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朝、まだ寝ているうちに枕元の電話が鳴った。ボーッとしたまま出ると「上野御徒町駅ですが…」という厳しそうな声でいきなり用件を切り出された。何事かと思えば、同駅に一昨日展示した台東川柳人連盟主催の<大江戸せん柳>の「川柳250年」の横幕が風で落ちたという。半ボケのまま、絨毯用の両面テープと鋏を持って上野御徒町駅のコンコースへ。 はがれたビラを貼っていると、多くの人が立ち止まって声を掛けていく。 「いい趣味ですねぇ」 「俳句みたいですが季語がありませんね…」 「250年ですか? モーツアルトみたいですね」 「かわやなぎとせんりゅうと何処が違うんですか…」 汗をかきながらのテレ笑い。 やっと家に帰ると、警視庁から電話があったという。お袋などは、私が何か起こしたんではないかと、私の顔をいぶかしく覗き込む。しばらくして、また、警察から電話があった。またまた、何事かと思い、調査の理由を聞いたが、「警察手帳をお見せした上でお話を伺いたい」という。警察が私の家を訪ねて直接私に聞きたいことがあるというではないか…。不承不承ではあるが、お受けする。 1時間後、東村山警察から警視庁の刑事さんを伴って二人の私服警察官が到着。 いきなり出された名刺の「殺人犯捜査」という文字に背筋が寒くなる。 ひとりは若く、いかにも生真面目な警察官。殺人課の名刺を出した年配の刑事さんは、終始にこやかに質問をしてくる。もう15年も前の話を聞きにきたのだが、ある私の知り合いが、事件現場の近くに住んでいたということから容疑者のひとりとして捜査線上に残ったようだが、本人の話の裏を採りに、わざわざ当時の上司であった私のところへ来たらしい。 事件は旭が丘交番で警察官が殺され拳銃を奪われたこと(たぶんこれ)だというが、時効を前に、あらゆる可能性をつぶしていくことを行っているようだ。 私にとっては、ごく普通の同僚であり、とりたてて変な行動をしらないことだけを伝えたが、ひとつひとつの言葉をメモしており、先ずは疑ってかかっているなと感じた。にこにことしながらも、ホンモノの刑事さんを前にするのは気持ちのよいものではない。 我が家に入れば、玄関に大きなネパール製の千手観音様があり、応接室の壁にはオウム真理教の道場にあるような仏画(うちのはホンモノです…)が飾られ、棚には大小さまざまな仏像がある。 また、容疑者のナイフや銃への趣味についての質問もあったが、私の家には、江戸からの短刀拵も飾ってある。ヘタをすれば、私が疑われかねないシチュエーションだ。 納得したのか、「ウラが採れて容疑は晴れました」といって部屋を出たが、こんな経験は初めてであり、昨日の滝野川警察の講習とは同じ警察官でも目から刺される気を感じた。 いやなニュースばかりが続く日常、これに慣れてしまうことに恐ろしさを感じた。 へんな電話が掛かる日もあるもんだ。 にこにことウラを固める殺人課
2006年11月23日
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12月14日といえば、赤穂浪士の討入。 今日は、テレビでもワイドショーや映画などで関連番組があるだろう。 江戸っ子も「忠臣蔵」は大好き。 川柳の題材にも多くなっている。 この本は、十方舎一丸により幕末の弘化2年に刊行された一冊。 1丁の表は、大手で振り返る大石蔵之助。裃の紋で、それが判る。 真なしの筆ではかけぬ仮名手本 忠臣の手本は晋と仮名でかき などと、当時は、史実よりも浄瑠璃の「仮名手本忠臣蔵」がよく知られていたようだ。 右上の句は、 序に兜終りもかぶと頭巾也 と見える。これから、仮名手本忠臣蔵の物語が、川柳と絵で追われる。 物語は、知られたとおりに展開し、いよいよ討入。 見開きで描かれた討ち入りの場面は、舞台を見るようだ。 仮名がきの清書ハ師走十四日 三年で清書のできるかな手本 は、ごもっとも。覚悟は、 四十七ゆきをまくらといい合せ などの句が見える。 さらに合戦の末、炭小屋で吉良上野介を討ち取り、首を掲げての引き上げ、義士はお預けとなり、沙汰は切腹。それぞれの場面が描かれた後、 これは、泉岳寺の義士の墓の図。 和のほまれ異国へ見せる墓武鑑 むかし首あらひし水で手をきよめ (首洗いの井戸) 戒名の釼末の世に錆ぬなり (墓石の共通文字) 句は、出来がいいとはいえないが、見ていて飽きない一冊。 古句を知るには、その背景が大切で、それら歴史や風俗をしることが川柳の楽しみのひとつ。 したがって、川柳を本当に楽しむには、<総合文化>として川柳と関わらないと、古句が遠くなってしまう。 句作だけでなく、人間社会そのものへの好奇心が、川柳の楽しみだろう。
2007年12月13日
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