PR
カレンダー
よびりん♪ さんカテゴリ
コメント新着
父が亡くなって今日が満中陰、詰まり俗に言う「四十九日」である。
法要という形式は先々週に新盆と一緒にすませた。
浄土真宗は形式よりも心を最も重視する宗派である。
朝、妻が一番最初にお線香を上げてくれる後ろ姿を見て
感謝の心でいっぱいになった。
続いて自分も手を合わせ、四十九を無事迎えた。
今日から思いを新たに家族がひとつになり、幸せな道を歩んでいくことが
故人への最大の供養となる。
今日はそんな思いを抱きながら1日を過ごすことになろう。合掌。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
浄土真宗の四十九日の考えはこうなのだ。
中陰とは、「中間的存在」という意味です。「中有」ともいい、古くからの目本の葬送儀礼の中で定着してきた死生観です。 つまり、中陰とは、人が死んで次の世に生まれ変わるまでの期間のことで、七日ごとをひとつの節とし、段階を経て進んでいくと考えられます。
次の世に到達するためには、「この七日間を七回繰り返さなければならない」というのです。だから「四十九日」とも言われ、残された人々は、「ひとつの節を迎えるごとに追善の法要を勤めて、死者の冥福を祈る」という習俗として、昔から定着してきたものです。
しかし、お釈迦さまの教え(仏教)に、そのようなことは記述されていません。
そして、霊魂の存在を否定することも知っておくべきことです。浄土真宗では、阿弥陀如来さまのお救いによって「命終と同時にお浄土へ往生する」という教えですから、「追善、追福の供養」というよりも、亡き人の遺徳を偲びつつ、この中陰の法要をご縁として、より深くお念仏のみ教えを味わうように心がけます。そして、この四十九日という期間は、「遺族の心が整理されてくる期間」と味わうことができます。別れの悲しみが癒され、本当に落ち着いて故人の死と向き合えるようになるまでの期間でありましょう。
浄土真宗の中陰の法要をご縁として、「迷っていたのは故人ではなく、実は死を嘆き、恐怖する私の心であった」と気づいていただきたいものです。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^