陶玄郷だより (フラクタルの森)

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カテゴリ: 日記
昨日、岡山木鶏クラブ(致知)の20周年行事で「山田方谷」を訪ねるバスツアーに参加した。

上杉 鷹山(うえすぎ ようざん)は有名であり、山田方谷も鷹山を手本ともしただろうが、
その業績はひけをとるものではなかった。
明治時代まで生き、その足跡は、未だぬくもりを感じるものがある。
儒教、陽明学を主に学び、仏教にも造詣が深く、その知恵を持って改革を成し遂げたのだろうが、
もし、この二人が現代に生きておれば、今のとてつもない国家の財政赤字に対して、どのように見て、
どのような施策を考えるだろうか。

「出るを押さえ、入るを計る」という基本は同じだろう。

政・官・財・民にある既得権益、そこに無駄、無理、ムラがあるからこそ赤字がふくらんで
いるのだから、改革をしなければならない。
しかし、改革は、目先、痛みも伴う。そのために人民の意識改革は一番重要課題であるが、
現代においては、非常に難しいものがあるかもしれない。
その時代は、 人々の精神性の中には、儒教、仏教、神道の精神が色濃く残り、
少しの呼び水で、人として本来持っている素晴らしい力を引き出すことが可能だったのだろう。
しかし、先の大戦以降、中国の文化大革命ほどではなかったにしろ、その精神性を封印して
しまっている。唯物論が蔓延し、見えやすいものでしか世の中を見ようとしない傾向性を
植え付けられてしまっている。
「人」を考えるに「権利」のみである。
権利は右目で見るべきもの。

しかし、人にどのような義務があるか、宗教、思想を学ばなければなかなかわかるものではない。
放っておけば出てくるのは、欲ばかりである。
欲を上品に言うと「権利」である。
欲は、別に悪いわけではないが過ぎれば、周囲だけでなく我が身も滅ぼすことになる。
義務と権利、両目でしっかり見る必要がある。

真理の探求が不可欠でもあるだろう。


写真のヒョウタンは2升は入る。
山田方谷も酒が好きだったようだ。
実際に愛用していたもの。





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Last updated  2007.11.13 00:35:07
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