山口小夜の不思議遊戯

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2006年01月09日
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 待ちかねたように、不二の四天王たちが滝壷に足を踏み入れる。

 ふんわりと素足が沈み込む、苔むした滝洞。だが、二、三歩もいかないうちに、

 ガチャ、ゴトン・・・・・・。掃除バケツを積んだワゴンが前から迫ってくると、いきなりアオミドロ色の細長い腕が伸び、長兄の遼を岩壁に引き寄せる。

 ──・・・・・・・っ!?

 ワゴンの横っちょから、ヘンなドレッドヘアがのぞいた。

 ──みなさん。
 ──わぁぁぁッ!

 神霊恐怖症の和は、それだけで卒倒しそうに悲痛な声を上げる。

河童 水霊であった。

 ──ミッチー! どうしたラブホの用務員みたいなカッコして──。
 ──事後の掃除ということは・・・・・やはり首尾ようか?
 遼の言葉を顔色も変えずに静が継いだが、水霊は異様に長細い人差し指を口に当てて顔をしかめた。
 ──しぃっ! それがまだわからないんす。

 ──誰このヒト。
 兄たちの自然な会話に、円が怪訝な顔をする。
 ──ゆたかのファン。

 遼が答えてきたが、円は水霊の言葉の方を聞きとがめ、水かきのついた手をぐいとつかまえて鋭く問いただす。

 ──・・・・・・って、なに? 弟は無事なんだろうな?!
 ──ですから、どうかどうか皆さんお早く!


 さすがに遼は、慌てたように声をかける。

 ──おいっ!? ミッチー、どこ行くんだっ!?
 ──こちらに!・・・・・早く、早く!

 ガラガラガラーッ! 兄弟たちが入ってきた滝壷と反対の方向、強力な助っ人を加え、清掃ワゴンは突っ走る。

 ───


 だが、誰もが動く間もしゃべる間もないうちに、彼らは弟の身体が血にまみれているのを見た。

 ──うっ。
 和が思わず後ずさりする。
 あまりにも、それは──。

 仮に怪我を負ったのだとしても、大量すぎる血痕だった。
 苔むした岩床にほぼ均一に広がっている。畳でいえば三畳はある、どす黒いしみ。血なまぐさい匂いが立ちのぼってくる。

 ──なんてこと・・・・・、
 円も息を呑んでいる。
 青白く凍結した表情で、静はそれを見下ろしてから、ゆっくりとそばにかがみこみ、肌着をうち掛けられただけで仰向けになっている、豊の陶器のような額に触れる。

 ──冷たい・・・・。
 一瞬、全員が凍りついた。
 そこにいるすべての兄弟がいま聞いたものが信じられず、静は自分がそれを口走ったことを信じられなかった。

 ──まさか。
 静のつぶやいた言葉を円が遮る。兄の手を払いのけて、円は豊の上体を抱え上げた。
 だが、豊の頭は後ろに倒れ、身体が岩床に沈みこんでしまう。円はゆっくりと首をふった。

 ──けがをしてるんだ・・・・・ケガしてるだけじゃないか!
 そして突っ立ったなりの静の手首に爪をたて、強い調子で言った。
 ──しずさん、医者であろ?! 早く、早く手当てをするだよ!

 だが、豊は円の腕のなかで、医師の静の診断をもってしても、その生死は不明のままでいた。

 無数につけられた傷は深く、とくに左肘と大腿の傷は危険だった。
 血が間断なくじわじわと滲み出してくる。静は豊の手首にくっきりと残された注連縄の痕を見つめながら、自分を蹴り飛ばしてやりたい気分だった。

 目を転じれば、豊の身近──蛇の抜け殻のように力を失って、ちぎれ落ちている注連縄の切片。
 もし弟を失うことになるのならば、ぼくは生涯この滝洞にこもり、山の神への呪詛に明け暮れてやる──。

 注連縄は止血には新しくて硬すぎるので、静は自分の装束を脱ぎ捨て、歯を使って細長く引き裂き、傷のある腿の高い位置をしばった。だが出血はすぐにはおさまらず、圧定布が必要だった。そして、布地をまるめ、深い傷口の上に押しつけた。

 それからの恐ろしい半時の間、静は上半身を裸のままで弟のかたわらにうずくまり、両手で圧定布を強く押さえつづけた。

 一度か二度、静は医学的な見地から、弟が息をひきとってしまったのではないかという思いに、強くとらわれそうになった。そのたびに恐怖しながら胸に耳を当てる。鼓動はかすかに続いているように聞こえたが、早鐘のようなそれは、自分の鼓動が反響して聞こえてきているだけなのかもしれなかった。

 こんな場所に、医療経験のある者は自分ひとりきりで、しかもこの弟になにがあったのか──助かるのかどうかもわからないまま手当てをするのは、神経のすり減る作業だった。

 滝洞の中の苔むした岩床はむっと暑く、彼はしじゅう目に流れ込む汗をぬぐい、手についた弟の生き血を顔の上になすりつける恰好になった。たびたび圧定布を持ち上げて調べ、そのたびに血が一向に止まっていないのを見て歯ぎしりする。それから圧定布をとりかえる。そのくり返しだった。

 途中、貧血を起こしかけた和をふり返り、静は鋭く命じた。
 ──のどかッ! おまえは里に下りて、一族の者を集めろ。
 そして円を見た。
 ──まどか、この子の血液型は?

