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あの日から1年が経ちました。でもって、こっちも1年更新してないことに気付くw崩壊した我が実家、つい先日やっと修理が終わりました。母が建て直しを強硬に拒んだため、崩れないよう支えを入れながら外壁や内装を直していく羽目になった大工さんには、本当に感謝です。一昨日、実家に顔を出しました。その夜にどかん!とちょっとだけ大きいのが来ました。寝入り端だったんで、いやあ、ビビるビビる。寝室の母に声を掛けると、高鼾wwwww仕事で疲れてたのもあるんだろうけど、何だか大丈夫そうだ。数日前から、TVでは震災関連の内容ばかりになってきた。当たり前っちゃあ当たり前。今日なんてもう、凄いんだろうな。気が重くなるのが何となく想像付くんで、今日はTVは一切見ずに過ごそうと思います。普段から地上波は観ないけどな。
2012.03.11
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母と連絡が取れました。隣町に住む甥っ子1号2号、叔父も無事。岩手の親戚達も避難所に居るとの事。とりあえず一安心ですが、ガソリンを含む生活物資が全く足りないそうです。マスコミの関心はもう原発に行ってるし、災害報道自体も特定の地域ばかりで、欲しい情報が全く出て来ません。母の居る地域も、同じ市なのに旧勝田地区の方が先に復旧しているのを知った住民達の不満が、爆発寸前。今度は人災も心配しなきゃいけないなんて。今は、ツィッターで地元の情報を掘り出してリツしまくるのが自分に出来る精一杯。そんな中、福島からの避難民の一部受け入れを発表した茨城県知事。あんた、男を上げたな。プリティーカバさんとか思ってて、ごめんよ。
2011.03.16
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ご心配をお掛けしていたと思いますが、取り敢えず、アタシ自身は無事です。 以下のエリアの情報を切実に求めています。 茨城県ひたちなか市 母がいます。 人づてに無事は確認しておりますが、本人とはまだ直接コンタクトを取れていません。 海沿いの町+実家がものすんごく傷んでいるので、恐らく避難していると思われる。 実家は、アウトだろうなあ・・・。 持病を持っているので、それも心配。 他に、 岩手県宮古市、 岩手県盛岡市、 岩手県下閉伊郡山田町、 茨城県東茨城郡大洗町 です。 自分でも調べまくってはいるのですが、身内に通信手段に明るい人が少ない+災害の大きかった地域から微妙にずれている事もあり、情報が出て来ません。 どんな事でも良いです。 どの辺りに避難しているかでも構いません。 特に、山田町が心配で。 どうか、情報をください。 差し支えなければ、拡散をお願い致します。
2011.03.12
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皆様方、お元気でしょーか。例によって、こっちの日記がちょっとどころか完全放置になっております…。閉鎖も考えたけど、こちらの繋がりも自分にとって大事だから、消したくないし。取り敢えず、細々と生きてる事だけはお知らせしておきます(笑)
2011.02.09
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長くなる事が予想されまふので、自分含めてまあ適当に行きませう。 それと、写真をアップしようとしたら容量オーバーで出来ませんですた。何故?スイマセン、出来次第アップするので、文字のみでご勘弁くださいませ。【1日目】機内にて。 朝から土砂降り。 すんごく降ってます@成田。 風も凄い。 雨女とはいえ、別にココまで降らなくても良かろうに。 今回の旅は行きがエコノミー、帰りは疲労と荷物が膨れるのを考慮してプレミアムエコにしてみた。 エコノミーよりほんの少しシートが楽なだけなんだけど、荷物が2個預けられるのは有難い。 前回は重量オーバーになってしまい、ロビーで人目も憚らず荷物整理する羽目になった。←この時も勿論一人ぼっち あの時は2回目でもオーバーで、渋々入れてもらったんだったなあ。(遠い目) 仏語と英語しか話せないカウンターの姉ちゃんと延々やり合った苦い思い出が、多少割高でもプレミアムエコを選択させますた。 当時はまだ無かったし、一度くらいは試してみようかなって。 と、思いつつチェックイン。 1人だとまあ早い事。 さっさか通り、免税店は興味無いのでスルーしてタバコの吸い収め時間が余裕で取れた。 今回で5回目になるフランス行き、行く時は必ずエールフランス(以下AF)を利用する事にしている。 フランス行くんだからフランスの航空会社じゃん?て言う、単純な理由。 JALとかANAは国内線で乗れるし。(そうか?) 過去に行った事のある外国は、ニュージーランドのみ。 その時はエア・ニュージーランド。 初めての海外旅行で、行き帰りはJALとの共同運航便だったけど、国内線機内食のあまりの美味しさに感動した体験が大きいんだと思う。 なので、フランスに行く時も共同運航便は選択しないようにしている。 どうでも良い拘り。 更に今回は9月から運行してるとか言う、エアバスA380に乗るのだっ。 単にデカイってだけじゃなく世の中にとって色々良い事があるらしいんだけど、乗る側にとっちゃそんな事どーでも良いでーす(嬉) うきうきしながら初搭乗のエアバス、ボーイングより心なしか席が広い。ような気が。 窓際だったんだけど、壁とのスキマが広い。ような気も。 とにかく快適でございました。 飛行機って毎回思うんだけど、乗ってから飛ぶまで何であんなに時間掛かるんでしょうね。 あっち側の言い分もあるとは思うけど、出来れば『今こんな事やってます』とか、実況してくれれば待つ方も『そっかー』と納得できるのに。 国際線よりも、国内線だと本当に時間のロスだと感じる。 そう思いつつずっと待っていると、『皆様にとって残念なお知らせがあります』と言うアナウンス。 悪天候で、離陸許可が下りないんだそうだ。 機内一気にブーイングの嵐。 外国人CAには文句すら言えない内弁慶な日本人の不満を一気に受ける日本人CA。 お気の毒に。 今しか無いと気付き、離陸してから行こうと思っていたトイレに速攻駆け込むごまとろ。 危なかった。 そして予定から1時間経過。 まだ飛びません。時間繋ぎでドリンクサービスが始まる。 隣に座ったおばさんと、飛ぶ前からシャンペン、ワインで盛り上がる。←不謹慎このおばさま、とにかく飲みっぷりが良い。 フライト中、飲んでるか食べてるか喋ってるかだった。 でもまあ、このおばさま達が長フライトをかなり楽にしてくれたので、感謝せねば。 約1時間半くらい経った後やっと、『離陸許可が下りましたので、ベルトをお締めください』アナウンス。 今思うと、このアナウンスをしていたのは何と機長さん。 女性だったのですよ。 カッコエエ・・・・・・・・・・。 いつもより急ぎ目で動き出す機体、飲みきれない飲み物を慌てて飲み干す乗客。 まだ残している乗客に対し『あと3分で飲んで!!』『頑張って飲んで!』(勿論日本語)と言い残してシートに座った、仏人CAが個人的にツボだった。 このCAさん、アタシの前に座ってた躾のなってない子供に対しても『ちゃんと座ってないと飲み物出さないよ』と指差して言い放った。 『出せないよ』じゃなく『出さないよ』www こう言う台詞は、日本人では言えないんだろうなあ。 この子はフライト中もしょっちゅう同じCAさんに注意されてた。 って言うか、同乗してる親が言えって感じ。 横にいたお祖母さんなんて、言われて明らかにムカついてたし。 怒りの方向が違うじゃん。 滑走路に向かう途中、何気に後方を見ると、離陸待ちの飛行機がどんどんやって来るw そうだよね、みんな待ってたんだよね。 心なしか、早く飛べオーラが見えたような。 やっと離陸はしたものの、やはりものすんごく揺れる。 ベルト着用サインがいつまで経っても消えませぬ。 嗚呼トイレ行っておいて良かった。 気流が安定したところでやっと、機内での数少ないお楽しみでもある昼食になりました。 前回魚を選択しようとしたものの、数が足りないとかで年配のご夫婦に譲ったから今回は絶対魚!と思っていたのに、今回の魚メニュウは何と、【舌平目の雲丹ソース添え】。 ワタクシ、雲丹が何よりも大嫌い。 食べると全身に悪寒が走るので、こっそり入れられてても解るくらいに嫌い。 仕方なく、3年前と変わらない肉メニュウにしましたとも。 内容は、鱒の燻製ってあるけど実はスモークサーモン、マリネとあるけど実は洋風のなますみたいな感じ、パスタサラダとあるけど実はマカロニサラダ、牛肉のソテーってあるけど実はただの煮込み、デザートのレモンケーキは酸っぱくてぱっさぱさのスポンジ、みたいな。 ペンネパスタがついているにも関わらず、パンもしっかりついてくる。 パスタもおかず的扱いらしい。 このパンがまた岩のように固くて、千切るのにも一苦労。 お代わりを勧められたけど、する気にもならん代物。 これだけは何とかならないのかエールフランス。 でも、誤解が無いように。 AFの機内食は結構好きで、残した事は1度もございません。 結構好きな分類に入るのです。 あ、チーズはカマンベールですた。 ちなみにこの「PRESIDENT」という銘柄は、フランスでは「雪印」みたいなポジショニングのブランド。 しかしナメてはいけません。 日本のカマンベールとは違う。 機内が一気に寝かせたチーズ独特の、強烈な臭いに。 暖房も入っていたから、立ち上がるとくらくらするくらい。 隣のおば様は『後でワインと一緒に食べようっと♪』と隣の人の分もチーズをせしめてほくほくしておりました。 その後も機体の揺れは続き、揺れると何故か眠くなってしまい、寝る→食う→飲む→寝るの恐ろしいローテーションで14~5時間も過ごしてしまった。 当然ながら身体はダル重。 動いていないくせにお腹は空いているようで、着陸前に出された軽めの夕食も残さずぺろりと行きますた。 そうこうしてる内に見慣れた田園風景が見えてきて、無事パリのシャルル・ド・ゴール空港にきっちり1時間半遅れで到着。 収容人数が多いから降りるのにもやったらと時間を食う食う。 当初の予定では手続云々とかが終わった後、そこらでお茶してから予め申し込んでおいたホテルまでのシャトルバスで移動しようと思っていたのに、そーんな時間はございません。 かなり遅くなる場合は現地に着いてからフリーダイヤルで連絡をすれば良いんだけど、英語と仏語のみ。 こういった時の言葉はさすがに頭に入れてなかった。 笑って誤魔化せないから、電話では喋りたくないっ。 1時間半が許容範囲なのか遅過ぎるのか解らないまま、成田で撮り損ねたエアバスをカメラに収めて入国手続にダッシュ。 バスが止まっている予定のゲートに行くと、他のお客さんと紙を見ながら何やら言い合いをしている男性を発見。 話している最中だったけど、こっちも切羽詰ってたから『あなたが今回の運転手さんですか』と割り込んだら、当たりだった。 同じバスに乗る予定の日本人と、ホテルの場所について揉めていたらしい。 ちょっと待っててくれと言われたから、間に合ったみたいだ。 何だよー、だったら飲み物くらいは買って来れば良かったー。 見ているとかなり長引きそうだったので、今のうちに買いに行っちゃえとその場を離れようとしたら、『マダム!』と運転手さんに呼ばれてしまった。 ちっ、タイミング悪ぃなー。 そこから更にまたホテルの場所がわからないだの何だのと時間を食い、別のターミナルのお客さんも拾い、ホテルに着いたのは8時過ぎ。 ホテルを決める時はそこそこに安くて、お湯がちゃんと出て、布団にダニとかいない雰囲気のとこなら良いや感覚で決めとります。 高級感はこれっぽっちも求めておりませんので、オサレなパリジェンヌ気分を満喫したい人には、ワタシの日記は全く参考になりません悪しからず。 シングルのダブルユースだと、料金同じでベッドが広くなるから取れる場合いつもそうしてまふ。 それくらい? このホテル、建物自体がかなり古くて、カードキーやディンプルキーではなく昔ながらのタイプ。 しかし、鍵を右に回せど左に回せどドアは全く開かない。 ドアの前で格闘すること10分近く。 結局、ロビーに下りてフロントのおじさんに助けを求めた。 おじさんがやると簡単に開く。 『やって見なさい』と言われてやると開かない。 説明はしてくれるんだけど、早口で全く解らない。 おじさんが開ける→自分だと開かない を数回繰り返した後たまたままぐれで開いたので、おじさんはもう大丈夫だねーと下りて行った。 簡単に荷物を整理した後、ロビーに自販機があったのを思い出し、小銭を持って部屋を出た。 ペリエとオレンジーナを買って部屋に戻ろうとしたら、また鍵が開かない。 恥を忍んでまたフロントのおじさんに『ムッシュウ助けてください(涙)』と救援要請。 呆れた顔をしてまた開けて貰う。 無事部屋には入れたものの、これからの日々を考えるとやっぱり不安。 どうしようと思っていたところに現地に住む友人が訪ねてきたので、半泣きで開け方を教えてもらったらあっさり解決。 コツがいる鍵だったみたいで。 写真は中から撮ったのだけど、外側(撮り忘れ)はこの真横に取っ手が付いていて、それを左手で引っ張りながら右手で鍵をぐぐっと押しながら回さないとドアが開かないようになっている。 欧米では当たり前にあるタイプのドアらしいけど、 襖障子で生活してきた国の人間には説明してもらわないと解らんわーーーーー!!!! イラスト入りでな!!!! これのせいで疲れが一気にピークに達し、そのままばたんきゅーな1日目ですた。 おわり。
2010.10.08
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かなーりお久しぶりです。 取り敢えず、生きてます。 最近mixiばかりになってしまい、こちらを大分放置してしまいました。 先月末、またフランスに行ってきたので、そのうちこちらにもバカ日記アップしますねー。 取り急ぎごあいさつ。
2010.10.07
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お久しぶりです。父の四十九日も終わり、百箇日・新盆・お彼岸と今年はイベント盛り沢山な一年になりそうな不肖ごまとろでございます。お気遣いのコメントをくださった皆さん、ありがとうございました。しばらく中断していた歯科通院を、再開しました。体調が悪くなったのもあったけど、何よりも『歯医者さん』に対する不信感がいっぱいで、歯は痛いけど通院する気が起こらず放置してしまった。今は新たに発掘した歯医者さんに通い始めてます。例の歯はまだ、完治しておりませぬ。何年越しになるんだ…〓この歯だけにもう3年近く掛かってるんじゃ無かろうか。今回で3軒目。今度の先生はめちゃ腰が低い。説明は丁寧。何か言う度、語尾に『~と解釈して頂ければ幸いですっ』と締める。歯医者さんて説明長い人が多いのかな。でもまあ、キャラ的に面白い先生だから、しばらく通って観察してみよう。今まで断られていた他の虫歯との同時進行治療も、様子を観ながらという条件付きで引き受けてくれた。今までのところは例の歯に掛かり切りで他の虫歯は手付かずだったから、嬉しい。三度目の正直となるのか、更に歯科医院に対する不信感が高まってしまうのか。頼むぞ先生。あっそれから。義兄は無事でした。数日間入院して、今は自宅療養中です。ご心配をおかけ致しました。
2010.03.06
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義兄が心筋梗塞で入院した。 つ、続くなあ(汗)
2010.01.31
