
へィ、ようこそのお運びで、ありがとうございます。
季節は寒中・・、どこもかしこもお寒うございます。
こうゆう寒いときは、どうぞ寄席の方へいらして
笑って温まっていただきたいと思います。
え〜、江戸の文化・文政年間になりますと、落語や講談を演じる「寄席」
が登場してきまして、庶民の人気を集めるようになってまいりました。
この頃、江戸市中には120軒以上もの寄席ができまして、
三笑亭可楽一門とか三遊亭円生一門などから名人たちが出て、
これらの寄席を掛け持ちして回っていたそうでございます。
初めの頃のお客層は、江戸勤番のお武家さんとか
商家の手代、町方の隠居なぞでして、寄席は裕福な閑人のたまり場だったそうですが、
安政5年に大地震が起きまして、
市街地復興で手間賃が増えた大工や職人たちで
客席が埋まったそうでございます。
この頃、江戸では落語170軒以上、講談200軒以上の寄席ができたそうでして、
地震が寄席の数を増やした・・というわけでございます。
江戸の千住という処に、ある講釈師が住んでおりまして、
「どおも、近ごろの客の好みが変ったンかなァ・・。
昔の出し物が、さっぱり通じねェ・・。
まぁ、そうも云ってらンねェから、客受けするネタァ、なンか見ッけなきゃあなンねェが・・。
今どきの世相なんかァ、もじってみるかナ・・?」
・・なんて、しきりに悩んでおりまして・・。
あるとき、下町の通りを歩いてますってェと・・・。
おッ、向こうからやって来るなァ、ネタ屋じゃねェ。・・瓦版屋じゃねェか。
ちょうどいい。奴っこさンなら、おもしれえネタァ、たんと持ってるに違えねェ」
瓦
「おや、講釈の旦那じゃござンせんか・・」
講
「なんでェ、瓦版屋か。近頃ァ不景気だが、何ンかおもしれェ話しはねェかい?」
瓦
「まぁ、こういうご時世でやすから・・、
おもしれェ話ってェのは、ねェんでやすがね。
ドタバタ話しならありやすぜ」
講
「へぇ〜、そいつァ、どんな話しだい?」
瓦
「おッと待ったァ。旦那は講釈師だ。
ここで、べらべらしゃべったら、只でネタァやることになる・・」
講
「そんな気遣(きずけ)ェは無用だ。
なにも、全部聞こうってンじゃあねェ。ほんの世間話、立ち話じゃァねェか」
瓦
「じゃあ、近頃、耳寄りのドタバタ話しでやすがね・・」
講
「おうおう」
瓦
「両国の『小泉屋』ッてェ乾物屋ァ、ご存じで・・?」
講
「しらねェな・・」
瓦
「去年の春先に店開きしたんでやすがね・・」
講
「うむ・・」
瓦
「はじめの内ァ、夫婦仲睦まじく商売してたンでやすが、
今年に入って直ぐ、夫婦別れしちゃいやした」
講
「ほう・・。夫婦喧嘩でもしたンだナ・・」
瓦
「それが、嬶(かかあ)と料亭主人の間で、言ったとか言わねェとかが元で、
亭主のやつが、嬶(かかあ)ァ追ン出したってわけで・・」
講
「ずいぶんと乱暴な話だな」
瓦
「まぁ、嬶(かかあ)の方も、かなりのアバヅレらしいんでやすがね・・」
講
「・・かなりのアバヅレでも、この不景気な世の中だ・・。
家ェ追ン出されたら、さぞかし難儀ィしてるンじゃねェかい?」
瓦
「それが・・、もともと目白あたりの豪邸に住む町名主の娘でしたンで、
今ァ、実家に戻って、別れた亭主の悪口ィ、あらいざらい吠えまくってるそうで・・」
講
「かなりのジャジャ馬らしいな・・」
瓦
「へェ、長家では、『かなりのジャジャ馬』・・いえ、
・・・『毒舌ジャジャ馬』ってェあだ名が付いてェやした・・」
講
「毒舌もはくのかい?」
瓦
「へェ、長家の井戸端会議じゃァ、天下の誰彼かまわず、毒舌でぶった切りでやすから、
その話しッぷりがおもしれェってんで、井戸端会議場の周りァ、
・・連日、野次馬で黒山の人だかりでやした」
講
「うらやましい才能だ・・」
瓦
「そこで、亭主が嬶(かかあ)の才能を見込んで、
出入りの料亭で、ちょうど雇われ女将(おかみ)を探してたんで、
・・そこへ嬶(かかあ)ァ口入れしやした・・」
講
「なるほど・・」
瓦
「ところが、その料亭が『伏魔殿』だったわけで・・」
講
「なんだい、そりゃあ? ・・・(こいつァ、面白い噺が出来上るかナ・・?)」
瓦
「・・あまりしゃべると、瓦版が売れなくなるんで・・」
講
「なにを心配してやんでェ。ほんの世間話、立ち話じゃねェかい」
瓦
「『伏魔殿』ってのは、嬶(かかあ)が付けたあだ名で、
ほんとの名は、『むねむね屋』と言いやす」
