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2004.01.28
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カテゴリ: 音楽
【追記】No.4
昨日のレスでにゃんpiさんが付けてくれたレス、やっと話がわかりました。
世間様ではこのニュースで盛り上がっているのですか。
国会議員の学歴詐称というのは、わざわざ私が怒るなことでもないような。

googleしてみたら、実にこだわっている人もいるのだなと了解しました。
http://www.geocities.jp/dinepepper/

【追記】No.3
ところで暮れに高校の卒業写真を載せたのでありますが、画像は昨年の3月ごろに作ったものです。
人に請われて高校の卒業アルバムを持っていったところ、話が結構盛り上がりました。
年代が全然違うのに、あの子がかっこいいだのとぐだぐだ話せるものなんですな。


わりと評判が良くて携帯で撮影したりしてる人もいたのですが、うまく撮れないようなのでスキャナーで取り込みました。

サイズを携帯の壁紙用に調節して送ってあげたところ、一部でブームになったのです。
実存しない虚像だという気安さから、携帯電話の壁紙にしてくれたのです。
母親と娘二人が喜んで壁紙に使ったという伝説まで生まれました。
本人がオチになってしまうという、捨て身の冗談です。
諸行無常……南無阿弥陀仏……

そのままネットで公開するとウソツキ呼ばわりされてしまうので、顔を半分にカットしました。

それで、またユーミンの、ハイファイセットの、「卒業写真」なんですが、身勝手な歌ですよね。
私は現実を生きてどんどん変わるけど、あなたはそのまま変わらずにいて私を見守っていて。
私とあなたの実存が関わることはもうないのであります。
ただ思い出を歌う歌。



【追記】No.2

更新しました。 夕陽が好き![I Love Sunset!]
千本浜 2004年1月27日


【追記】No.1
戦争中の教員養成所がどんなものかよくわからない。
教師陣は著名な方が多かったそうで、宮城道雄さんの演奏を聴いたりしたと言っていた。


実際に東京都採用となった母がやった仕事は学校で授業をするのではなくて、小学生たちをひきつれて集団生活を行なうことだった。
どんな食べ物でも均等に分けることができるという特技を身につけたような仕事だ。

今回初めて聞いた話だが、富士山の近くで疎開した時にはB29をたくさん見たという。
爆撃機が富士山を目標に飛来し、それから東西に分かれて飛んで行く。
B29が墜落するところを一度目撃した。
ものすごい音をたててから、落ちて行ったそうだ。
撃墜されたのか、故障なのかまったくわからない。
報道というものが存在しなかったから、噂話を聞くしかなかったのだという。

戦後に九州で受け持った子供たちとは、一緒に遊んだという記憶ばかり残っているようだ。
机を片付けてままごと遊びをしたそうだ。

のんびり市ではもっと普通の教員の顔をしていたので、若き日の母の教員生活を見てみたかったと思う。
そのころ、母はまだ十代の娘だったのである。



幻子心母はその昔小学校の教員をしていました。
戦争中に都立の教員養成所で促成栽培された教師です。
すぐに子供たちを連れて学童疎開。
最初に富士山の近くに疎開したのですが、米兵が上陸して本土決戦になると危険だというので、青森に再疎開しました。
そこで敗戦を迎えたそうです。

戦後しばらくの間は、九州にある学校で教員をしていました。
その時の教え子から電話があったのだそうです。
「先生、同窓会に来ていただけませんか?」
教え子たちは64歳になるそうです。

暖かくなってからならいいよと返事をしたそうです。
隣町に暮らす弟を連れて、兄弟同様に育った従弟たちにも会いたいようです。
物故者も多く、墓参りも兼ね、もしかしたらこれが最後だという思いもあるのかもしれません。

この春。
穏やかな気候が続いてほしいものだと思います。

夕陽画像など、この後にぼちぼちと追記していきます。
とりあえず、お風呂に入ってきます。

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Last updated  2005.02.11 01:34:09
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■コメント

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Re:卒業写真(1/28)  
いいですね。

私の大好きな映画に「初恋の来た道(中国)」があるのですが、主人公の少女の夫となる初恋の先生も教師で、教え子たちによって納棺されました。
週末見た「小さな中国のお針子」も良かったなあ。

父や母が幾つになっても両親であるように、先生も幾つになっても先生なんでしょうね。

私も意外にも!?教職をもっているので、いつか先生になってみたいな、と思っています。
(2004.01.28 00:23:37)

Re:Re:卒業写真(1/28)  
じゃんばらや5933さん、こんばんは♪

誰でも最初の数年は良い教師だという言い方をすることがあります。
情熱が技術や経験の不足を補ってあまりあるということでしょう。
なるべく若いうちに先生をやっておいた方がよろしいと思いますよ。
(2004.01.28 01:16:43)

