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2006年01月23日
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昨日、無事に母の四十九日法要と納骨を済ませることが出来ました。

人一人を送る手続きはなかなか大変なものですね。

前日は雪の予報が出ていました。70%の降水確率ではおそらく降るだろうし、翌日路面が凍るだろう、ノーマルタイヤでは片道一時間のお寺まで行けないしどうしよう・・・、さんざん心配しましたが、実際には予報に反して全く降らずに当日もとてもよい天気。ところが、翌日の今日は降水確率10%にもかかわらず吹雪の朝を迎えました。(もう止みましたが)これはもう特別な力が働いたとしか思えないです。

さて、昨日の法要、私に涙は全くありませんでした。
大勢の普段お会いすることに出来ない親戚に囲まれて、
たくぼんも大はしゃぎ。おばあちゃんが「のの様」になるお祭りだと
言ってあるのでまさにお祭り気分のようでした。
でも、ひとりでこっそり骨壷に向かってコソコソ話しかけていたり、

「おばあちゃん、今はどこに居るの?」というので、新しく作ったお位牌を見せてあげると、本当におばあちゃんはそういう形になってしまったんだと思うらしい。子どもらしいというべきか、実はそれこそが真実で人の存在って形では表し切れないものなのかも、とも思ったりする。

納骨は自分でする。と父は以前から言っていた。段差のある狭いところなので心配もしたけれど、これは本人の思うようにしてもらうしかない。
ほぼ死産で亡くなった両親の子どもの小さな骨壷がすでに収められている。父は「ぼくらのこども」と親戚に紹介し、その隣に母の大きな骨壷を並べ私を呼んだ。将来自分の分はこの子ども達をはさんで反対側に置いて欲しいという。前から聞いていたのでわかってはいたけど、
目に涙を浮かべながらそう私に頼む父の様子を見ていたら、
そのファミリーに私が入っていないことを感じて寂しくなった。
その頼みを聞いてあげられるのは私しかいないし、父も当然の事を言ってると言うことはわかるんだけど、ずっと独り占めしてきたと思っていた両親は私だけのものじゃなかったんだと改めて気づかされた感じ。
そのうえ生まれてすぐに亡くなってしまったけがれのない魂は
私が35年かけて積み上げてきたものよりもっと高貴に思えたりもした。
母は今、二人の子どもに寄り添って寂しくないんだな、私が居なくてもきっと寂しくないんだろうな。
この想いは「嫉妬」でしかないと思うので自分でも仕方のないことだと思うんだけど・・・。

夜、母の夢を見て泣きながら目が覚めました。

どこかつらくてうなされるような夢でした。
具体的には内容を全く覚えていないんですが、なんだか苦しい夢でした。





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Last updated  2006年01月23日 10時12分37秒
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