講
「そいツも、うさん臭ェ名前だな?・・・(ますます、面白くなってきやがった!!)」
瓦
「ところが、この料亭の使用人達の間では、
・・永年にわたって、店の金をネコババするという伝統が有りやして・・」
講
「使用人が料亭を喰らうのかい・・?」
瓦
「へェ・・左様で、これが生半可のもんじゃァねェんで・・・・」
講
「ほほう、どんなンだい・・?」
瓦
「へェ、・・番頭が、店に内緒で競走馬を買ッちまう・・なんてェ、朝飯前ェで。
手代から丁稚にいたるまで、吉原での遊興費の付けとか、
自分ンちの冠婚葬祭費なんかの付けとか、
習い事や、ガキの手習いの月謝の付けとか、
隣の嬶アとの不倫旅行の付けとか、
毎日の、米・味噌・醤油・酒代・床屋代・・そのほかにも、
ありとあらゆる考えられるもの全部、店へ回しておりやした」
講
「凄まじいもンだナァ・・!!」
瓦
「へェ、・・これを見かねた毒舌新女将は、店の塵芥(ちりあくた)ァ大掃除するってンで、
使用人達と毎日すったもんだのくり返しで、客など、そっちのけでやした」
講
「そりゃあ、商売ェどころじゃねェな・・」
瓦
「あるとき、料亭で公儀の接待が行われることになりやしたが、
料亭主人の『むね衛門』が招待者の人選に横やりを入れたことが
公儀の耳に入りやして、大問題となりやした」
講
「そりゃあ、問題になるなぁ・・」
瓦
「公儀のお取り調べに、毒舌新女将は、そうゆ〜話しは聞いたと言うし、
料亭主人の『むね衛門』は、言ってないと言うし、水掛け論となりやした」
講
「なるほど・・」
瓦
「小泉屋の亭主は、これ以上、公儀とのゴタゴタに巻き込まれたくねェってんで、
嬶(かかあ)を新女将の座から降ろして、ついでに、離縁してしやいやした」
講
「ついでに離縁かい・・、それで一件落着したのかい?」
瓦
「ところが、その話を聞いた井戸端会議の野次馬連中が、収まりつかなくなりやして、
あんなおもしれぇ嬶(かかあ)ァ追ん出すたァ、とんでもねェ亭主だ・・と、
一気に亭主の人気は逆落(さかおと)し。乾物の売り上げァ、半分になりやした」
講
「人気とは儚(はかな)いもンだナ。それで、『むね衛門』のほうは、どうなったィ・・?」
瓦
「これが、トンプ−チンを料亭に送り込んでいたとか・・、
日本橋の橋の隣に、勝手に『むねむね橋』を作ってオロシヤ国に進呈していたとか・・、
ボンゴの外交官を自分ンちの門番にしてたとか・・、
汚職だ、賄賂だ、どう喝だ、泣き落としだァ、なんだかんだと次から次へ呆れるくれぇ、
うさん臭ェ話がいろいろと出て来やして・・、
町奉行所でも、どこから手ぇ付けていいンだか、さっぱり分からねェ始末で・・。
とりあえずしょっぴいておこうッてんで、奉行所の役人にしょっぴかれやした・・・。
・・あまりしゃべると、瓦版が売れなくなるんで・・」
講
「なにを心配してやんでェ。ほんの世間話、立ち話じゃねェかい」
瓦
「へェ、・・で旦那、まだ、ゴタゴタぁ続きやす・・」
講
「おうおう」
瓦
「小泉屋の亭主はってェと、変な遊びィ覚えちゃいやして・・」
講
「・・どんな遊びだい?」
瓦
「へェ、・・竹ひごで丸い輪っかをいくつも作りやして・・、
・・これを通行人の首めがけて、相手かまわず次々と投げるんでやす・・・」
講
「・・へえ〜、もしかして変人じゃあねェのかい。・・なんてェ遊びだい?」
瓦
「へェ、世間では『丸投げ』と呼んで、そこを避けて通りやす」
講
「ふ〜ん? よっぽど暇なのかねぇ・・?
それで商売ェのほうは、でぇじょうぶなのかい?
商売ェ敵(がたき)もずいぶんとあるんだろうに・・」
瓦
「へェ、・・どういうわけか、どこの商売ェ敵(がたき)もみんなそろって、
・・・店ン中ァ、シッチャカメッチャカでやすが、
小泉屋も店ン中ァ、番頭以下、丁稚までが抵抗勢力になりやして、
・・毎日、すったもんだで、台所は火の車だそうで・・」
講
「・・それじゃァ、人気もまた逆落しだろう・・」
瓦
「へェ、・・・落ちた人気を、また上げようってんで、
・・・わけの分からねェ国と商売ェおッ始めようかってェ話しで・・」
講
「そいつァ、また博打(ばくち)みてェな話だな・・?
・・・(でェぶ、ネタァ出そろったが、もうチョィだナ・・)」
瓦
「いけねェ!! 油ァ売ってるうちぃ、瓦版を刷る刻になッちまったぃ」
講
「まだ、いいじゃねェか。あとちょっと・・、で仕上がる」