Re:卒業写真(1/28)  
chappi さん
幻泉館さんご主人様、おっはようございまっす。
今朝はいいお天気。昨日の悲しいニュースをひきずっていましたが、ちょっと心がなごみます。

私の母は二人とも北九州で生まれ育ちましたが、空襲にあっています。夜中に兄弟7人防空壕に逃げたそうです。一人どうしても見つからなくてもうだめかととても悲しい思いをしたそうです。後で生きていることがわかってとてもうれしかったといってました。この話は高校2年のときに歴史の先生が夏休みに、戦争を話しを聞いて書いてきなさいと宿題を出されたときに聞いたものです。
「戦争を知らない世代」と言われていた私がもうそのときの母と同じ年齢になりました。ちゃんと伝えていけるかにゃあ。

2月に里帰りの予定です。「卒業写真」と見るのが楽しみです。 (2004.01.28 11:38:36)

Re:Re:卒業写真(1/28)  
chappiさん、おっはようございまっす♪
こちらもいいお天気。
ガンガン洗濯しまくって、とてもいい気分です。

chappiさんが高校2年の時のお母さんの年齢ね。
直接経験してないとなかなか伝えにくいけど、伝えなきゃいけないことですね。
またお母さんたちの世代からお話を聞いておかないとね。
(2004.01.28 11:58:16)

Re:卒業写真(1/28)  
こんにちは。

 学歴詐称、なんだかすごい騒ぎになってますね。
世間様ってそんなもんなのかなぁ、と眺めております。

 うちに子猫が一匹やってきて、みみぃと仲良くやってます。寝床をゆずってあげたりして微笑ましいです。
 猫はいいですね☆

(2004.01.28 13:20:31)

Re:Re:卒業写真(1/28)  
やまじゆみこさん、こんにちは♪

> 学歴詐称、なんだかすごい騒ぎになってますね。
世間様ってそんなもんなのかなぁ、と眺めております。

やっぱりそうなんですね。
世間様がそうなのか、マスコミがそうなのか。
絶対安全地帯に身を置いて、正義をふりかざせるので、きっと楽しいのでしょう。
テレビ見てないなあ。

うちの場合、食事をあてにしてるのら猫君が外に一匹います。
この寒さでキツそう。
のら猫が一時期よりだいぶ減りました。
(2004.01.28 13:30:12)

Re:卒業写真(1/28)  
ちゃんとchapi さん
幻泉館ご主人様、

>直接経験してないとなかなか伝えにくいけど、伝えなきゃいけないことですね。
またお母さんたちの世代からお話を聞いておかないとね。

はい。
姑も上海からひきあげてくる途中で空襲にあったり、兄は戦死したり。
ここは疎開地だったようです。
いろいろなことを聞いて書き留めておこうと思います。
(2004.01.28 14:47:00)

Re:Re:卒業写真(1/28)  
ちゃんとchapiさん、こんにちは♪
母の世代、物故者が相次いでいます。
話を聞くことで思い残しを減らせるかもしれません。
もうあまり時間がないのだなと思います。
(2004.01.28 15:26:46)

Re:卒業写真(1/28)  
らいばあ  さん
あー そうなんだ
と 思いました
って ひとりよがりな感想なんだけれど
らいの父も戦後 かつて裏日本と呼ばれた地域で
代用教員をしていました
そのころの話って 伝説のように聞かされたんだけれど いいことばっかなのよ
幻兄さんの今日の日記を読んで初めて気づいたけれど
父も十代で教員をしていたのかもしれない・・・・
父は数年で教員は辞めて上京したのだけれど
その後父を慕って上京する子の面倒をみていたんんだよね
だから 父の葬儀のときには かつての教え子が
感動的な弔辞をくれたんだよね
父も若かったからこそできたことなんだろうとは
思っていたけれど
大学を出ていない父がなんでセンセイをやっていたのだろうと 結構疑問に思っていたので
びっくりしました
やっぱ 幻兄さんは
なくてならないものになりつつあって
はぁ~ ご迷惑でしょうが

伝えてくれる身内が健在なうちに
聞けることは聞いておかなければ
次の世代に語り継ぐことは不可能なわけで
戦争を知らなすぎ子供たちとしては
使命といっても過言ではないはず・・・

そんなことを思いました


(2004.01.28 19:28:24)

Re:Re:卒業写真(1/28)  
らいばあさん、こんばんは♪

亡父も戦後の一時期伊豆の山中で代用教員をしておりました。
それはほんの数年のことですが、父が死んだ今も連絡をくれます。
それよりも前の、戦争中の話をあまり聞けなかったのが残念です。
(2004.01.28 19:44:59)

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