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台北弾丸遠征レポート(6)、完結編。光華商場から台北101へ。こちらが最寄り駅。外にでるとどーんと台北101が目の前に。台北101は2000年代半ばの数年間、ドバイにブルジュ・ハリファができる前まで世界一の高さでした。早速高速エレベーターで展望台へ。こちらは西の方角。北の方角。北西の方角。北投温泉はたぶんこの方向。平日にしては結構混雑。半分くらい工事で見えなくなっていたのが少し残念。たぶん東側。たぶん南東方向。再び西側。これは南東側かと。再び西側。少しアップ。足元。北西?階段を上ってオープンな展望台まで来ました。物凄い強風。建物側。西の方向。ビルの最上部。強風に耐えられず退却。。屋内にあったオブジェ。展望台見学終了。こちらは吹き抜け構造の豪華なショッピングモール。出口で一枚。最後に見上げます。このあとはタクシーで松山空港へ。最近は地下鉄でも行けるようになりましたが、一通り交通機関に乗ってみるのも目的だったのでタクシーにしました。松山空港到着。ここは2006年に金門島往復をして以来。前は国内線専用の空港でしたが、羽田と同じように近隣国との国際線シャトル便も出るようになりました。あと、前回来たときは中国便はまだなく、「小三通」の状況でしたが、今は当たり前のようにここからも上海虹橋へのフライトをはじめ、中台間は普通に直行便が飛んでます。短期間に時代が変わったことを感じますね。ターミナルを背に一枚。空港の周辺もきれいになったように思います。入口の自動ドアにもWiFiマーク。ここにも大型観光端末。こちらはWiFiスポット。前に来たときはもっと野暮ったい感じの空港でしたがきれいになりました。空港で牛肉麺。これで台北弾丸遠征ミッション完了。松山空港は全面禁煙だったのが残念でしたが。。東シナ海上空、石垣島の北あたり。ちょうど飛行機の位置まで高く積乱雲が発達していて、台風が生まれそうな雰囲気でした。結局このときは台風は発生しませんでしたが、一週間後ちょうどこのあたりで台風が大きくなりましたね。台湾弾丸遠征、なかなか効率的にいろいろ見ることができてよかったです。さて、これから資料を作らないと。。
2014.09.22
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台北弾丸遠征レポート(5)、北投温泉のホテルをチェックアウトしたあとは、MRTで「台北の秋葉原」といわれる光華商場へ。MRTの車内アナウンスは、北京語、台湾語、客家語、英語の順番で行われます。語学マニアとしてはとても楽しい瞬間です。台湾語、客家語だけしか喋れないという人はたぶん台湾にはほとんどいなそうですが、そのあたりの細かな配慮も台湾の最近の特徴と思います。その流れで地下鉄の優先席。こちらでは「博愛座」。2006年のブログでも書きましたが、とても良い言い方。中華圏では年寄りが乗ってくると、周囲の人々が我先に席を譲ろうとしますが、良い習慣だと思います。年寄り同士で譲り合っていることもあったりしますが。。これも車内の広告。出産を奨励する内容です。こういうのを見ても台湾のやさしさが伝わってきます。MRTを乗り継ぎ、台北駅からそう遠くない忠孝新生という駅で下車。このあたりにいます。地図では右側に光華商場。途中にあった小学校の壁面。いろいろな学校の活動が紹介されています。光華商場に向かう路地はこんな感じで部品屋がたくさん。光華商場の筋向いにある台北科技大学。「台北の秋葉原」はもともとこの大学の周辺に集まってきたパーツ屋が大きくなったところとのこと。「3C」という看板が多いです。3CとはComputer、Communication、Consumerで、コンシューマ向けのデジタル商品という意味らしいです。この時間帯(11:30ごろ)は人が少なめですが、帰りはこのあたりランチ場所を探す学生たちで大混雑でした。そしてこちらが光華商場のビル。正式には「光華数位新天地」というようです。大陸で「デジタル」は「数字」ですが、台湾では「数位」になります。交差点にあったインフォメーション。光華商場の向いの通り。では、ビルの中に入ります。もともとは細かい店がたくさんあったようですが、何年か前にビルの中に集められたようです。フロアの構成。1Fにはフードコートも。ぶれましたが、基本的に各フロアとも細かい店の集合体。これは大陸のこういうところと同じですね。マルチメディアアキバみたいに量販店が全部抑えているようなことはないです。一番上のフロアにはドキュメント復元の店が集まっていました。写真は展示用の人形。エスカレーターの壁面は日本っぽいです。いまいちよくわかりませんが。。かわいい系だそうです。ビルのテラスからは台北101がみえました。これもテラスから周辺の景色。これも。モバイルバッテリーです。さて、このあとは先ほど見えた台北101へ。今回の最後の訪問地。。
