『聖教新聞』1月19日号4面の「躍進の鐘を鳴らせ・座談会」で、私(森田実)のことが語られている部分を引用いたします。1月19日早朝、親しい友人が知らせてくれました。じつは、早朝に『聖教新聞』を2面まで読んだのですが、4面までは目が届いていませんでした。友人に感謝します。
橋元 聖教新聞を購読している政治評論家の森田実氏も、配達員の皆さんの姿をたたえている一人です。
竹岡 森田氏の家の新聞受けには、毎日、早朝に聖教新聞が入ります。いつか、あいさつをせねばと思い、ある冬の寒い日でしょうか、森田氏は玄関で配達員の方を待たれていました。
橋元 その時の印象を、こう語っています。「なんとすっきりして、爽やかで、本当に立派な姿でした」
竹岡 ある時は、去っていかれる後ろ姿に向かい、御礼をされていたそうです。それを見ていたマンションの管理人さんから「何をされているんですか」と尋ねられ、答えたそうです。「仏さまの後ろ姿に、最敬礼しているんですよ」》
以上が『聖教新聞』座談会からの引用です。
最近、体調がすぐれないときに、たいへんに親切なマンションの管理人さんが玄関の新聞受けのポストから私の部屋に新聞を届けてくれます。そのため、仏のごとき配達員さんに直接挨拶する機会はなくたいへん申し訳なく思っていましたのですが、時々2階の窓から配達員さんの後ろ姿に手を合わせ、最敬礼しています。
私が知っている創価学会の会員の皆さんは、みな、たいへんに立派な人格者で、やさしい心の持ち主です。そして親切です。仏のごとき君なりき、です。私は、深く尊敬しています。創価学会員の友人に会うごとに、もっと自己練磨に励まなければならないと反省しています。
仏のごとき配達員さんのことを考えると、それだけで身が引き締まります。自分はまだまだ修行が足りないと反省しています。創価学会の皆さんが進んでいる道と、私が今まで歩んできた道とは、コースが違っていますが、めざすところは「平和と人間尊重の理想」です。同じ目標に向かって、少しだけ違う道を進んでいる、と私は思っています。これからもたった一人の道を歩んでいきますが、理想の頂において出会うことができると思います。配達員さんは私にとって「仏」です。
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