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ミクシィ日記をそのままコピペします。初七日に続き何故か二七日って言うのがあるのも知り、それが三七日・四七日と毎週延々と続くのを学習した2010年初頭でございまっす。 毎週はさすがに難しいので、自分は二七日でひと段落。 次回は四十九日。 って、イヴェント告知のようだ。 ま、イヴェント好きな人だったから良かろうて。 落ち着いてきたので思い返してみると、短期間なのにホントに色んな事がありました。 話には聞いていたけど人間の醜い部分を目の当たりにし、姉や弟と一緒に『2時間ドラマみてー』と呆けてアリーナ観戦していたり。 身内より血の繋がりの無い他人様の方が色々と手厚かったり。 以前もここで記した事があるけど、ウチの親父は職業画家でありました。 それと同時に船乗りをしていた事もあるという、異色の経歴。 捕鯨船に乗っていた時もある故、捕鯨禁止に強く反発する活動もしていて、更に性格が好戦的であったため(笑)、味方も多いが敵も多かった。 快く思っていなかった人も多かったでありましょう。 シーシェパードに目を付けられなくて良かった(笑)子供の頃の夕餉の話題は 『何故西洋人は鯨に対して敏感に反応するのか』 『人種差別の根本は何処にあるのか』 『海に囲まれた国なのに船業を志す若者が少ないのは何故か』 などなど。 これじゃごはんも進みませんわ。 あ、ちょっと自慢。 7月20日の海の日。 これの制定に深く関わった人物でもあるのですよー。 今じゃ、夏休みちょっと早くなってラッキー♪くらいな祝日になっちゃいましたけど。 数少ないオヤジ自慢終わり。 通夜の前日、ワタシの古い友が「これを読んでやってくれ」と、1篇の詩を泣きながら渡してくれました。 作者はユダヤ系ドイツ人の詩人、サムエル・ウルマン。 一体何処で探してきたんだろうと思えるくらいに親父にリンクする内容で、本人は「たまたま目にして引っ掛かってて、訃報を聞いた時すぐに頭に浮かんだ」と言っていた。 それは父であればこう言うであろうと思われる内容であり、弔問に訪れた方々へ向けての言葉にもなるであろうと解釈して、告別式の最後に読ませて貰いました。 この詩の内容に則って、大好きだったアルゼンチンタンゴもガンガンかけてやれたし。 弔問客から、とても良い式だったと言って貰えました。 業者さんに助けて貰ったとはいえ、親戚や町内会のおばさま方の手を借りず全部自分達で仕切ったため反発されたりもしたけれど、最後にこう言う言葉が貰えたのであれば、父に対して胸を張れる行為であったと思いたい。 友達にただただ感謝。 『お経の最中にもタンゴかけちゃって良いよ~』と軽ーいノリで言ってくれた御坊にも感謝(笑) 色々な人に感謝した期間だったな。 自分もこれから、人に感謝される生き方をしていかなきゃなりませんな。 以下、その詩です。 私が船出するとき 嘆きの涙は欲しくない 永遠の国へ私を急がせる 嗚咽も溜息も欲しくない 私の行く道を悲しくする 喪章や打ち沈んだ衣服を身につけないで欲しい そのかわりに白く輝かしく よそおって 古い慣わしを忘れて欲しい 私が去り行くとき 挽歌は歌って欲しくない 美わしい良き日のために 愛の手で高き調べをかなでて欲しい 私のために このような言葉は言って欲しくない 彼の生命の灯は消え 去っていったと ただ こう言って欲しい 彼は今日 旅に出て 旅を続けていると 別れの涙があふれたら そっと その日をそのままにしておいて欲しい 私を惜しむことなく 共に過ごした日々を喜んで欲しい そして こう言って欲しい 『満ち潮だ。よい船旅を』
2010.01.27
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皆さん、明けましておめでとうございます。またしても、長らくブログを空けてしまいました。2009年は怒涛の如く過ぎ、そして2010年は何と、父の死で明けてしまったごまとろでございます。やっと初七日も終わり、休暇も入れられないまま仕事に復帰し、このまま道連れで自分まで逝ってしまうんじゃないかと思われるくらいにしんどかった1月も、気付けばもう中盤戦。今月はもう、これ一色で良いやと諦めておりまする。いつまで続くんだ負のスパイラル。始まったばかりなのに、今年1年無事に終われるか既に不安になってきたごまとろでした。
2010.01.16
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またしても長らく放置してしまいました。 今年は、人に始まり人に終わる1年でした。 本当に色んな事があり、一時は収まっていた、人を信じられない気持ちが前以上に強くなってしまいました。 そこから引っ張り上げてくれたのも、また人で。 生きていく以上、人との関わりは避けて通れません。 元々自分に関わる人は少ない方だったけど(っていうか敢えてそうしてきた)、その数少ない人達が自分を助けてくれた訳で。 少数精鋭の皆さまに感謝。 正直なところ、まだ完全復活した訳ではありません。 これほど大きくて、継続的なダメージを受け続けた経験は無かったから、急いで復活しようと焦らない方が良いと思っている。 許されない時もあるだろうけど。 ヘタレな自分にいつも暖かい言葉をくださった皆さん、ありがとうございました。 来年も、こんなヘタレな奴ですが、気が向いた時は相手してやってください。 来年は王子10周年記念の年。 ヘタレてばかりもいられませぬ。 それでは皆さん、良いお年を。
2009.12.30
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まだ水面に上がって行く事は出来ません。 浮上までもう少し、時間をください。 気に掛けて頂いた皆さんに、心からの感謝を。
2009.11.27
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って気分、今。
2009.10.30
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最近、訳解んない自己完結日記ばかりでしたので、たまに読んでくれてた人達はなんじゃこりゃだったと思います。すんごくコメントしづらかったと思います。ごめんなさい。ほんの少しだけ気持ちが落ち着いてきたので、ここ最近の事を整理してみよう。うきゃー!となったきっかけは、やっぱり出向先の異動。今の仕事は異動は絶対に避けられないから、別にそれが嫌だった訳じゃない。問題は異動先にあった訳で。前任者は恐らく、そこのオープン当時から責任者として居たと思われる人物。これは、不要な書類を整理していて知った事なんだけど。最低でも10年以上は居たな・・・・・。仮にその人をAさんとしましょう。それ以前からAさんはすんごく長くそこに在籍していると、会社の人はみんな認識していました。もうなんつうか、××百貨店に入っている○○というブランドじゃなく、完全に『A商店』になっていた訳だ。彼女が体調を崩し、長期で休む事になったのでいつまでも空き家には出来ないと他の人間を責任者として持って行く事になりました。それが自分。周囲は『会社は自分の今までの功績を買ってくれたんだから、自信を持っていけば良い』と言ってくれたけど、プレッシャーに弱い自分はすでに負けてました。この自分のヘタレ加減も、悪い方向へ行くきっかけになっちゃったのかも。『絶対無理無理!適任は他にいるから』と営業に言い続けていたけど、底辺のイチ社員の主張が届く事も無く。『これからはキミがここの責任者なんだから、自分のやりやすいように、自由に仕事をして良いんだから』と言われ、Aさんは復帰しても同じ場所へ戻る事は無いと説得され、そこへ入ることになりました。予想はしていたけど、それ以上に自分への風当たりは強く、Aさんが病欠と言う事もあり完全に繋ぎ扱い。応対もさせて貰えない。目の前に居るのに、空気のような扱い。人様の皮膚に触らなきゃならない仕事なのに、それすらも拒否される。Aさんの代わりの人間だと解った途端に、あんたが来たらAさんはもう戻れないじゃない扱い。接客できないなら雑用でも・・と思うと、Aさんの痕跡を消すような事をするとスタッフからは猛反発。これまでも、面と向かって『あなたは誰?』と言われた事は多々あったけど、ここまで周囲に敵意をむき出しにされると、忍耐力がウリの自分もさすがに凹むもんで。それに加えて、短期間でクレームを連発してしまった。自己最高記録。コレまでも出してしまった事はあったけど、今回はお客さんの地雷がどこにあるのか全くの予測不可能。一応ベテランの領域に入る自分が、お客さんが来ても脚が竦んで前に出ないし、体中が震えて何も出来ない。悪い連鎖がどんどん繋がってしまって、人が怖くなってしまった。コレはちょっとマズイなと思い、まだ動ける間に会社の人間と話をしようとアポを取り、それが明日だとなった時、来月から前任者が戻ってくると言うのを知った。しかもココに。他のスタッフは全員知っていました。当然、明日話をしようとしていた人間も知ってた訳だ。知らなかったのは、自分だけ。ジタバタしてたコレまでの1ヶ月半はなんだったんだろうと思ったら、やるせない気持ちになってしまった。だったら最初からそういえば良いじゃん!!!解ってたらもう少し仕事へのスタンスも違ってたさ!!!って事があったのでした。今日はここまでがせいいっぱい。
2009.10.24
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持つべきじゃないと、ずっとずっと思って生きて来ました。 信じる気持ちが深かったり、長かったりするほど、それを裏切られた時の自分へのダメージは同じくらいに大きいと思っていたし、実際そうだったから。 人の心の深いところに踏み込むのも怖いし、踏み込まれるのも怖かった。 ここ何年かでやっと、そんな淋しい考え方のままでは損をするばかりだと思えるようになったし、運良くそういう人達と出会えたりもした。 でも、今は無理だなあ。 もう誰も信じられないや。 こんな気持ち、もうたくさんだ。
2009.10.20
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会社はどこまで自分を馬鹿にするんだろう。こんな時だから、使い捨てしても構わないとでも考えているんだろうか。自分達は、労働力を提供するだけの機械じゃない。血の通った、人間だ。あの時感じた信じられない気持ちは、間違って無かったんだ。自分の動物的カンは、やっぱり正しいと信じてこれからやっていこう。
2009.10.18
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異動してまだ2ヶ月経ってないというのに、すでに限界を悟りました。電車から降りられません。通過するだけでも血の気が引いて手足が震えます。そして何よりも、人が怖いです。進退を掛けようと思っちょります。魔女とのやり取りでも、ここまで深刻にはならなかったんだけど。それくらい追い込まれている、10月のごまとろでした。
2009.10.15
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何やかやでパソコンを開く時間も無く日々が過ぎている…(^-^; 朝晩めっきり冷えてきて、我が家は集結率も上がってきました。 こいつら、固まって置物のように動きません。 それでも、腹はちゃんと空く訳で。 またカロリーオフせねば。
2009.10.11
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怒涛の9月がもうすぐ終わる。 長かったなあ。 でもあっという間だった。 もう少し落ち着いたら、この怒涛の9月を日記に記してみたいと思う。 だってまだ終わって無いんだもん。 何が起こるかまだ解らん。 頑張れ胃袋。
2009.09.27
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kappaさんとこのトップに置いてある、ルーク王子の写真。「あり?観た事ある・・・」んなはずないだろ。でもどっかで・・・。携帯に撮り貯めたデータをさらうと、あった、あった。似てません?似てますよね?第2はよくこのポーズするんですよ。そのまま伸びーっとして、ぺったり床に張り付いてたりします。(寛いでいるのにガンたれな第2)王子は身体が硬いのか、ここまで肩が伸びません。是非、kappaさんとこの写真と比べてみてください。
2009.09.09
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ゲーマー(しかも一部の)にしか解らないタイトルですが。逆に読めば解ります。今日から新しい職場に移りました。郊外店からよりによってクジンシー。いきなり過ぎるだろう。行き交う人の量が多過ぎるだろう。初日からトラブル続出で、鼻血出そうなくらいに疲れました。引き続き明日もテンパる予定。既に決まってるってのがまた…。年寄りをこき使いやがって~。これからこんな状況がずっと続くのか。そうじゃないと願いたい。
2009.09.03
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最近、機種変をした。今まで使っていたものが人様に言えない事情で引退する事になり、取り急ぎ必要になってしまった。バッテリーが普通に使っても一日持たなくなっていたので、新しいのに変えようと思っていた矢先だった。ただの機種変にもまた色々とあるのがごまとろで。仕事帰りに職場から一番近い家電量販店へ下見に行く。機種情報は別の安売り店からカタログをゲットし、少しは仕入れていた。そこはものによっては取り寄せになると言われており、欲しい時に買えないのは嫌なので大型店に行く事にした。店内に入ってびっくり。携帯電話売り場ではなく、各メーカーのブース状態。自分はソフトバンクなのでソフトバンクブースへ行くと、ずらっと並んだ色取り取りの携帯の列。い、今、こんなに種類あんの?あ、でもカタログにもそれだけ載ってたか。って言うか、違いは何なんだ?カタログ見ても解らん。CCDカメラ?モバイルウィジェット?3G携帯?用語が全く解らない。買わないのに店員さんに声を掛けるのは憚られるし・・・・・、そうだ!熱心に見ていればスタッフが声を掛けてくれるんじゃないか?そしたら色々聞いてみよう。ウチに来るお客さんだってそうじゃないか。買う素振り見せてアレもコレもとフルメイクさせておきながら、『崩れ方見てみます♪』って堂々と帰ったりする人居るじゃないか。いやいや、自分がされて嫌な事を人様にしちゃいけないいけない。頭の中で葛藤しつつも、見本を手に取ったりカタログを見たりして何となく声を掛けてくれるのを待つ。一向に相手にされない。冷やかしとばれているんだろうか。それどころか、カウンターの中で若いスタッフ同士でいちゃついている。君たちの気持ちの中では、もう仕事上がってるんだな。って言うか、そういう生々しいやり取りは控室でやらんかい。今話題のi phoneを触ってみる。携帯なのに何故か方位磁針が付いている。何の為なんだ?風水に使うのか?後に、カーナビのような機能が付いているとひけらかす為のアピール機能だと悟り、アナログ人間に無用の長物だと棚に戻す。置いた瞬間、目の前にがばっ!と出てきたスーツの腕。見た所30代後半くらいのリーマンだった。オイラが戻すのを脇でずっと待っていたらしい。だからといって、いきなり目の前に腕出すなよ。痺れを切らしたごまとろ、ついに店員さんに声を掛ける事にした。目星をつけていたもんの違いや価格差の理由を質問。機能的にしょぼい方が何故高いのか、気になってしょうがなかった。店員さんの答え。『見た目ッス。こっちの方が見た目良い感じでしょ?』ここは下手に出るんだ、堪えろごまとろ。『3Gって、何ですか?普通の携帯と何か違うんですか』『そうッスね。使える所と使えない所があるんスよ』(その後沈黙)えっ?!それだけ?『ウィジェットって、何ですか?』『色々出来る機能なんスよ』(またしても沈黙)隣では別のスタッフが中年サラリーマンに商品説明していた。こちらは沈黙が多かったので、会話が聞こえてくる。『○○○なんかは出来るの?』『・・・・・、ちょっと説明書見てきます』『いや、そんな大げさな事しなくて良いから。出来るかどうかだけ俺は知りたいんだよ』『ですから説明書見ます』えええええええーーーーーーーー?!客をバカにしてんのかここの店員はーーーーーーーーーーっ?!オイラみたいな未知な人に機能を解り易く説明するのがテメエらの仕事だろうが!!!そんな返答、オイラ如きでも出来るわーーーーーーっ!!!!!落ち着け、今自分は早急に機種変しなきゃいけないんだ。取り合えず、最初に決めていたのにしてしまおう。『じゃ、これください』『あー、新規も機種変も7時半位までがリミットなんスよ』『何処にもそんなの書いて無かったですけど』『普通に考えて、今の時間は無理ッスよ』『もう結構です』そのまま店を出ました。ここはそのうち潰れるぜ。
