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2005年08月14日
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カテゴリ: 真宗
子ども奉仕団の講師が全盲の田口さんの時、合わせて晨朝の法話が田口さんの日、本山のお朝事で読誦された和讃には

大聖易往とときたまう
浄土をうたがう衆生をば
無眼人とぞなづけたる
無耳人とぞのべたまう
という和讃が含まれていた。
ーーーーーーー
正信偈が読誦されだして遅ればせながら和讃を確認すると上の一首があった。


後ほど田口さんに直接このことについて聞いてみると「少なくても説明は入れてほしい」といわれていた。

この和讃の他にも女性差別を助長する和讃もある。宗祖の差別心から書かれた和算、宗祖が当時生きておられた時代の無自覚な中での差別心
こんな和算を今差別であると自覚する私たちはどうつきあったらいいのだろう。未来に対して証拠を隠滅するかのように抹消すればいいのだろうか。差別ではないと虚弁を使って読み続けたらいいのだろうか。
田口さんと同じ場を共有する中で考えさせられた。
わかることは宗祖親鸞聖人を完璧な聖人としておつきあいしていくのではなく、同じ求道者として、同じ道を歩むものとして等身大の宗祖として、宗祖と向き合っていかなくてはならないのだろう。
然し遊のは易し…
宗祖、聖人と頂き続ける限り子のことはなかなかすっきりしない。





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最終更新日  2005年08月14日 11時41分19秒
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