2013.05.25
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平成10年8月29日のことです。

岸町、砂新田、砂、寺尾、牛子、旭住宅の皆さまにとっても、忘れ られない日です。
不老川、新河岸川の幅は狭く、寺尾調節地もありませんでした。

川越市を集中豪雨が襲った日です。

川があふれ、床上浸水になったご家庭を、政治家一人が訪問しても 、何の役にも立てません。でも、朝から深12時まで、私は、一人 で、車を運転し、ひたすら歩きました。大雨の被害のひどさを、瞼 に焼き付けました。


...
当時の土屋県知事はこの時、胆石の手術のため、入院中でしたが、 退院後、真っ先に、一番被害のひどかった旭住宅のある下新河岸の 旭橋を視察してもらいました。

そして、知事が国に直談判して173億円、当時の川越市の1年間 の予算は約700億円でしたから、破格の予算をつけてもらい、国 と県で、激甚災害対策事業として、河川改修と寺尾調節地の工事を 行ったのです。

忘れられない理由が、もう一つあります。

29日の夕方、兵庫県姫路市にいるたった一人の兄弟である弟から 電話をもらったのです。「兄ちゃん、父さんが危篤や。生きてる父 いうのです。

悩みました。でも、12時まで水害現場を歩き、帰宅後、臭くなっ たからだを洗い、生きていてくれと祈った後、午前1時半に出発し て、片道660キロを、家族4人で、高速を飛ばしました。

姫路の病院に着いたのは、午前9時。口もきけない状態になってい 謝の涙を流しました。1時間ほど仮眠した後、正午に再び川越市め ざして出発。東名も中央も通行止めで、甲府で高速を降りて、自宅 に舞い戻ったのは出発から24時間後の深夜12時でした。帰りは 妻が運転しましたが、24時間で1300キロを往復しました。父 が他界したのは11日後でした。

次の年の1年8月にも集中豪雨は川越市を襲いました。173億円 の工事はまだ始まったばかりでしたから、再び、床上浸水に見舞わ れました。砂新田などに加えて、平塚もひどいありさまでした。2 メートルも土盛りをして建っていたキングズガーデンも床上浸水で した(この対策のための河川改修は、山口泰明代議士が予算をとっ てくれました)。10年の水害時にポプラの樹にも、キングズガー デンにも一番最初に駆け付けた政治家は私でした。もっと見る いいね! · · 宣伝する · シェア





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最終更新日  2013.05.26 02:00:04
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