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――――― とある郊外の牧場の草むらで、一匹のオス豚が眠りについていた。彼は特別体が大きいわけでも知能が優れているわけでもなく、ただ他の豚と同じように生まれ同じように生きてきた。「……腹が減ったな」 眠気の取れぬまま目を開き、小さな声で呟いた。餌の時間はまだ遠い、水で腹を膨らませる気分ではない。かといって運動する気にもなれない。仕方ない。もう少し寝よう。彼は再び瞳を閉じた。 自分が人間に飼われている、という自覚はあった。しかしその環境・生まれた種族に不満はなく、彼はある程度の自由を満喫していた。適当に眠り、食べ、歩き、生きているという認識を得る。それだけで毎日が完結していた。彼は、そう、幸せだった。 ある晴れた日、彼の前に白い服を着た人間が現れた。いわゆるスーツと呼ばれる服を着ている。泥のシミや汚れが一切なく、とても清潔そうだ。自分を飼っている人間たちとは明らかに違和感のある男を見て、彼は最初少し怖かった。暴力をふるいそうには見えなかったが、信用はしてはならない。人間は彼に話しかけた。「やあ」 優しそうで、とても爽やかな声音だ。話が通じると思い、彼も返事をした。「こんにちは、あなたは誰ですか?」 男は笑ったり悩んだりバカにしたりするそぶりを見せず、ただ微笑みながら答えた。「私は名乗るほどの者ではありませんよ」男は続ける。気のせいか、微笑みが強くなった気がした。「突然ではありますが、あなたは今日死にます」「は?」 何を言っているのだろうかこの人間は。「あなたは今日死にます」「だから、あなたは誰ですか?僕に何か用事ですか?」彼がそう言い終わる前に、男は若干疲れたように軽く息を吐き、もう一度繰り返した。「あなたは今日、死にます」「ええっ?」何が何だかわからなかった。「どうして?」 他の疑問など吹き飛んでしまいそうになるほどの驚きだった。男はやれやれと言ったと同時に両手を広げ、また微笑んだ。今度は呆れたような声だった。「察する事はできませんか?自分が何のために生きているのかとか、親や兄弟はどこへ消えたのか、そういう考えを今まで持たなかったのか、どうなのですか?」 彼は沈黙した。口を閉じると、次第に体が震えだした。どうなるのか、そんな事は他人に言われなくても分かっていた。彼が想像した瞬間、男が同じことを言った。「屠殺ですよ。と、さ、つ。あなたは今日シメ殺されるのですよ。電気ショックを与えられて、あっけなく、抵抗する暇もなくあっさりと」「嘘だっ」 彼は叫んだ。そう叫ぶしかなかった。「嘘だ嘘だ」と叫び続けた。やがて叫びながらも、男の言葉を理解する。そう。男は決して嘘を言ってはいなかった。しいて嘘と呼べるのはたった一点。今日か明日、近い将来、彼は確実に屠殺され、肉として処理される。そういう運命なのだ。涙があふれて止まらなかった。恐怖が全身を包み、前後の足が激しく震えた。涙目になりながらも、男の顔をちらりと見る。男はただ立って微笑んでいた。何なんだこいつはっ。「そんな事を僕に教えて何が楽しいっ、何でそれが今日だとわかる?答えろっ」 興奮する彼に向って、男はまたも冷静に答えた。「先ほどこの牧場のスケジュール表を拝見しまして……今日の午後、あなたはあちらの事務所の隣の屠殺場に連れていかれ、電気ショックの後にバラされ、加工される予定らしいです」 絶句、であった。彼にはもはや叫ぶ気力すら消えかけていた。赤みのあった体はどんどん青白くなり、体温が急激に落ちた。「……そんな、今日?」「はい。今日です」 ようやく、男の顔から笑みが薄れた。「……それを、なぜ僕に?」 おそらくはロクでもない事なのだろう。彼はそう考えた。これまで出会った人間たちは皆、彼をペット以下の下等な生物、動く汚物くらいにしか思っていないのだろう事は理解していた。しかし……、「私はあなたを救いたい」 それは驚愕の宣言であった。「私はあなたを救いたい。今日というあなたの運命を変え、希望に満ちた明日を、生きる喜びをあなたに贈りたい。そのために、力を貸してあげたい」 自信に満ちた声と顔だった。事実、男の背中からは後光すら差しているかのようだった。「ほ、本当ですか?」「ええ、本当ですとも。私は運命を変えられる力を持ちます。あなたから死の運命を遠ざけ、生きる意味を、生きる喜びを感じて欲しいのです」 こんな事があるのだろうか?死から免れる方法があるのだろうか?疑問は泡のように浮き上がるが、やがて泡沫となって消えてゆく。そう。何もしなくても結果は同じなのだ。今日か明日か明後日か、僕は必ず死ぬのだ……だったら、生きる意味くらいは知って死にたい。「助けて下さい。どこのどなたかは存じませんが……僕を、僕を助けて下さい」「はいっ」 男は即答した。清々しさすら感じる気持ちの良い声だった。その言葉を受け止め、彼は大きく深呼吸をした。そこでようやく安堵する。これで助かる。延命さえできれば、また生きるチャンスも残る。方法はわからないが、自力で何とかできるなら教えてもらえばいい。とにかく、今日を生きることだ。 彼がそう決意めいた表情で男を見つめると、男は照れたように視線を外した。お礼を言おうと彼が口を開きかけると、それより先に男が言った。「では、がんばってくださいね」 男がそう言った次の瞬間――、男の背後に複数の影を感じた。男たちの影。人間だ。それも彼が知る牧場の関係者。彼の飼い主たちであった。「……こいつだな」 唐突のことに戸惑う彼を無視するかのように、男たちは彼を縛りあげた。手際良く首に縄を括り、彼の巨体を強引に引く。逃げる隙も、抵抗する余裕も無かった。「えっ?えっ?えっ?」 彼が吐いた言葉はこれだけだった。これだけの間に、たった数十秒の間だけで、彼の自由は奪われた。 連れていかれる僅かな瞬間、彼はあの男へ振り向いた。 男の表情は変わらない。ずっと笑みを浮かべたままだった。 薄暗い部屋に光が灯り、彼は目を見開いた。鈍く光る銀色の机がいくつも並び、盆の上に横たわる刃物、機械で動くノコギリ、見たことのない光景……微かな死臭すら漂うこの場所、ここで父と母と兄と姉は死んだのだ。死んでバラバラにされ、加工され、やがて男たちの仲間に食われるのだ。「……食われる、か」 けれども死んで食われる事に嫌悪感は無かった。自分も今まで無数の命を犠牲にしてきたし、豚という種族に生まれたからには覚悟もしていた。ただ問題があるとすれば、たった一つ。たった一つだけの不満が残った。「生きたい。僕はまだ死にたくない。死ねない。死にたくたい……」 白いエプロンに手袋、ナイロン製のエプロンにマスク、男たちは静かに準備を始めていた。彼はそれをじっと見つめ、恐怖を鎮めようと懸命に吠えた。「……」彼の声を完全に無視し、男たちは準備を進める。先ほどの男とは違い、言葉が通じる訳はない。それでもなお高く大きな声で吠えながらも、彼の脳裏にはあの男の声が響いていた。『運命を変える』 男は彼にそう言った。約束してくれた。それを確かに聞いた。地獄に垂れた一筋の光に、彼はすがりつくしかなかった。希望を抱かずにはいられなかった。男の素性など興味は無かった、ただ自分は生きたいとだけ強く願い……祈り続けた。 やがて、彼に電気ショックを与えるべく機械のスイッチが入る。低く動くモーター音に、彼は心底から恐怖した。「助けて」と何度も何度も祈り、叫び、命を乞いた。 まばたきするほどの一瞬、彼の体に猛烈な電気の糸が走り抜けた。心臓は焼け焦げ、脳はぐちゃぐちゃにシェイクされ、口内が血で溢れた。信じ難いほどの痛みが全身を駆け巡る。即死だ。彼はそう思った。すぐに意識が遠のき、鎖に繋がれた足が天井から引き上げられ、逆さまになりながら皮を剥かれる。 そのはずだった。彼は即死する、そういう運命のはずだった……。「な…ぜ、なぜ、僕は……生きている?この、この……痛みは、痛みはなんで?」 彼は生きていた。心臓はとうに動きを止め、脳は活動を停止している。意識などあるはずがない。生きているはずがない。なぜ?どうして?「ああっ……ああぁぁぁっっ!」 彼は絶叫した。逆さ吊りにされ、そのまま腹を包丁で裂かれたのだ。ピンク色の内臓がボタボタと地面に落ち、肉が骨ごと千切れるその様を、彼は見続けた。脳が失われたのにも関わらず、彼の眼球はその光景を捉えていた。視界の隅では彼の内臓が包丁で細かく切り刻まれていた。刃が肉に交わる度、彼の心には激痛を伝えていた。「痛いっ、痛い痛い痛い痛い、痛いーーーーーっ、助けてくれーーーーーっ」 バラバラにされた体のひとつひとつに五感が宿り、それらは見えない糸によって彼の心へと還元された。そんな不可思議な現象が起きる要因はない、ありえないのだ……。「……何で…何で…どうして、何で、死ねない?」 激痛と絶望の中で、彼は必死に答えを探した。いや、そんなものはとっくに理解していた。あの男のせいだ。あの男が僕に何か細工した。そうに違いない。 