2014.09.22
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台北弾丸遠征レポート(4)、士林夜市へ。屋台が増えてきました。おっさんになっても、こういうの大好きです。ホタテですね。ベジタリアン向け饅頭のようです。これはケータイの店。台湾モバイルのショップ。物凄い人でした。このあたりはアーケードのある市場。何年か前に雑然とした市場を整理したそうで、食べるところは全部地下化してます。地下にこんな店がたくさん並んでいます。いっぱいあって目移りしてしまいますが、空席を見つけてとりあえず注文。私の注文した料理を作るおばさん。台湾ビールと、左上のカキオムレツ、真ん中のビーフンを頼みました。これがカキオムレツ。こちらはビーフン。ちなみにビーフン(米粉)は台湾語ですね。鉄板焼の店も。あとは再び外をぶらつきながら屋台でちょこちょこ買いました。これはウズラの卵の串。ぶれぶれですが、これは肉とネギかなんかの串。駅に戻る途中の宝くじ屋。台湾は一番最初に行った1988年にすでにありましたが、店でもらうレシートが宝くじになっていたりしますね。そのあと、この通りにあったマッサージ屋にふらっと入り、足裏45分でまったり。このあと雨が降って来ましたが、何とか駅まで戻りました。北投支線の車内の観光案内端末です。夜の新北投駅前。このあと、部屋の風呂に温泉を溜め、部屋で北投温泉を満喫。。ここからは9月15日(月)。ホテルでバイキングの朝食後、露天風呂へ。ホテルから坂を下っていきます。昨日営業時間が終わっていた地熱谷にもう一度。このあたりにいます。周りのお店。ここにも温泉。いざ地熱谷へ。と思ったら、月曜は休園でした。残念orz。。ということで、北投公園露天風呂へ。中は写せませんが結構広いです。ここは水着で入りますが、客は月曜の朝ということもあり、地元のおっさんとおばさんが大半でした。岩の上で器械体操をやっているタフなおっさんもいて、なかなか楽しかったです。しかし、このあたりの方々は本当に昔の日本人の伝統を守っているような感じがして、頭が下がります。再びホテルに戻り、昨晩入った温泉をそのまま浴槽に残していたのですが、ちょうどよいぬるさになっていてナイスなしめになりました。最後にホテルからの景色。北投公園にお別れ。新北投駅。青空に映えます。ちなみに自転車もそのまま乗れます。台湾は前に来た時も思いましたが、バリアフリーがとてもしっかりしている印象があります。台湾人の生来のやさしさもありますが、1~2日過ごすだけでもいろいろなところでそれを感じます。大陸の方々とは明らかに違う人々です。駅のホームから一枚。このあとは「台北の秋葉原」、台北駅からほど近い光華商場というところに行きます。。
2014.09.21
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台北弾丸遠征レポート(3)、北投温泉博物館の続き。北投石の発見と研究の歴史について書いてあります。日本っぽい漫画も。2012年が北投石命名100周年だったようです。昔の公共浴場にあった椅子。そして浴槽。ここにも。これは北投温泉のジオラマ。これは個室の浴槽。ここの公共浴場もぜひ復活できないものでしょうか。。昔の桶ですね。湯船は全部で3つ。昔の浴衣。1935年、昭和初期の北投温泉の地図。この博物館の模型。博物館の見学の次は、今もある公共浴場、瀧乃湯へ。これは横にある「熱海大飯店」。瀧乃湯、いい雰囲気出してます。渋い。これは日本の地方の温泉地にある公共浴場そのもの。入口の番台。誰もいないので、中を覗いていたら、脇からおっさんが登場、「100元払ってね。水着はだめ」。100元=400円くらいです。ちなみに公園の中の露天風呂は水着必須なので間違って入ってくる客もいるんでしょうね。pH1.2とはやはり酸性度とても高いですね。秋田の北投石のある玉川温泉と同レベル。中は本当に温泉地の公共浴場そのものでした。地元の年配の客が多かった感じですが、マナーはとてもしっかりしてます。タオル持ち込み不可はもちろん、湯船で体をこすったらだめとか、日本の温泉でもあまり書いていないようなこともあって感動しました。瀧乃湯を堪能したので、ホテルに向かうことにしました。ここにも北投公園百年記念の説明。日本統治時代の写真もあり興味津々。これは露天風呂の入口。この日は30度超えで結構暑かったので、入るのは翌日にすることに。