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2005/07/21
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失われた独立心その3

では日本を守っているというアメリカの軍隊に対して日本人は感謝しているかというと、そういう気配も見えません。
この辺のところを日本人は考えることを投げ出してしまっているのですね。
例えば、北朝鮮に核開発をやめさせることが6カ国協議の最大のテーマですが、日本政府は拉致問題を議題にすることを主張して北朝鮮と真っ向から対立しています。米中も拉致問題が会議の進展の障害になることを嫌っています。
北朝鮮の核つきテポドンが落ちてくる可能性が一番高いのが日本なのに、なぜ日本はその問題よりも拉致問題を優先するのかと外国人は不思議に思っているようです。
実は私もそう思うのです。
ということは、日本人は北朝鮮のテポドンなどは落ちてきっこないと頭から考えているからです。それはそういう気配がある前にアメリカからの第1弾で北朝鮮は消滅してしまうだろうからそう思っているというふうでもないのです。
とにかくそういうことはありえないと本能的に思っている。冷戦のときでも旧ソ連、中国は核をもっているから日本を攻撃しようと思えばできるわけですが、日本人は誰一人としてそんなことはありえないと思っていた。


靖国神社参拝問題で、文芸春秋が常連の識者のアンケートをとった。この雑誌は六〇代、七〇代の保守的な意識の人たちむけの雑誌ですが、賛成が反対を若干上回っている程度でこの雑誌ならさもありなんの結果です。中国の内政干渉はけしからんという強硬論者の意見が目立っていました。中国の反日デモで日本人の死者が出なかったことはラッキーでした。事実、満州事変以後、日本人滞在者や日本の軍人で中国側に殺された事件が何件も起こり、それが戦争をあおりたてた。
ところで、中国怪しからんの風潮がすさまじくなり、強硬論者たちが中国に宣戦布告せよと言い出したとしたとき、世論もそれについてきたときに、日本政府は宣戦布告の挙に出るかといえば、できないですね。それは日本に戦争能力がないからです。現在の自衛隊の戦力は外国軍が上陸しようとしてきたときに、水際で跳ね返す程度の戦力で、外国にまで行って叩くという戦力は持っていない。空母もなければ上陸用舟艇もない。戦争が長引いたときに兵器を補充生産する軍需産業もなく、シーレーンを防衛する海軍能力もない。戦争しても勝ち目がないとか言うのでなく、戦争をするかしないかを自主的に決定する国家としての能力が日本にはないということなのです。平和憲法というのとはちがいます。
もし能力があるとすれば米軍とセットになって動くしかない。米軍が動く場合は、米国の国益が損なわれたと米国側が判断したときで、いったいどういう場合が想定されるかはわからない。

今から10年ほど前に横須賀に米空母エンタープライスが来たときに、私は見学に行きました。
私の少年時代、祖父が横須賀の陸軍要塞司令官をしていたので、横須賀の海軍基地に祖父につれて行ってもらったことがあります。そのときの横須賀の基地はすばらしかった。くろがねの軍艦が威風堂々とあちこちの埠頭に停泊していて、白布をつけた大砲がにょっきり天に向かって突き出していた。その姿はまさに国家の威信を象徴していました。港内を行き来する海軍将校や水兵たちの姿もかっこうよかった。このときのイメージがあったので、私は久しぶりに基地の中を見れるのだと思い、見学チームにすぐさま参加しました。
見学者たちは炎熱の中を40分も待たされて入場しました。大きなホールのようなところに集められ、アメリカ軍の下級の将校が出てきて、「日本の皆様、ようこそ、わが国の基地においでいただきまして心から歓迎いたします」と挨拶しました。ちがう人によって構内におけるいろいろな注意事項を聞かされた後、マイクロバスに乗って現場に行きました。現場にいくまで実に広い基地内をひた走り、やっとエンタープライスが横付けされている埠頭に着きました。
たしかに大きいので驚きました。甲板まで乗艦できるとの事前の予告と違い、乗艦は中止され、下から見上げるだけでした。20分もそこにいて撮影をし、また長い港内を巡って元のホールに帰りました。途中、海上自衛隊の基地が見え、小さな軍艦と潜水艦がありました。
この日、私は激しい屈辱感に襲われました。東京都心からわずか2時間しかはなれていないこんなに広大なすばらしい基地がもはや日本のものでなく、アメリカのものになっていたからです。「ようこそ、日本のみな様、わが国の基地を・・」と言ったアメリカ将校の言葉がアタマに来ました。私はこの横須賀の基地がまるごと自衛隊の基地だったら満足したにちがいありません。しかし海上自衛隊の小さなフネはまるで裏庭のようなところにいるだけだった。こういう姿を見るにつけ、日本の自衛隊は完全に米軍の補助部隊にすぎなくなっていることを痛感しました。
しかし、日本人の大部分、例の学者右翼の人々でさえ、こういう事実は見てみないふりをしている。小泉さんは横須賀の出身なのにこのことをどう思うのですか。
私は沖縄の嘉手納空軍基地で働いている人の話を聞いたことがあります。
「朝、ここに入って、夕方ここを出て自分の家に帰ってくると、まるで違う世界を行ったり来たりしているようだよ。基地のなかには映画館もあればスーパー、ボーリング場、ゲームセンター、レストラン、ホテル、プール、ゴルフ場から家族が住む芝生つきの庭がある家、などアメリカにあるものはそっくりあるよ。アメリカに行ったみたいだよ」。






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Last updated  2005/07/22 12:25:42 AM


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