山口小夜の不思議遊戯

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2005年12月17日
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 ゆえに、はじめに禊をするように定められている。

 ──探したぞ。湯の支度が整ったそうだ。身体を洗うのは、わたしが手伝う。

 あれから廊下で行き合った父に有無を言わさぬ調子でそう申し渡された豊は、一瞬だが困惑した表情を浮かべた。

 不二屋敷では兄弟が多いために、ずいぶんと長い間にわたって男子は男子、女子は女子で共同で風呂を使用していたのだが、さすがに豊が高校生にもなると、個人で湯を使う者が大半になっていた。だが、これだと両親を含めて全員が入りきるのにひとり30分を見ても六時間かかるので、和や円、豊など、個人主義に無頓着な者は、それなりの連れを見つけて一緒に
入っているのだった。

 だが、綾一郎などが遊びにきている間に、
 ──ゆた、一緒に風呂使お!


 次いで、豊は父の小角さまと一緒に風呂に入った記憶がないことを思い出した。
 物心ついた折から、豊の行水は十歳も年の離れた兄たちが世話をしてくれた。それだけに、はじめて父に入浴を手伝ってもらうというのは、大変に厭わしかったのだ。

 ──自分で、出来ます。
 思い切ってそう言ったが、
 ──そういう仕きたりなのだ。それに、おまえはいいかげんだからな。
 と、にべもなく父は否み、半ば強引に豊の着ている浴衣に手を掛けた。

 服を脱ぐのすら、任せなければならないのか──と、戸惑いながらも、豊は父の不自由な手で裸にされ、今朝方使った浴室にふたたび連れて行かれることになった。

 そこは、ふだんと同じ様相であるようだった。広く、檜の浴槽に、床も小石が趣のあるように敷き詰められている。

 裸にされた身体をかばうでもなくぼんやりと突っ立っている豊を、父は浴室の腰掛けに座らせ、手早く洗いはじめた。

 首筋から腕、両手の先、身体をさがって若者の容形を清め、足の爪先まで丁寧に洗っていく。されるがままになりながら、豊は窓の向こうにある薄闇にじっと目をやっていた。

 ──これより、髪を伸ばしなさい。



 ──学校の規則に触れると思います。
 すぐさま、豊は絶対に短くしていたいという希望を、別の言葉で口にした。
 ──学校など・・・・・わたしが届けを出す。
 小角さまは息子の物言いを取り下げると、自らの腰まで下がる見事な垂髪を確認するかのように、目を流して見やった。
 幅を一寸ほどに切った白い絹布を襟元で束ねた髪に巻きつけ、上から和紙の紐で結んである。守宿宮と、不二の女子たちに義務づけられる髪の形であった。



 更衣の間には、父宮が守宿に立ったおりに甕に沈められた古糊で張り合わせた神子(みこ)装束が用意されていた。呪師たちは祭礼の折の正装には、針を通した着物を忌むのだ。

 豊は父に従って入側から離れ、自分の身体の前に結ばれた巫女結びを見つめて歩きながら、この身に起こるはじめての夜にあらためて具体的な思いを至らせ、小さく身体を強張らせた。

 ‘奥’には、さらに不二の深淵があった。

 そこは忌むものを封じている空間であり、あるいは、聖域でもある。

 白無垢の装束に着替えさせられた豊は、ひんやりとした闇に覆われた、敷地の裡でもっとも奥まった拝殿に、父によって導かれた。

 まるで時代が逆行したかのように、拝殿の中には蝋燭の光が補われてある。
 父は自分が子供の頃から変わらない位置にある壁の時計で時刻を確かめ、それから豊に待つよう命じると、拝殿からどこへともなく出て行った。

 ──ゆたか。

 すでにほの暗くなっている廊下の向こうから、今度は女性の声がして、それが母であることが豊の居心地の悪さをさらに募らせた。

 四十を過ぎてなお少女のように初々しい面持ちの母は、おろし立ての白妙の単衣に着替え、父と同じ容に髪を結い下げている。捧げ持った漆の盆に載せられているのも、何の変哲のないように見えて、実は屋敷が幾世代にもわたって秘蔵している櫛なのだ。

 年長の者の誰もが、儀式を迎える少年に気を遣っている。

 あまつさえ拝殿の床に寝転がっていた豊は、あわてて起き上がると、次に飛んでくるであろう叱声の準備をして母を上目づかいに見つめ返した。
 だが、母はこう言っただけだった。

 ──櫛を持ってきたのよ。

 受け取ろうと手をのばしてきた豊に、梳いてあげる、と床に扇子を置いて結界を造ると、母はその後ろに正座した。

 若い黒髪はしっとりと水気を含み、艶やかに光沢を帯びている。
 最初はそっと櫛の歯の細目が豊の髪に通され、思いのほかすべらかに通り抜けることが判って、母の手つきが軽やかになる。