慣れることなど決して無い、和らぐことなど決して無い、気絶して逃れる事も出来ぬ地獄のような痛みの中で……彼は叫び続けた。あの男に対する怒り、恨み、怨嗟の限りを絶叫した。『殺す、殺す、絶対に殺す!』 声帯は既に肉の塊と化していた。足も切断され、皮と肉と骨に別れる。内臓は部位ごとに取り分けられ、余った肉はミンチにされた。『殺す……ころす……ころ……す』 それでも彼はまだ生きていた。意識だけが宙に浮かび、絶命する瞬間を繰り返す。何度も何度も何度も何度も、彼は死ぬほどの痛みを味わった。 ついに首が胴と離れ、頭部の解体が始まった。耳を切られ、眼球がくり抜かれた。くり抜かれた眼球はミンチにされるための機械の穴へと放り込まれる。そのほんの少しの間だけ、彼は最後に残った気力をふりしぼり、少しだけ眼球を動かした。目線の先は部屋の隅。そう、部屋の隅でこちらを観察する一人の男を凝視した。そうだ。あの男だ。僕の運命を変えるとかほざいたあの男だ。絶対に許すものか。彼がそう強く誓うと、眼球は機械に落とされ、砕けた。 残った耳に声が届いた。男か女か、若いのか年老いたのかわからない、まるで機械のような音声。『約束通り、あなたは今日死にません。ですから明日には死にます。う~ん……あと半日くらいでしょうかね?まあまあ、がんばって下さい』 彼にはもう見えないが、男はきっと微笑んでいるのだろう。この男の正体は……………。 了 適当に書きました。誤字脱字文法間違い、多々アリます。失礼しました。
2017.01.26
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――――― 数世紀に及ぶ人類の環境破壊に、大自然の神の怒りが頂点に達した。 大都市を狙う地震、島々を飲み込む津波、全てを破壊する台風…。人類の数は減少の一途を辿り、もはや存亡の危機であった。 そして神は人類に対して最後の言葉を告げるべく、国々の代表者を招集した。 「貴様ら人類は私の大地を血で汚し、母なる海を薬で汚した。その罪は人類全員に等しく存在する」 「神よっ、どうかお慈悲をっ、お慈悲を頂けないのですかっ?」 ひと際大きな体格をした白人の、金髪の紳士が叫んだ。どうやらこの男が人類の代表者らしい。 「ならぬ。貴様らは己らの分をわきまえず、森を焼き、氷を溶かした。その罪は永遠に償われるべき大罪。絶望の末に滅びるがいい……」 赤いネクタイをした金髪の紳士も、その威厳ある声に怯え、必死に命を乞いた。そうしなければならぬほど、神の力は絶大であった。 「お情けを……お慈悲を……偉大なる自然の神よ……」 自身の敬愛する神とはまるで次元の違う真の神に、人類はひれ伏し恐怖した。 神はそこでひとつの考えにたどり着いた。 ……人類も私が生み出したひとつの生命、ならば私自身の贖罪の意味も込め、最後の時間を与えよう。 「貴様らが生み出した核物質、放射能という科学によって汚染された土地がある。我が地球の地表にして0.1%未満の狭い土地だが、そこに全人類を集めて暮らせ。周囲には8000mの断崖を形成し、4000mを超えた先は真空状態にして生命を遮断する。貴様らはそこで互いに滅ぼし合えばいい……戦争が好きなのだろう?私はそれ以上干渉はしない。好きなように殺し合え」 これは傲慢ではない。私は大自然の神であり、全生物の生殺与奪の権利を持つ存在。人類のこれまでの行為を、エゴを、罪を償わせなければならない。 「そんなっ!神よ!お許しを!」 金髪の紳士を始め、各国の代表者らしき人間たちが口々に謝罪と慈悲を乞う。だが、そんなものは関係無い。人類は存在そのものが罪。滅ぶべき悪の結晶なのだ。 「……話は終わりだ。消えろ!」 その後は簡単に事が運んだ。津波・地殻変動を起こして人類の生活圏を奪い、逃走する人間どもを一か所に誘導する。高濃度の放射線で満ちた土地に人類を閉じ込め、蓋代わりに断崖の山脈を隆起させる。逃走を阻止するために中途から空気を操作し真空にした。これで数十億の人類の処理は完成した。 そこでようやく神の怒りは静まった。神は改めて、人類に汚された大地と海を憂いた。 ……自然が自然に回復するには数万年はかかる。余計な細工はせず見守るのが正解か……。ならば地球再生のため今しばらく眠りにつこう……この星が、また青く美しく輝くその日まで………。 神は眠りに入ろうとした。怒りはとうに消えて失せ、心には静寂が戻った。もはや人類の存在など忘却の彼方に消えていた。 ――――― 人類との邂逅から何年が過ぎたろうか?数万年から数百万年、時間の概念すら意味をなさない膨大な時の果て、神は再び目を覚ました。 「……美しい」 その呟き通り、地球は見事に再生していた。青く輝く海、濁りのない空気と空、地平まで覆う森林、そこで暮らす動物たち、躍動する昆虫、美しい花々……。 全てが理想の世界。大自然のあるべき姿。これこそが地球……神は感嘆し、誇らしげに歓喜した。やはり知的生命体などこの世界においては無価値、根絶こそが必然だ。それが私――端倪すべからざる存在、大自然の神の下した結論。世界の真理だ。 そしてふと、ほんの少しだけ――神は自身にそこまで考えさせた、とある知的生命体の存在を思い出した。そう。人類だ。サルが進化しただけの下等な哺乳類。なまじ知恵が回る習性があり、有機無機を問わず犠牲にする簒奪者の群れ。もうとうの昔に滅びたはずだが……。 ヤツらに残した土地も自然に返すべきだろう。さすがに放射線も消え、独自に発生した生命もあるかもしれない。私の地球に住んでも問題ないようなら、別に何百年か保護してもいいかもしれない。 神は自らが封鎖した、人類終点の地へと意識を飛ばした。 ――――― 「何だ?これは?」 思わず言葉が漏れた。それは驚愕の光景であり、およそ信じられるものでは無い。私は未だ眠りの中であり、これは夢の世界か?いや……違う……これは……、生命?なのか?」 封鎖した大地の上を四足歩行で闊歩する、奇妙な金属の骨。一見すると機械仕掛けの蜘蛛のように見えるが、昆虫類のようなロボットじみた動作ではない。明らかな知性と、それに伴う生命のある動きだ。2mほどの足の付け根には胴体らしき球体があり、大きさは人間の頭ほど。口や肛門などの器官は無く、眼球や耳に相当する部分も皆無。色は乳白色であり、4本の足の先には細い指が5本揃っている。 封鎖した土地、その全土を見渡す。地面は全て平らにならされ、金属らしきプレートで敷き詰められていた。草木は一本も無い。見る限り住居らしき建物も確認できず、その地の上には奇妙な骨が数百体ほど歩いていた。何をしているのか見当もつかない。だが、神の目は全てを見通す力があり、その正体もすぐに答えが算出された。 ………そのはずだった。 「……炭素と金属の加工物質だな。相当な硬度……ダイヤモンドの数十倍?胴体は……何だ?あんな鉱物は自然界には……おそらくは地下資源を加工したものだが……膨張率、純度、熱伝導率、電気抵抗、結晶構造、磁性……はあ?何なんだ?この数値は?……あんなものは、私の自然界には……」 誰に対しての問いではない。神は神自身に問いた。……クソッ!人類は何を、何をしやがった! そして――はっきりと、 明確な意思を持つ何者かの声が、 神の、神の支配する意識の内に、 侵入した。 『正解は地球外金属です』 はあっ?ええっ?何でっ?何故だ、なぜ私に交信ができる?そんなバカな!私は大自然の、いわば神!どこぞの矮小な存在が私に語りかけるだとぉ? 理解不能、予測不能の事態だった。驚愕、それは神にとっても初めての経験だった。支配するべき存在からの通信……いわばヒトが、微生物であるミジンコから物事を教えてもらうような事。そんな事が可能であるハズがナイ。ありえない! 『地球外金属を複製し、炭素と結合させて精製します。原料は隕石を使用。無機物としては自然界に存在しません。あらゆる元素との結合を防ぎ、半永久的に現存が可能。我々の身体の95%がこの金属によって形成されます』 ち、地球外だと?そんな……そんな……。 『……地球のあらゆる環境変化に対処が可能……ちなみにこの金属の名前ですが……』 わけのわからない、生き物か機械なのかも判別できない存在の声を聞きながら……神はようやくふたつの事を理解し、確信した。 ひとつは、どうしようもない後悔。やはり人類は殲滅するべきだった。 もうひとつは……人類の執念、その怨念は、あまりにも……神を超えて……。 『金属名は、〈カミヲナブリゴロス〉、です。理解したか?』 この声はどこかで聞いた気がした……そう。 最後に聞いた、あの、体格の良い、白人の金髪の紳士の声に……。 了 トラ〇プ大統領就任祝いのショートです。構想2日。書き4時間。少し疲れました。誤字脱字あればすいません。文法的にも若干の編集ミスあり。難しいデス。 補足ですが…seesの楽天ブログ内の作品で最も好き、かつ、まともなショートショートが本作であります。ジャンルという枠組みと考えるなら、コレが一番マトモです。こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2017.01.28
