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2005/05/25
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カテゴリ: カテゴリ未分類
また、シンガポールの話をします。

中に紀伊国屋書店があってこれまたびっくり。東京でも新宿の店くらいの広さがありました。ただし1回フロアですが。日本語、英語、中国語の本がびっしりで、検索も案内も親切です。日本語のコーナーだけでも東京の中くらいの書店くらいあります。
そこで息子にいったいこんなに本を買う日本人がどれだけいるのかと聞きましたら、シンガポール在住の日本人は約2万人、しかし周辺の国から出張してきた日本人サラリーマ ンが買っていくとのこと。
アラブ人街、インド人街に行ってみました。やはりそれなりの雰囲気で味がありました。アラブ人街は衣料中心、インド人街は装飾品や衣料、果物がにぎやかでした。それぞれ若干の買い物をしました。
チャイナタウンに行って中華料理がたべたいなと言ったら、息子は、ここは全体がチャイナタウンだから横浜の中華街みたいなものはないとのこと、なるほどと思いました。
それで高島屋の中にある海鮮バイキングでけっこうたべて日本円換算したら、約1500円。やはり安かった。
それからラッフルズホテルに行きました。ここはもとラッフルズがいた邸宅とのこと。実に瀟洒、中には一流のブランド店が出ていて、ちょうど東京の帝国ホテルみたいな感じ。ここのブランド品を買いに金沢から3人の若い女性が来ていました。東京で買うより半値で買えるからその分遊んで帰れるとのこと。来たのは3回目というからこれも驚きでした。
さてラッフルズという人のことを知りたくて、帰国後図書館から参考本を借りてきました。

良行氏の本はきわめてよみやすく、これ1冊で東南アジアのことがだいたいわかります。
さて、ラッフルズですが、貧しい家(父は船長)の出自で18歳でロンドンの東インド会社の給仕になり、大変な勉強家だったので、1805年にマレーのペナン島にある東インド会社の事務所の副事務官に昇進します。
その後、欧州でナポレオンがオランダを併合しました。そのときにフランスがオランダ領の島に進出してきてはたまらないと、ジャワに侵攻して占領し、彼はジャワの副総督になります。その後、フランスとオランダが和平し、ふたたびジャワはオランダに返還されたので、ラッフルズのシンガポールづくりはその時点から開始されます。
このころ、イギリスの東南アジアの拠点はスマトラ島の西海岸のベンコーレンとペナンだけでした。そのころ、インドネシアの島々や中国大陸との交易の拠点はシンガポールの東側のビンタン島でオランダが制していましたが、ラッフルズはマレー半島の先端のシンガポール島を発見します。小さな島で淡路島くらい。ときに1819年、この島は砂浜だけの島で住民は土人が150人しかいなかった。ラッフルズはジョホ-ルのサルタンからただのようなお金でこの島を購入し、近代的な都市の建設にかかります。すると、たちまち華僑が入り込んできて人口は1万人に急増、以来東南アジア随一の近代貿易港に変身します。ラッフルズは不幸にも、多大の借金をこしらえて、祖国に帰り、シンガポールの繁栄を見ずして44歳で死んでいます。
シンガポールの中心部、ラッフルズが上陸したという地点にはラッフルズ像が立っています。この国の産みの親としてラッフルズは征服者とか収奪者でない恩恵者でたいへん尊敬されていることがわかりました。
今日はここまでにして、これから出かけます。





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Last updated  2005/05/25 09:59:27 AM


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