でも、ここもいい感じですね。料金は40元(約160円)、瀧乃湯より安いですね。途中にこんな防空壕迷宮なども。北投温泉街では一番高い位置にあると思われるホテルにチェックイン。ホテルに大浴場はないのですが、個室にこんなすばらしい温泉があり大満足。直前予約で日曜の夜ということもあり、部屋の豪華さにしては相当安かったです。一休み後、晩飯は「士林夜市」という台北で最も賑やかな夜店の集まるところに行くことにしました。その前に近くの地熱谷に寄ってみましたが、開館時間は終わっていました。日本でいえば、湯畑あるいは地獄、といったところでもうもうと湧水しているところです。近くのホテル。食事ついでに立ち寄り風呂を提供するこんな店も並んでます。新北投駅近くの温泉ラーメンの店。入ってみたかったですが。。夜の新北投駅。士林までは5駅くらい。士林駅近くのケータイ(遠伝、Far Eastone)の店。士林夜市へ向かう道は大混雑。畳屋なんかもあり、日本のようです。続く。。
2014.09.21
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台北弾丸遠征レポート(2)。台北駅から北投温泉へ向かいます。北投温泉は日本統治時代に日本人が開発した台北の北の郊外にある温泉地。微弱の放射線が岩盤から出る温泉として有名ですが、「北投石」というのはここと秋田県の玉川温泉にしかないということです。では、MRTで北投温泉へ。語学マニアな話ですいませんが、MRTでは(現総統の馬英九が台北市長だったこともあり)台湾国鉄とは違い2006年はすでに中国式ピンインでローマ字表示され始めた直後でしたが、この線の終点「淡水」はピンインではない「Tamsui」と台湾語系スペル?になっているところ興味深いです(「台北」もピンインの「Taibei」でなく従来からの「Taipei」ですが)。ちなみに、地下鉄は右側通行です。乗り換え駅の北投駅に到着。途中からMRTは高架を走ります。北投温泉へ行く支線のホームにあった温泉オブジェ。一駅「新北投」駅まで行きます。新北投行きの電車は観光電車の趣。車内も観光主体の造り。北投温泉の最寄り駅、新北投に到着。ここにも温泉系のオブジェ。WiFiは充実してます。中央部が今いるところ。南北逆になっていますが、左側に目指す北投温泉。駅前の様子。緑のあるほうが北投温泉の温泉街。日本の地方都市の景色といわれても気がつかないですよね。新北投駅はこんな立派な駅舎でした。北投公園を通って温泉街へ。公園の周辺や中に見どころたくさん。これは石川県の和倉温泉の老舗、加賀屋直営の温泉旅館。なだらかな登り坂を進みます。こちらはかつての温泉施設を改修して作られた温泉博物館。あとで中に入ります。「湯煙天狗」、いい感じです。先ほどの加賀屋の入口。まるで日本。隣の旅館には温泉マーク。いい雰囲気っす。では、「北投温泉博物館」に入ってみます。日本統治時代の北投温泉の絵葉書だそうです。これは1970年代のマッチ箱のデザイン。このころは台湾は公娼制度もあったと聞きますので、歓楽街的なところだったのかもしれません。座敷です。いい感じのテラス。映画も上映されるようです。櫻井廣三郎という日本人がラジウムを放射する鉱石を発見したところから北投の歴史は始まるようです。まだまだ続く北投温泉。。
2014.09.20
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今週の日月の連休を使って、台北まで一泊弾丸遠征してきました。もともと行く予定はなかったのですが(夏休みのパスポート盗難の反省もあり)、仕事で台湾について話す必要が生じたので、1週間くらい前にまた思いつきで手配しました。台湾は2007年以来7年ぶりになります。日曜の朝、往路は成田から。時間があったので展望デッキに出てみると、カメラを持ったマニアの方々が多数いました。そしてこちらが搭乗するEVA航空の機体。機内アナウンスは北京語、英語、台湾語、日本語という順番だったような。久々に聞くライブの台湾語にマニアとしては感動。3時間ちょっとで台北の北側、淡水河の河口あたりがみえてきました。このあと桃園空港に到着。前回までは「蒋介石空港」でしたが、いまは「桃園」。日本語では音読みで「とうえん」が正しいことになっていますが、「ももぞの」と言ってしまいますね。以前は桃園空港から台北市内まではバスのみでしたが、試しに高速鉄道(台湾新幹線、高鐵)で行ってみることに。空港から高鐵桃園駅へはバスで10分ちょっと。都バスみたいな雰囲気のバス。上にある高架駅が高鐵の駅のように見えますが、あれは建設中のMRT(市内は地下鉄)。高鐵はこちらの地下駅。