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「いいかげんにしてくれないか?」僕は背後から聞こえる声の主にそう尋ねた。「……」答えは無い。だが確かに存在するのだ。偽りの生命を持つ、いわば霊体とでも言うべき存在。「僕はもうすぐ死ぬ。本望だろ?最後の瞬間くらい自由にさせてくれないか?」霊体はすぐ近く、そう。ベッドに横たわる僕のすぐ背中の裏にその姿を隠し、低く、そしてゆっくりと声を発した。「……確かに、お前の命はもうすぐ終わる。私の使命も……やっと、終わる」「長かったろ?……少しは気が晴れたかい?」霊体はゆっくりと語る。「ああ……、満足だ。これが満ち足りるということか。これで私も成仏ができる。幸せになれる。幸せを掴むチャンスを得られる。家族を持てる、金を貯められる。もう、お前たち一族に恨みはない。私の人生はやっと始まる……うまくゆけば転生も可能だろう……願わくば、またヒトに生まれたい」そう。霊体は満ち足りた口調だった。「ああ、清々しい……」また霊体が呟いた。本当にそう思っている、そんな雰囲気ではあった。……思えば長い苦しみ、苦痛に満ちた人生だった。どれほど努力しようが決して報われない運命。愛も、金も、命も、全てが歪められ変えられた。僕の先祖が犯した『罪』とやらの責任を背負い、僕はもうすぐ死ぬ。死因は先天的な病気らしい。両親は死に、恋人とは別れ、現在は無職。それらの不幸はすべて霊体の働きらしい。僕の人生を狂わせる事だけが目的の、途方もない怨念の塊、それが背中から聞こえる霊体の正体……。いつ、どこで、誰がそんな恨みを持たれたのか、僕には見当もつかなかった。ただ思うことは、「もう、楽になりたい」それだけだった。背中から声がする。「……そうだね。最後だけはひとりにしてあげる。私はもう……成仏することに決めた。キミと一緒にね」「……ありがとう」もううんざりだった。この世界にも、自分にも、絶望しかなかった。死ぬしかなかった。「……さようなら」もう声は聞こえず、気配も消えた。僕は目を閉じ、意識を閉じ、心臓の鼓動が止まるのを待ち、やがて……僕は無に帰した。―――――「……終わった」そう。終わったのだ。この男の家系に憑りつき、恨みを晴らし続けるこの因果に、ついに終止符を打ち、結した。「これで成仏できる。転生ができる。新たな人生を歩むことが……」深呼吸を繰り返し、私は待った。もういつ迎えが来てもいいように。邪悪に染まった心は澄み、私は待った。神と呼ぶべき存在からの啓示を。そう。私は使命を果たしたのだ。やがて、待ち望んでいた存在、神からの言葉が届いた。「こんにちは」それは思った以上に軽く、あっけないほど若い声。「……お疲れ様でした」およそ霊体であり怨霊である自分に向けられたとは思えない、そんな口調だ。これが神?いや……そう、なのか……?ぞわりと背筋が凍る感覚がした。信じ難いほどの冷気、緊張が走り、手足が震えだした。「あ……あなた様は、私を迎えに来られたので?」質問する。声が震えるのは止めようがなかった。「違います。恨みを晴らしに来ただけです」声は確かにそう言った。信じたくは無かった。「……だ、誰なんだ?あんたは……」もはや神だとか仏様だとかは思えなかった。ただじわりじわりと、冷気が恐怖に変わろうとしていた。神と信じて疑わななかった声の主は、抑揚のない声で霊体に告げた。「我々は、あなたが憑りついた家系の関係者です。あなたの撒き散らした不幸で不幸になった怨念の集合体です」「……はあ?」そう答えるのがやっとだった。我々?意味が不明だ、そう思った次の瞬間、背中に多くの視線を感じた。振り返ることはできない、できるはずがなかった。霊体はゆっくりと意識を向け、そして、感じた。これは恐怖だ。自分が数多くヒトに与えてきた恨み、怒り、その熱を。自称する怨念は続けた。「……彼と深い友情で結ばれ、彼の死後、後を追うように自殺した親友」背筋に刺さる視線が鋭くなる。「……彼女と結婚の約束をし、果たされぬまま海に身を投げた青年」額に汗が流れ、頬を伝った。「……事故、天災、自殺、あらゆる理不尽の末に殺された、かの一族の巻き添え……」霊体にとって、『彼』や『彼女』が誰を示すのかは見当もつかない。呪い殺した相手、その関係者など、いちいち覚えていられない。ああ、それほどの人数は殺してきた。当然だとも思っていた。そして……霊体は背後を見た。白い線上に浮かぶ一群の人々。誰もが顔を醜く歪め……笑みを浮かべていた。歯が震え、霊体は恐怖におののいた。もはや恨みを晴らした達成感など微塵も残ってはいない。―――――どれほどの時間が過ぎたのかはわからない。自分がどこへ向かうのかもわからない。そして、迎えが来たようだ。霊体は歓喜した。これで逃れられると、半ば本気でそう思った。……現れた闇に消えゆく霊体に、眼前の存在は静かに呟いた。「……具体的に申しますと、そうですね……とりあえず、手足と性器の無い人生を千年。その後、生きたまま食われる動物を千年。その後は……」 了添削、校正無し。構想1時間、書き上げ1時間です。つまらない小話ですいません。今後も少しずつアップ予定です。
2017.01.20
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――――― 薄暗い路地裏の片隅で、若い3人の男が涙を流してうずくまっていた。誰もが顔を赤く腫らし、口からは血を吐き、1人は完全に気絶していた。残った2人は両手を合わせ、目の前の男に許しを乞いていた。「……もうこの街には来ねえ、だから、その…勘弁してくれ……」 品性を感じないその喋り方からも、若者たちの育ちの悪さを想像させた。「……うちのシマでイカサマをするとどうなるか、知らないわけは無いよな?」 男は冷酷な口調で言い放ち、手に持つナイフで若者の耳を切り裂いた。悲痛な叫びがこだまする……。 男の仲間が経営する賭博場で、イカサマが発覚したという通報があった。呼び出された男は報告のあった若者たち3人を路地へ連れ込み、ひたすらに制裁を繰り返した。ナイフで足の健を切り、腹を蹴り上げ、顔面を殴り続けた。そうなった経緯も全てはイカサマを行った若者たちの責任ではあるが……男は内心、どうでもいいとさえ思っていた。めんどくせえ……。 疲れていた。自身の心が疲弊しているのが、痛いほど感じられていた。 この後この若者たちから金品を巻き上げ、身分証を預かり、賭博のペナルティ分の支払いを強制――。そこまでしてようやく、男は家に帰ることができるのだ。とても面倒で、とても後味の悪い仕事。 男はマフィアの構成員だった。仕事はいたってシンプルだ。組織の関わる賭博場・風俗店・銃砲店・麻薬工場などで騒ぎがあった場合それを治め、口止め代わりに売り上げの数パーセントをふんだくる。そうして集めた金を組織へ上納し、改めて男の報酬へと降りてくる。危険と暴力に見合うだけの報酬かと問われれば、男はこう答えるだろう。「…最悪だ」 この広いスラムの街では金と力が全て。シンプルで合理的だとは思う。しかし、その単純さ故にバカが湧くのを止められないのもまた問題だ。この若者たちもそうだ。金と力の誘惑に惑わされ、働くという普通の選択肢を選べない人生……それを力で押し返そうとする俺も、クソみたいな人間だ。 うんざりだ。こんな街にはうんざりだ。若者たちから巻き上げた金を数えながら、男は思った。――――― 男には恋人がいた。名はベス。青い瞳に黒い髪を持つ、内気な性格の女だ。「おかえりなさい。今日は遅かったわね……」 ベスは男の頬にキスをし、「ちょっと聞いて」と言って男の手を握った。まるでダンスを踊るかのように廊下を抜けると、ベスは囁くように歌を口ずさんだ。「……新曲かい?」 男は尋ね、ベスは満面の笑みで首を縦に振る。 ベスには夢があった。作曲家、作詞家、歌手――とにかく音楽に携わる仕事に就きたい。そのためにも外国の有名な都市へ移り住みたい。そんな夢を持っていた。そんな夢を持つベスを、男は心から愛していた。結婚も誓い合っていた。生涯守ると約束した。ベスの夢を叶えてやりたい、男の望みはそれだけだった。他に何もいらないとさえ思っていた。「……いい曲だ。それに歌詞もいい……店に出したら、きっと売れるよ」 世辞ではない。ベスには音楽の才能がある。だからこそ悔しかった。金なら少しは蓄えもある、2人で外国へ行ってもしばらくは食っていける。しかし……。「愛してるわ」 ベスが言う。男も「愛している」と告げ、互いの唇を深く重ねる。愛している。心からそう思う。心からそう思うからこそ、男も決断を鈍らせていた。『女と外国へ行く、だから組織を抜ける』こんな世迷言をボスの前で抜かせば、間違いなく俺は始末される。口封じのためだ、ボスは平然とベスも殺してしまうだろう。最悪の結果になるのは火を見るよりも明らかだ……だが、どうしても……。 ベスから唇を離した瞬間――部屋の電話が鳴った。