元気力UP!

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2015年03月17日
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カテゴリ: 吾輩は猫である
「そうでござんすか、せんだってある宴会で逢いました時先生の御話をしたら、そうか君は苦沙弥 君のところの書生をしていたのか、僕も苦沙弥君とは昔 し小石川の寺でいっしょに自炊をしておった事がある、今度行ったら宜 しく云うてくれ、僕もその内尋ねるからと云っていました」
「近頃東京へ来たそうだな」
「ええ今まで九州の炭坑におりましたが、こないだ東京|詰 になりました。
なかなか旨 いです。
なぞにでも朋友のように話します。
――先生あの男がいくら貰ってると思いなさる」
「知らん」
「月給が二百五十円で盆暮に配当がつきますから、何でも平均四五百円になりますばい。
あげな男が、よかしこ取っておるのに、先生はリーダー専門で十年|一狐裘 じゃ馬鹿気ておりますなあ」
「実際馬鹿気ているな」と主人のような超然主義の人でも金銭の観念は普通の人間と異 なるところはない。
否困窮するだけに人一倍金が欲しいのかも知れない。
多々良君は充分実業家の利益を吹聴 してもう云う事が無くなったものだから
が来ますか」
「ええ、善くいらっしゃいます」
「どげんな人物ですか」
「大変学問の出来る方だそうです」
「好男子ですか」

「そうですか、私 くらいなものですか」と多々良君真面目である。

「どうして寒月の名を知っているのかい」と主人が聞く。

「せんだって或る人から頼まれました。
そんな事を聞くだけの価値のある人物でしょうか」多々良君は聞かぬ先からすでに寒月以上に構えている。

「君よりよほどえらい男だ」
「そうでございますか、私 よりえらいですか」と笑いもせず怒 りもせぬ。
これが多々良君の特色である。

「近々 博士になりますか」
「今論文を書いてるそうだ」
「やっぱり馬鹿ですな。
博士論文をかくなんて、もう少し話せる人物かと思ったら」
「相変らず、えらい見識ですね」と細君が笑いながら云う。

「博士になったら、だれとかの娘をやるとかやらんとか云うていましたから、そんな馬鹿があろうか、娘を貰うために博士になるなんて、そんな人物にくれるより僕にくれる方がよほどましだと云ってやりました」
「だれに」
「私 に水島の事を聞いてくれと頼んだ男です」
「鈴木じゃないか」
「いいえ、あの人にゃ、まだそんな事は云い切りません。
向うは大頭ですから」
「多々良さんは蔭弁慶 ね。
うちへなんぞ来ちゃ大変威張っても鈴木さんなどの前へ出ると小さくなってるんでしょう」
「ええ。
そうせんと、あぶないです」
「多々良、散歩をしようか」と突然主人が云う。
先刻 から袷 一枚であまり寒いので少し運動でもしたら暖かになるだろうと云う考から主人はこの先例のない動議を呈出したのである。
行き当りばったりの多々良君は無論|逡巡 する訳がない。

「行きましょう。
上野にしますか。
芋坂 へ行って団子を食いましょうか。
先生あすこの団子を食った事がありますか。
奥さん一返行って食って御覧。
柔らかくて安いです。
酒も飲ませます」と例によって秩序のない駄弁を揮 ってるうちに主人はもう帽子を被って沓脱 へ下りる。

吾輩はまた少々休養を要する。
主人と多々良君が上野公園でどんな真似をして、芋坂で団子を幾皿食ったかその辺の逸事は探偵の必要もなし、また尾行 する勇気もないからずっと略してその間 休養せんければならん。
休養は万物の旻天 から要求してしかるべき権利である。
この世に生息すべき義務を有して蠢動 する者は、生息の義務を果すために休養を得ねばならぬ。
もし神ありて汝 は働くために生れたり寝るために生れたるに非ずと云わば吾輩はこれに答えて云わん、吾輩は仰せのごとく働くために生れたり故に働くために休養を乞うと。
主人のごとく器械に不平を吹き込んだまでの木強漢 ですら、時々は日曜以外に自弁休養をやるではないか。
多感多恨にして日夜心神を労する吾輩ごとき者は仮令 猫といえども主人以上に休養を要するは勿論の事である。
ただ先刻 多々良君が吾輩を目して休養以外に何等の能もない贅物 のごとくに罵 ったのは少々気掛りである。
とかく物象 にのみ使役せらるる俗人は、五感の刺激以外に何等の活動もないので、他を評価するのでも形骸以外に渉 らんのは厄介である。
何でも尻でも端折 って、汗でも出さないと働らいていないように考えている。
達磨 と云う坊さんは足の腐るまで座禅をして澄ましていたと云うが、仮令 壁の隙 から蔦 が這い込んで大師の眼口を塞 ぐまで動かないにしろ、寝ているんでも死んでいるんでもない。
頭の中は常に活動して、廓然無聖 などと乙な理窟を考え込んでいる。
儒家にも静坐の工夫と云うのがあるそうだ。
これだって一室の中 に閉居して安閑と躄 の修行をするのではない。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。





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Last updated  2015年03月17日 20時50分45秒コメント(0) | コメントを書く


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