PR
Calendar
Comments
Category
引用の引用で恐縮ですが、再び 「個性」なんかいらない!
よりです。
>「バカ」呼ばわりできる訓練を<
・・・・・
私は幼稚園には行っていない。そのころ行っていたのは良家の子女ばかりで、
私の家は良家ではなかったということもあるが、理由はそれだけではなかった。
私の両親に限らず、当時の親には「幼稚園に入れたら子どもが弱くなる」
という思いが強くあったようなのだ。
今は幼稚園に行くのが当たり前になっているから、そんなことを言われてもしかたがない
と反発されるだろうが、私は当時の親の考え方を正しかったと思っている。
私たちは四~五歳ごろから一緒に遊んでいる仲間に、よく「バカ」と言った。
もちろん、母親に見つかれば「そんなことを言ってはいけません」と怒られる。
でも、仲間と遊んでいるときはしょっちゅう言っていた。
これは子どもたちだけの遊びだからできたので、幼稚園でやれば
間違いなく 「悪い子」として矯正される
これはたいへん具合が悪い。子どもでも、何もなくてバカとは言わない。
「バカ!」と呼ぶのは相手が悪い、自分が正しいと思うからなのだ。
正しいかどうかは別として、自分を正しいとする自己主張は、
発達のプロセスにはきわめて大事なことだ。それを「バカ」と言ったから、
小突いたからと「悪い子」として否定してしまったら、自分を貫こうとする勇気は育たない。
人間は人の間で生きて行かなければならないのだから、
自分を通して行く「たくましさ」や「したたかさ」が必要なのだ。
また、そのぶつかり合いの中で人の心が分かるようになっていくのである。
脳科学者の澤口俊之 -北海道大学教授- は、こういうぶつかり合いができる状態こそ、
人類が「普通」としてきた環境だとして、次のように述べている。
「近所の幼稚園や小学校の様子を見ると 、『自由で自発的で複雑な社会関係」を
抑えることこそが重要な教育の一つだと勘違いしている としか思えてならない。
先生たち-そして親たち-もいわゆる『いじめ』や『問題行動」にあまりにも過敏に
なり過ぎている。そのため、ちょっとした喧嘩やいざこざ、あるいは取っ組み合いを
決して容認しない。これは声を大にして言いたいが、 礼儀正しく整然とした社会関係など
「普通の環境」ではない 。いじめや喧嘩、いざこざ、取っ組み合い、
そういった一見ネガティブな関係と仲良く助け合い、協力し合い、喜び悲しみ合う
といったポジティブな関係が入り交じった 複雑な社会関係こそが、
「普通の環境」に近い のである - 「幼児教育と脳」 -
私達は、人類うん(十?百)万年のあいだ、滔々(とうとう)と受け継がれてきた
社会文化をもっと 研究し、現在に照らし合わさねばならないように思えます。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」というのは、正にその通りだと思います。
「今の世の中が当たり前」と考え、経験だけで物事を計るのは、安直すぎるような
気がしてなりません。