――――― 男は駅のロビーでベスが来るのを待っていた。 つい先刻、男はある人物との最後の密会を済ませていた。『報酬だ』と言われ手渡された書類をバックから取り出し確認する。多額の現金とは別に、パスポートと身分証の中身を見る。自分が偽造したわけではないパスポートを念入りに読み、暗記する。そこには男自身とは違う、名前も年齢も血液型も住所も異なる別人の情報が記載されていた。唯一の共通点は顔写真くらいだが、その完成度は男の知る偽造品とは別物だった。 「……これでようやく、終わる」 いや、始まるのだ。俺の人生は今からやっとスタートできる……。 そう。男はある人物と取引をした。組織の内部情報をリークすることで得る、自由。その人物は自分を警察関係と名乗ったが、男にとってはどうでもいい話だ。もはや確認する手段も無ければ、興味も無かった。ただ、絶対にバレない場所での密会を数度繰り返し、証拠を添えて教えただけだ。組織の構成・メンバーの詳細・街の各所にある秘密の倉庫とアジトの場所・麻薬の取引場所・警察幹部との癒着・癒着した警察官の名前・組織が殺害したと思われる死体の廃棄場……。 これまで隠してきた組織の秘密を全て話し、男の取引は成立した。護身のために用意した銃も、結局は使わずじまいだった事に、男は深く安堵した。 ベスには一足先に国境沿いのホテルで待機してもらい、今日――2人で国を出る。 生まれた故郷を捨てる事に迷いは無い。迷うのは故郷を愛しているか、否か、ただそれだけの違いであり、男は当然―後者である。愛しているのはベスただひとりであり、他は全てが有象無象だ。もし何かを忘れている事があるとすれば――……それは――……。「探したよ」 突然――背後から聞き覚えのある、男性の低いダミ声が囁いた。瞬間的に恐怖が体を支配し、背後を振り返る事ができない。「うっ……」うなじに訪れた一瞬の痛みの後――男の意識が遠のいた。 恐怖だ。男が忘れていた、絶対の恐怖。 自由への渇望が、恐怖からの鎖を緩ませていた……畜生、わかっていたハズなのに…………。――――― まどろみの中、男は覚醒した。目が自然と覚める、という訳でない事はすぐに理解した。寒く、服が濡れている……どうやら水を浴びさせられたようだ。「……知っていると思うが、俺は忙しい。お前に構っている時間も無いし、始末する案件も多い。お前が俺にしでかした事は、そいつがもう吐いたしな」 男性の低いダミ声が、薄暗い倉庫の壁に反響する。その声の持ち主は、男が最も忘れてはならない者――ボスのものだ。 男は冷たい鉄板の上で横たわり、手足はロープと手錠で縛られていた。顔を動かすと、近くの鉄柱にベスが見えた。ベスは鉄柱を抱くような姿勢で座り込み、両手にはやはり手錠がはめられていた。 ボスがそいつ、と呼んだそれを見る。頭部から脳漿が飛散し、全身に血の滲む穴が空いていた。一瞥して、それが銃器でハチの巣にされた事、死体であるという事、そして――先刻まで男と密会していた人物であると、男は悟った。「……ボス。今さら命乞いをする気はありません……」「あぁ?」 ボスは首を傾げ、一瞬躊躇するも、その先を言えとジェスチャーした。「俺はどう始末されようと構いません……しかし、そこにいる……彼女の命だけは…」 ボスはまた首を傾げ、今度は呆れたような口調で言った。「お前はこのクズ女にそこまでするほどのバカなのか?どこまでバカなンだ?このクズ女と、どう付き合えばそこまでのバカになれるンだ?」 ボスが何を言っているのか、男には理解できなかった。俺の事では無い。なぜ、ベスの事を?「……お前なあ、その女、お前の事ブチ殺すつもりだったンだぞ?……知らなかったのか?」 はあ?ベスが?俺を?殺す? ありえない。信じられるわけがない。「……嘘だろ?」男はそう呟き、ベスの姿に視線を向けた。ベスは目を見開いたまま、じっと床の一点を見つめていた。「……実を言うと、タレ込んだてめーの始末なんぞいつでもできる。問題はその女だ」「………」ベスは無言のまま顔を上げ、ボスを睨み付けた。「……そのクズは少なくとも3人、組織の男を殺してる。手口は簡単だ。娼婦かビッチに成りすましてウチの構成員に近づき、ヤッてる最中か最後に刃物でメッタ斬り。構成員の素性はメンバー間でも秘密が多いし、警察も組織も『マフィア関連の事件』で終わりだ」 ボスは胸ポケットから煙草を取り出し火を点けた――煙がゆっくりと天井へ上る。「ヤラれたヤツの情報をタレ流してたンだよ!てめーは!」 ボスの怒鳴り声が耳から脳へ、意識の深層へと突き刺さる。そんな……そんなバカな……。「サツから取引の話が来て、その女はしばらく雲隠れする事にでも決めたンだろ?その先で用済みのテメーなんぞ即始末だろーがっ! ……そんなハズが、ない。そんなハズが……ない……ないよな?「……ボス、聞いて下さい」「……黙れ、オメーらをどう殺すか考えてる」 どうすればいい?何を信じればいい?俺自身を、どう信じればいい? 男はベスに顔を向けた。 視線に気が付いたベスは、ただ、少しだけ、少しだけ、微笑んだ。 ベスは俺の事など愛してはいない……かもしれない。ただ利用されただけの男かもしれない。外国で殺されるかもしれない。だが、しかし、真実もある。男がベスを愛しているという、それだけは真実だ。 男は静かに、慎重に、深呼吸をし、そして言葉を選びながら、組織の長へ進言した。「ボス、彼女には才能があります。歌と音楽の才能です。組織の経営するパブやクラブでも、彼女はきっと役に立つはずです。芸能界や社交界での足かがり、きっかけとして、彼女を生かして働かせるという選択肢をっ!どうか、慈悲のある決断をっ!」 ガタガタと震えながら、男は最後まで言い切った。およそマフィアの構成員が吐くようなセリフではない。恥も外聞も無く、ただベスの命だけは救いたい。男の思いはそれだけだった。 ボスは微動だにせず、天井を見つめながらゆっくりと煙を吐いた。「一応、私からも伝えたいことがあるのですが、よろしいですか?」 思ったのとは違う方向からの声に男は驚きつつも、彼女の強い意志を感じて視線を送る。「やっと喋るのか?結局、お前の目的は何だったンだ?金か?」 男はそこで――これまでまるで聞いたことが無かった、ベスの、心の奥底からの声を――聞いた。「誰がっ!貴様らのような鬼畜の元でっ!働くわけがねえだろうがっ!パパとママを殺しっ!妹と私をレイプしてっ、そしてっ、それだけに飽き足らずっ!大事な、私の妹を殺したっ!!外道がっ!!外道がっ!!地獄に落ちろっ!お前ら全員っ、絶対に殺すっ!殺すっ!殺すっ!殺すぅ…………」 空気を切り裂くベスの絶叫は……激しい憤怒に呪われた女の絶叫は…… ついに最後まで発せられることは、無かった。 憎しみに染まる声を絶つ、一発の銃弾が、ベスの眼球を打ち抜いた。ベスは頭を大きくのけ反らせながら、そのまま元に戻ることなく、絶命した。 ボスは鼻息荒く、「気持ち悪い女だな」と吐き捨てた。「……そんな、ベス…。何で、何でだ?ボス……」「てめえの物差しで判断すンじゃねえ!!」 銃口が男に向けられ、そして火を放つ。「……それとな、お前の話でもあったけど、歌と音楽の才能だって?イイねえ、それ」 銃が火を放つ。「俺も興味あるのよ、歌」 銃が火を放つ。「だ、が、よおっ」 再度、銃が火を放つ。 びくりと男の背が反る。蟻に襲われた芋虫のように、男の体はビクビクと痙攣する。「俺が好きな歌姫様はなあっ、ジャパニーズボーカロイド!!って決めてンだよっ。このクソガキがっ!!」 銃弾の嵐が男の体へと打ち込まれる。彼の眉間・心臓・腹・股間・足、全身が血に塗れた。急激に意識が遠のき、視界全てが黒く沈む。「……GUMIさん、ミクさんたち、本当、あの子らの歌は素晴らしい……」 恍惚とした表情で、ボスが煙草に火を付ける。煙を吐く息遣いが静かに響く。 男にはもう何も見えない……。 何も感じない……。 死ぬ予感が、確信へと変わる………。 でも……最後にひとつだけ、ひとつだけ教えて欲しかった……。 ボスは煙草をもう一吸いすると、そのまま男の亡骸へと放り捨てた。「……ボカロは聞いてて楽しいぞお、人類最高の宝だ。クズ女の歌う歌よりずっとイイぞ」 ……違う、違う違う…。 俺が知りたいのは、俺が最後に聞きたい事は……。 ……ボーカ、ロイ…ド、って…何?…誰か、誰か教えてくれよ……。 了 電子の歌姫ことGUMIさんに捧げるショート。 構想1日、書き4時間。添削・校正やってません。ちょっと字数多くて食傷気味。 ……私の場合はラストからスタートを書く逆算スタイルですが、今回は珍しく最初から書きました。 ……誤解なきよう追伸しますが、これはあくまで『GUMIさんに捧げるショート』です。↑は先月購入CDです。GUMIさんはホント聞いてもらいたい。↓はお気に入りの曲のひとつです。GUMI&RINオリジナル LUVORATORRRRRY!こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2017.02.03