2009.08.24
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はう、会ってから4日も経っちゃったよ。日曜、久しぶりにlana嬢とデェトしました。事前にlanaちゃんの予定を聞き、お待たせしない様にシフトは早番死守設定。にもかかわらずlanaちゃんを長時間待たせる失態をやらかす・・・・。それもこれも、みーんな魔女のせいだーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!何でまたよりによってこの日、しかも夕方に来るんだーーーーーーー!!!!!!お陰で仕事のタイムスケジュール狂いまくり。時間も押し押し。早く帰りたいごまとろをよそに、たらたらと仕事をし休憩に出ないヒヨコ。出るように促すと『コレやってからで良いですか。』早くやれーーーーー!!!!!!朝イチで今日は定時で上がるって宣言したよね?普段こんな事殆ど言わないよね?そんなごまとろがわざわざ宣言するって事は、余程の事だって解るよね?ごまとろ6時半でキッチリ上がりたいんだけど、今何時か解ってる?イラつくごまとろの気持ちを察する事も無く、ヒヨコは7時過ぎに『あっ、洗い物早く行かなくちゃ』と、自分本位な都合で焦っておりました。この日はヒヨコと2人しか居ないから、片方が売り場を空けるともう片方はトイレすら行けない日な訳で。って言うかヒヨコの都合なんざどうでも良い訳で。戻ってきた瞬間、『オイラ今日はちゃっちゃと帰るって言っといたろ?そこら辺考えて仕事しろ!!』と言い残しダッシュ。この時点ですでに1時間押し。急いで着替えて街を走る!本屋さんに居ると言っていたlanaちゃん。待たせ過ぎたのか、近くでお茶を飲んで待っていてくれた。あぐ~、ごめんよごめんよ~~~~(号泣)本当は、同僚に教えて貰っていた「イイ感じだよん♪」と噂のイタメシ屋へお連れするつもりだった。でもそこへ移動していたら帰りがもっと遅くなってしまうから、待ち合わせ場所の近くで手打ち。同じビル内の韓国メシ屋へ移動。そこで韓国鍋をお腹いっぱい食べた。韓国鍋って初めて食べたけど、案外美味しくてびっくり。そしてその後ごまとろはまたしてもやらかす。会計時、細かいのが無かったのか合計金額の殆どをお札で出すlanaちゃん。早合点したごまとろ、『あ、オイラも大きいのしかないから、コレ一旦貰って、纏めて払うね』lanaちゃん、『イイよ~、じゃ、小銭あったら出してくれる?』『そりゃもちろん』と会計。戻ってきたお釣りをそのまま財布に入れるごまとろ。ん?何か変?帰宅してもおかしい原因が何だか解らない。その晩はそのままぱったり。翌朝財布の中身を見て愕然。『お金が殆ど減って無い・・・・・・・・・・・・?』そう、何を思ったのかごまとろったら涼しい顔して、lanaちゃんに奢らせてしまったのだーーーー!!!!ぐはーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!何やってるんだ自分!その上お土産まで貰ってしまっている。遠路わざわざ来た客人に奢らせた上にお土産まで・・・・・・。清算しようにも当人はすでに新幹線の中。その日は1日立ち直れず。。。lanaちゃん・・・・・・・・・・・、この次はごまとろがご馳走します・・・・・・・・。
2009.08.13
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久し振りに素敵な王子の写真が撮れました。まだまだ衰えておりませぬ。
2009.08.06
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通勤ラッシュの時間帯。 いつもは混んでいても比較的流れが良いはずの通路が、今日は何故か詰まり気味。 詰まりの原因は、朝からソフトクリームを食べつつ悠々と歩く青年でした。 タラつくんなら端を歩かんかい〓〓〓〓〓 だいぶ前からだけど、ここの他にmixiもやってたりする。 当初は楽天のをコピペしたりもしてたけど、面白い事に、気付いたら日記の内容が全く違って来ていた。 最近では、mixiの方が趣味に走りつつある。 コミュニティがあるからってのも大きい。 逆に楽天の方は本音(毒吐きとも言う)が出しやすい。 mixiはマイミクが仕事関係の人が殆どだから、読まれちゃ困る感情は出せない。 mixiでも日記を外部リンクに出来るみたいだけど、やり方解らないから当分はこのままで良いかなあ。
2009.07.21
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毎日暑いですね。自転車とベビーカーには免許が必要じゃないかと強く考えるごまとろです。いきなりなタイトルですいません。これ、最近お気に入りの番組の名前なんす。正式名称は、『あなたもグランシェフ~ジョエル・ロブションのシンプルフレンチ~』という、長いタイトルが付いております。ごまとろはTOKYO MX TV での再放送を観てますが、スカパーとかでも放送しているみたいです。DVDも出ているようです。買おうか迷うところです・・・・・・・・。内容は簡単に言うと、仏国でやってる短時間料理番組を再編集して30分番組にしております。この番組、予想以上に面白い。どの辺りが面白いかというと、普段自分たちが感じているフランス料理とフランス家庭料理は違うと言う事が解る。今でこそ知られてきたことですが、フランス人は毎日コース料理を食べてる訳じゃない。日本人が毎日寿司やすき焼を食べてる訳じゃないってのと同じですね。じゃ、何を普段食べているのか。それがこの番組で解る訳です。フランスルーツの料理だけでなく、イタリアやドイツのテイストも躊躇無く取り入れるシェフ達。こういう柔軟な発想がフランス料理の発展に貢献してきたのかも知れません。指導するのはかの有名シェフ、ジョエル・ロブション。すいませんが、ご存じない方はググってくだされ。彼はもう引退したのか?そこまでは追いかけて無いので解りません。毎回、食材に合わせてその道を得意とするシェフをゲストとして招き、3品~4品を紹介しています。驚くべきはゲストの豪華さ。アラン・デュカスにピエール・エルメなどなど、私如きでも名を知っている有名な方が出演しているところにジョエルの人脈の広さが伺える。例えるとするならば・・・・・・・・・・・、道場さんの5分間番組に三國さんや坂井さん、陳さん、土井先生まで出ちゃってるくらいの豪華さといえば解るでしょうか。違うなあ。上手い例えが見付からん・・・・・・・・・・・・・・・・。ま、良いや。とにかく、出てる人が豪華。最近日本でも名を知られるようになったシェフまでいらっしゃる。それだけでも観ていて面白い。実践するかといえば半分半分。すぐにでも使えそうなレシピもあるけど、日本人の感覚では考えられないようなものもある。番組の中で一番気に入ったのは、何と言っても吹き替えの絶妙さ。ジョエルの声を担当しているのは、ガンダムのブライトさん。(すいません名前知りません)その声とゲストとの掛け合いが過去に放送されていたアメリカの料理番組、『世界の料理ショー』を彷彿させるのだ。こちらは司会の人が一人きりで最後まで通すタイプだったが、子供の頃大好きで毎回観ていた。子供ゆえタイトルの漢字が読めなくて、母に『面白い料理』観たいと強請って見せて貰っていたのを思い出す。冒頭のプロローグで、『これを観れば、今日からあなたもグランシェフ』と言っていたり、シメに『ボナペティ、ビアン・スゥ』いうくだりがあるあるんですが、もはやこれはキメ台詞。たまにそれをゲストにからかわれる時もある。そう言うのが見れるのもまた楽しい。個人的にはアラン・デュカスの回が一番好きだ。彼とジョエルの関係を如実に物語っているかのような、会話だ。観れない人には申し訳ないですが、観れる人は是非観てみてください。
2009.07.13
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今の会社は系列関係でシャンパーニュ((C)川島なお美)が安く買える。いつもこれだというのを決めて買う様にしてるだが、今回はミスってしまった。いつも買ってるのが普段よりも告知が遅かったため、今年は無いのかもと思い込み別のを頼んでしまった。ルイナールのロゼとブリュット。これもまあ。悪くは無い。どちらかというと食事向き。普段はシャンパーニュを開ける時姉を呼ぶようにしているが、今回はスケジュールが合わなかった。でも飲みたい。開けたさ。で、今酔っ払いさ。若い頃に比べて、フルボトルを開けるのはきつくなって来た。年かなあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。おやおや、酒のアテが無くなった。調達せねば。ではまた。
2009.06.26
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どうも。福山雅治の良さが今だに理解できないごまとろです。関東地方、めっきり湿度が上がりました。防寒対策と暑さ対策、どっちを優先して良いのか困っておりまする。気温の上昇と共に比例して落ちる、ごまとろの食欲。今年は体調を崩した事もあり、特に落ちる一方。インフルエンザで一気にスパートかけた感じです。このままでは夏を乗り切れません。毎年夏は、どうやって生き延びようかと悩む季節でもあります。そんなごまとろさんの、これ無しでは夏を乗り切れません的アイテムが冷汁。余裕があれば大葉や茗荷なんかも刻んでみたりご飯も冷やしてみたりするけど、それすらも出来ないほど弱っている時は、豆腐をつぶす!ご飯に乗せる!冷汁の素をかける!そしてかっ込む!のまさに10秒メシ。なんて素敵なファーストフードなんでしょう。今ではかなり有名になっておりますので、敢えて解説はしません。作れるのなら、自作が一番美味しいんだろうな。しかしながら自作するのはかなりの手間が掛かり、ひとりもんにはリスクが大きい。保存出来無さそうだし、ロースター付じゃないコンロで魚を焼くのは、今の住処を引越す前日にしたい。なので出来合いに頼るしかないのが現状。本音を言えば、夏だけでなく年間常備したい。ところが、売っているお店が自分の行動範囲に少ない。って言うか1店舗しか無い。そして夏しか売って無い。そのお店、以前は具入りのフリーズドライがあったり種類も豊富で便利だったのに、今は東国原印の味付けがヘヴィでパッケージは宮崎観光情報満載のブランドしか無い。無い無い尽くし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。知事のお陰で知名度がアップしたのか、棚はあっても在庫があるのは稀。くそー。メジャーになる前からコツコツと買い続けていたのにっ。見付けた瞬間纏め買いしないと、次はいつ会えるか解りません。あ、こういう奴が居るからいつも品切れなのか?楽天で探してみたら、結構あった。これなんかフリーズドライで場所も取らないし、保存に良いな。やはり纏め買いか?4個パックもあるけど。箱要らないからもう少しお値段勉強してくれんかな。これだったら具が入ってて、気軽だな。食品の取り寄せは外す事が多いので、ちょっと躊躇。当然ながらメーカーによって味も違うし。でも、ここまで見つからないとお取り寄せするしか無いのかなあ。東国原印はもう飽きたよぅ。
2009.06.13
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ごまとろです。一応、先週の半ばくらいから職場復帰しました。ご心配をお掛けしました。ぺこり。インフルさんは、熱が下がれば大体は大丈夫なんだとか。その後数日潜伏するので、浮かれて復帰せずに潜伏した菌を殺すため薬をきちんと飲んで、お医者さんに言われた引き篭もり期間を守ることが重要なようです。その、潜伏期間を経て復活したごまとろ。熱は下がったのに、喉と鼻の調子がどうもおかしい。これはまあ予想していた事。たった1週間で全快するほど虫の良い話なんて無いもん。でもおかしい。喉のと鼻の奥のひりつくような痛みがどうしても取れない。温かい麺類を啜ると、いやあ、噎せる噎せる。つるつる出来ません。温かい汁物も同様。1週間咳をし続けたダメージは、こんなところに出ておりました。さらに、鼻をかむとティッシュにどす黒い液体が。それは数日出続け、そのうち鮮血に変わりました。かんでもかんでも、止まらない鼻水。1日あたりティッシュ1箱を余裕で使い切るペース。鼻炎用に備蓄していた柔らかティッシュが無かったら、鼻の周りは擦り切れていたかも。あれ?予想つきます?そうなんです、例によって違う病気を併発しておりました。病院へ行き『やっぱ変ですよね?』と聞くと、先生は『おー、ハスキーヴォイスになったねえ』と、相変わらずの軽いノリ。『ゴミ箱に入ったティッシュの量から考えると、1日1リットルは余裕で出てましたよっ』と答えると、『うっそだあ』と笑う先生。『マジっす』と真剣に答えるごまとろ。本当に、この小さな鼻腔空間にどれだけ入ってるんだというくらいに出ていたのです。引き篭もり中、熱が下がってからは常にティッシュと共に行動しないと、な状態。コーヒーを入れるくらいならとティッシュの前を離れると、お湯を入れてる間にも容赦なくたらたらと。トイレに行く時も持って行っていたくらい。鼻炎の時は一度かむとしばらくのタイムラグがあるのに、切れ目無し。そして量が鼻炎の時とはケタ違い。それを言うと先生は、『やっぱ来ちゃったか』と言いました。高熱を出すと、脳髄炎や副鼻腔炎を併発するのはよくある事なんだそうで。ごまとろは後者でした。まあ、前者だったら今こうしてぽちぽちやってませんけど。前回診察を受けたときは、あまりの熱の高さにこっちを疑っていたんだそうです。今回初めて知ったのが、インフルエンザの時って、タミフル以外の薬を併用するとタミフル自体の効果が出にくくなっちゃうそうだ。なのでタミフルで先に解熱と殺菌をして、インフルさんの症状が治まってから他の症状の薬を出すんだとか。勉強になりました。取り敢えず投薬して様子見って事で炎症を抑える薬、鼻水を出やすくする薬、痰切り、などなど大量の薬を持って帰宅。飲んだ後確かに止まりました。でも鼻腔の奥に溜まってる感覚はある。かみたいのに出てきてくれない。これが案外苦しい。鼻詰まりの強烈なのと言えば良いのかな。夕べで薬を飲みきった。薬が切れた途端、喉の奥の痛みが復活。鼻水もフィーバーしてます。止まったのは鼻水の中の潜血だけ。復活してからも、自分のためと周囲のためにと通勤時はマスク着用していたごまとろ。ストック分が底をついた時にはここ数日の騒ぎのせいで、どこへ行ってもマスクは売り切れ。噂によると、オークションで高値が付いているとか。オークションで売るために買い占めたんじゃないかって思ってしまう。こんな時にも人の足元を見る奴って居るんだなって。自分、切実に必要なんす。今すぐ必要じゃないなら、私に回してくれ・・・・。次の休みは絶対病院へ行くと誓ったごまとろでした。
2009.05.23
