元気力UP!

元気力UP!

2014年12月06日
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カテゴリ: 吾輩は猫である

ようやくの思いで笹原を這い出すと向うに大きな池がある。
吾輩は池の前に坐ってどうしたらよかろうと考えて見た。
別にこれという分別も出ない。
しばらくして泣いたら書生がまた迎に来てくれるかと考え付いた。
ニャー、ニャーと試みにやって見たが誰も来ない。
そのうち池の上をさらさらと風が渡って日が暮れかかる。
腹が非常に減って来た。
泣きたくても声が出ない。
仕方がない、何でもよいから食物のある所まであるこうと決心をしてそろりそろりと池を左りに廻り始めた。
どうも非常に苦しい。
そこを我慢して無理やりに這って行くとようやくの事で何となく人間臭い所へ出た。
縁は不思議なもので、もしこの竹垣が破れていなかったなら、吾輩はついに路傍に餓死したかも知れんのである。
一樹の蔭とはよく云ったものだ。
この垣根の穴は今日に至るまで吾輩が隣家の三毛を訪問する時の通路になっている。
さて邸へは忍び込んだもののこれから先どうして善いか分らない。
そのうちに暗くなる、腹は減る、寒さは寒し、雨が降って来るという始末でもう一刻の猶予が出来なくなった。
仕方がないからとにかく明るくて暖かそうな方へ方へとあるいて行く。
今から考えるとその時はすでに家の内に這入っておったのだ。
ここで吾輩は彼の書生以外の人間を再び見るべき機会に遭遇したのである。
第一に逢ったのがおさんである。
これは前の書生より一層乱暴な方で吾輩を見るや否やいきなり頸筋をつかんで表へ抛り出した。
いやこれは駄目だと思ったから眼をねぶって運を天に任せていた。
しかしひもじいのと寒いのにはどうしても我慢が出来ん。
吾輩は再びおさんの隙を見て台所へ這い上った。
すると間もなくまた投げ出された。
吾輩は投げ出されては這い上り、這い上っては投げ出され、何でも同じ事を四五遍繰り返したのを記憶している。
その時におさんと云う者はつくづくいやになった。
この間おさんの三馬を偸んでこの返報をしてやってから、やっと胸の痞が下りた。
吾輩が最後につまみ出されようとしたときに、この家の主人が騒々しい何だといいながら出て来た。
下女は吾輩をぶら下げて主人の方へ向けてこの宿なしの小猫がいくら出しても出しても御台所へ上って来て困りますという。
主人は鼻の下の黒い毛を撚りながら吾輩の顔をしばらく眺めておったが、やがてそんなら内へ置いてやれといったまま奥へ這入ってしまった。
主人はあまり口を聞かぬ人と見えた。
下女は口惜しそうに吾輩を台所へ抛り出した。
かくして吾輩はついにこの家を自分の住家と極める事にしたのである。
 吾輩の主人は滅多に吾輩と顔を合せる事がない。
職業は教師だそうだ。
学校から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。
家のものは大変な勉強家だと思っている。
当人も勉強家であるかのごとく見せている。
しかし実際はうちのものがいうような勤勉家ではない。
吾輩は時々忍び足に彼の書斎を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。
彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活溌な徴候をあらわしている。
その癖に大飯を食う。
大飯を食った後でタカジヤスターゼを飲む。
飲んだ後で書物をひろげる。
二三ページ読むと眠くなる。
涎を本の上へ垂らす。
これが彼の毎夜繰り返す日課である。
吾輩は猫ながら時々考える事がある。
教師というものは実に楽なものだ。
人間と生れたら教師となるに限る。
こんなに寝ていて勤まるものなら猫にでも出来ぬ事はないと。
それでも主人に云わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は友達が来る度に何とかかんとか不平を鳴らしている。
 吾輩がこの家へ住み込んだ当時は、主人以外のものにははなはだ不人望であった。
どこへ行っても跳ね付けられて相手にしてくれ手がなかった。
いかに珍重されなかったかは、今日に至るまで名前さえつけてくれないのでも分る。
吾輩は仕方がないから、出来得る限り吾輩を入れてくれた主人の傍にいる事をつとめた。
朝主人が新聞を読むときは必ず彼の膝の上に乗る。
彼が昼寝をするときは必ずその背中に乗る。
これはあながち主人が好きという訳ではないが別に構い手がなかったからやむを得んのである。
その後いろいろ経験の上、朝は飯櫃の上、夜は炬燵の上、天気のよい昼は椽側へ寝る事とした。
しかし一番心持の好いのは夜に入ってここのうちの小供の寝床へもぐり込んでいっしょにねる事である。
この小供というのは五つと三つで夜になると二人が一つ床へ入って一間へ寝る。
吾輩はいつでも彼等の中間に己れを容るべき余地を見出してどうにか、こうにか割り込むのであるが、運悪く小供の一人が眼を醒ますが最後大変な事になる。
小供は――ことに小さい方が質がわるい――猫が来た猫が来たといって夜中でも何でも大きな声で泣き出すのである。
すると例の神経胃弱性の主人は必ず眼をさまして次の部屋から飛び出してくる。
現にせんだってなどは物指で尻ぺたをひどく叩かれた。

本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。





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Last updated  2025年02月27日 10時14分26秒
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