 ──えっと・・・・・ええっと・・・・キャラ的にはB型のような・・・・。
 聞くや、静はふたたび和に向き直った(←いいのかそれで)。
 ──聞いたな! B型の者をできるだけ集めておくんだ。ただし、一族の者のなかだけだ。行け!
 和は無言のままうなずいてよろよろと立ち上がり、後もふり返らずにそのまま駆け去った。

 ───

 しばらくしてようやく出血がおさまってくると、静は新たな作業にかかりだした。

 見る者が見れば事後の跡が歴然となってしまっている、滝洞の苔むしたしとねを、掃除夫姿もかいがいしく、せっせと片付けている水霊を呼びつける。

 ──カッパ! いいからおまえは手を当てて、ゆたかの火傷の部分を冷やせ。
 ──はっ・・・・・よろしいので?!

 呼ばれ方にもメゲず、豊のだらりと下がった左腕に、いそいそと手を差し伸べる水霊。

 出血はおさまったのか、出血する血液が枯渇したのかわからなかった。
 腿の傷は縫い合わせる必要がある。しかしここでは不可能だ。やはり脱ぎ落されていた長い袴の脚の部分を、歯を使って引き裂き、包帯代わりにして傷口にあてた。それからできるだけ手早くもう一本細長い布を切り取ると、それを包帯の上からしっかりと巻きつけた。腕の傷にも、これと同じ作業をくり返した。

 医者としてできることをすべてやり終えると、少しだけ人心地がついて、静は趣味と実益を兼ねる人工呼吸を試みようと、弟の顎に手をかけた。

 気鋭の外科医の手が頤にかかり、豊は喉を無理やりに仰のけさせられた。
 だが、次の瞬間、静からは今までに増して硬質な声があがり、兄を呼んだ。

 ──遼。

 すごいアングルよのぅ・・・・・と先ほどから遠巻きに鑑賞していた長兄であるが、静に硬い声で呼ばれ、素直にそばに膝をついてくる。

 静が注視する先を覗き込むと、豊の喉奥──ちょうど柔口蓋の最奥に、常人には在り得ない、鱗状の骨の露出が。

 あたりは静謐なまま、波動だけの衝撃が走った。
 静の指の先から背中まで、ひんやりとした畏れが抜ける。

 もっと底まで見届けたくて、薄い唇に指を差し入れたとき、暗闇に真珠色の光が乱反射した。

 不思議に腑に落ちるようなその情景。ゆったりと目撃の余韻を滝洞に沈殿させる。

 そこに在る者すべてを一瞬、瞑目させ、古びた預言書の手触りを──遠い日の誰かがひもといた、手ずれの跡を遡行していく。押し寄せてくる錆びた時間は、血の匂いさえ漂わせ──。

さだめたまひし 救いのときに
神のみくらを はなれてくだり
土よりいでし ひとを活かしめ
尽きぬ安けさ 与うるために
いまぞうまれし 君をたたえよ

 (おまえがたとえ何者だって・・・・・・そこにいてくれるのはぼくたちの弟)

 萌芽──渇望──充足──腐敗・・・・・と、いったん命の環を完結させてしまったら、あとは‘復活’しかないだろう? 緑滴る姫神よ、滝なす青銀の髪の青年神よ・・・・・・彼らをまるごと呑み込んだ、流星雨降る真夜中に似た、黒々とした──輝きのきつい、少年の両眼。宇宙の碧・・・・・答えをおくれ。

 開いた喉の中に丸まった真珠は、よく見ると胎児のかたちをしているだろう。
 神々が、連れてゆかずに返してくれた生命・・・・・・終焉のあとの始まりの。

 それは竜骨──。

 これが竜の逆鱗。
 生きとし生けるもの、すべての生殺与奪の神権を得るという──。

 ───

 ややあってから。

 ──知っていたのだろうか・・・・・。

 静がひとりごとのようにつぶやく。

 だが、遼は──どちらかといえば常識に恵まれていないが、時に怖ろしい精密さを持つ彼の頭脳は、これだけで事態の半分は察知してしまう。

 導き出されたシビアな答え──ウソはついてたさ、ゆんゆん。

 こめかみを押さえて黙り込む兄を、疑り深い眼で見やる──これまたカンの鋭い静。

 円だけが、涙を流しながら、
 ──ゆんゆん・・・・・やっぱ、神さまに愛されちゃっとるんやなぁ・・・・・。

 そう言って、泣き笑いするかのようにほほ笑みをもらした。








 久松山の夜明けです。
 たくさんの光が、差し込んできます。

 さて、おとといメールにて嬉しいご感想をいただきました。

 ──鳥取物語番外編、最初はシリアスだ~と思っていたら、何やらここのところコメディに近い流れ・・・・・。いえ、状況は決して笑えないんですけれど、舞台に立つ人(?)次第でこうも変わるのかと(笑)。

 このご指摘を分析するに、豊が出ばってくるといきなりコメディになるのです。豊がしゃべらない今日とかは、ちょっとシリアス路線でしょ? シリアスのとことん似合わない男って、いますよね(笑)。


 明日は●綾一郎●です。
 この一連の出来事は、綾一郎が部活の合宿にいっている間に起こりました。
 つまり、彼の知らないところで、幼馴染みの身に大事件が起きたわけです。
 帰宅後にそれを耳にした綾一郎は・・・・・・怒った怒った。
 けど──なぜ彼が怒ったのか、いまいち私にはわからないのです・・・・・・。

 タイムスリップして、水泳部の合宿で異様に日焼けした綾一郎に会いにきなんせ。
 (ちなみに豊は中学、高校ともにバスケ部でした)。


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最終更新日  2006年01月09日 05時58分09秒
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