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本日は携帯からお送りします。 コメントをくださった方、ありがとうございます。 携帯故と言いますか、表題の関係もありまして、お返事は後ほど…。 で、お題に付きまして。 今話題のインフルエンザ。 ごまとろったら、罹っちゃいました、てへ。 以前からおかしいおかしいと思いつつ迎えた先週末。 やっぱり風邪じゃない?と思い、早退して病院へ行く事に。 心当たりの症状がある場合医療機関に治療を断られる場合もあるので、事前に保健所に確認しておいた方が良いと聞く。 当然ながらここ数年の渡航経験が無いごまとろ。 心配ないとは言えやっぱり心配。 色々な人が出入りする職場故、誰から貰うかも解りません。 保健所に確認した後、近くの病院へ。 症状を話すと、『違うとは思うけど、念の為に調べてもいい?』と軽い感じの先生にかるーく言われる。 どんな検査かも解らず、『はい?』と答えると後ろからいきなり看護士さんに頭を押さえ付けられ、鼻の中に綿棒を突っ込まれました。 滅茶滅茶痛い。 すんごく痛い。 しかも両方ですよ。 痛さ2倍。 結果はB型。 ちょっと安心。 でも熱は予想より高く、看護士さんが『あら?』と計り直していました。 8度6分。 ちょっと高めですね。 薬を貰い、出勤は当分やめた方が良いと言われたので、帰り道魔女に電話。 ここでも魔女は、赤い血は通って無いだろう発言を口にします。 まず始めに、 『連絡が遅いわ』。 …遅いですか? 病院に行き、診察を受け、病院を出てすぐに連絡したんですが、それが遅いんですか? 理解出来ません。 次は 『ごまとろちゃん、自己管理がなってないわ』。 確かに前回の事もあり、体調管理の甘さを突っ突かれるとツラい。 しかし、罹ってしまったものは仕方が無い。 ここはオイラ的にも反省すべき点。 でも、気付きましたか? ここまで、身体を気遣う言葉は一度も出てきません。 いや、遣って欲しい訳じゃないけど。 例のごとくさっさと治してさっさと復帰しろと言い、電話は切れました。 帰宅してからまた熱を計ると、何と9度5分。 びっくりです。 何度も体温計を見直してしまいました。 これは大人しく休むしかありません。 季節外れに罹るとはまあ、流行りに乗っかっているのかずれているのか微妙ですが。 で、現在に至ります。 はあ、やっと打ち終わった…。 そんな訳で、皆さんもお気をつけくださいまし。
2009.05.10
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少々巻きが甘いけど、可愛いから良いのです。 これが無いと、日々やってられません。
2009.05.01
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あまりにも長すぎたらしく、入りきらなかったので分けます。いつものように魔女からの電話。いきなり、『あなたにこの仕事はさせられない』と言うのだ。以下、彼女のお言葉。「チーフって、下の子以上に仕事に対してのプレッシャーを掛けられるポジションでしょ。私はそれも解ってる。でも立場上、言わないわけにはいかないのよ。それは解るわよね?そうなると、これに対してあなたが耐えられるかって問題になっちゃうのよ。だって、病気治っていないでしょ。今後、いつまた具合が悪くなるか解らない。そう言う人をカウンターに立たせておくわけにはいかないのよ」私の今後の処遇を話し合うために、営業部長まで引っ張り出してその内またそっちへ行くと言い、電話を切る。ごまとろ大ピンチ。良くても降格して他店に異動。最悪解雇だ。でもそんな権限、彼女にあるのか?これは大変だ。次の日は休日だったので、大急ぎで事情を知る先輩方々に連絡を取り、対策を請う。そして迎えた休み明け。出勤すると、神妙な顔付きのスタッフその4。『明日また来るそうです』その4は何をしに来るのかは知らないので、『何か張り切ってますよね』と掃除に勤しむ。それにしても、行動早過ぎ・・・・。時間がありません。でも、部長も一緒故どう出てくるか解らないので、対策が立てにくい。ある先輩が授けてくれた策は、『何を言われても即答するな』でした。先輩も、向こうの出方が解らないから何とも言えないとの事。でも、取り返しのつかない事にならないよう、即答だけは絶対にするなと。この言葉だけを肝に銘じて、話し合いに臨みました。魔女の言う事は一貫して同じ。『心配だから』を相変わらず連発。その横で何も言わずに話を聞いて居る部長。実はこの人、役職の割には仕事出来ないと社内では専らの噂。なので一緒に来ると聞いていても、魔女は自分の決定に対しての証人として連れてくるんじゃ無いかと思っていました。魔女は開口一番、『こういう時って、頑張れと言っちゃいけないのよね』と言い出した。あれだけ病名の聞き出しを迫った人なので、ちょっとは調べたんでしょうか。でも次がよろしくない。「でも私の立場は、頑張れと言わなきゃならないのよ。その事でまた具合が悪くなるような事も可能性としてあるわよね。だとしたら、このままあなたにこの仕事をさせるわけには行かないわ」と言う。やっぱり解ってない・・・。ごまとろ、負けじと『頑張っての種類が違う、業務に関して上から頑張れと言われるのは当たり前の仕事。それは理解している、病気を治すことに対して頑張ってと言われるのが治療の妨げになるんだ』と反論。その時も部長は、『そうだね、その通りだよ』とうんうん頷くのみ。ところが。良くならないのなら休職して集中してでも完治させろと言う魔女の話を切り、『それは良くないよ、○○さん』と切り出しました。「この病気は重くなると引き篭もるようになり、引き篭もることで更に悪化するとも聞いている。でも今、ごまとろさんは職場に出て来ているでしょう。出て来れるって言うのは、良い事なんだよ。だから休ませちゃ駄目だ」といきなり発言。ごまとろ、驚きました。恐らく、病名を魔女から聞いて予備知識を入れてくれてたのかも知れない。それ以上にイエスマンじゃなかったのに驚いたんだけど。更に、「あなたは一刻も早く完治させろと言うけど、そういう言葉こそがこの病気の治療の妨げになるんだから、ごまとろさんのペースで治療させてあげてはどうだろう」ブラボー部長。納得出来ない顔をしつつも彼女は引き下がり、この言葉のお陰でごまとろの首は辛うじて繋がることになりました。最後に何か言っておきたい事はあるかと聞かれ、ごまとろ悩みました。だって、唯一の望みは『この売り場が魔女の担当から外れる事』なんだもん。そんなの無理。なので、切実に今すぐどうにかして欲しい事を頼みました。『電話を掛けてくる度に、病院は行っているのか、治療はどうなってるのかと聞くのは勘弁してくれ』と。ここ数日、一番辛かったのがこれだった。売り上げ云々は言われたって平気。言われる事も仕事のうち。でも、この言葉だけは言われたからって、自分でどうする事も出来ない。電話を取る度にまた言われるんだと手が震えて冷たくなり、会話しながらも頭の中が混乱して、口も回らなくなってくる。その事に対して、チーフなのに即答も出来ないのかと言われる。それでまた焦る気持ちになり、吐き気がするくらいに気分が悪くなる。切った後は周囲に聞こえるくらいの動悸と、過呼吸が出る有様。酷い時には膝が落ちてしまう。一切聞かないと言うのが無理だと言うのは解っているから、せめて頻度を減らして貰えないかと頼んだ。言いながらいつの間にか泣いていたみたいだ。答えは『無理よそんなの』。即答でした。『自分が担当しているエリアにいる人間の体調を把握するのも私の仕事』だからだそうだ。続く言葉は『解りましたとは言いません。言ったらあなたの要求をすべて受け入れるって事になるから。だから、聞きましたと言っておく』。嗚呼やっぱりね。狙った訳じゃないけど、泣きながら訴えてる相手に対して、あまりにも思いやりの無い言葉。最後に、本当に理解して無いんだなあというダメ押しの一言。「今後、売り上げを落とすような事があったら、その時はあなたの体調を追及させてもらうから」多分この人には、赤い血は流れていないでしょう。暫く場が沈黙してしまいました。沈黙に耐えられなくなった部長の、『取り敢えず今回は、暫く様子を見るって事で』と言うセリフで席を立ち、2人は帰って行きました。今の時点では首の皮1枚で繋がっております。2人だけでの話し合いだったら、恐らく辞めると言ってしまっていたと思います。その点では部長に感謝。でも何かしてくれるだろうとは期待できない相手でもある。異動して難を逃れるのが先か、ごまとろが潰されるのが先か、自分自身も解らなくなって来ました。さてさて・・・。
2009.04.29
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この話、色々な人間が出てくるので、人物を形容詞で表現するのは困難とみました。解りやすいよう、登場人物の解説をしておきましょう。ごまとろ:ここの一応責任者。スタッフその2:所謂サブ。2番手さん。メイクや雰囲気で、他メーカーの人からはこっそり『大正ロマン』と呼ばれている(笑)スタッフその3:3番手。昨年の秋ごろやってきた、勤務後私服で町を歩くとキャバクラのスカウトがしつこい、イマドキな嬢。スタッフその4:先日入ってきたばかりの新人さん。一番若いにも関わらず醒めた物の見方をするため、たまに自分の親以上の年齢のお客さんに怒られたりもする。魔女:ごまとろの上司に当たる人間。元カウンター勤務。カウンター時代は何度も会社表彰を受ける位のやり手美容部員でした。小僧:前任者。コイツも一応ごまとろの上司だった訳だが、新卒で入って経験が殆ど無い癖に生意気な口調を繰り返したため、ごまとろにシメられた経験あり。エリア換えになる数日前、関係者に挨拶をするため前任者の小僧と共に『魔女』は現れました。網膜に焼き付いてしまいそうな、強烈な眼光は健在。現れた瞬間、セクションの人間全員が凍り付いたのは、言うまでもありません。笑顔で挨拶をした後、おもむろにカウンター内の引き出しをガンガン開け始める。早速ダメ出しが始まりました。この時も、当然笑顔。口調はあくまでも柔らかいのが特徴。引き出しの縁やカウンターの上を鬼姑のように指で拭き、掃除がなってないと一喝。それから収納の仕方がなってないだの、無駄な使い方をしてるだの、ここにこれを入れるのはありえないだろう!だの。ま、それは良いんですよ。いつもの事だから。その後百貨店の人と話をするために事務所に消えた、僅かな時間にほっと一息。たった数分の間に、全員酸欠の金魚のような気持ちでした。店頭に戻り、お客さんが居ないのを良い事に戻ってからも彼女のダメ出しは続く。これ、居なかったんじゃなく入って来れなかったんだと後日判明(笑)今居るカウンターのお客さんはシャイな人が多く、ごまとろ自身も受け入れてもらうのにとても時間が掛かった。ウチのお客さんの事だから、遠巻きに見た時知らない人が居る事にすぐ気付いたんだろう。それが只ならぬ雰囲気を醸し出してる人間なんだもん、入ってこれないわな。実際、魔女の死角で入ろうとして異変に気付き、去って行った人を下の子が目撃。その後、小僧・魔女と場所を変えてミーティング。当然ながらごまとろの体調の話になりました。しつこいくらいに『大丈夫なの?仕事は出来るの?』『ごまとろちゃんが心配なのよ』と繰り返す魔女。『大丈夫です(と言うしかない)』と繰り返すごまとろ。完全に大丈夫か。と問われるとイエスとは言えない。今居る場所が郊外店だと言うことが唯一の救い。だからこそ復帰してからも自分のペースで仕事をさせて貰えたのだから。心配してくれるのは有難い。でもあまりにもしつこい。その横で神妙な顔をしている小僧。そして、原因が解らない事に対して話の矛先が向いてしまった。完璧主義の彼女にとってはどうしても理解できないんだろう。『心配だから』と言う前置きの後に、休みの度に通院して徹底的に病因を探し、解るまで病院を変え続けてでも追求しろ、早急に。会社(今思えば彼女的にだったんだと思う)として、病名が解りませんと言うのは通用しない。通っているのが神経系統の病院なら、精神病でも何でも良いから病名を持って来い。解ったなら解ったなりに、完璧に治るまで治療しろ、早急に。と通告されてしまいました。しつこいようですが、この間当然ながらずっと笑顔(笑)シメに『今の時代、他に仕事探すのって大変よ。解ってるわよね。だからよく考えて』。で、この話し合いは終わりました。最後のこの言葉、早急に完治しなければそれなりの処遇が待ってるよって意味にも取れますね。放置してて言われるのなら仕方が無いけど、何で急かされなきゃならないんだ。言われなくたって、通院してるさ。あんた以上に、原因を知りたい早く良くなりたいと一番思っているのは、この私なんだから。そして、その日から心が休まらない日々が始まりました。休み明け、神妙な顔をしているスタッフその3。「どしたの?」と聞くと、「昨日、魔女から企画書が届いたんですが・・・。」「なになに?」と手に取ると、企画書と共にワード打ちのメッセージが。『ごまとろちゃんとまた一緒に仕事をすることが出来るとは思っていなかったので、あなたとは運命を感じています。今、会社はこれまでにない危機を迎えています。でも、この荒波も力を合わせれば乗り切れると信じています。一緒に頑張りましょうね』じつはこの方、ごまとろを叩けば叩くほど伸びる人材だと思い込んでいる。更に困った事に、自分に対し、昔からかなりの過大評価をしているのだ。それにしても。何故勝手にデステニィを感じるんだ?私はまったく感じておりませんが。まあ、嫌われているよりは良いだろうと気を取り直すと電話が鳴る。その場からばばっ!と離れるウチのヒヨコたち。「?」と思い電話を取ると、相手はやはり魔女。開口一番、『今日の具合はどう?』。午後、言い忘れた事があると再び掛かってきた時も、『具合は?』。そして夕方、別の件で掛かってきたときも『どう?大丈夫?』。急変する訳じゃあるまいし、1日1回で良いだろう!!!!それからは毎日のように『今度病院行くのはいつ?』『行ったらすぐに報告して頂戴』『解らなかったら即別の病院よ』と、畳み掛けてきます。ごまとろ不在の時にはその2に『ごまとろちゃんは本当に大丈夫なの?病院本当は行って無いんじゃないの?実は無理してるとか、無いわよね?』。その3やその4が出ると、『ごまとろちゃんは仕事中大丈夫そう?体調悪そうにしてたらすぐに私に知らせて頂戴ね』。それに加えて完ぺき主義+細かい彼女の売り上げの追い込み方のすざましさは私だけに留まらず、私は言われる事に慣れてるけど、今までそんな体験の無かったウチの子達はパニック状態。元々が数字を追いかける仕事だから、日々の目標や現在の状況を把握するのは当然だけど、それ以上の細かい追い込みを入社してたった数ヶ月の新人に聞いたって、解るはずも無かろうに。日を追う毎に全員が消耗してるのが目に見えて解りました。ボスが変わればやり方が変わるのは当然。それは解る。変わった事を受け入れるのって、戸惑いもあったりして最初のうちは疲れるものだ。それも解る。今まで甘えていたからじゃないかと言われても仕方が無いかもしれないが、彼女にはそれとは違う、何と言うか、言葉に出来ない何かがある人なのだ。その何かが、自分たちを蝕んでいくような気がする。同じ事を全員が感じていたのも面白かったけど。そうして日々を過ごすうちに、今までとは違う異変を感じるようになりました。止まっていたはずの手足の震えがまた出るし、常に何かにつかまり立ちしていないと、頭から転がってしまうような感覚もまた出始めました。普段は姿勢が良いと人様から褒めてもらう事が多い(てへ♪)ごまとろが、姿勢を正せない。背筋を伸ばすと後ろに倒れていってしまうからだ。更に、頭の半分を常に掴まれてるような頭痛や動悸が突然出たり、呼吸が妙におかしいなと思い始め、会社の先輩の紹介してくれた別の病院に行くことにしました。先生の診断は、自律神経失調症と適応障害の疑い有り。疑い有りと言うのは、困った上司が居て・・・、と事の次第を話したら先生がそう言っておきなさいとくれた言葉。自律神経は昔痛めた事があるのでやっぱりと思ったけど、適応障害って・・・?初めて聞いたので自分なりにちょろっと調べてみた。調べてびっくり。情報が100%正確ではないと思うけど、最近出始めた、以前とは違う自覚症状がほぼビンゴ。それと同時に、自覚に早く気付いた事にほっとしました。重くなると引き篭もってしまったり、仕事を続けることが困難になる人も居るとあったからだ。よく鬱病と混同される事があるが、その延長線上に鬱病がある訳で、一緒にする病気では無いと。混同された事で謂れの無い扱いを受ける人も少なくないんだそうだ。個人によって症状の出方に差があるので、周囲に理解されにくい病気であるとも。自分はまだ大丈夫なんだと思えたのが最大の収穫。しかし、その数日後またも急展開は起こる・・・。
