってワケないだろ」といつも無言でツッコミを入れていました。 「オーブンは裏切らない」 これも楓の言葉です。時間と温度さえ守れば、オーブン料理は絶対に失敗しないもの、だそうです。そう言いながら、自分の家族とおれとおれの父、総勢5人分のチキンやミートローフなどを完璧に焼き上げていました。 おれはそれを聞くたび「故障したときは、裏切るだろ」と無言でツッコミを入れてた! けれど、そばにいたときは笑ったり、ツッコミを入れていた言葉の数々が、いざ楓がいなくなると、なぜか心に響くようになりました。 他の友達は楓のこういう言葉を知らないでしょう。その代わり、おれが知らない楓の何気ない一言を思い出にしている。どうしてみんなが違う言葉を思い出すのか不思議な気もしますが、たくさんの思い出の中から、無意識に胸に響いた言葉を拾い上げているのでしょう。 今、おれはN店で買い物をするとき、「楓の言うとおり、なんでもあるねぇ」と心の中で楓に話しかけます。探していたものがあると、「な、おれの言うとおりだろ」とあの自慢げな声が聞こえてくるような気がして嬉しくなります。 オーブンを使うとき、「ほんとうにオーブンは裏切らないなぁ」としみじみ思います。ふっくらと焼き上がったハンバーグを眺めていると、楓と一緒に出来映えをしげしげと覗き込んでいるような気がして、楽しくてつい笑顔で後ろを振り返ってしまいます。 楓の遺した言葉に、おれが今も命を吹き込んでいるのだと思う。それがおれの生きる力にもなっています。楓といい、おれの母といい、生前に口数の多かった人は、思い出すよすがも多くなるものなんですね。 生まれつき心臓が弱かった楓は、そのために飲まなければならない薬の量は、おれが見て知っているだけでも一日で百錠を超えていました。中学に入った頃には更にその量が多くなり、薬をどんぶりに入れて、おはしでつまんで「おひとついかが?」なんて冗談を言ってみたり。薬でお腹がいっぱいになってしまって、せっかく自分で丹精して作ったご飯も入らなくなっていったんです。そしてとうとうある秋の日、彼が明日を越せないという連絡が入り、みんな病院に駆けつけようとしました。ところが、彼のお兄さんが、わざわざおれのところにやってきて言いました。「おまえは来ない方がいい」。結局、おれだけ病院に行きませんでした。翌日は体育祭でした。おれは学校に行き、彼のことを考えてぼーっとしたまま過ごしました。彼はおれが苦しいときに、いつもそばにいて自分ができる精一杯のことをしてくれました。けれどもおれは、死の苦しみの中にある彼のそばにいることができない。そんな自分の勇気のなさをひたすら感じていました。学校から帰ると、彼のお兄さんが来ていいました。「楓が死んだよ」。 彼のお葬式は、キリスト教式で、とても大きなものでした。彼は中学生だというのに、たくさんの友人や、医療関係者の方々が集まりました。あまりに立派なその葬儀が、おれと彼とを隔てました。ミサの間、おれはずっとN店のことを思い出していました。 【魔方陣の解き方と正解】 わかりません。 【魔方陣の解き方と正解】 ひーたんが9時40発で出たいということはわかった(注:右端のメモ) 10月29日、おばけちゃんとむわむわむ~v (明日は午前授業です☆) 10月28日、ハロウィンもうすぐ弁当v 10月25日、ちょっとピンボケ…うさこのオムライス弁当v(ドミグラスソース付きv) 10月22日、くまじゃないよv 近所のまんまるわんこです^^ 10月21日、くり帽子のお友達おにぎりv ってそれはともかく── まずい!初めてお弁当を忘れていった; 現在、パパが学校に向かってます ↑ありがとうございました。ただ今、無事に職員室に乗り込んだそうです(笑)。 10月19日、月夜?のたぬきさん^^ 10月15日、お月見だんご弁当v (学校でなぜかお月見祭りがあるんです^^) 10月14日、みのむしの梅じゃこ弁当v (ちょっとちょっと! 楓のお祖父ちゃんがみのりっつーのはホントか!?) ◆応援ありがとうございます! 次回更新は10月29日(金)、透子さんのお誕生日ですv ◆フリーページに【Pi:e:ta】第17節をアップしております。
2010年10月10日
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