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ss一覧 短編01 短編02 短編03 《D》については短編の02と03を参照。番外としてはこちらから。――――― 6月2日。午後16時――。 耳に押し当てた電話の向こうで呼び出し音が始まると、岩渕の心臓は体全体を絞った かのように縮こまった。……アナハイムは深夜0時、くらいか? いたたまれなくなり電話を切ろうとした時、相手か出た。 『はい……もしもし? どうしたの? ……岩渕さん」 岩渕は言葉に詰まった。何を何から話せばいいかがわからなかった。相談したいこと があるのに、心配をかけたくないという気持ちも働いて、自分が何を伝えたいのかが わからなくなりそうだった。 『もしもし……何かあったの? 今、大丈夫?』 正義と愛に満ちた伏見宮京子の声を頭の片隅で聞きながら、岩渕は噛み締めるかの ように声を出した。 「……川澄の野郎が……声には出さねえが……助けを求めてやがる……嘘かも、ホント かも……何もかもわからないが……」 それはさっきからずっと考えてきた、考えて、考えて、いくら考えてもわからない。しかし、絞り出すように声を出した瞬間、頭の中に広がっていた霧が少しだけ晴れた気がした。 『……川澄、さんが? そう……』 どこかホッとしたかのように京子が言う。『……放っておけばいいんじゃない? こんなことは言いたくないのですが……彼は、信用できません……』 「――違うっ! ……信用とか、信頼とか、そんなんじゃあないっ!」 自分の声の大きさに岩渕は驚いた。頭の中の血管を血液が無尽に駆け巡り、白い、モヤモヤとした霧が完全に消えた。自分が何をしたいのか? 答えがわかりかけた。 「……あの野郎は……アイツは……京子、キミと同じなのかもしれない……」 『……? 何があったのか、教えてもらっても……いい、かな?』 京子の声が優しげに響いた。たぶん、いろんなことを憂いているのだろうな、岩渕は思った。眠ろうとしていた京子の、美しい姿と顔を思い浮かべた。 何を思うのか、何をしたいのか、何が自分らしいのか、答えはもう、決まりかけていた。 事情を説明し終えた後で、京子が真剣な口調で聞いた。『……《カーバンクルの箱》を手に入れて、川澄さんに渡せたとして……その後、あなたはどうなるの? 川澄さん が岩渕さんを裏切らない保障は……あるの?』 そんな保障はどこにもない。そんな保障など必要ない。そんな理由じゃあ、ない。 「……わからない。けど……あの兄妹を出し抜いて《箱》を手に入れるには……この方法しか思い浮かばない……もしかすると、キミとの関係も終わりになるのかもしれ ない……ごめん……」 途端に、京子の口調から優しさが消えた。『ちょっと待ってっ! どうしてそこまで する必要があるの? 《D》とは本来関係のない話じゃないの? 放っておけばいいん じゃないの? ……どうして?』 「……別に死にに行くわけじゃない。これは……単に俺のワガママなんだ……」 『ワガママ? ……どうして? ……どうしてなの?』 京子は、どうして、を繰り返した。 「どうしても、だよ。アイツが何を考えているのか、《箱》の中身が何であろうが、そんなことは関係ない。アイツは――……キミと同じことを、俺にした……」 沈黙があった。京子は泣いているらしかった。沈黙の中に時折、鼻水をすするよう な音が混じった。罪悪感が込み上げる……情けない……。 「京子が戻って来たら、俺はどうなっているかわからないけど……就活のレクチャー くらいはしてやるよ。……こっちの業界で働きたいんだろ?」 岩渕は冗談めかして言ってみた。しかし京子は黙ったままだった。 「大丈夫。まだ何も決まったワケじゃない。もしかしたら俺のこの計画も、全部、単に空想で終わるだけかもしれないしな……」 岩渕はつとめて明るい声で言った。 受話器からようやく京子の声が聞こえた。 『……やめなさい。あの男は信用してはいけない。……お願い』 毅然とした京子の言葉に岩渕の心は揺らいだ。そして同時に、京子の、美しき姫君の願いを無下にする男など――この世の中にいるのだろうか? とも思った。 『……あの男があなたに何をしたのかは知らないけれど……行かないで……私たちの ためにも……やめて……』 電話の向こうで京子は繰り返した。 「アイツとキミだけなんだ。……川澄は、俺の……俺の心に触れた。ひとりぼっちの俺に、カネのことしか考えてないような俺に、『一緒に来てくれ』と言ってくれた。……打算もあるのかもしれない。……使い捨てにするつもりだったのかもしれない。……将来、俺や《D》を裏切るのかもしれない。――だけど……放ってはおけない、アイツを。できることなら、アイツの妹も……」 そう言うと、岩渕は受話器を置いた。それ以上、京子の声を聞いていられなかった。 行きたくはなかった。誰でもいい、誰か俺を殴ってでも止めてくれ、とさえ思ってい た。それでも、岩渕は行くと決めていた。 変わっちまった。京子に出会ってから、生活も、性格も、何もかも変わっちまった。ひたすらにカネを稼ぎ、いつか澤社長を地獄に叩き込む野心も……見つけ出し、いつか復讐すると誓った両親への怒りも……変わっちまった。それなら……それでいい。それ なら、俺は俺自身の選択に付き合ってもらうだけだ……。 岩渕は窓の外を眺めた。太陽は傾き、ゆっくりと沈み始めていた。――――― 一度だけ岩渕に電話を掛けなおした。その呼び出し音を聞きながら、伏見宮京子は どうやって岩渕を説得しようかと考えていた。……呼び出し音は鳴り続けた。岩渕が出る気配はなかった。……こんなことは初めてだ。 閉め切ったカーテンの隙間からアナハイムの街の光が漏れ入り、広い寝室をぼんや りと照らしていた。明かりはつけていなかった。ついさっき、使っていたパソコンを閉じた時点でスイッチを切っていた。就寝する直前だった。 「……泣きマネじゃ、ダメか……」 京子は声に出して呟いた。「……私が……どこにでもいる、普通の、ごく普通の女で あったのならば……この体ごと岩渕に捧げてでも……構わないのに……それで彼が思い留まってくれるのならば……構わない……構わないのに……」 ベッドに潜り込み、京子は神に祈った。 天照大御神様……また《D》に関わる者たちに危険が迫っております……どうか……御身の御力により、守り給え……」 岩渕と《D》のためだけに祈ることに、躊躇いはない。それが不敬だと感じていた としても、躊躇いはない。 それから京子は、明後日には日本に戻ろうと決めてから――目を閉じて泣いた。――――― 6月2日。午後19時――。 巨大な南京錠の鍵穴に無骨な鍵を差し込み、左回転に向けて力を込める。U字型の鋼鉄の棒が勢いよく飛び出すガキンッという音が、僕の耳に届く。 24時間営業の、新栄にある貸倉庫ビルの5階に、人の気配はない。……月極4万の4畳スペースだ。さすがに利用者は少ないからね……。 扉を開ける。監視カメラの角度に注意し、そっと入る。一息吸い、電灯のスイッチを入れる。……微かにカビ臭い。 「こんにちは……迎えに来ましたよ」 ……何に挨拶? ――いやいや、挨拶ぐらいしますよ。何せ……彼らの所有権は本来 僕ではなく、父なのだから。「どれぐらいの金額かまでは、知らないんですけど……」 ――現金。 100万円の束が縦横に積み重なった大量のカネ――そう。カネは何も語らない。 無表情で、無言で、次に手にする者の命令に従う、世界の根底を支えるモノ――そう。それでいい。それでこそ、ここに来た意味がある。 父が生前、盗品を現金化した際の隠し倉庫で――僕は持参したLOUIS VUITTONの バックパック・エクリプスをふたつを開き――現金の束を無造作に詰め込む。50万 円以上するバックパックは瞬く間に膨らむ。……かなりの重量だが、しかたない。 腕時計で時間を確かめる。スーツのポケットに入れてある《カーバンクルの鍵》を握り締める。それから――4畳の倉庫の真ん中で横になり、大の字に脚を広げる。 ……これで集まったのは1億3000万、てところか。そう。それは川澄奈央人に とって、たった半日で搔き集められる金額の限界だった。勝負になるのか不確定な、おそらくは足りないであろうカネの詰まったバックパックを両脇に――川澄は打ちっ ぱなしの鉄筋コンクリートの天井を仰ぎ見た。 新栄の街を歩く、家族連れらしき親子の笑い声が微かに聞こえる。 目を閉じる。おそらくはジェスチャーであるだけなのかもしれないが、母を思う妹――瑠美の心情を想い――思う。 思うのは、『母』を失った息子――……。 ……そしてまた、僕の脳裏を遠い記憶の断片が横切った。決して忘れ得ぬ何か……遠い遠い昔に消えてしまったはずの何か、失ってしまったはずの何かを……大切だと思っていたのに、捨ててしまった何かを……僕は、思い出した。 ――……ねえ、聞いて。 いつ? どこで? そんなことは覚えていない。