2009.04.28
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さて、続きです。ええと、復帰したところからでしたね。そもそも復帰したきっかけと言うのが、休んでいる間に下の子の異動が決まったから。このままだと、顔を合わせる事も無いまま彼女と別れる事になる。ま、出て来たところで何をするってぇ訳でもないんですが。彼女をまあ、Aさんとしましょう。そのAさんと入れ替わりでBさんという新人さんが入って来ました。Bさん、実は会社期待の新人。でも何故そのような有望な人がウチに?有望ゆえ仕事の飲み込みも早く、たった1週間で既に2~3ヶ月は居るような風格すら出て参りました。それに伴って新たな問題も出てくるんですが、今回の件とはあまり関係が無いので割愛。親方駄目でも頭数は揃ってるし、入った新人は有望と来たもんだ。営業も焦らなくて良いから自分のペースで仕事しな。と言ってくれた。有難いこっちゃ。しかしその数日後、そのたるんだ気分をひっくり返す出来事が起こりました。エリア換えです。エリア換えとは、ウチの会社はまず大きく東と西に分かれておりまして、そこからまた3ないし4つのエリアに分かれまして、そのエリアをそれぞれ見ているのが、所謂『営業』となります。細かく言うと役職も仕事内容も若干違うんですが、これを明かしてしまうと色々と問題があるので、便宜上『営業』とします。実際営業的仕事もしてるし。私の上司、という立場になります。そのエリア換えで、担当が変わってしまいました。今までは新卒で入社し、研修期間を経て営業になった若造。新しい担当は、会社でも『魔女』『鬼』と恐れられている人物。自分のやり方のレールをがっちりと引き、それに沿わないと容赦無く糾弾します、笑顔で。この『笑顔』っていうのが何よりも怖い。だって本人、全く悪気が無いから。1000本ノックして、倒れ込んでる選手に向かって『あなたならまだまだ出来るわよ~』と、一人爽やかに汗をかいているタイプ。1000本のノックも、『これを打ち込むのが私の仕事だから~』と追加の1000本平気でするタイプ。以前も担当だった事があるけれど、危うく潰されかけました。そういえばセクション人数が足りなかった時期。会社も人手が足りずヘルプは入れられないからと、『ごめーん、悪いけど泣いて頂戴』って超連続出勤させられた事もあったっけ・・・。(遠い目)でもどうして、よりによってこんな時に。タイミング良過ぎるだろう。まだ完全に復調していないというのに。神様そんなに私が嫌いですか。そしてごまとろの身体は、悪化どころか新たな病状が出て来る事態へとなってしまうのです。。
2009.04.25
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ご無沙汰してます、ごまとろです。王子生誕祭へのコメント、ありがとうございました。それを除くと、日記を半年以上サボっていた訳で。仕事がいっぱいいっぱいで日記どころじゃなかったというのもありますが、今年の初めに体調を崩し、その仕事を休む事態になっておりました。本日、ちょっと長いですよ。色々あったから。事の起こりは1月の下旬。毎年その頃に行われる、全国規模の会社イベントの日。このイベントって言うのが曲者で、昼間は前年の反省やら今年の施策確認やら序に新製品トレーニングもやってしまえと言う盛りだくさんスケジュール。そして夜は納会(と自分は解釈している)のようなパーティーがありまして。毎年ドレスコードまである非常に面倒くさい1日なのです。そう言う時しか着ない一張羅を引っ張り出し、普段着慣れないものだから合わせる他の小物やバッグなどと一緒に、前日に用意して置きました。ドレスコード?そんなののためにいちいちフォーマルを揃えるほど、お給料戴いておりません。そして当日の朝。起きたときに異変。世界が回る。柄にも無く早起きしたからか?(髪を何とかするために早めの起床)極度の寒がりな自分がこの寒い時期に薄着で出掛けようとしている事への警告か?(ないない)なんとなく寒いような。でも熱いような。(今思うとこの時点でかなり熱が出ていた模様)動けなくとも時間は過ぎる。昨夜のうちに用意しておいて良かった。素早く動けない予感がしたから早めに家を出て、同僚と落ち合い現地へ。取りあえず受付を済ませ、時間までロビーでだらだらとしている間も眩暈は止まらない。立っているのがしんどくてたまらない。受付の時点で体調不良宣言はして置いたものの、年に1回の社内イベント。多少無理をしても出るしかないだろう。開場後自分の席に着くと、自分とこの担当営業がやって来た。なんと、このまま出席せずに帰って良いというのだ。嬉しさがつい顔に出てしまっていたかも知れない。営業によると、ロビーで待っている時から観ててやばいと皆で言っていたそうだ。そんなにやばい行動をしていたのか・・・?そのまま病院へ行くように言われ、ラッキーと思いつつ帰宅。さすがにフォーマルで病院に行くのも憚られ、一旦帰宅してから着替えて自宅近くの病院へ。総合感冒、所謂風邪との診断でした。やっぱそうかよと思いつつ普通に風邪薬を処方してもらい、営業に報告。会社の連中には『すわインフルエンザか?!』と思われていたらしい。そりゃ即行帰れと言われますね・・・・。その数日後。忘れもしない節分の日。普段店頭では立ちが基本なんですが、ごまとろは職業病とも言える、酷い腰痛持ち。コルセットのお世話になったこともあるので、長く掛かる書類の時は椅子に掛けさせて貰っている。その書類が終わって立ち上がった瞬間、頭を掴んで振り回されてるような眩暈が。同時に手脚ががくがくと震え出してしまいました。膝もがくがくして立って居られません。そのまま元の位置に座り、いきなり『今日は帰るわー』と言ってました。びっくりしたのは下の子です。そりゃ、今普通に会話してたのにいきなり帰るって言われたら困るよね。今の会社に入社して、遅刻はあったけど早退欠勤は1度も無いごまとろ。数少ない、会社にアピールできる長所だったんですが、そんなのすっ飛ぶくらいに無意識に『帰る』と言葉が出ていました。でもその後が大変で。帰るとは言ったものの、階段が使えない。今出向している百貨店は、ロッカーに行くには階段を下り、着替えて出る時も階段を上がらないと外に出られない、今時珍しいレトロな建物。しかしなりふり構ってはいられません。手摺りにナマケモノのようにへばり付きながら降り、上りは手摺りが無いから壁にへばり付いて移動。さすがにこれは異常だと思い、状態で予測できるのは脳神経かと中りをつけ、携帯で必死に病院を探し、自宅近くでは一番大きいと思われる総合病院に電話。症状を話し、午後になってしまったけど救急扱いで診て貰えないかと低姿勢で頼んでみたら、信じられない答えが返ってきました。『ウチではそれに該当する診療科はありません』ちょっと待てーーーーい!!!!!オイラ調べたんだよ?確かにそこは色々な診療科があるよね。普通に内科とか外科とか小児科とかほんとに充実してて。そもそもさ、病院の名前で調べたんじゃなく診療科で検索したら引っ掛かったのがここだったんだよ?ごまとろ食い下がりました。こっちも必死ですから。もしやこの症状は脳神経じゃないのかと思い、敵を怒らせたらイカンと自分を制しながらお伺い。すると、『ですからウチは脳神経はやってません』おおおおおーいっ。駅にでっかい看板出してるじゃん!そこにしっかり脳神経外科って入ってるじゃん!もうここはいいやと思い、縋る気持ちで『じゃあ他に回りますからこの近くの脳神経外科を教えて頂けませんか』と聞いたところ、『ウチはタウンページじゃありませんから御自分で役所に電話して調べてもらってください』と来た。確かに教える筋は無いのかも知れない。こんな要望いちいち受けてたら、本来の業務に影響が出るかも知れないし。でも言い方ってもんがあるだろう。もう結構ですと電話を切り、再び携帯で病院探し。駅の構内にへたり込んで必死に携帯を使っている様子は、さぞかし昼間から酔っ払ってる人に見えた事でしょう。しかしここでも、なりふり構ってはいられません。そして自宅の最寄り駅から数駅先に大学病院を発見し、そこにも頼んでみた。その病院も、『もう終わってますから明日来てください』と冷たーくあしらわれる。ごまとろ、ぶちっと切れてしまいました。『明日来れるんだったら、診察時間以外だと解っていて診てくれとは電話しませんよっ!!』と、駅で怒鳴る。少しの間があった後、いかにも仕方がないと言った口調で何時に来れるんだと聞いてきた。大体これくらいと言うと、また仕方が無いと言う口調でじゃあ受付に名前言ってくれと言われ、電話を切られました。もう探す余裕はさすがに無いので、取りあえず行ってみてそれから通うか判断しようと考える。事務員駄目でも、診察するのはお医者さんだ。それにしても・・・今時の病院て、みんなこうなのか?電話確認出来るくらいなら日を改めろとでも言いたいんだろうか。こんな事なら、最初から救急車を呼べば良かったのか?受付で名前を言い、救急外来の待合室で隅に座る。この時間にはもう、壁際じゃないと自分の上半身が支えられなくなってました。待つ事約1時間。問診票はおろか、体温計も出てきません。て言うか存在を認識されてないような。救急車が入って来て看護士さんは慌しくばたばたと駆け回っており、隅でぐったりしている自分には全く気付いてはくれません。その救急車の中からは、病院へ来るタクシー代を節約するために救急車を呼んだ、ぴんぴんした老人が降りてきた。本当にあるんだと何故か感心するごまとろ。所持金も持たずに乗って来たツワモノでした。その対応も看護士さん。周囲を見ると、先に来ていた人もどうやら放置されている様子。暫くするとまた救急車が入って来て、恐らく重態だと思われる人が運び込まれてきました。その人の処置が終わり、やっと余裕が出来た看護士さんは、やっと自分達に気付きました。物凄く焦った表情で問診票と体温計を渡してくれ、ひたすら謝って回っていました。待っている間状況をずっと見守っていましたが、忙しそうなのは看護士さんだけ。出入りするセンセイ方は正反対に余裕の表情だったのが印象的でした。人が足りないんだろう。医療の現実を間近に見たような気がした。それはさて置き。診察は神経内科の学生さんが担当。それが解ったのは大分後なんですが。質問したりバランス感覚を見たりと色々やってくれたものの、どうも要領を得ない。予想した通りの答えが出て来なかったからなのか、質問の答えを聞いてから考え込む時間が増えてきた。結局『写真撮りましょか』と、CTと頭部レントゲンを撮る事に。序に血液検査もしてもらう。写真を見て更に悩む学生さん。暫く待合室で待つように言われ、再び呼ばれた時には違う先生が来ていた。例の学生さんはその先生の後ろに控えて居た。(この時点でごまとろの中では学生さんだと確定)そして何故か、人数が増えている・・・。さっきとは別のテストを色々試される。その度に『ここがこうであぁで』と先生の説明が入る。一斉にメモを取る学生さん達。やはりな。結局この日は何も解らず、眩暈と震えを止める薬を出され帰宅。帰ってからがまた大変。歩こうとすると一人でフォークダンスを踊ってしまう。トイレに立つのすら必死。気が抜けたのか、歩く度にまあ転ぶ転ぶ。周囲の家財を悉くなぎ倒す。のっぴきならない状況以外は動かない事にした。そうなってくると考えなきゃならないのが、これからどうするか。幸い次の日は休み。明後日目が覚めたら考えようと思い、就寝。結局、その日から仕事に出ることが出来なくなりました。自分の仕事は、人様の顔に触らないとこなせません。今の状態ではメイクしてあげることも出来ないし、なにしろ立っていられない。メイクする時は不自然な格好で立つので、踏ん張りが利かないと特にアイラインやマスカラが怖い。手が震えると赤い口紅をつけてあげるのが怖い。トイレすら満足に行けない今のこの状態では、仕事になりません。自分の身体はどうしてこうなってるのかも解らないまま、結果的に1ヶ月近く休みました。その間にも通院と検査は続け、神経内科→耳鼻科→また神経内科に戻り、それでも原因が解らず。最終的には心療内科に行くように言われてしまいました。復帰したのは、さすがにこれ以上休むと仕事に影響が出るから。営業には事情を話し、メイクアップは断る条件で復帰。元々がメイクよりスキンケアとカウンセリングの方が得意分野だったので、この許可は非常に有難かった。ところが。そうは行かない事態につい最近なってしまいました。大分長くなったので、続きは後日。
2009.04.19
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ご無沙汰してます、ごまとろです。本日、4月8日はごまとろ王国・第1王子生誕祭でございます。ミレニアムにゃんこな王子も、早9歳。人間で言うとおっさんどころか爺さんなご年齢になろうかというところ。心なしか食も細くなってはいるけれど(でも世間様と比べると今だに大食漢)、相変わらず日中はお地蔵さんのように動かないので、体重は一向に減りません。箪笥の上など、高い場所にもまだまだ上がりますが、軽やかさも無くなって来ました。降りる時も「すたっ。」では無く「どたっ。」。第2との喧嘩では、バックを取られることが増えました。ま、それは第2が卑怯者だと言うことも大いに関係してるんですが。今や彼を支えているのは「若いもんにはまだまだ負けねーぞ」と言うプライドのみ。第2の卑怯者攻撃にも果敢に受けて立ちます。食事は常に自分が先です。うっかり第2が先に口を付けていても、王子が来るとどくんですね。まだまだ威厳は保てているようです。たまに、自分の首に噛み付いた第2をぶら下げたまま家中を走り回ってる時もあります。肉が厚いから感じていないわけではないのでしょう。第2ももう、4キロなんですから。これも彼なりの意地だと見ました。(そうなのか?)そして最近。しっこをトイレでしなくなってしまいました。以前しっこをトイレ以外でする時は、嫌がらせ=90%・疾患=10%でした。でも今回は違うようです。トイレの中のしっこだんごがいきなり小さくなったなあと気付いた時、もしやまた石が?!と思ったのは取り越し苦労。トイレの中にあったのは、第2のしっこだんごのみ。王子はこっそりと洗濯機の横でしていたのです。今の住居は床が白木のクッションフロア。色が同化して発見が遅れました。王子のしっこは臭いが少ないので、これも発見が遅れた理由。気付いた時には白木にたっぷりと染み込み、いくら拭いてもどうにもならないくらいに変色しておりました。すぐ横にある洗濯パンの囲いはニス無しの木枠。当然そっちにもたっぷりと染みが。目の前が真っ暗になりました。今の住居、新築なんです・・・・・・。すべての汚れは最初の住人の自分しか居ません。言い逃れできないじゃねーか。その他にも、越して1週間もしないうち出来た、床の特大抉れ傷。これは喧嘩中に勢い余って机から蹴り落とした、パソコンのモニターが落ちた場所。クッションフロア故、盛大に抉れてくれましたとも。これの犯人は第2だけど。フードをがっついて食べた故に玄関で嘔吐し、石床の目地に染み込んだ王子の吐瀉物。当然いくら拭いても落ちる訳じゃなく。普通壁紙や床の多少の傷は、大体6年で経年劣化扱いになり、ほぼチャラになると契約書には書いてあった。これでは敷金が戻るどころか、修繕費を請求されてしまう予感。今の住居は越してからまだ1年ちょい。でも、共同使用部分の汚さとマナーの悪さや騒音、使ってみて解った狭くて急な階段とエレベーターが無い不便さ。ベランダも無いので洗濯物は常に部屋干しだから、布団を干すのが一苦労。これも使ってみて解った事だ。つい最近、同じフロアの若夫婦が越して行きました。ウチのはす向かいのお宅が若者の溜まり場になっているらしく、夜中の3時過ぎまで大音響で音楽をかけ、時間関係なく爆音を出しながらバイクや車で仲間が集まって来る。で、更に共用廊下や階段で酔って騒いだりしている。越したのは、その隣のお宅でした。若さでは許されないよね。騒音の苦情はかなり出ていたらしく、再三の注意は出ていたようだ。階段に住民からの手書きの警告が貼られていた事もある。新築の美しさとは裏腹に、一気に無法地帯と化してしまった。はす向かい+階段目の前のごまとろも、近々の引越しを考えていた矢先でした。当然ながらすぐには動けません。若者が悔い改めるのが先か、ごまとろが6年待てなくなるのが先か。王子達よ、どうしていつも、狙ったかのようにタイミングが良すぎるんだ・・・・・。そんな王子ですが、無事に10歳を迎えられるようこれからも元気で居て欲しいと願う侍従なのでした。来年は更新。さて、どうなるか・・・・・・・・・・。
