2015.08.13
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「平和を守るソ連社会主義の核兵器・核実験支持」が、日本共産党の消せない過去の主張です。
「http://kinpy.livedoor.biz/archives/52142125.html<日本共産党・民青同盟悪魔の辞典+ キンピー問題笑える査問録音公開>から転載します。
広島に原爆が投下された8月6日に原水禁のホームページを見るのは意義あることだろう。原水禁の歴史のページ


広島・長崎の被爆者の原爆をなくせという声と悲惨な被爆の実態が、この署名運動の過程を通じて国民に伝えられ理解されていきます。ビキニの被災によって巻き起こった「死の灰」への恐怖に、広島・長崎の悲惨な状況を知ることによって強まった反戦感情が結びついて、強力な原水禁運動として爆発したのです。

 ところが革新勢力の運動の高揚や東西対立の激化などを背景に、「平和の敵・アメリカ帝国主義の打倒」、「平和を守るソ連社会主義の核兵器・核実験支持」、「軍事基地反対、民族独立、安保反対を中心課題とせよ」といった主張をする勢力が原水禁運動を牛耳ろうとしました。運動に参加する幅広い層の「いかなる国の核実験・核兵器にも反対する」との要求や意見と真っ正面から対立し、それまでの原水禁運動の組織(原水協)は大きく混乱し停滞して、1963年夏の長崎大会はついに中止となり、組織は分裂しました。
 そうした中で、「いかなる国の核実験にも反対」する確固たる信念をもった広範な層が集まって、1965年2月、「原水禁(原水爆禁止日本国民会議)」を結成しました。世界の平和運動家バートランド・ラッセルなども「いかなる国の核兵器にも反対する運動でなければ平和運動ではない」と主張して原水禁の見解を支持してきました。

原水禁運動に分裂をもたらした、ソ連の核兵器支持を訴えた勢力とは日本共産党で、分裂したのが今の原水協。その後、ソ連・中国と仲違いして彼らの足を引っ張るため原水禁同様の主張を行うが、過去の過ちを認めたくないもんだからいまだに原水爆禁止運動は分裂したままである。





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最終更新日  2015.08.13 23:38:48
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