 豊は黙ってされるままになった。

 ──綺麗な髪・・・・・。
 梳いている母の方が、やがて恍惚としたように呟いた。
 ──いい匂いがする。

 ──そんなこと、
 母の言葉を豊が遮った。
 父の好きなように扱われ、母の好きなように言われた気がして、なんとなく思春期の名残である憤りが衝きあげてきた。

 なにか後に続く言があろうものなら、言い返してやると心に決めていたが、それきり母は黙りこみ、満足するまで髪を梳くことをやめなかった。

 やがて櫛を盆の上に捧げおくと、母は豊の前にまわってきた。
 やはり、つと扇子を置いて結界を作ると、後ろからではなく、前あわせの方から胸飾をつけていく。
 抗わずに、豊は顔をそむけて、されるままになっていた。
 身頃の前に下げられる、巫女結びの帯が気恥ずかしかった。

 ──こうなることは、お前が生まれた時から、母にはわかっていました。

 だが、つぎに母がそう言ったのを聞きとがめて、豊は彼女の手がかかっている胸元を退き、冷たい眼で見据えた。

 心を無視されて扱われるのには慣らされていたが、さすがに弄ばれた思いが強すぎた。

 ──なんですって・・・・・。
 呻くように口走った息子を、だが、慈しむように母は見た。

 ──だって、お乳をせがむお前の口の中に、それはそれは小さくてかわいい骨が、ちゃんと見えていたのだもの・・・・・。
 言いながら、母は豊の両膝にあらためて華奢な手を置いてきた。

 ──でもね、母はそのことを言い出せなかった・・・・・お前の父さまに、言えなかったのよどうしても。お前には自由に生きて欲しかった。母は父宮の、父宮でなければならなかった痛みをよくよくわかっていたから。

 豊は切れ長の眦を上げて、母をまっすぐに凝視めた。
 その視線を受けて、どこかはにかんだように、母は微笑した。

 ──そして、お前もこのことを自分から言い出さなかった。今日までは、あの骨のことは、お前がそうと知らずとも、この母とふたりだけの秘密だったのよ。

 この言葉に、豊は双眸を閉じた。
 次に眦を開いたときには、豊はすべてを受け容れ、静かにおさめた眼差しに変わっていた。
 彼は自分の膝に置かれたままであった母の手に触れた。
 すると、母の顔が近づいてきて、唇が触れ合わんばかりに寄せられた。

 ──皆が取り憑かれているの。
 その桜色の唇が、密やかに囁いた。

 ──けれども、流れに身を委ねてはなりません。お前は靱(つよ)く、強(したた)かでありなさい。この地上でたったひとつの魂でも、自分のものと自由に呼べる者こそがまことの幸なのです。太陽が悦ばしく天の壮麗な道を行くように、お前は自分の道を走りなさい。それを遮るすべてのものと戦い抜くのです。悪しき魔力が結んだ絆という名の呪(のろ)いを、お前はきびしく隔てなさい。今宵、自分がなにをすべきか、この母の言うことがわかりますか。

 両手で豊の膝頭を押さえたまま、母の目は清く澄んで透徹であった。

 かすかな戸惑いがあって──それから、豊はゆっくりと頷いたのだった。






 昨日に引き続き、少し備考を付け加えさせて下さい。

 【くし】──櫛・串──

 神前に拝礼するとき、正式の作法では玉串(たまぐし)を奉奠(ほうてん)し、二拝二拍手一拝します。

 全国の神社で一律にこのような作法が成立したのは、比較的新しいことですが、玉串(榊)を神前に差し立てることは、伊勢の神宮などでは古くから伝えられた拝礼作法でした。

 玉串とは、神聖な串との意で、榊(さかき)の枝に木綿(ゆう)や紙垂(しで)をつけて神に捧げるものですが、この細長い木や竹の棒でものを刺し貫くものを串といい、細い歯を多く列ねて髪に刺し、また髪を梳(くしけ)ずるものを櫛といいます。(木綿・紙垂については こちら に解説があります)。

 串・櫛はいずれも同じ語源から分化した語ですが、串には神事的な榜示(ぼうじ)の意味があり、これを地に刺し立てることは、そこに神を迎えいつくことを意味しました。櫛も同じく呪飾としての意味を持つものです。

 榜示とは杭などを立てて領地・領田の境界を示した標示のことです。西日本の一部では祭礼の前に「榜示たて」といって、地域の境に榊を立てる風習があります。全国的には「柴刺し」といって、榊や竹を立てる場合が多いのです。「シメ」と同じく占有するという意味を持つものです。

 櫛は髪にさしたり、髪を梳いたりする道具ですが、これは古来より占有のしるしなので、櫛を女の髪にさすことはその女を妻とすること、櫛を投げ捨てることは離縁を意味したのです。投げ櫛はまさに別れの行為なので、呪師の間では厳に慎まれ、櫛を落としたときでさえもそれなりの縁結びをし直さなければならないのです。