2009.04.07
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政治に対して大した知識は無いオイラ。でも今回のは、素人が見ても実に解り易い茶番だった。自民党の総裁選。毎回思ってはいるけど、何なんでしょうね、あの出来レースは。何人出たって、蓋を開ける前から当選者は決まっている。自らの考えに対して支持する人ではなく、派閥の意向や利害関係で票をくれる人を取りあえずキープ。今日この日に、1票入れてくれればそれで良し。こちらには全く伝わって来ないけど、裏ではどんな駆け引きや策略が渦巻いているんだろう。そもそも何故、『自民党』の総裁が自動的に首相になるんだろう。国を動かす人間を決めるのに、何故、私腹を肥やすことに天才的才能を持つオジサンたちが決めるんだろう。何のために街に出て演説をしていたんだ?街頭演説したって、決めるのは国民ではなくそのオジサンたち。そんなことより他にする事はいくらでもあっただろうに。国民の意思なんて全く無視しているではないか。それとも、自分たちは国民に選ばれてここに居るのだから、その自分たちが決めるのに何の異存がある?とでも思っているんだろうか。だとしたら、とんだ思い上がりだ。首相こそ、国民投票で決めるべきではないのか。最近の政治家は揚げ足取りばかりで、国民の為に何をしてくれるのかが明確に見えてこない。何か提案したかと思えば「何じゃそれ」的法案ばかり。自分たちの法案が通らないと見ると強行採決。民主主義じゃないだろ、それ。この国はいったい、何処へ行ってしまうんだろう・・・・・。
2008.09.22
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今の歯医者さんは週1ペースで通っております。今のところ、1回あたり¥2500以上掛かっておりませぬ。前は¥4000近く掛かる時もあったので財布に優しく、有り難い事です。そしてまた、新しい展開がありました。問題の歯は炎症が顎の骨の方まで行ってたそうで、今の段階では腫れが引かない限り膿がどんどん出て来てしまうから、仮でも詰める事が出来ない。問題の歯は今、ポッカリとクレーターのように穴が空いたままです。クレーターの底にはよく見ると4つの小さな穴が空いていました。歯の根っこって、4本あったんだね。穴が空いたら痛みがかなり違う。痛いのは痛いけど、触ると痛いくらいの状態からは脱しました。痛みが和らいだので、他に気になっていた歯の事も聞いてみた。それは、治療が終わったと言われていた前歯。例の歯が痛み出した数日後に前歯の付け根もウズウズズキズキいい出した。眠れない程では無いけど、違和感を感じると言うか。もしかして抜けちゃうんじゃ…?と気が気じゃ無かった。そして治療した部分が磨り減っている気もする。何でだろう。先生のお答えは、「治療なんて終わって無いよ。これ、仮詰め。」この歯も神経治療の途中なのだった…。長く放置し過ぎたせいで中で炎症を起こし、膿ががっつり溜まってたそうで。歯を磨いても磨いても、口の中で変な臭いがするような気がしてたのは、これだったらしい。となると、多分3ヶ月以上放置されてた事になる。ごまとろまたしても愕然。長く放って置かれた歯は、またもや先生の予想以上に炎症が酷かった、てな訳でして。先生によると、初めて神経治療した場合は痛みや腫れが引くのが早いんだそうな。私のように一度手を付けて再発した場合だと、化膿が悪化しやすいとの事。本詰めまでの道はまだまだ長いようです…。いやあ、新しい発見が毎回あるなあ(涙)
2008.09.07
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地獄のようなお盆が終わり、週が開けたら即行別の歯科医に行ってきました。そこは休日診療もやっていて、診察時間は夜の10時までと言う、遅い時間まで働く人間には何とも有り難い時間設定。不安な気持ちで電話をし、初診は事前に予約しないと駄目ですかと聞く。「ですね」間髪入れずに返ってくる。空いている時間に何とか診て貰えないかと食い下がるごまとろ。「今痛いんですか」と表情の無い声で聞き返してくる電話口の姉ちゃん。だから電話してるんだろっ!!!と怒鳴りたいのを抑えつつ、「泣きそうなくらい痛いんです」と言うと、今すぐ来れるならと診てもらえる事になった。駅からすぐのところだったので、5分も掛からず到着。マンションの2階にある小さな歯科医院だった。3人も来たら靴でいっぱいになりそうな狭い入り口から中に入ると、受付には肌色が暗い、茶髪のギャルが座っていました。彼女が電話の主のようだ。当人を見て電話口の応対に納得。問診表を渡され、記入している間診察室に耳を澄ます。待合室には自分1人。他には今掛かっている患者しか居ないようだ。予約してる人がこれから来るのかな。そして先生の声は異常にデカイ。突っ張り式の薄い壁の向こうから、患者への説明がこちらへもよく聞こえる。「ここがねっ、こうなってたからねっ、ぶちぶちっ!!!!と取っておきました。もう少し取っても良いんだけどねっ、一応様子を見てから今後判断しましょう!」歯科医は苦手なごまとろ、正直ビビる。今まで通っていたところは、私が痛がりだと確認してからは必ず麻酔をしてから治療されていた。今度のところは、どうなんだろう・・・・・・・?そう思っている間に自分の名前が呼ばれた。ちなみに、この後も患者さんが来ることはありませんでした。受付の姉ちゃんが早く帰りたかっただけなのかもしれない。事情を説明し、取りあえずレントゲンを取る。例の重量感があるエプロンを着け、台に顎を乗せてそのまま待つように言われた。すると、ごみ収集のトラックから流れてくるような、間の抜けた音楽と共に自分を囲んでいた機械が回る。ぐーるぐーると回った後、「もう良いですよー」と言われ外に出た。いつ撮影してたんだ?ここに来た時には既に、痛みの大本がどこか解らなくなっていた。痛みと戦っていた1週間半の間に、この歯が痛いと言うより右半分全部痛いんですけど状態。一番痛いところを優先して治療することになった。痛いのは1箇所でも、連鎖して他の部分が痛む事もあるんだとか。だから先にその歯を治療して、それでも痛むなら治療しましょう、と。その歯を捜すため、金属で歯を叩いていく。1箇所、悶絶するくらいに痛い歯を発見。問題の、神経治療中の歯だった。先生は痛がる度合いを確認しながら、取りあえず全部チェック。そこそこに痛がる歯もあるけど、やっぱりここだね、と例の歯を叩いた。だから痛いんだって言ってるじゃん!!!!!!!!!!!!!そして治療開始。痛がるのが予想されるから麻酔も使う事に。でもその針が刺された瞬間の痛い事といったら!!歯が痛いから?注射の種類が違うから?今までも麻酔はガンガン打たれてたけど、こんなに痛くは無かった。そして気付く。『麻酔の針を刺す時の痛みを抑えるために更に麻酔を使われていた』と言う事に。これが良い事なのか悪い事なのか、ごまとろには判断出来ません・・・・。そして仮詰めを開けながら、陽気なおじさんと言う印象だった先生がいきなり怒り出した。「これは酷いね」「なんじゃこりゃ」「うわわわ」なんなんだー!歯の中で何が起こってたんだー!早くコメントくれよー!先生の第一声は、「これ、治療してるとはいえないよ」でした。虫歯部分は表面を軽く削ってあるだけで、こんなのは治療では無いと言う。ただ、削っただけ(←何故かここを強調していた)なんだそうだ。「写真見た時削った跡が写って無いから変だとは思ってたけど、これだけで上から詰めちゃったなんてなあ」と怒る怒る。そもそもこの歯は、虫歯治療をした後噛み合わせの調整をしているうちに再度痛み出し、ならば神経治療だねともう一度開けた歯。痛まなかったらこのまま蓋をされていたわけだ。歯医者さんて、技術職に近いから他人の仕事をあまり認めないんだろうけど、その後の説明によると神経治療も中途半端だったそうだ。ごまとろは歯の根っこ部分がかなり深いらしく、神経を取り出すのに普通サイズの器具では奥まで届かなかったそうだ。言われてみると、途中で「あれ?」と言う場面が何度かあり、助手さんが何かを取りに行くのを見ていた。でも、薬を入れてガス化させると言われていたのを思い出し先生に言うと、それは取り除いた後取り残しがあるといけないからという、保険的処置なんだとか。今回のケースはそれ以前の問題で、取る事を重点的にやらず、大まかに取った後残りは薬に頼ったやり方だったみたいで。痛みの最大の原因は取り残した神経の炎症と杜撰な後処置。歯じゃなく歯茎が痛いと感じたのは、痛みの元が一番奥だったから。更に。中から取り残した脱脂綿が出てきたそうだ。痛みの直接原因では無いとは言え、何故に脱脂綿????ごまとろショッキング・・・・・・・。半年間の治療費は、かなり高い授業料だったようです。
2008.08.20
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毎日暑いですが、皆さん生きてますか。 私ですか? … …… ………辛うじて生きてます、たぶん。 さてさて表題の件ですが、ごまとろは屋移りをして間も無く、近所の歯科医に通い始めました。 通い始めて半年近く。 まだ通い続けております。 まだ治療中なのです。 治療が済んだのは前歯、左右犬歯、右上奥、そのすぐ下。 そして今は治療が済んだ筈の歯の再治療中。 真面目に歯科通院するのは人生初なので自信が無いんですが、歯医者ってこんなに長く通うもんなんでしょうか。 んでもって、こんなに長く通ってこれだけしか治療が済んで無いって、アリなんでしょうか。 通えば通うほど歯が痛くなるって、どんなもんなんでしょうか。 今、治療中の歯が半端無く痛いのです。 一度、治療が済んだと言われた歯。 噛み合わせがおかしいからと調整をしているうちに、ガンガン痛み出した。 先生は、治療済でまた痛むなら神経治療になると言う。 昔は神経を直で掻き出したりしたらしいんですが、今のやり方(って言うか今思うとその先生のやり方のような)は、神経をガス化させる薬を入れて仮詰めして時間を置き、再度空けて中を綺麗にして別の薬を詰めて蓋をして終了。 このやり方だと、駄目になった神経の取り漏れが無い、と。 って事なんですが、ちょっと『?』が出ませんか? ガス化させれば当然ながらガスが発生する訳で。 蓋をされてたらそのガスは何処へ…? ごまとろは素人なのでよく解りませんが、痛みの原因て、行き場の無いガスでは無いのかい? 確かに多少痛むかもとは言われたけど、七転八倒するなんて聞いてないぞ。 夜中に歯が痛くて目が覚めるなんて、生まれて初めてでやんすよ。 普段なら、痛かったら予約の日じゃなくてもすぐ来てくれと言われるけど、タイミング良く歯医者さんはお盆休みに入りました。 休み明けの予約はいっぱいで再来週の後半まで取れず、ピンポイントで空いていた時間にねじ込みました。 だって、今こんなに痛くなるなんて、予想して無かったからね。 貰った痛み止めは、もう底をつきました。 仕方無く一般薬で誤魔化しています。 薬が切れた瞬間が解るくらいに、痛みはドカン!とやって来ます。 掛かり付けじゃなくても、と他の歯科医に手当たり次第電話を掛けまくっても、不通…………。 どこも休みに入ってしまったようです(涙) こう言う時って、どうしたら良いんでしょう。 ただひとつ、ごまとろが出せている答えは 『歯科医を変える』 それだけです……………。
2008.08.10
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今年の夏って、異常なくらいに暑くないすか? 梅雨明け前から既にバテて居たオイラ、8月に入りこのまま無事に夏をやり過ごせるのか不安になって参りました。 今年が暑いのか、年のせいで耐えられなくなって居るのか。 それとも、今年は屋移りしているから今居るこの土地が暑いだけなのか。 去年は何もしてないのに首や頭から汗が滴り落ちる事など無かったはずだ。 もしやこれは、 代謝の良い身体になったと言う事か?! ……………有り得ないな。 皆さま、無事に夏をお過ごしくださいまし。
2008.08.01
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皆さま、またまたお久し振りです。いつもコメント有り難うございます。お返事全く出来てないのですが、もちろんいつも読ませていただき、心の中で感謝しておりまする。さてさて、恐縮ですが今回も怒りネタでございます。ごまとろ、昨年に続き今年も秋頃に仏国行きを計画しております。行こうとしてる時期は恐らく一年で一番安いと思われる、ピンポイントな時期。ボジョレー騒ぎも一段落し、街のクリスマスイルミネーションもまだ始まる前。イベントが何も無い、イベント満載エリアのエアポケットのような時期なのです。泊まる場所はもう一歩で郊外になりそうな、まだまだ観光客が少ない穴場エリア。シーズンを外せば日本人の姿は殆ど見られません。せっかく外国行くんだから、日本人だらけのところは避けたいので。故に安い。故に宿が取りやすい。今年も安泰安泰♪と思っていた時に、この計画を揺るがす事件は起きました。毎日自動発信されるニュースを、携帯で受け取っているごまとろ。記事を読んで愕然。X japan パリ公演何だとぅ?!日程、場所、どちらも私の計画にドンピシャ。何でよりによって…。現地で起こり得る様々な状況をイメージし、気持ちはブルー。だからと言って日程をずらす訳には参りません。よそ様の都合で自分の予定をずらすのが何よりも嫌いなオイラ。何故この時期、何故パリなんだ。先日のL'Arc~en~Cielの時のように、ツアーなんか組まれちゃったりするんだろうか。せめて1週間ずれてくれれば良かったのに…。いや待てよ?X japanはよく、ヨシキの体調不良でショーをキャンセルする事が多かったはずだ。実はごまとろ、まだ「japan」が付く前の彼らのライブにはよく出掛けて居た。売れて無い頃の彼らは好きだったのだ。メジャーデビューしてからどうもはっちゃけた感じが無くなってしまい、ヨシキ絡みで中止される事が増えるようになった頃から脚がどんどん遠のいてしまった。それと同時に、あの独特なファン層についていけなくなってしまった。今回も、そう言う事になったりしないだろうか。不謹慎だと解ってはいるけど、日程変更を心から願ってしまうごまとろでした…。
2008.07.19