自販機で切符購入。簡単です。プサンから乗ったKTRもそうですが、一見の旅行者からすると、日本より台湾や韓国の方が切符が買いやすいと思います。日本も2020に向けてもっと旅行者目線で考えるべきかと。翌日の帰路で羽田空港で北京から来て新幹線で三島まで行くという中国人に道を聞かれて京浜急行で品川まで一緒、その中国人の不安感がよくわかりましたが、東京はちょっと難しいと思いますね。さて、まだ時間があるので駅構内を見学。北上(台北方面)、南下(高雄方面)という意味。駅構内のファミマ(こちらでは「全家」)。中央部に「関東煮」(おでん)。テイクアウト系は日本のより充実感あり。これは高鐵グッズの自販機。あとでも出てきますが、台湾は随分と鉄ちゃん化してます。こちらはFree WiFiスポット。では「北上」のホームへ。地下ホームです。来ました。台湾新幹線。車内は日本の新幹線そのものですね。韓国のKTRもそうでしたが、ここも左側通行。なぜか新幹線系は日本と同じ左側通行が多いですね。桃園から台北まで2駅。途中の停車駅はこの「板橋」。前々回来たときも開通前の高鐵の板橋駅を見学しましたが、板橋区民としてはこの駅は深い親近感を感じてしまいます。今はこのあたりの住所は「新北市板橋区」というらしいので、まさにいい感じです。「板橋」のスペルは「Banqiao」。前々回(2006年)のスペルは台湾式ピンインの「Banciao」でしたが、大陸式に統一されてしまったようです。。台北駅に到着。これから地下鉄(捷運・MRT)で上の方にあるピンク色の支線「新北投」まで行きます。その前に台北駅前で一服。MRTの駅。駅前の「秋葉原」の看板に目を奪われます。1Fに無印良品もありますね。駅前の雰囲気は日本の地方駅とそっくり。博多駅前とかに似てますね。駅前の看板。英語の下にベトナム語とかタイ語が並んでいるので、そのあたりの方々がポイ捨てが多いということでしょうか。駅地下の駅弁屋。台湾では弁当は旧字体で「便當」。そのとなりの鉄ちゃんグッズ屋。日本みたいです。台湾には日本統治時代に敷設された渋いローカル線もたくさん走っていますので、嗜好もとても似ていると思います。大型観光端末。プサンにもありましたが、自撮りしてメールで送れるタイプのもの。これは驚き。台北郊外を走るローカル線平渓線と日本の江ノ電のコラボ。ゆるキャラも日本にそっくり。駅構内のマッサージ屋。これは中華っぽいです。こちらは観光端末。隣にWiFiスポット。
2014.09.20
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2014年夏・欧州6カ国遠征レポート(20)、最終回です。8月21日(木)夕方のサンピエトロ大聖堂内部の見学の続き。こちらは歴代ローマ教皇の名前。2代前、ヨハネ・パウロ2世の名前まで刻まれています。十分堪能してサンピエトロ大聖堂から退出。外側の衛兵。もしかしてここを今のフランシスコ教皇が通過するのでしょうか。サンピエトロ広場とサンピエトロ大聖堂。これ、我ながらなかなかいけてる一枚です。欧州遠征最後の夕食は、ホテルの近くのローカルなオープンレストランでラビオリとサラダ。そして店のおばさんがデザートを進めてきたので、このフルーツ。こちらが宿泊したRelais Vatican Viewというホテル。左の戸が入口。右側がショップを兼ねたレセプション。一見ここがホテルという感じはしませんね。こちらがたぶん私が泊まった1階(欧州式)の部屋。翌日また朝早いので、荷物をまとめ穏やかに就寝。。ここからは最終日22日(金)。事前にテルミニからの空港直通特急の時間を調べていたので、それに合わせ4:30起き。地下鉄A線のオッタヴィアーノ駅まで10分少々。早朝なのに意外と客がいました。テルミニ駅に予定通り到着。6:20のレオナルド・エクスプレスの切符を買ったあと駅の外で一服。一服中。乗車前にも一服。いずれは欧州の鉄道の旅でもしたいものです。電車の中。フィウミチーノ空港に予定通り着きました。チェックインを済ませたあと、出発までまだ2時間あるのでまた一服。仕事も兼ねて空港内の通信系端末を調査。右側はコーリングカードの自販機。左側のは、搭乗券のバーコードで無料で電話できる模様。左側だけ拡大。このあと、9:35のチューリヒ行きスイス航空(今はルフトハンザグループになっていて、単に「スイス」というのが正式名称みたいです)に搭乗。しかし、往路のフランクフルトからローマ入国もそうだったですが、ローマの空港ではシェンゲン協定の関係から協定国間の便は国内線みたいな扱いになっているので、出入国のイミグレとかなく(もちろんセキュリティチェックはあります)、私のパスポートにはひとつもイタリアに滞在したということを示すようなスタンプがないのでちょっと残念です。