 祭礼において男性が髪に櫛を入れることは、その者が祭礼主であること、母の手から離れ、以降は神の占有となることを示す行為とされます。本文の内容が、おそらくこれに当たるものと思われます。

 斎櫛立て 神酒座ゑ奉る神主部の 髪華の玉蔭見れば羨しも 『万葉集』巻十三、三二二九
 いぐしたて みわすえまつるかむぬしの うずのたまかげみればともしも

 神聖な櫛で梳られ、神酒を供えて神を祭る祭礼主の髪飾りである日蔭葛(ひかげのかずら)を見れば、なんと立派なことだろう、との意です。

 櫛で梳ることは、髪に刺した植物の生命力を自分のものとした呪術が源流にありますが、神聖な奉仕であることを示す髪飾りで、その身の清冽な美しさを称えた歌ということになります。

 櫛はこうして元来は神事に用いられ、占有などを示すものとして、また神を迎える神座(かみくら)としても使用されました。拝礼の折に神前に玉串を供える風習の源流は、このように扱われてきた‘くし’の歴史のなかに見い出せるのです。

 ふー。
 今日は分量が多くてごめんなして。今日も字数がギリギリでした(笑)。

 さて、神による神子(みこ)の占有を示すしるしは、あともうひとつ残されています。
 注連縄のことです。かわいそうに。

 そうそう。広大な檜風呂なんて魅力的ですよね。
 お風呂には、綾一郎も結局はみんなと一緒に入ってたそうですよ。
 それで、ごはんも一緒に呼ばれてそう(笑)。


 明日は●痕跡●です。
 痕跡といえば、痕跡でしょうよ(笑)。
 和やかな(?)兄弟たちの会話もあと少しだけ。
 出立の準備が整った豊のその首筋には・・・・・・・。
 タイムスリップして、おしゃべりの中から飛び出した、とんでもない話題に混じりにきなんせ。


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最終更新日  2005年12月17日 06時01分23秒
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Re:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第七節●両親●(12/17)  
愛、燦々と さん
神聖な儀式の一部を垣間見たような気がしました。
豊と両親との複雑な思いの交差、
また、それをくみとって受け入れていく過程が胸を打ちました。母が結界を作って息子に対する場面・・も。

姿勢を正さずにはいられません。

串・櫛にまつわる話も大変興味深かったです。 (2005年12月17日 18時20分05秒)

Re[1]:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第七節●両親●(12/17)  
小夜子姉貴  さん
愛、燦々とさん

どうしてこの両親にあの子供たちが・・・・。
ではなくて。
「櫛」については、プロローグでも申し述べましたが、おそらくは「豊」=「蘇我」一族が、「櫛」の使用によって「櫛」=「物部」一族を支配することへの言霊あるいは呪術的意味もあるようです。

現代においても私たちは、古人がそれとわからぬように巧妙に張り巡らした暗号に、意外としばられていたりするんですね。
(2005年12月17日 18時34分20秒)

Re:鳥取物語   
お前は自分の道を走りなさい。それを遮るすべてのものと戦い抜くのです。


>家を継ぐものへの親の想いがよく出ていますね。

今日はすごく寒いです。寒いというより冷凍庫に入っているようです。
こんな時は、大きなヒノキ風呂に皆で入りたいですね。
(2005年12月17日 18時37分09秒)

Re[1]:鳥取物語 (12/17)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん

うわ~。
ゆうじろうさんに母のことを言われると、少し涙ぐんでしまいます。

今年、去っていった人を思います。

鳥取には素敵なお母さまがようけおられるですね。

大きなヒノキ風呂にみんなで入りたいですね!
ほんと同感!
すっごく楽しそう!!

ヒノキ風呂の写真もらって、明日載せようかな(マジで)。
そしたらゆうじろうさん、あったまってくれますか?
(2005年12月17日 18時44分20秒)

全国のsolyaファンの皆さまへ。  
小夜子姉貴  さん
小夜子です。こんばんは。

solyaさんの消息についてのメールをよくいただいておりますので、この場をお借りしてお伝えさせていただきます。

solyaさんは、ゆえあって私が不二屋敷の奥の間に閉じ込めております。
お元気なのですが、今はエネルギーをじっとためていただいております。
頃合いを見て封印を解きますので、今しばらくお待ちくださいませ。

新生solyaに乞うご期待!
(2005年12月17日 18時50分24秒)

Re:鳥取物語   
solyaさんが、元気でいれば日本は滅びることはなさそうです。
(2005年12月17日 19時06分55秒)

Re[1]:鳥取物語 (12/17)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん

わははははは!!

(2005年12月17日 19時41分34秒)

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