ただ、誰かに話しかけられたこと だけは覚えている。おぼろげな姿ではあるが……母であることは間違いなかった。 ――……あなたは、とても賢いわ。 返事はできない。言葉が喋れないようだ。 ――……あなたは、とても強いわ。 体もうまく動かせない。手が短く、脚も短いようだった。 ――……あなたは、誰よりも賢く、誰よりも強い……。 ――そんなことはわかっているっ! 僕が知りたいのは……母さん、アンタの……。 ――……ん? コレに興味があるの? 《カーバンクルの箱》とは何だっ? 《箱》の中には何が詰まっているっ? ――……そうねえ、まだ中身は決めていないのだけど……今、決めたわ。 どうして《鍵》はふたつある? どういうつもりだっ? ――……気になる? じゃあ、片方だけ教えるけど……いつか思い出しても、パパ には絶対内緒だからね? そうだ。 思い出した。僕は昔、赤ん坊の時――《箱》の中身を、母に聞いていた。確かに、 聞いた。それを今――思い出す。ようやく、思い出す。 ――……あなたが将来お金に困らないように、脱税・詐欺・密売・密輸の錬金術を メモにして置いておくね。もう片方は、今度、ね? ……愛している。 記憶の断片で、母が、僕の頬にキスをした瞬間――……僕は目を見開いた。 そうか……そういう経緯で、高瀬母娘は《R》を築いたのか。 「ということは……残っているってコトか……僕にもまだ、勝機が……」 川澄が嬉しそうに微笑んだ、その時――内ポケットに入れたままのスマホが軽やかな メロディを奏でた。 直感的に川澄は笑みを強くした。 直感。そう。脳と感覚が直結し、意識が一致した。スマホの液晶に表示されていた のは、川澄が最も必要とする男からのものだったからだ。 躊躇なくスマホを手に取り、通話パネルを操作する。また笑みが強くなる。 『……今どこだ? 迎えに行ってやるよ……俺も大須に行くことにした。最後まで見届けてやるよ……』 岩渕の声と内容を聞いた、その瞬間――確信する。 ――僕の勝ちだ。 そう。《カーバンクル》に愛されていたのは、僕だけだっ!――――― 『カーバンクルの箱と鍵と、D!』 gに続きます。本日のオススメ!!! カンザキイオリ……氏。 カンザキイオリ氏。 元々はニコ生で楽曲配信するP。CD登録、所属はなし。年齢もわからんし、ツイは謎だらけ。ミク・レン・リンちゃん以外は使わないみたいだし……。 だけど……何だろう、それでいいのかもしれないな……。 この方の歌詞には力があり、魂を震わせる力があると、seesは断言いたします。 この方の動画で涙したのは1回ではありません。むしろ聞くたびに涙腺が緩くなった感さえ、ある。動画の構成もシンプルかつ、『歌詞』を強調した作り、非常にわかりや すい内容……(下手なアニメよりもずっとイイ)。 新曲でも泣いた。同時に過去作も聞くからまた泣いた。 ホント……すげー方だと思いますよ。しいて頼むのは……もっと欲を出されても、 良いのでは? くらいかな……。 カンザキ氏はCD未発表なので……最近seesが買ったモノを少し紹介……。 イアさん。ブトゥームの最終巻(マルチエンドッ!)。泣ける野球マンガ。 雑記 お疲れ様です。seesです。 夏も終わりかけ、仕事も一段落しそうでしてないseesです。 今年の夏はいろいろあったなぁ……。慢性的な体調不良にケガ、ものもらい、寒暖 差による連続夏バテ。……母校の甲子園出場、ああ、応援に大阪、行きたかったなぁ、クッソ熱いだろうけど……それが悔やまれるな。 9月からも仕事キツイ……社員旅行、行けるのかなぁ? 私……。自慢じゃないが、 社内での成績は良いほうなのだが……逆に縛られることも多い。困ったものだ。 ああ……映画見たい、旅行行きたい、ずっとPCの前にいたい、ゲームしたい……どっか遠くに行って、流行りの?ソロキャンプや車中泊したい……。 前話で近鉄百貨店のくだりを書きましたが、実はアソコ、夜はビアガーデンなんす。 行きてえなぁ……思い切りソーセージ食いたい……。はぁぁ……。 さて、今話はストーリー上、進展ず少ないようにも思えますが、役者が揃うのは次回ですので……期待は、してもしなくても――みたいな感じ。《箱》を手にする者は誰か、その中身とは? 順次、公開する予定ス。そして、川澄氏と瑠美嬢は……。 ちょっと色気が足りない気もするけど、まぁいいかw seesに関しての情報はもっぱらTwitterを利用させてもらってますので、そちらでの フォローもよろしくです。リプくれると嬉しいっすね。もちろんブログ内容での誹謗中傷、 辛辣なコメントも大大大歓迎で~す。リクエスト相談、ss無償提供、小説制作の雑談、いつ でも何でも気軽に話しかけてくださいっス~。 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。 seesより、愛を込めて💓 好評?のオマケショート 『フィアットとストーカー』 とある営業帰り――……。 sees 「あ゛ーフィアット欲しいな……」 課長 「また同じこと言ってるどー」 sees 「いや、ね……やっぱり…500もイイけど……新型の500X?、最高ですね、アレ」 課長 「さっさと買えどー。頭金100で5年ローン? お前ならイケるど?」 sees 「……簡単に言うスけどね~……今の車も好きだし……(めっちゃ内装イジったし、 スピーカーも一番高いの装備したし……イキナリ外車は、正直怖い)」 課長 「おっ、噂をすればだどー」 そう。我々が車で走っている場所は現在――フィアット守山店前……。 すると――……。 課長 「おっおっおっ……今――販売店から出た車、お前の欲しい車種だど?」 sees 「――っ! マジか、フィアット500X……しかもイエロー……」 課長 「sees、見るだどっ!! 運転してるの、でら美人だどー」 sees 「なにぃっ!!」 2車線でバネットと並走するフィアットの運転席をチラりと見ると……。 sees 「……うわっ、北川景子(通称セーラーマーズ)みたいや……やべえな」 課長 「……sees、久しぶりに、ヤルかど?」 sees 「………」 欲しい車、セーラーマーズ、これはもう……ヤルしかねえっ、いや…… やらいでかっ!」 sees 「……粘着走行、イキまーすwww」 【粘着走行とは、決して煽り運転ではない。あくまで自然を装い、並走し、 横に並び、背後にゆっくりとテイルトゥノーズする、seesの特殊運転スキル であるっ!】 sees 「……フィアット……マーズぅ……ふふふ、ふふふのふ……都合の許す限り、 じっくり観察させてもらうでぇ……へへへww」 だが――……変態たちの幸せな時間は、ものの5分と持たなかった……。 マーズ?『……火星に代わって折檻よっ』 そんな北川景子風セーラー戦士の声がseesの脳裏に流れた次の瞬間、キモい 上司の叫び声が耳元で轟いた。 課長 「――っ! seesっ、危ないど――っ! 信号《赤》だどぉ――っ!」 sees 「うわわわわっ!」 急ブレーキ……停止線大幅超え……フィアットは左折専用レーンの先に消え、 取り残されたバネットは、往来する車両たちの視線を一身に浴び、社名を晒し、 恥を……赤っ恥を……数分晒し続けた…… sees 「……わしゃ妖魔かっ! (反省はしている)」 何度目だ? こういう話……もう、ヤメよう…… 了こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2018.08.24
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ss一覧 短編01 短編02 短編03 短編04 《D》については短編の02と03を参照。番外としてはこちらから。 ――――― 名古屋市中区名城病院。 クリーム色の壁に囲まれた狭い病室のベッドの上で、宮間有希は膝を抱えて座っていた。その傍らで、岩渕誠は同僚の顔を見つめている。 宮間の長い睫毛が震えている。大きなマスクの裏では、奥歯を強く噛み締めているのがわかる。悔しい、情けない、怒り……様々な感情が彼女の中で渦を巻いている。岩渕にはそれがはっきりとわかった。痛いほど、わかった。 ……いったい、何が? 宮間の真剣な顔は同僚の岩渕には見慣れたものではあった。だが、今はいつもとは違うのだ。宮間は今、仕事をしているわけではないのだ。その重苦しい雰囲気が、岩渕を息苦しくさせていた。 午後14時過ぎ――宮間と連絡が取れないと鮫島から聞いた。岩渕も宮間に電話を入れたが繋がらない。鮫島は心配のあまり、出先の顧客にも宮間の行方を尋ねたのだが、相手先からは『午後1時には帰った』とされた。午後15時になって、警察から《D》に連絡が入った。そして、警察署員の口から、『東区のコインパーキングで宮間有希が強盗に襲われケガを負わされ、救急で名城病院に運ばれた』という経緯を聞いた。 ……宮間は用心深い女だ。 ……それがどうして? 岩渕はそう思いながら、壁の一点を鋭く凝視する宮間有希を見つめた。 