まあ、ドブロブニクで一度なくなったパスポートなのでよしとしましょう。チューリヒ空港で乗継の成田便搭乗前に一枚。後ろにANAの機体も見えて、少し日本に近づいた気持ち。チューリヒでは2時間弱くらいの待ち時間でしたが、セキュリティチェックしたあとちょっと余裕をこいていると、シェンゲン協定国から出る際のイミグレーションがまだあったので一瞬あせりました。4年前のヘルシンキではそこが長蛇の列で搭乗口まで走る羽目になったことをまた思い出しました。最後に今回立ち寄った各空港でのFree WiFiの状況。こちらはチューリヒ空港。搭乗券で60分無料。これがiPadで接続したときの画面。ドブロブニク空港のFree WiFi。こちらは15分無料。ケータイ番号をSMS経由で登録するパターンだったかと。こちらは往路のフランクフルト空港。これは単にメアドの登録だけだったかと。そんなことで欧州レポート完結です。冗長なレポートにお付き合いいただき、ありがとうございました。今回はドイツ・ヴィースバーデンの温泉、アドリア海の真珠・ドブロブニク、旧ユーゴのボスニアとモンテネグロの日帰りツアー、ローマとバチカンという6カ国訪問でいろいろなものが見れました。ただ、なんといっても、パスポート盗難から半日足らずで手元に戻ってくるというドブロブニクの奇跡が思い出深かったです。あそこでもしパスポートが戻ってこなかったら、クロアチアの首都ザグレブに行っていたわけですが、その場合このような悠長なレポートは書いていなかったかも。改めて皆様のおかげで生かされていることを実感した7泊9日の旅でございました。。
2014.09.07
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欧州レポート(19)、8月22日(木)、ローマの観光スポット数か所を周遊中。スペイン広場の上からの景色。遠くのほうのがサンピエトロ大聖堂かと。このあとちょっと疲れたのでホテルに戻り休憩。ホテルで仮眠後、まだサンピエトロ大聖堂の中をみていなかったので、18時過ぎにまたバチカンへ。サンピエトロ大聖堂を背に。では、入場。圧倒される大きさと美しさ。ここらが中央部。バチカンの財力を感じさせますね。いやあ、言葉での説明は不要ですね。レポートは完結編へ。。
2014.09.06
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欧州レポート(18)、8月21日(木)午後のローマ、コロッセオから。地下鉄の出口を出て通りを渡るとコロッセオをはじめ昔のローマ帝国の遺跡群ばばーんと。コロッセオの中に入りたかったのですが、かなり長蛇の列。ここもバチカンと同じように予約ができるので、その場でネットで調べたものの、残念ながらこの時間帯の予約は終わってました。ローマの観光名所見学は予約していくのが効率的ですね。入れないので中が見えるところを遠巻きに。しかし、2000年以上前によくこんなものを作った者です。ぐるっと周囲を半周中。コロッセオ周辺、ナイスでした。再び地下鉄に乗り、A線のバルベリーニ駅で降ります。駅周辺の風景。これからトレビの泉へ。しかし、残念!トレビの泉はこんな感じで大規模工事中。水は抜かれた足場が組まれた状態。それでもコインは投げられています。。通常の状況ならここらがメインの角度なんでしょうが。。続いて周辺を散歩。これはコロンナ広場にあるマルクス・アウレリウスの記念柱。この近くのオープンカフェでイタリアではじめてのカルボナーラ。麺はアルデンテでした。その近くのアウグストゥス帝の廟。その後ぐるぐる回ってスペイン広場にやってきました。ローマといえばということでよく出てくる風景。広場の階段を上がっていきます。広場の上からの景色。これでメジャーなスポットはとりあえず回った感じでしょうか。続く。。
2014.09.06
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欧州レポート(17)、さらにバチカン博物館。写真をばしばし撮りたくなります。たぶんこのあとがバチカン博物館最高の見どころ、システィーナ礼拝堂のはずですが、撮影は禁止。。このあたりから再び東の方角へ進みます。これは中世のころの地球儀。日本はこんな感じです。別の地球儀ではこんな感じ。窓からサンピエトロ大聖堂。出口近く、バチカン全体のジオラマ。預けていた荷物を受け取り、バチカン博物館見学終了。なかなか面白かったですが、もっと勉強してから行けばよかったかも。入口はこのように長蛇の列。予約してよかったです。こちらが博物館の出口。入口から城壁の沿って続く長蛇の列。この日結構暑かったので、この並びは相当疲れますね。リソルジメント広場で一服。近くのFree WiFiのマーク。オッタヴィアーノ駅から地下鉄で次はコロッセオに行くことに。地下鉄の壁面は昔のNYの地下鉄のように落書きできたなかったです。残念。テルミニ駅でA線からB線に乗り換え二駅。その名もコロッセオという駅で降りると目の前にコロッセオ。続く。。
