2006.09.04
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
当初の日程をキャンセルして、M子さんの通夜に参列した。多くの会葬者が読経唱題なさっていた。

これが、僕の川越での暮らしの始まりで、翌9月から北川越本部の男子部本部長を拝命した。公明新聞政治部に配属されていた僕は、平日は3日おきに深夜まで残業だった。土曜日も日曜日も隔週で出勤だった。
そんな勤務状況の中で毎週日曜日、午前8時から建て替え前の故人のお宅をお借りして、活動家が集い唱題会を開いた。当時、集まってくださったメンバーのほとんどがこの地で広宣流布の第一線で活躍なさっている。
本部長だった僕にとって、故人のお宅は、本当にありがたい存在だった。1週間のスタートを切る拠点である故人のお宅がなければ、おそらく今の僕はないと思う。
毎週日曜日のリズムを刻むことができたのは、拠点があったればこそである。
朝の唱題会が終わって、まだ部別の打ち合わせの続いているのを後ろ髪を惹かれる思いで見ながら、縁側の廊下伝いに帰ろうとすると、故人が台所からよく声をかけてくれて、コーヒーをご馳走になった。気さくな方だった。「若い人が元気だからうれしいよ」と、いつも笑顔で語ってくださった。草創期の思い出話もお聞きした。
男子部だけではない。川越北部方面の創価学会の発展は、故人のお宅や田畑清久さんのお宅なくしては、成し遂げられなかったと思う。
市民が自宅の一番広い部屋を、拠点として開放してくださる。ここにも、創価学会の強さの要因がある。

今朝は、川越県土整備事務所で、4つの要望をした後、県庁へ。市民相談の対応に追われた。早めの帰宅がわかるのだろうか。夜には、新たな市民相談が2件。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.03.10 23:21:45
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: