☆清風明月☆の日記

☆清風明月☆の日記

2005.07.15
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昨日は子供2人を連れて実家に帰省しました。

田舎なので、だいたい葬式は家で行われます。
母は祖母がなくなってからずっと母の実家に戻っていたので、父と弟と私の子供2人、弟の子供1人とで行きました。
まず祖母と対面しました。
ほんと安らかな寝顔って感じでした。
娘は「本物?死んでるの?怖い」と最初言っていましたが、「もう1回見てくる」と言ったりしていました。
子供たちにとっては曾おばあちゃんだけど娘が1歳の時に1回会ったきりだし、息子にいたっては会ったことはありません。
それでも娘は「ここ知ってる。ひいおばあちゃんも覚えてる」と言っていました。

対面した後、しばらく奥の控え室で待っていて呼ばれてからお坊さんがお経を唱え、それから皆で火葬場へ向かいました。
おばあちゃんが焼かれている間、火葬場で待っていたのですが、その間に簡単なおにぎりなどの軽食が出ました。
弟と「近所の人が作ったのかな~?」と言っていました。
葬儀屋や料理屋が用意した感じではなかったので。
田舎なので近所の人が台所に入り、家事などを手伝います。
そのあとお骨をひろいました。
息子は小さいのでさせませんでしたが、娘にはひろわせました。
ちなみに私も小学校1年生のときに曾おじいさんが亡くなったので、そのときのお葬式のことは少し覚えています。
そのあと母の実家にまた向かったのですが、弟が車の中で言ったこと「お骨ひろったのはじめてだったわ」。
確かにあれは衝撃的ですよね。
私は2年前、大阪に住んでいた叔父が亡くなったので、大人になってからはじめて見たんですが、衝撃的でしたね。

でもそのときには弟は島根在住なので葬式にはでなかったですから。
母の実家に帰ってからまたしばらく待ち時間があって、その間に母、叔母(2人とも祖母の娘)祖母の息子のお嫁さん(つまり義理の叔母)、それから喪主を務めた祖母の孫のお嫁さんの4人は着物の喪服に着替えていました。
つまり火葬場に行くときなどは洋服でした。
2時から葬式が始まりました。
4人のお坊さんの読経が続きました。

その辺のシステムはよく分かりませんが、2年前大阪で葬儀場で行われた叔父の葬式とは大分違いましたね。
祖母は100歳はいってなくて96歳でした。
でも大往生です。
それもオムツは一切していませんでした。
最期まで歩けたし、トイレも自分で行っていたそうです。
明治生まれでとても気丈な祖母で人の世話になることを一番嫌がっていたそうです。
だから亡くなった時、母をはじめ皆が「良かったね~、世話になる前にいけて本当に良かったね~」と言っていたそうです。
最後は孫(喪主の内孫)に看取られて亡くなったそうですし。
最近存在すら忘れていたいとこにも会いました。
いとこの子供が大きくなっていて大変驚きました。
母の実家には本当に久しぶりに行きました。
娘が1歳の時だから、6年ぶり。
祖母が亡くなった今、もうこれから先訪れることはないと思います。






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最終更新日  2010.03.13 18:01:17
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