2014.09.05
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欧州レポート(16)、8月21日(木)のバチカン博物館入場。歴代の法王が財力に任せて集めた財宝の数々。やたら広くて最低でも1時間半くらいかかりそう。東側から入り西側のシスティーナ礼拝堂あたりで折り返し、再び東側の出口に戻るという、一方通行でいろいろなところをぐるっと回ってくる感じになります。まずはエジプト美術館。ツタンカーメンではないですが、ミイラも展示されてました。途中のテラスから。ピオ・クレメンティーノ美術館。あとでガイドブックをみても写真がどこだったかよくわかりません。。中庭を見下ろす位置。トラムがみえるので、リソルジメント広場かと。「大燭台のギャラリー」というようです。このあたり、いろいろなギャラリーが続きます。まだまだ続くバチカン博物館。。
2014.09.05
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欧州レポート(15)、8月20日(水)のローマの夕方。夕食がてらバチカンの近くを散策。最終日に空港へ行く際、地下鉄でテルミニ駅まで行こうと思ったので、ホテルから最も近い地下鉄A線のOttaviano駅までどのくらいの時間がかかるかの計測も兼ねました。写真はバチカン東側のリソルジメント広場。ここからは路面電車も出ています。Ottaviano駅の場所がわかったので、東方向に針路をとり、Quiriti広場の噴水まで来ました。こういうものがローマにはそこらじゅうにありますね。サンタンジェロ城の北側まで来ました。これは何の建物かわからなかったですが一枚。サンタンジェロ城の周囲を回ります。2世紀にハドリアヌス帝が霊廟として造ったのが最初だそうです。お城に近づいてきました。その先にサンピエトロ大聖堂が見える位置。夕陽モードでナイス。テヴェレ川にかかるサンタンジェロ橋。お城の中の公園に出店がたくさん出ていました。そのひとつでラザニアを買ってローカルな夕食タイム。お城の中もレストランとかがあるように見えます。さらにデザートにスイカ。Conciliazione通りという、サンピエトロ広場までまっすぐ続く道を歩きます。これは横の水道橋?スマホで一枚。通りを通る車が少ないので、道路の真ん中まで出て撮影。ナイスなショットが続きます。写し方の問題もありますが、だいぶ暗くなりました。。ホテルに戻り、テラスからサンピエトロ大聖堂を一枚。至福なときを過ごしながら20日は終了。ここからは21日(木)。再び朝テラスで牛乳とともに。この日はバチカン博物館見学の日ですが、朝食を買いに外に出てみました。部屋で朝食のパンを食べ終え、バチカン博物館に出発。予約時間は9:30。この先、予約なしの方はやはり長蛇の列になってましたが、すいすいと入場。入口でiPadを使って、メールで届いた予約確認書を見せ、イヤホンガイド(日本語)も借りて入場。これからバチカン博物館の写真が鬼のように続きます。。
2014.09.03
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欧州レポート(14)、8月20日(水)、ドブロブニク出発の日。朝7時半ごろのローマ行きフライトに乗るため、ロープウェイ乗り場発4:55の空港バスに間に合うよう4時ごろ起床。パスポート盗難事件も奇跡の展開になったので短時間ながらよく眠れました。前の晩、部屋は来たときの原状復帰が原則なので、簡単な掃除とゴミ捨てをして最後に5泊6日お世話になった部屋を記念に一枚。結構設備は良かったんです。ゲストハウスのオーナーはまだ寝ているので、カギをドアのところに残して出発。いつものロープウェイ乗り場からゲストハウスやスルジ山の山頂の方向。ちょっと感慨深かったです。思い出深いドブロブニク滞在でした。予定通りバスが来て空港へ。ドブロブニク空港の大型タッチパネル式情報端末。最近こういうのがどこに行っても多くなりました。空港でクロアチア最後の朝飯。出国後になぜか両替がなく、クロアチアの通貨クナのコインがたくさん残ってしまいました。クロアチアに行く予定のある方がいたらお譲りします。