雑務を切り上げ、病院の住所を調べ、出張中の社長へ報告し、渋滞を抜けたり、といろいろあって、岩渕が駆けつけたのは、もう夕方が近かった。ナースステーションに詰めていた看護師に話を聞くと、宮間のケガは軽度の捻挫と打撲、スリ傷や切り傷を全身に……さらには顔面にいくつものキズを負っていたらしい。たぶん……犯人との格闘の末、というより――拘束から逃れようと無理に暴れて駐車場のアスファルトやコンクリートに顔や体を打ったためのケガらしかった。 畜生っ……聞きづれえな。やはり岩清水や坂口を連れてくるべきだったか? 《D》の女子社員たちの顔を思い出しかけた時――宮間の視線が岩渕に向いた。「……死んじゃあいないみたいだな」 岩渕は同僚をからかうかのように言った。情や労いの言葉を宮間が好かない性格ということは知っている。「……ええ、生きてるわ。だからこそ……本当――イラつくわ」 鋭い目つきで岩渕を見つめ、小さな声で宮間が言った。「……来てくれてありがとう、あなたが一番乗りだわ」 岩渕を見つめる宮間の目は怒気で満ちていた。「……当たり前だろ? ……社長は明日だが、もうすぐ部長も来る予定だ」 何を奪われた? ブツは無事か? 犯人に心あたりは? 原因はお前じゃないのか? そう問いたい気持ちを岩渕は飲み込んだ。そんなことで宮間を責めても何の解決にもならなかった。「……骨の検査と治療で今日と明日は入院しろってよ。……《D》のことは心配するな、少し休め」 鼻で深呼吸をしながら岩渕は言った。ティファニーのピアスが揺れる宮間の長い髪からは、今もほんのりと香水の匂いが漂っていた。「……心配をおかけして申し訳ありません」 その時ようやく――宮間の目から力が抜け、彼女は力なく頷いた。「警察からはまだ何の話も聞いていない。……もし、警察には話したくないことがあるのなら……今、教えてくれないか? ……いろいろと《D》で調べておく」「……わたし……わたしは……岩渕クン……」 岩渕から目を逸らし、宮間がうつむいた。同僚のその様子を見て岩渕は、自分が彼女に思い出したくないことを思い出させてしまったことに気づいた。「……奪われたわけじゃあないの……ただ、壊されて……私の仕事が……私の、誇りが……私の……私の秘密も……ただ……汚されて……汚されたの……」 宮間は両腕で顔を覆い――ポツリ、ポツリと話を始めた。時折、彼女がむせび泣いて声を詰まらせるのを見つめながら――…… ――岩渕は黙って、ただ、黙って――それを聞き続けた……。――――― 肉が食道を流れ胃に落ちる感覚を楽しみながら、田中陽次は瑞穂区にある高級ステーキレストランである『キッチンハウス・リボン』で早めの夕食を食べていた。 うめぇ。 鉄板の上に盛られた松阪牛のステーキを咀嚼しながら、田中は心の中で歓喜した。最上級の肉の塊を行儀悪く噛みちぎる。芳醇な甘い香りが鼻腔を刺激する。 最高だ。田中は心の中で呟くと、脇に添えてあるフォアグラの塊にフォークを突き刺した。まるで原始人のように肉を食いちぎり、乱暴に噛み砕く。今度は注がれた赤ワインを水のようにゴクゴクと飲み込む。ひたすらに呼吸と咀嚼を繰り返し、繰り返し――まるで肉食獣のような声で唸った。 胃が膨れ多幸感で満たされるのを感じながら、田中は胸のポケットに入った財布を手でまさぐり、その厚みを確かめた。財布には、"スズキイチロー"こと川澄奈央人の倉庫から盗んだ現金の一部が入っていた。 それにしても……。「……あの女、イイ女だったなぁ……。どうせならヤっちまえば良かったぜ……」 誰にともなく呟くと、田中は宮間有希の顔を思い出し――思い出して、想像する……。「……午後13時5分に、宮間有希が東区のコインパーキングに駐車していた《D》の車に乗り込むわ。タイミングは13時15分まで10分間――その間だけ、人や車の通行はないみたい……監視カメラもダミーばかりで本物は精算機の上だけみたいだし――そこを襲って」 ソファに腰を下ろし、田中の顔を見つめてヒカルが言った。「……川澄の倉庫に続いて、これも田中さんにお願いするわ」「わかりました。……ついでですしね」 そう答えながら、田中はヒカルの唇や胸を――いつかは自分のものにしようと、いつかは自分だけのモノにしようと考えている聖女の体を見つめる。初対面の時は貧相で貧弱だった聖女の体は、今ではすっかり健康を取り戻し――女らしい……悪くないスタイルだ。「……川澄からはカネを奪うだけでいいのだけど、宮間有希に関しては……どこかの企業から買い取った高級時計を……〇〇〇で〇〇して頂戴……」 そう言ってヒカルは脇に置いてあった"神託"を手に取ってパラパラとめくる。「俳句を趣味にしているらしいから、それも適当にバカにして……顔にキズでもつけてあげて」「へえ、俳句ですか? ……顔にキズも?」 田中は唇を舌で舐める。「何か、意味が?」「よくわからないけど、俳句のコンテストで優勝したみたいなの。顔にキズでもつければ、授賞式には出られないでしょ?」「……いやいや、今時――そんなにプライドが高い女って……います?」 田中が言い、ヒカルは「女のことは女が一番よくわかるの」と言って笑う。田中も笑う。気がつくと――涎が口の中で激しく分泌されていた。《F》の屋敷の食堂で聖女様からもらって来た地図を広げ、東区にあるコインパーキングの詳細と、大須にある川澄の倉庫について計画を練る……。 大須の倉庫には1億近くの現金がゴミのように捨て置かれているらしい――考えるまでもないが、犯罪行為によって集められたカネだろう。……ここに俺から奪ったカネもあるに違いない。あのチンピラ野郎……。《D》総務課長の宮間有希。川澄に関しては私怨も強いが、この女に関しては何の恨みもない。――が、川澄と同組織である《D》に所属し、かつ聖女様の命令であるならば……俺は何も考えない。何も考えちゃあいないが……少しばかり遊んでやってもいいかもな。 川澄の倉庫から現金を盗んだ後は……想像以上に簡単に物事が進んだ。 監視カメラ対策にマスクとゴーグルをし、宮間有希がやって来るのを待つ。女がやって来たところを――男3人で囲む。膝を下ろさせ、両腕を背に回す。女は猛烈に抵抗し、カン高い叫び声を上げるが、誰も来ない。当然だ。近くに人や車がいないことは"知っている"。しかし少々面倒くさくなったので――俺が宮間の腹に拳をめり込ませると、女は嗚咽を漏らして呻いた。背筋がぞくぞくと震え、我慢できずに女の胸を揉みしだく。 宮間有希、この女はとても美しい顔と髪をした女だったが、身動きひとつできない状況で、俺に向かって、「殺すっ! 絶対に殺してやるっ!」と凄まじい形相で叫んだ。《F》の後輩信者のひとりに命じ、《D》の車の助手席に置かれていたアタッシュケースを外に運び、開ける。鍵は宮間のスーツのポケットに入っていた。「それに……触るなっ」と宮間がほざいたので、俺は女の首を片手で掴み、また胸をまさぐった。「……この、外道っ」女の悲痛な呻きを聞くのは楽しいが、口から飛ぶ唾液や血が服に付いてしまうのが困る。 首を締め、腹にもう2~3発拳を叩き込むと、宮間はようやく静かになった。女は狂ったかのように目を血走らせ、血が滲むほどに拳を握り締めていた。「お前ら……何者だ?」と弱々しく喋るが、別に答える義務はないので無視をする。 アタッシュケースを開くと、そこには高級そうなスケルトンの自動巻き腕時計が3本も収納されていた。スポンジ素材で包まれた腕時計の上にはそれぞれメモ書きが置いてある。『ロジェ・デュブイ エクスカリバーシリーズ 本物 備考――スケルトンタイプ』 素人でも理解できる。こいつらは俺のような一般の地方公務員では生涯触れることもでない一流品で、100万200万では到底買えるものではないということ。 宮間は土下座させられたような恰好で、必死の形相でもがいている。それらを見た後輩信者たちも「お前らのような富裕層のクズがいるから……我らの聖女様は……」と興奮した様子で宮間の頬を――まるでハンドジューサーでレモンを絞るかのように、ゴリゴリとアスファルトに擦り当てた。それでも、女は呻き、声を張った。「……それは《D》のエクスカリバーだ……シリアルナンバーも控えてある……現金化できると思うなよ……お前らは……全員、殺してやるっ……」 ……腕時計を奪われるとでも思っているのか? その口調には本物の殺意や敵意が込められているのはわかる。どうでもいいがな。 ――だが、違う。 俺たちの目的は、聖女様の命令は、それとは違う。 自分たちが持参したバックの中から8オンスのネイルハンマーを取り出す。アタッシュケースの中からエクスカリバーを引っ張り出し、コンクリートの上に置く。何かを察したのか、宮間が絶叫する。「……やめて、やめてっ! 殴るのなら私を殴れっ! やめてえっ!」 ……女の叫び声は最高だな。背筋がまた――ぞくぞくと嬉しそうに震え……ハンマーを降り落とす。リューズが歪み、ガラスに亀裂が入る。「いやーっ!」 