元気力UP!

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2015年03月23日
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カテゴリ: 吾輩は猫である
脳中の活力は人一倍|熾 に燃えている。
ただ外見上は至極沈静端粛の態 であるから、天下の凡眼はこれらの知識巨匠をもって昏睡仮死 の庸人 と見做 して無用の長物とか穀潰 しとか入らざる誹謗 の声を立てるのである。
の多々良三平君のごときは形を見て心を見ざる第一流の人物であるから、この三平君が吾輩を目して乾屎※ 同等に心得るのももっともだが、恨むらくは少しく古今の書籍を読んで、やや事物の真相を解し得たる主人までが、浅薄なる三平君に一も二もなく同意して、猫鍋 に故障を挟 む景色 のない事である。
しかし一歩退いて考えて見ると、かくまでに彼等が吾輩を軽蔑 するのも、あながち無理ではない。
大声は俚耳 に入らず、陽春白雪の詩には和するもの少なしの喩 も古い昔からある事だ。
形体以外の活動を見る能 の光輝を見よと強 ゆるは、坊主に髪を結 えと逼 るがごとく、鮪 に演説をして見ろと云うがごとく、電鉄に脱線を要求するがごとく、主人に辞職を勧告するごとく、三平に金の事を考えるなと云うがごときものである。
無理な注文に過ぎん。
しかしながら猫といえども社会的動物である。
社会的動物である以上はいかに高く自 ら標置するとも、或る程度までは社会と調和して行かねばならん。
主人や細君や乃至 御 さん、三平|連 が吾輩を吾輩相当に評価してくれんのは残念ながら致し方がないとして、不明の結果皮を剥 いで三味線屋に売り飛ばし、肉を刻んで多々良君の膳に上 すような無分別をやられては由々 しき大事である。
吾輩は頭をもって活動すべき天命を受けてこの娑婆 に出現したほどの古今来 の猫であれば、非常に大事な身体である。
千金の子 は堂陲 に坐せずとの諺 もある事なれば、好んで超邁 を宗 として、徒 らに吾身の危険を求むるのは単に自己の災 なるのみならず、また大いに天意に背 く訳である。
猛虎も動物園に入れば糞豚 の隣りに居を占め、鴻雁 も鳥屋に生擒 らるれば雛鶏 と俎 を同 じゅうす。
庸人 と相互 する以上は下 って庸猫 と化せざるべからず。
庸猫たらんとすれば鼠を捕 らざるべからず。
――吾輩はとうとう鼠をとる事に極 めた。

せんだってじゅうから日本は露西亜 と大戦争をしているそうだ。
吾輩は日本の猫だから無論日本|贔負 である。
出来得べくんば混成 猫旅団 を組織して露西亜兵を引っ掻 いてやりたいと思うくらいである。
かくまでに元気|旺盛 な吾輩の事であるから鼠の一疋や二疋はとろうとする意志さえあれば、寝ていても訳なく捕 れる。
昔 しある人当時有名な禅師に向って、どうしたら悟れましょうと聞いたら、猫が鼠を覘 うようにさしゃれと答えたそうだ。
猫が鼠をとるようにとは、かくさえすれば外 ずれっこはござらぬと云う意味である。
女|賢 しゅうしてと云う諺はあるが猫|賢 しゅうして鼠|捕 り損 うと云う格言はまだ無いはずだ。
して見ればいかに賢 こい吾輩のごときものでも鼠の捕れんはずはあるまい。
とれんはずはあるまいどころか捕り損うはずはあるまい。
今まで捕らんのは、捕りたくないからの事さ。
春の日はきのうのごとく暮れて、折々の風に誘わるる花吹雪 が台所の腰障子の破れから飛び込んで手桶 の中に浮ぶ影が、薄暗き勝手用のランプの光りに白く見える。
今夜こそ大手柄をして、うちじゅう驚かしてやろうと決心した吾輩は、あらかじめ戦場を見廻って地形を飲み込んでおく必要がある。
戦闘線は勿論 あまり広かろうはずがない。
畳数にしたら四畳敷もあろうか、その一畳を仕切って半分は流し、半分は酒屋八百屋の御用を聞く土間である。
へっついは貧乏勝手に似合わぬ立派な者で赤の銅壺 がぴかぴかして、後 ろは羽目板の間 を二尺|遺 して吾輩の鮑貝 の所在地である。
茶の間に近き六尺は膳椀 皿小鉢 を入れる戸棚となって狭 き台所をいとど狭く仕切って、横に差し出すむき出しの棚とすれすれの高さになっている。
その下に摺鉢 が仰向 けに置かれて、摺鉢の中には小桶の尻が吾輩の方を向いている。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。





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Last updated  2015年03月23日 22時53分24秒コメント(0) | コメントを書く


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