この後、飛行機は一路フランクフルトへ。フランクフルトで3時間超の乗継待ちのあと、ローマへ。ちょっと遠回りのルートです。14:30過ぎ、ローマのフィウミチーノ空港到着後の一服。レオナルドダヴィンチ空港ともいうみたいですが、表示は地名の方のフィウミチーノしか見ませんでした。市内では電車で行くことに。レオナルド・エクスプレスという市内までノンストップの特急で行きます。こちらがその電車。車内の路線図。ローマは遺跡の関係で地下鉄が掘りにくくて2路線しかありません。ほかはJRのようないわゆる近郊電車。ローマの中心的な駅、テルミニ駅に到着。30分くらいです。駅前広場をみながら一服。ふつうの建物もすべて由緒があるかのように見えてしまいます。愛想だけは良いいかにもイタリア人っぽい運ちゃんのタクシーでテルミニから20分ほど。運ちゃんは英語がほとんどできないということで、少し勉強したイタリア語でちょっとだけ会話しました。その後バチカン近くのホテルに到着。バチカンに行きやすいところということで、ここを選びました。ここも朝食なしのB&Bタイプ。部屋はとてもおしゃれな感じでしたが、普通の住宅用ビルを改造したようです。ホテルの前の通り。チェックイン直後ですが少し近場を散策。城壁の向こうがバチカンのサンピエトロ広場方向。あっという間にバチカン入国。といってもどこが国境だかわかりません。この道路あたりがたぶんそう。これで今回の遠征での訪問国は6カ国目。通算50か国訪問を達成しました。横には噴水。城壁に見えたのは水道橋?サンピエトロ広場。サンピエトロ寺院。でかいっす。バチカン市国の力を感じますね。サンピエトロ広場を背に。一度ホテルに戻り、宿泊者が自由に行ける屋上のテラスで一服。B&Bタイプだとこのように俄か居住者の気持ちが味わえるのでナイスです。テラスからの景色です。一度部屋に戻り、翌日のバチカン博物館の予約をネットで行いました。地球の歩き方等に予約してから行くと長蛇の列に並ばなくてよいということが書いてあったのですが、これはそのとおりにして正解でした。このあとまた近場の散策に向かいます。まだまだ続くローマ編。
2014.09.02
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欧州レポート(13)、18日(月)の夜、パスポート盗難後、盗難証明をもらいに警察に行ったものの、対応できる人がいなくて空振り。意気消沈しつつゲストハウスへ戻りました。ただ、盗難証明は何とかなりそうなことがわかったので、めげずに次はザグレブまでの足の確保。最初Expediaでフライトの有無を見てみたら全然なさそうだったので、長距離バスをガイドブック等でみてみるとドブロブニクから11時間!何日もここドブロブニクで足止めになり、会社や実家にも迷惑をかけるのではないかと悪い結末になることが頭をよぎりました。気を取り直してネットでクロアチア航空のサイトをみてみると、20日のザグレブ行きフライトが一席残っていることがわかり早速予約(ザグレブの大使館近くのホテルも)。これで21日までにパスポート代わりの証明書が出れば、もとの予約したフライトは無駄になってしまいますが、その後別の経路(イスタンブール経由)で予定通り23日の朝に東京に着けそうです。あとは、戸籍謄本をどうするかですが、これが結構問題。大使館の方からは、原本でなくてもFAXで大使館宛に直接日本から送ってもらってもよい、と聞いたのですが、私の本籍地は品川区で実家の板橋区からは遠いのと、頼むのが80歳代後半の両親。とはいうもののほかに手段がないので、実家に電話し、翌日取りに行ってもらうことに。取れたら会社に速達で送って会社から大使館にFAXしてもらうよう、会社の同僚にも電話でお願いしつつ段取りをしました。その日にできることはそれくらい。盗まれた自分の不注意さが悔しくてこの日の夜はなかなか眠れませんでした。。 翌朝(ここから19日(火))、早めに目が覚めました。警察に行く前に、ザグレブから先の代替フライトも調べておこうと思い、もともと帰路でローマ~チューリヒ~東京という形で予約していたので、ザグレブ~チューリヒ便はないかと調べると、ちょうど良いフライトがここでも1席残っていて早速予約。これであと警察の証明書と戸籍謄本を揃え大使館で手続きすると、何とか予定通りのフライトで東京に戻れます。もうこのあと予定していたローマはまた今度、ということで完全にあきらめ、ローマで2泊予約していたホテルをキャンセルしました。戸籍謄本も、すでに実家の両親が区役所で入手して帰って来たと電話で確認しました。ただ、実家の父は私の会社名(長い)や住所が書けそうもないので、買い物に出かけた母が戻ってくるタイミングで再度実家に電話することにしました。