自分のことでもないのに不思議だな、と思いながら2発目を落とす。「やめてっ! 許してっ! お願いっ、壊さないでっ!」 土下座のような姿勢のまま、宮間はまるでカエルのようになって猛烈に身悶えする。「しかし、理解できねえな」3発目。「こんなもん、ただの腕時計だろ?」4発目。「ただの道具じゃねえか」5発目。ここで、エクスカリバーの1本は完全に砕け散った。 2本目を手に取って地面に放る。チラりと横を見ると、宮間は涙を流している。「……いやだ……やめて……私の仕事が……私の、すべてが……」 宮間は大粒の涙を流してアスファルトを濡らしている。……まぁ、そんなに心配するな。残りの時計をブッ壊したら解放してやるからよ。「エクスカリバーなんて大仰な名前つけやがって……壊しちまえばゴミじゃねえか」 泣き崩れる宮間に俺は言う。「アンタ、俳句ヤるんだろ? 『山田山子』さん。そっちの名前はクソみたいでよ……俺は好きだぜ」言いながら、ゲラゲラと笑う。 笑いながら、ハンマーを降り落とし続ける……。 目を閉じて、思い出す。絶望に歪んだ女の顔と、恐怖、怯え、羞恥、屈辱。宮間有希の目にはそれらがないまぜになって混在し――楽しませてもらった。 しかし……本当はもっと、もっともっと楽しめたはずだった。聖女様の"神託"さえあれば、宮間有希を拉致して犯すなど実に簡単なようにも思われた。川澄奈央人を待ち伏せ、捕え、殴り殺すことなど実に簡単なようにも思われた……それができなかったのは……。 そう。 それを自分だけの判断で実行すれば、"あの男"の機嫌を確実に損ねるからだ。それは今の段階では避けたい……。 まぁ、いい。 今は、な。――――― 10月7日午前0時――。「……宮間の話は聞いたか?」『ええ。大体の経緯は』「社内の様子はどうなンや?」『平穏ですね。取り乱したヤツはいないですが……静かすぎるくらいです。まあ、みんな、考えるところがあるんでしょう』「岩渕の小僧は?」『岩渕さんなら、警察の取り調べ、エクスカリバーの修理依頼、宮間さんの心のケア、いろいろ動いてくれてるみたいですね」「おめぇは? 今まで何してやがったンだよ?」『あははっ、ちょっと今は秘密、ですねえ』「川澄……俺様がてめえを飼ってやってンのは、なぜだと思う?」『社長……わかってますってば……』「……てめえを飼ってンのは、てめえが"緊急時"に役に立つ男だからだ……カン違いすンじゃあねえぞ?」『……そうすね』「犯人グループの正体とアジトが判明次第即報告しろ……当然、どんな些細なことでもだ」『了解です……ボス』「姫様には適当に言っておけ……教えるのは最後でいい……」『アジトを発見したとして……どうします? 焼き討ちでもします?』「……そんな野蛮なことはしねえ。だが、このツケは支払ってもらう……死ンでもな」『……一応、ヤツらのメンバーに心あたりがあるので、探ってみますね……それと……』「ゼニなら用立ててやる。交渉役が必要なら岩渕を使え、用心棒なら鮫島を使え。命令や」『んー……かしこまりました。ただ……』「ただ? なンや?」『……社長や役員や社員も全員――気をつけてくださいね……ヤツら、《D》の関係者を狙って襲って来る可能性――"特大"ですから……』 通話を切る。《D》代表取締役社長――澤光太郎は、出張先で宿泊していた東京のセンチュリーサザンホテルの上層階で、首都圏の夜景を眺めていた。明日、朝一の新幹線で名古屋に帰社し、社内の陣頭指揮を執るつもりだった。 最悪――戦争の用意も必要か? ふと、《D》名駅前店の倉庫に眠る、ジェラルミンの盾のことを思い出す……。 ――――― 『聖女の《F》と姫君の《D》!』 eに続きます。 今回オススメはもちろん? seesが最も愛する『Aime』様……。 Aimer様……。 説明不要のスーパーシンガーwハスキーな歌声に伸びのある声質……。難しいとされる英語歌詞や難解なメロディをしっとりと歌い上げる技量……天才かつ最高。 惜しむらくはメディア露出が極端に少ないことと、アニメやドラマのタイアップが非常に多い事(そんなことしなくても売れるのに……)。 やはり見た目が少し地味なのが影響か? ……穿った意見でスイマセン。 ……ホント、クソみたいなドラマやアニメで使われて欲しくない。てのが本音かな。 安売りはしないでくれ……。 アルバム各種。買うべし聞くべしw 雑記 お久しぶりです。seesです。 更新頻度鈍いなw自分でもイライラする。 さて、近況ですが……特に何もないw今回は本当に何もないw しいて述べるのならば、私、松阪に赴任してから1年が経過したということぐらいか。sees的には2ヵ月で帰る予定だったのだが、昨今はどこも人材不足ということで説きふせられ……今に至る……むむむ、さいですか……。はいはい。ああ、ういろう、食いてえ。 久しぶりの澤社長の登場パートにseesも気合注入💉ドピュー!! 後はまぁ、惰性ですねw岩渕氏は相変わらず主人公属性らしく地味な立ち居振る舞いの徹底化。セリフの強弱を考え、比較的おとなしめ……。まぁ、制作時間に関しては今回短かかったですしね……。 キャラクターの性格と言動がテンプレ気味なのが少々違和感。まぁ……あまりに細かく設定してもね……それに、それがseesの才能の限界だとも思う。まじで。 田中氏鬼畜すぎーーwwwでもseesは好き♪ 次回は――ある方とある方がある方によってあることをされて、それによって京子サマとある方が激おこ😡みたいなwもう少しヒント出すと、岩渕さんと○○(京子様でも川澄でもない方)が大ピンチになりますw ああ……ああ……もっとホラーな話をつくりたい……ドロドロで、もふもふで、にちゃにちゃな……いやいや、我慢我慢(´・ω・)💦 seesに関しての情報はもっぱらTwitterを利用させてもらってますので、そちらでの フォローもよろしくです。リプくれると嬉しいっすね。もちろんブログ内容での誹謗中傷、 辛辣なコメントも大大大歓迎で~す。リクエスト相談、ss無償提供、小説制作の雑談、いつ でも何でも気軽に話しかけてくださいっス~。"イイネ"もよろしくぅ!! でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。 seesより、愛を込めて💓 適当ショートショート劇場 『会食と価値観(つまらない話)』 sees 本日は会社関係での会食。ツイにも呟きましたが、ちょっとばかり有名な 隠れ家的フランス料理店に来ました。会員制です。とても期待しています。 ……え? 何でそんなに丁寧な口調ですって? いやいやこれが私ですよ? 局長 「sees君、今日は存分に食べてくれたまえよっ! ガハハッ!」 うるせえな。 だったらマルゴーとかシャブリとかの高級ワイン飲ませろや。 局長 「sees君、これは○○産の○○を使ったソースで、○○が○○で○○な……」 うるせえなジイジ(暴言?)……ワシをナメてんのか? しかし……ウマイな(〃▽〃) 前菜はアンチョビの甘酢あんかけ?みたいな。 サラダは海藻と水菜と香草?と玉ねぎと白髪ネギと……いろいろな野菜に サラサラのオリーブオイルと何やらポン酢ゼリー? ジュレ? 頭が……。 局長 「ほらほら、飲み物も好きなモノ頼んでいいからね💓」 ……うぜえな――しかし……。 sees 「……ペリエ(水)で」 局長 「あれれ~(コナン君調)、遠慮しなくてイイんだよ~」 アホな上司は置いといて……。 スープは何と……鳴門金時(さつまいも)のポタージュ! これがまた 美味かった……。甘いようで優しくて……正直、おかわりしたかったw 局長 「いや~美味しいねえ美味しいねえ、また来週にでも来ようかな~」 ……無視無視。 メインは豚・鳥・牛・魚から選択。seesは迷わず魚。 ……美しい。 皿に盛られたのはカレイのムニエル?に南蛮風味のソース、カイワレやら ネギやらの野菜盛……(料理系の表現は難しい……)すげ。 ウマイ、美味すぎる、十万石饅頭……(埼玉県ネタ)。 局長 「sees君、どうだね? 予約していくかい?」 プライベートでの次回来店を進める局長……うるせいなぁ……。 sees 「……しかし本当に美味しかったですね……(本当に定期的に来たいな)」 そして……seesは見た。 離れた席に置いてあったメニューをそっと手に取り、価格を確かめた……。 結論から思うに――見なきゃ良かったw ランチコース 3000~6000円 ディナーコース 5000~15000円 ペリエ 600円、ワイン、グラスで1500~??? どんだけ~っ!! sees 「……今日はありがとうございました<(_ _)>」 庶民にゃ無理か……。思い知ったわ、いや、思い出したわ。 ワシには……日高屋のラーメンがお似合いやな……。 🍜了こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2019.11.07
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