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非常に!腹が立つ!!事がありました。怒りのぶつけどころがわかりませぬ。引っ越してブロードバンドになり、これからは快適パソコンライフ♪と嬉々としていたごまとろ。NTTのオペさんは言いました。「映画や音楽などのプレミアムコンテンツはご覧になりますか?」一部有料もあるが、ブロードバンドを通して様々な番組や映画、音楽コンテンツが観れますよと言うのだ。プロバイダへの手続きはこちらでやっておきましょう、ととても親切なオペさん。DVDをレンタルするくらいなら手軽で良いかと軽い気持ちで申し込んだごまとろ、その後言い様の無いフラストレーションに悩まされる事になったのでした。新居に届いたのは、ルーターと画像を受信する機械。ルーターの設定はNTTの人が来てくれましたが、作業状況を見た限りわざわざ呼ばなくても自分で出来たような気が。設定に来てやり方を依頼主に聞かないでください。もうひとつの機械はプロバイダ側の接続が可能になるまで若干時間が掛かるため、配線は自分でしてくれと言い、帰っていきました。早速配線をし、開通後わくわくとTVをつけた。メニュー画面を見てオドロキ。映画どころか海外のTV番組まで観れるようだ。ドイツやフランスのニュース番組も観れる。う、嬉しい。が、しかし。何度トライしても観る事ができない。おかしい。そっか、有料チャンネルもあるんだと気付く。あれ?でも私が観たかったのは有料じゃないぞ?何度そのチャンネルを選択しても、一向に視聴出来る気配は無し。契約内容を確認すると、ビデオ放送とカラオケのみ視聴出来るプランだった。・・・・自宅で一人、カラオケしてどうする。すぐにプラン変更を申し込むと、『申込月のプラン変更は出来ません』そ、そうか・・・・。仕方ない。改めて次の月にプランを変更を申し込む。『月の途中の申し込みなので、変更後のプラン利用は次の月からになってしまうんですが』そ、そうですか。まあ、プロバイダさんの都合もあるでしょう。待ちましょうとも。(元々が短気なごまとろ、この辺で既に毛細血管がぷちぷちと音を立てておりました)で、今日。プロバイダは今日から新しいプランで利用出来ると言った。待っていたよー。電源ON。・・・。・・・・・。・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?前と全く変わらないんですけど・・・。そっか、機器がおかしいのかもしれない。私ったら一応素人さんじゃない?複雑じゃない機械の修理ぐらいは簡単に出来るけど、こういうのはさすがにプロじゃないと駄目なのかもね♪設定とか、何か間違ったのかもー。即、プロバイダに電話。『すみません、プラン変更してもTVの視聴が出来ないんですが』『接続の状況を教えてください』『あーやってこーやって、こーして繋ぎました』『やり方は間違っていませんね・・・・確認して折り返し連絡します』どうしてだろう。回線がおかしいのかな。新たに他の設定が必要だったとか。何がいけなかったんだろう。そうこう考えているうちに電話。『大変申し上げにくいんですが・・・。お客さまのお宅では視聴することが出来ないようなんです』『はい?』『規定ではTV回線が1軒に付き1本と決まっておりまして、お客様のお宅では無理なんです』『はあ?ウチTV回線2本も引けるような環境じゃないっすよ?』(この時点で沸点に近くなっている)『ですから、パソコンでTVご覧になっていますよね?その上更にもう1本引く、という扱いになってしまうんです』『え?言ってる事解らないです。じゃ何?もう1台TV用意しろってこと?』『いえ、そうではなくお客様のお宅はご利用になれないと言う事なんです』ぶち。『さっきウチの接続状況は言いましたよね?って言うか、そちらのHPをくまなく観ましたけど、TV機能付きパソコンを利用している場合は観れないなんて、ぜんっぜん書いてありませんでしたよ。それに申し込みの時何も言わなかったじゃないですか。HPに載せてないのなら申し込みのときに確認するべきだったんじゃないですか?それ以前にココの窓口に辿り着くまで電話たらい回しにされてるんですよ。こう言う問い合わせはTV視聴できるパソコンが普及してる以上増える可能性ありますよね?だったら解り易い位置に記載するべきじゃないんですか?あなたに言っても仕方ないけど。TVパソコンもダメ、普通のTVもダメ、じゃあどうやって観れば良いの?そういう説明もHPにはありませんよね』相手は若い男性だったんですが、既に涙声。いかんいかん、泣かすつもりは無かったのだ。でも、パソコンに直接繋いでも観れない。もし仮にTVを持っていたとして、それに繋いでも観れないと言う事になると、一体どうやって観れば良いんだ。プランは即、解約。(すぐ解約しますか、今月末でにしますか?と聞かれ、『使えないプランに対して誰が丸々1ヶ月払うか!!』と更にブチ切れたごまとろでした)機材は元々レンタルと言う形だったので、返却することに。それにしても、納得がいかない。NTTとプロバイダ、どっちの説明不足なのか?利用してる方いますか?一体、どういうシチュエーションなら視聴出来るんでしょう。教えていただきたいです・・・・・・・。
2008.05.02
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また今年もこの日が来たけど、君はいつもと同じようにのんびり過ごしている。 今年は4回目の引越しも経験したね。 猫は家につくと言うけど、新しい家に着いても君は余裕で慣れてるって顔をしてた。 私にとっては有り難い事だったけど、本当はどうだったのかな。 ある人に聞いた。 君は典型的な守り猫だと。 私は、 君が居たから頑張れたんじゃなくて、君が私を頑張らせてくれてたんだって。 君の守りはいつまで続くんだろう。 守る事が終わった時が、別れる時なんだろうか。 最近、そんな事を考えてしまう自分を、どうか許してください。 今は長生きする猫も増えたから、要らぬ心配かも知れないけど。 とにもかくにも、ハッピーバースデイ、王子。
2008.04.08
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どうも、すっかり放置癖がついてしまったようで・・・。駄目だ駄目だこんなんじゃ。と、自分を叱咤。ルーヴルを満喫した翌朝(誕生日の次の日ですね)、ごまとろはホテルを移動しました。思った以上に便利で過ごし易いホテルだったのでこのままここでも良いかなと思ったけど、もしかしたら次に行くところも楽しいかもしれないと思いつつチェックアウト。次の行き先はセーヌを渡らなければならない。当然ながらスーツケースを抱えてのメトロ移動は無理。というか危険なので、タクシーを呼んで貰う事にした。私の滞在中の友、会話帖を手にフロントに申請。相変わらず無愛想なフロントの兄ちゃん。良いのだよ、スマイル¥0じゃない国民性だってもう解ったから。『どこまで?』(多分そう言っている)メモを取り出し、『Here.』と指差す。何故に英語が出たのかは謎。日本でもホテルのフロントにタクシーを呼んで貰った事が皆無なごまとろ、その後どうして良いか解らない。って言うか、タクシーが解らない。だって普通の乗用車にちっちゃく看板付いてるだけなんだもん。チェックアウト後は自分のことは自分で!と一人ごちし、荷物を抱えてロビーから車道をじっと監視。【せっかく来たのに乗らなかったら、また呼んで貰う羽目になる】と言う間違った強迫観念が出来上がっておりました。ロビーから張り込みの警官のようにずっと通りを眺め、タクシーの到着を待つ。てっぺんの「TAXI」を見逃すまじとじっと見続けていると、一台の車が横付けした。『来た!』立ち上がった瞬間、『マダム』とフロントの人が声を掛けた。私じゃなく隣のソファに掛け、余裕で雑誌を読んでいた母娘に。言葉から察するとイタリア人と思われる母娘は、大きな荷物を持って出て行った。来たら教えてくれるのね・・・。学習したごまとろはやっと安心して会話帖を読みながら車を待つ。この後は行き先を運転手さんに伝えるという、重大任務が待っているのだ。程なくしてやっとタクシーが到着。『マドモワゼル!』と呼ばれ(嬉)スーツケースを引っ張り出すと、目の前にはクリント・イーストウッドに似たヤニ臭いおっさんが立っていた。引きつり笑顔で挨拶すると、無愛想に『ボンジュール』と言って無言で荷物をトランクに積んでくれる。怖いよ~。で、でも慣れたから。ちゃんと現地まで行ってくれるのかなあ・・・。事前に用意しておいたホテルの住所を書いたメモを渡し、会話帖通りに頼むと小さく『ウィ。』と言って急発進。この時点で乗り物酔いやむなしと感じました。でもまあ、行き先が通じたから良いや。恐らく。しばらくすると、目の前に川が見えてきた。言わずと知れたセーヌ川。今渡っているのが何て言う橋か調べる余裕は無し。何故なら既に気分が悪くなっていた。頭の中は『早く着いてくれ!』それだけ。そういえば、遠足はいつもバスに酔っていたのを思い出す。遠足の前の日はいつも眠れなかった。バスに乗るのを考えるだけで憂鬱になっていたからだ。遠足は大嫌いなイベント。仮病を使って欠席したこともあるくらい。とか考えているうちに、気付くと周囲は漢字の看板だらけ。チャイナタウンに入ったようだ。とすればホテルが近い。朦朧としながら会計を済ませ、荷物を引き摺って入り口へ。次の宿は入り口に鍵が掛かっており、来客を確認するとフロントの人が開けてくれるシステム。私を見たフロントの人が手招きしながら開錠してくれたけど、荷物が段差を超えられず、あたふたしてる間にまたロックされてしまう。こればかりは誰かに頼るわけにも行かず、ドアの間に身体を挟んで荷物を引っ張ろうと格闘していると、さっきの運転手さんが軽々と段差の上に乗せてくれた。驚きながらもお礼を言うと、またしても仏頂面で片手を挙げて車に乗り込んでいった。案外優しいおじさんだったのかもしれない。やっとのことで中に入り自分の名前を告げると、ああ!という顔をされ「まだ午前中だけど部屋の中に入ってて良いよ」と、フロントのお姐さん自らが部屋に案内してくれる事に。代わりに予約を入れてくれた友人は、ココでは結構顔が利くらしい。部屋に行く間、ちょっとだけ友に感謝。スーツケース+自分+フロントのお姐さんでいっぱいになるサイズのエレベーターで上階に上がり、部屋に入ってまたびっくり。広い。んでもってベッドがデカイ。シングル料金でダブルの部屋にしてくれたようだ。これまたラッキー。現地に強い友人を持つと言う事はこんなメリットがあるのかと、パック旅行では味わえないシチュエーションに空港での出来事が頭から吹っ飛んだ瞬間でした。そう思いつつも気持ち悪さがピークに達していたため、入室早々そのまま倒れこみ。横から倒れ込んでも余裕なくらい大きなベッドでした。横になると自分で思う以上に疲れていたようで、そのまま気絶するように落ちてしまい、またしても滞在時間を無駄にしたごまとろなのでした・・・・。
2008.03.17
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ごまとろはパリ滞在中に誕生日を迎えました。いつの頃からかもう、全く嬉しくない誕生日。でも今回は自分にフランス行きをプレゼントしたようなもんだ。誕生日だからって何か特別な事をする訳じゃなく。昨日のリベンジを果たすべく、再びルーヴルへ向かうのみ。昨日同様改札をタダスルーして、再びピラミッド駅。打って変わって晴天のルーヴル近辺は、人、人、人。チケット売り場も人の列が延々と続いている。反して自販機の前は全く人が並んでいなかった。ま、これだけワールドワイドな美術館だ。日本語くらい入っているだろうと自販機の前に立つと、仏語・英語・イタリア語・スペイン語・その他アルファベット系言語辺りまでしか入っておりませんでした。日本もまだまだなのね…。学校教育に感謝しつつ、必要枚数をピッ。現金かカードかの選択をピッ。お値段9ユーロ。ごまとろ程度でも簡単に買えました。確か4枚まで纏めて買えますので、大量購入で無ければこちらをお勧めします。人が並んで無い分焦る事も無くゆっくり買えるし、喋らなくて良いのは有り難い。日本語パンフを貰い、入る前にどう言う経路で行くか軽く考える。1日で制覇出来るとは思っていないから、今日は取り敢えずドノン翼から入ってみる事にした。入口でイヤホンガイドを借り、いざ中へ。考えたルートは、まず始めに観たいものをピンポイントで周り、その後通路に沿って観れるだけ観て行こうと言うもの。一番に目指したのは彼女のところ↓ずっとお会いしたいと思っておりました。これで目的は9割方達成したようなもんです。(もうかよ)そしてルーヴルと言えば、な彼女や、彼女もチェック。開館してからそんなに時間が経って無かったので、のんびり観る事が出来ました。その後は順路に沿ってたらたらと観て行き、疲れたらベンチで休憩、の繰り返し。細かくベンチが置いてあるので、小休憩の場所には事欠かない。中でも、人気の無いシェルの中にあるベンチは、日当たりによってはうたた寝に最高な予感。観たいと思う気持ちが続く限り歩き続け、さすがに疲れたなと時計を見ると、午後の2時を回っていました。小腹も空いていたので、館内のカフェで小休憩を取る事にした。膨大なコレクションを有するルーヴル、飲まず食わずで回る事は正直無理。当日中であれば一旦外に出てまた館内に戻ることも可能だけれど、ルーヴルの中には各ポイントにカフェがあり、外に出なくてもお茶休憩できるようになっているのだ。悠々とカフェに入り、モデルさんのような黒人ギャルソンに頑張って仏語でオーダー。ちなみにこんなものが出てきました。かたことでごまとろが発した言葉は、『アン・タルトタタン・エー、、、アン・テ・グラーセ・スィル・ヴ・プレ』出て来たものも合っていました。通じたようです。だからフランス語喋れないから私は無理、と思いつつこれを読んでいるそこのあなた。大丈夫です。ごまとろにも出来ちゃった。美味しくタルトタタンを堪能した後は、またしても館内を歩き続ける。いったいどれだけ歩いたんだろう。ベタなところですがこーんなのや、こーんなの、も観てきました。教科書でしか見た事無い絵画が肉眼で観れるなんて、感動です。しかしながら、やはり私の脚を持ってしても1日で制覇するのは無理でした。膝ががくがくし始めたし、陽が落ち始めてきたのでキリの良いところで撤収することに。終着点は、ここ解りますでしょうか。ナポレオン3世の居室です。軽く解説すると、一番有名な人物がナポレオン1世と言われてる人でして、3世は軍功はともかくこれまで王宮→城砦として使われてきたルーヴルを、美術館にまで仕立て上げた人物なのですね。パンフによると、まだ工事中ということになっている。って事は、最近再公開したばかりなのでわっ?!と、勝手に一人ごちして喜ぶごまとろなのでした。それにしても、こーんな豪華なところで生活をしていたのですね。落ち着けたんだろうかと余計なお世話的考えを持ってしまう一庶民・・・。とにかく堪能しました。んが。中を周っていて気になる事がありました。それは、某アジア系の人達のマナーの悪さ。彼らはとにかくやりたい放題。一部の作品は、フラッシュ無しで撮影や模写する事を確かに許されていました。でもそれは観る側にモラルが有るのが前提。撮影が許可されている場所は、誰だって撮りたい。誰かが撮影していたら終わるまで待つとか、自分達が終わったら速やかにどくとかは、当たり前のマナー。彼らは強い光が厳禁のパステル画のシェルでもバンバンフラッシュ撮影、人がはけた時を狙ってカメラを構えたカップルの間もガンガン入って来て自分達を撮る。撮影後どく訳でも無く、固まって作品を指しながらあーだこーだと大騒ぎ。撮影しようとして、苦笑いしながらその場を離れて行く人を何度見た事か。私がインスタントカメラで撮影した写真は悉く、カメラを構えたオヤジのうなじにピントが合ってるものばかり。本当に、狙っていたとしか考えられないくらいの絶妙なタイミングで入って来るのですよ。全く、デジカメで撮った分は消せたから良いものの…。挙句の果てには、狭い場所だったけど熱心に模写している人の真後ろを駆け足で通り抜け、肘がぶつかった拍子で模写中の絵を台無しに。最悪です…。正直、この国の旅行者に関して、良い話は耳に入った事がありませんでした。以前の日本人旅行者も似たような感じだったんだろうと思います。今もゼロではないけれど。他国に旅する事は余所様のお宅にお邪魔するような心持ちが必要だと思うのは、自分だけじゃないんだと思いたい。一部の旅行者がやらかしたマナー違反が、全体の旅行者がやった事と思われるのは悲しい。モラルを守って見学してこそ、良い思い出に残るものなのです。そう思いつつルーヴルを後にしたごまとろなのでした。
2008.03.06