これであとは警察に行くのみ。8時過ぎにタクシーで昨晩行ったドブロブニク警察署を再訪問。今度は話のわかる担当官がいたのですが、パスポートのコピーとかを持っていなかったので、ちょっと難儀しました。日本の運転免許証とツアー予約のバウチャーで何とか本人確認は事なきを得て、盗難証明を作成してもらいました。ちなみに作成には日本でいう収入印紙が必要で印紙は通りの反対側のキオスクで買えと案内されました。日本のかつての運転免許試験場のような感じ。盗難証明はクロアチア語でしたが、公印も押されたもの。私の生年月日、名前、盗難の経緯などが書いてあるようでした。さて、これで書類が揃ったのですが、盗難証明はザグレブまでの国内線フライトに乗るときにとられてしまうかもしれないので、何枚かコピーをとっておこうと旧市街の城壁の西側にあるヒルトンホテルのビジネスセンターに立ち寄ることにしました。まず先に無料インターネットコーナーで、予約したザグレブ便のEチケットやホテルの確認書をプリントアウトしました。その後、盗難証明のコピーのため、ヒルトンのフロントでそれを渡すと・・・「あれ、もしかしてこのパスポートはあなたのですか?」フロントの男性が不意にジッパー付ビニール袋に入ったパスポートと書類一式を見せてくれました。「え?それ私のです!」本当にびっくり。戻ってくることなどないと完全にあきらめていたので、信じられませんでした。まさに「ドブロブニクの奇跡」です!フロントのもう一名の女性の方の話によると、前の日の晩遅く、この袋を拾ってくれた方が、旧市街から最も近くにある外資系ホテルであるヒルトンのフロントまで届けてくれたとのこと。また、袋の中に私の宿泊先の確認書が入っていたので、それを見てホテルからもそこに電話してくれていたようです(ただし、夜遅かったのでゲストハウスのオーナーは電話に出ず、この日は私が警察に出かけたあとにヒルトンがゲストハウスに再度電話してくれたそうですが、私はつゆ知らず・・・)。袋の中のパスポートと書類は完全そのままで無事、ユーロのコインが抜き取られただけで実害はほとんどありませんでした。あの女の子たちは万引き感覚で袋を抜き取り、コインをせしめただけで残りはそのへんに投げ捨てたんでしょう。でも、完全な形で戻ってくるとは、さらにこんなに早く戻ってくるなど、夢にも思いませんでした。どこにも親切な方はおられるんだなあと実感しました(涙)。ヒルトンのフロントの方々には丁重にお礼を伝え、すぐさま実家の両親と会社の同僚にも報告しました。実は年老いた両親に速達で会社に戸籍謄本を送ってもらうところが一番ボトルネックになっていたのですが、余計なご心配をおかけしてすみませんでした。。その後ゲストハウスに戻り(オーナーのじいさんがノー天気に「ヒルトンから電話あったよ」と言ってましたが)、予約したザグレブ行きやその先へのフライトやザグレブのホテルを急ぎネットと電話でキャンセルしました。一部はキャンセル料が出ましたがパスポートが見つかったご祝儀ということでよしとします。また、大使館の方にもご迷惑をおかけしたので顛末をすぐ電話で報告しました。この前のプサンでもそうでしたが、本当、いろいろな人に助けられて生きていることをまたまた改めて実感する次第です。あとは予定どおりの旅程に戻りますが、ローマのホテルをキャンセルしてしまったので、再度Expediaで予約。結果的にはもともとこの日何も予定を入れておらず、予備日として余裕のある日程にしていたことが功を奏しました。そんな、「ドブロブニクの奇跡」のお話でした。この経験が何かのお役に立てばと思い、ありのまま時系列に書いてみました。でも、皆さんもパスポート盗難には気を付けましょう。自分は旅慣れている方なこともあり、最近は油断が多かったので、初心に帰り今後はやはりパスポートのコピーは持っていこうと思います。それと、インターネットやスマホで効率的な対処ができましたが、これ昔のように何もない時代だったらどうなったんでしょう。ドブロブニクかザグレブで何日も留め置きになったかもしれません。。一件落着したので、夕方まで一眠りしたあと、食事に旧市街へ。今度はパスポートは部屋に置いていくことに。クロアチア最後の晩はピザで締めました。こんな猫の写真も撮りたくなりました。最後の旧市街。最後の旧港から見る景色。それの夕陽モード。昨晩このあたりでパスポートを盗難されましたorz部屋に戻り最後の夜景。翌朝は4時起きなのでこれで就寝、激動の一日でしたが、思い出深いドブロブニク滞在となりました。。
2014.09.01
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