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今回の渡仏、実はルーヴルの他にもう一つ目的があった。6年前に一瞬だけ訪れた、ある教会を探すこと。案内人も兼ねて同行してくれた人が、他のメンバーが自分の仕事もやらずヴェルサイユだのモンマルトルだのと出掛けて居る間、観光も出来ず父の手伝いとお守りをしただけでパリを去ろうとして居る私が不憫に見えたようで、空港行きのシャトルバスが来る前にと連れて行ってくれた教会があった。当時観光する気は微塵も無かったので、ガイドブックは見るどころか持参もせず、自分が泊まっていたホテルの位置さえも確認していなかった。頭に入って居たのはホテルからルーヴルまでの経路のみ。今にして思うと、かなり無謀。って言うか何と勿体無い・・・。その教会は小さな入口と、中央に小上がりのような石階段の段差があり(恐らくオルガンライヴに使うのか?)、その段差の丁度真ん中だけが永年の摩擦で磨り減って居た。中に入ると薄暗く、一番奥の奥に蝋燭の灯に照らされたマリア像があった。場所は勿論うろ覚え。ホテルは左岸にあったので、その近くだったとしか覚えていない。何故にここまで執着するのか。当然理由はある。教会の中にある小上がりの段差だ。見た時ふと、『こんなに減っちゃったんだなあ』と思ったからだ。思って驚いた。自分はここ、初めてじゃないみたいだぞ………?不審に思いながら日本に帰り、場所を確認してもどの教会か全く解らない。連れてって貰ったと言うのもあり、ホテルからの道程も覚えて無い訳で。じゃあ写真見れば解るだろうと、ガイドや仏国の教会関係の写真が載った本など、色々観てみたけど解らず。覚えていたのはその段差と小さな扉だけで、外観は全く覚えて無かったので調べようも無いまま、6年間ずっと引っ掛かってました。雨が降っていたけど、ルーヴルが休みなら残った時間をそれ探しに使ってやるぜ!と、ルーヴルの横から左岸に伸びている【ポン・デ・ザール】(直訳:芸術橋)を目指した。【ポン・デ・ザール】は車両進入不可の橋。金属の橋桁に木がごろごろ並べられてて、ピンヒールで歩くと非常に危険。丁度何かの撮影をやってて一時的に通行止めだったので、その間ぽんやりとセーヌを眺めてちょい地元民気分。パリは懐が広い街だ。こんな一旅行者でも、1人でぼんやりしているだけでここで暮らしているような錯覚を起こさせる。言葉も解らず土地勘も無いのに、だ。やっぱ移民が多いからかなあ。そうしている間に雨脚がどんどん強くなり、撮影は中断。すぐに通行止が解除されたので走って渡った。傘を持っていなかったので適当なところで雨宿りをしつつ、どこから洗おうかと考えてみた。しかしながらパリは、教会のスーパーマーケットみたいな街。どっから見りゃ良いんだ…。左岸で大きな教会と言えば、【サンジェルマン・デ・プレ】と【サンシュルピス】(ダ・ヴィンチ・コードで一躍有名になった教会)。取り敢えずそこから行ってみようか。その2つが駄目だったら、小さいところを周ってみようと行き当たりばったり計画。丁度雨も小降りになって来たので、活動再開。【サンジェルマン・デ・プレ教会】は、言わずと知れた観光スポット。当然ながら教会の前には観光客とそれを狙った物売りや物乞い、謎の事前団体等々がごった返していた。目的は決まって居るのでまっつぐ入口を目指すと、後ろから「マダム!」と声を掛けられた。フランスで女性を呼ぶ時、未婚か既婚か判断がつかない時は取り敢えずマダムと呼ぶんだそうだ。6年前はパーフェクトで『マドモアゼル』であった。この旅の間、マドモアゼルと呼ばれたのはたった1回。私は遂に、狭間に来てしまったのか…。普段は絶対シカト。声に反応したり、顔を向けてしまったらそういう輩は逃がしてくれない事もある。でも気持ちはその呼び方を素直に受け入れたくなかったようで、「『マダム』だあ~?」と心の中で叫びつつ反射的に振り返ってしまった。大人気ない。(反省)心の声が聞こえたのか、その物売りはヤバいと顔に出しつつ、『いえ、何でもないです』と離れて行った。ちっ、根性無しめ。大扉横の小さな扉の前で謎の言葉を叫ぶお爺さん(この爺さんにもしきりにマダム!マダム!と呼び止められる)を横目に見つつ、教会に入って答えはすぐに出た。結論を先に言えば、ここで『当たり』。サンジェルマン・デ・プレは、ガイドによく載っている写真だと特大な教会に見える。実際、建物全体で考えると小さな教会ではない。でも教会全体に言える事だけど、入口(大扉ではない)は反してかなりのこじんまり。解らないはずだ。普通、ガイドに使う写真に入口の扉なんて使わないもんね。なーんだ。こんなに簡単に見付かるなんて、悩んだ6年は何だったんだ。予想以上に早く答えが出て時間が余ってしまったごまとろは、オペラ座近くのパリ版ダイエー(と勝手に呼んでいる)【MONO PRIX】でお買い物して帰りましたとさ。
2008.03.05
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冬のヨーロッパは初めてだ。夏とは逆に、日が暮れるのが早い。4時頃にはもう暗くなってしまう。そして日の出も遅い。7時に朝食を取ろうとレストランに降りると、時間を間違えたのかと思うくらいに真っ暗。朝日を浴びながらの朝食とは縁遠く、朝の8時くらいになってから日の出なので、食べ終わる頃にようやく明るくなって来た。1人だと、相席さえ気にしなければ混んでても待たないで席に着ける。典型的ホテル朝食を食べながら、周囲をちょっと観察。色々な国籍の人が泊まっているようだ。おばさまグループは国籍関係無くやかましいんだと学習。挙動不審なのは日本人だけじゃないんだと学習。そしてただ使用後のお皿を片付けるだけの兄ちゃんもカッコいいんだと学習。ビバフランス。(大いなる偏見)部屋に戻り、今日どうしようかと考えている内にうっかりうたた寝。気付くとかなりの時間を無駄にしていた。焦りつつも、取り敢えずルーヴル近辺でもふら付こうかとホテルを出た。私が渡仏する直前、フランスでは丁度ストが起こっていた。でも滞在2日目くらいで終わりそうだから、それまで可能な限り歩いて周れと言われていたのを思い出した。鉄道関係のスト体験が無いので、切符くらいは買えるんだろうと駅の階段を降りてみた。実際、人がどんどん降りて行っていたのだ。カウンターには何故かおばさんが座って居た。ストはもしかして終わったんだろうかと思い「回数券ください」とお金を出すと、中のおばさんが何か言いながら改札を指す。よく聞くと、『そのまま通れ』と言ってるようだ。見て居るとみんな、切符も入れずに躊躇無く改札を通って行く。察しの良い方は解りましたか?14番線は無人のメトロ。機械にストライキは無いのです。よってタダ!!これはラッキー。スト万歳。嬉々として電車に乗り、オペラ座近くの【ピラミッド】駅で降り、早速6年振りのルーヴルへ。地上に上がって最初に目に入ったのは【オペラ・ガルニエ】。おーパリに来たんだと実感。うろ覚えの通りを確認しながら歩き、変わって居ない事がとても嬉しく感じる。そう言えば時間はもう昼過ぎ。小腹が空いたので取り敢えず地下にある【カルーゼル・ド・ルーヴル】に向かう。【カルーゼル・ド・ルーヴル】は、ルーヴルの地下にあるショッピングエリア。店舗は少ないが、美術館土産はもちろん、化粧品や雑貨など様々なジャンルのお店が入っている。そこにセルフスタイルのフードコートがあり、時間が無い時は大体ここで済ませてしまう。そこで【モナリザセット】なるものを頼んでみた。サラダ系から1品、主菜系から1品選び、最後に飲み物を選ぶ。腹が減ったとは言え元々食が細いごまとろはタブレと言う、クスクスのようなもののサラダと茄子のグラタン、アイスティー(フランスでアイスティーを頼むと、何故か必ずNESTEAと言うピーチティーが出てくる)にしてみた。この時点でタブレを知らなかったごまとろ、後でこんなの食べたって会話でクスクスとグラタンと言ったら、『食べ過ぎだよ!』と思いっきり驚かれた。日本では全部クスクスだけど、こちらで言うクスクスは+肉とかがワンプレートに乗っているものを言うそうだ。使ってる材料は一緒でも、タブレはタブレ。頑固だ。って、自分が無知なだけ?思い起こせばこれ、6年前にも食べた組み合わせ。無意識にまた同じの選んでるよ…。進歩が無い。相変わらず茄子のグラタンはチンしただけとは思えない美味しさで、タブレはやっぱり味が無かった。食事を終え、いよいよルーヴルへ。しかし様子がおかしい。人が居ない。以前行った時は溢れんばかりの人で、この閉鎖された空間で空気が足りるんだろうかとさえ思った、ガラスのピラミッドの周囲にも人影がまばら。こんなに空いて居るなんて有り得ない。何か変だ。ここも・・・・ここも・・・ここも人少なげ。(余談ですがここ、ケータイのCMに使われてた場所です。カルーゼル凱旋門という、ナポレオンが唯一生前潜る事が出来た門ですね。本家凱旋門は、完成する前に発注者当人があんな事になっちゃったから)それもそのはず。今日は火曜日。ルーヴルは休みだった…。
2008.03.05
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やって参りましたシャルル・ド・ゴール空港、通称【ロワッシー】。わたくし、この空港が大好きです。ヨーロッパ最大級の空港の割りには必要以上にラグジュアリー感が無く、カラーンとした良い具合なヌケ感が好きだ。なのに、この大好きな場所で冷汗をかいて歩き回る事になろうとは。出発前の友人との会話。便名を教えると、「あ、じゃあターミナルは2Fだな」ガイドブックの解説を見ると、【エールフランスの着ターミナルは2F】とある。「そうみたい。解る?」「AFはいつもそこだから大丈夫。出てすぐにお茶出来るとこあるから、そこで待ってて」「了解」ここまでは良かった。しかし着陸寸前に流れたアナウンスは、『当機はターミナルEに到着致します』。2Eだあ?!聞いてないぞそんなの。焦るごまとろ。でもまあ、移動すれば済む事だ。幸い時間はたっぷりある…。到着後周囲ツアー客に紛れてさり気なく移動。しかし途中で、トイレに行きたくなってしまった。後ろを見ると、人はまだまだ歩いて来る。団体は一旦集まってそれから動くらしく、人数が揃うのを待って居る雰囲気。『大丈夫かも』軽い気持ちでトイレに入り、出て来て愕然。誰も居ない…………。マヂ~~~~~~~~~~~~~?!!!!!!!!!!落ち着け。みんな同じ方向に向かってるんだ。急げばしっぽくらいには追いつけるはずだ。しかし。歩けど歩けど人影は皆無。オマケに自分の現在位置が解らない。フラフラ歩いて居ると人影が。助かった!!通路の前に通せんぼするように立って居た黒人のお姉さんに、到着ロビーはここで良いのかと聞く。「ここは乗継ぎの人だけよ」うっ…………。恥を忍んで日本でプリントアウトして来たロワッシーの地図を出し、『私は今何処に居るんでしょう(涙)』と聞くと、早口で道順を教えてくれたけど、何を言ってるか全く解らず。顔で解らないと言ってるのを察してくれたのか、近くでだらだら立ち話をしていたスタッフに『教えてやって』と振る。やる気が全く無さげなスタッフは「ああ、そこ降りてあの乗り物に乗って」と、なんで解んねえんだよ的面倒臭そうな顔だったけど、取り敢えず英語だったので従ってみる。着いた場所は入国審査だった。良かった~。何となく人もちらほら。しかし東洋人は皆無。完全に流れから外れたらしい。超適当な審査を終え、預けた荷物を引取りに行く。が、自分が乗って来た便名が見付からない。ふと見ると、【荷物に関するご相談(予測解釈)】なるものが目に入った。例えば身体が不自由な人の荷物に対するサポート、例えばVIPな方々の荷物配送サービス等々をするところと見た。ならば言葉が不自由な人間にもサービスしてくれるはずだ。「すいません私の荷物は何処なんでしょう(泣)」「調べるから搭乗券」ぶっきらぼうに手を出され、券を渡すと『○○番だから』。一応お礼は言ったけど、既にパソコンを叩きながら別の仕事をしていたため、完全シカト。そうだ、この無愛想さはお国柄なんだ。(と信じたいごまとろ)言われた番号の位置に行くと、私のスーツケースだけが淋しく取り残されておりました…。荷物を引取り、安心したところで友人から電話。ターミナルが2Eになった事を伝えると、『有り得ないよ。絶対そこは2Fだ』とか、『せっかく2Fに着いたのに2Eに移動したんじゃないか』と譲らない。外になんて一度も出ていないのに。って言うか今、目の前にあるターミナル見取図には、【vous etes ici】(現在地はここ)と2Eターミナルの出口付近が示されているんですが。おかしいおかしいと言いつつも、とにかく自分は2Fに行くから、そこが2Fじゃないなら移動しといてくれと言って電話を切られた。運転中だったらしい。向かえに来てもらう手前2Eに来て欲しいとはとても言えず、ターミナル間の長ーい通路をスーツケースを引っ張って移動。やっと着いて今のうちにゆっくりお茶しようと思ったら、また電話。慌てて電話を取り、『今2Fに着いたところだ』と言って顔を上げると、目の前に友人がニヤッと笑って立っておりました。どうやら2時間以上迷子になっていたようです……………。
2008.03.05
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ヨーロッパはやっぱり遠い。シベリア経由で約12時間といったところ。当然ながらエコノミーなので、シートはフラットになりません。腰痛との戦いになりそうです。搭乗してまず驚いた事。男性CAのレベルが滅茶高い。モデルと見紛うほど。それが1人だけじゃないところがまた凄い。写真撮らせてもらえば良かった…。いまだに悔やまれる。女性CAは全員日本人。メイクののりが悪くグレイにくすんだ肌に、日頃の激務が感じ取れます。隣りは新婚旅行カップル。2人ともまた良い方で、『トイレは大丈夫ですか?』『私ら軽食取りに行きますけど、ついでに持って来ましょうか』等々、窓際に座る自分に何かと気を掛けてくれた。2人の新婚生活に幸あれ。中の設備は他と変わらない。前席の背もたれについた小さな画面と、アメニティは耳栓イヤホンウエットティッシュ。このウエットティッシュの香りにフランスのエスプリを感じた人が居たかは謎。でもってこの画面がまた使えないやつで、角度を調整してもすぐ元の位置に戻ってしまう。洋画は日本語吹替えも字幕も無いため、邦画を見ようとチャンネルを変えたら、よりによって『大奥』だった。暗いシーンばかりで画面は真っ黒。セリフしか聞こえません。映画は諦めて、音楽を聴きながら寝る事を選択しましたとも。そして機内で唯一の楽しみ、お食事タイム。アペリティフでシャンパンとプチクラッカーが配られた。機内食は他の路線同様に肉か魚か選べるのだが、肉があまり得意でないごまとろは迷わず魚と最初から決めていた。ところが。一応どっちにするか聞きに来たものの、魚が足りないらしい。これもよくある事。ハリセンボンの春菜に激似の年配CAが焦りながら、『お肉も美味しいですよ~』と肉希望者を募る。こう言う時はお年寄り優先だよなと思い、『良いです肉で』とプレートを受け取った。ますの燻製といか、パスタサラダカントリー風牛肉のソテーペンネパスタ、グリンピースチーズレモンケーキ なかなか美味しかったので、まあ良しとしましょう。食べたらまたすぐに爆睡。ふと気が付くと、雪原の中に小さな明りがポツポツと見えて来た。画面で確認すると、ウラジオストクだった。と言う事はもうすぐだ。下を見ると薄暗い雪原。上空を見ると進行方向に光が見える、幻想的な光景でした。着陸前にまた軽い食事。フレッシュサラダ冷製チキンとハムチーズフルーツサラダこれも中々美味かった。チーズの匂いがちょっと辛かったけど。食べるのが遅いので、大慌てで食べる。ぐるぐると迂回して、飛行機は無事空港に着陸。現地は雨。空港が私の到着を嘆くように濡れています。笑えるくらいのシチュエーションです。そしてこの後の行動が、私のアドレナリンを過去最高レベルで放出する事になるのです。
2008.03.05
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