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日曜日なので 駐車場が 空いていて助かります。 パパは 明日退院だと言って とても ご機嫌です。 またまた スケジュールなど 組み立てています。 今日は 診察もなく 看護師さんも 少なく 静かです。 自分で おやつ用に かき氷など 買い込んで うれしそうに食べてました。 本当に これで 入院生活が 終るなら うれしい事なのですが・・・・。 「 今日の パパ 」 気分・・・・絶好調です 体調・・・・まあまあかな 食欲・・・・OKですが 「何食べても うまく感じないよ」 と言ってました。 いよいよ 明日 順調なら 退院です。 入院中は ナースコール押せば 看護師さんが とんで来てくれますが 家では そういう訳にもいきません。 山ほどの 不安は ありますが パパが 過ごしやすいように サポートしていきたいです。 生活が 戻ると 仕事や お酒の 心配があります。出来るだけ 本人の 希望を 聞いてあげたいし、 病気の事 考えると セーブしたいし 難しいところです。 病院の 帰り いつもの様に 玄関まで 送ってくれました。 車が近くに止められたので 車で 通り過ぎるまで 立っていました。私が 手を 振ると 大きく手を振ってた。 いつまでも そんな風に 元気でいて欲しい。
2005.07.31
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朝 病院に 行こうとしたら 友人の Tさんが 来た。 Tさんと私は高校の 同級生で 子供たちも 同学年です。 塾も一緒でいつもおしゃべり仲間だった。 一度メールで 「 パパの 病気の事、 今の自分の 心境 」を 伝えた。 家は 近いので 話は聞いてると 思ったけど 「うわさ」 ではなく 本当の事 伝えたかったので。 会ったのは 3ヶ月ぶり、 「 うちで 採れたトマトと きゅうり 食べてね。 」 いつもどうり 元気な声でした。 たぶん 来るのに迷ったと思う。 とても うれしかった。 メールでも 応援してくれる 心強い友である。 「 今日の パパ 」 血液検査・・・・昨日より少し良い 治療・・・・・飲みクスリ 痛み止めシール張替え 気分・・・・・土曜日なのにかえれなくて つまらないと言う 土曜日なので 同室の お見舞い客が 多い。しかも 2時間しゃべりっぱなし・・・。出来れば 休憩所で お願いしたいものです。眠いのに 眠れないよー。うるさくて 少し イライラ。 ホントは TVは、 イヤホンで聞く事に なってるけど わざとイヤホンなしで 見てた。 ( ボリュウムでは、負けてたけど ) N先生によると 「 月曜日の 血液検査の 結果しだいで 退院きめます。 」でも パパ月曜退院に 決めてる。 もう 人の話 聞いてないな。 病院食に うんざりしてる。 分かるけど 3食は 持っていけないよ。 私の方も 体調が だいぶ戻りました。 退院するのは うれしい事なのですが 不安も いっぱいです。
2005.07.30
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私 ついにダウンしてしまいました。 27日は 台風明けという事もあり 午前中は 洗濯。午後 病院、 娘の学校、買い物と 動き回り 夕飯を 作って ダウン。 めまい、吐き気、だるさに 起きていられなくなりました。 28日も 食事作り以外は ずっと寝ていました。( パパ外泊中なのに・・) 今日は 朝7時に 病院で採血予定。 パパ一人で行ってくれました。 ( 帰り荷物を 引き上げてきた ) 10時採血の結果を 聞きに再度 病院へ行き 「 赤血球の数が 10分の1しかないので、退院は 無理です。 」 N先生に 言われました。 もう一度 家に 戻り 荷物を 持って入院です。 忙しい1日でした。パパは 病院へ 3往復しました。 31日で 入院100日。 あと少しで 退院かな?って思ったので 張り詰めていた糸が 緩んだようです。 「 今日の パパ 」 検査・・・・血液検査 あまりよくない 治療・・・・飲みクスリ 気分・・・・朝・・絶好調 昼・・がっかり 夜・・退屈だと言ってた パパには、悪いけど 退院が 延びて 少し休めます。 24時間 家にいると 気を 抜く事が 出来なくて。 体調直して パパの 退院を 待ちたいです。 追記・・・朝 採血のときに着てた ポロシャツ さっき見たら 出血が かなり 染みてた。( 10cmくらい ) いつもは 血が すぐ止まるので バンソウコはがしちゃうのです。本人は 止まってると思っていたみたい。やっぱり 赤血球が 足りないせいですね。 血が 止まりにくくなるので けがなど しないように 気を つけないと。
2005.07.29
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本日 体調不良の為 お休みします。
2005.07.28
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今日は シール張替えの日です。 お昼過ぎ お風呂に入り シールを 貼ろうとしたら クスリのシールは あったけど 上に貼る透明シールが 無い。 病院に 電話したら 「 なくても大丈夫です。」 との事。 でもパパは 「 病院に いってもらって来る。」 4時に 長女の面談がある。 いまから 病院往復すると 1時間、 ぎりぎりだけど パパ一人で 行かせる訳にもいかず 送っていく。 毎日 通ってる 病院までの 道なのに パパと 二人だと 全然違う。 玄関に 降ろして 車で待つ。 昨日 病院を 出た事が とても 昔に思えた。 こんな風に いろんな事が 過去のものに なっていくんですね・・・・・。 ( 残りは、 夜書きます。)
2005.07.27
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台風のため 朝から強い雨が 断続的に 降ってた。 ユウウツな思いで 病院へ行く。 パパは 荷物を まとめてる。 私 「 外泊許可出たの? 」 パパ 「 いいんだ。 もう帰る。お昼は ラーメン食べて、夜は そばだ。 買い物も して行こう。 」 なんか 自分で スケジュール立ててる。 かなり強引に お願いして 外泊させて もらいました。 先生も 無理に 止めなかった。ただ 「 何か あったら すぐに 戻ってください。 」と 念を 押されたけど・・・。 家に 着くと カメの 世話したり コロかまったりしてた。 お風呂に 入り ビールを 飲んでる。 ホントは 止めたいけど しょうがないよね。 台所に たつのが好きなパパ。 ひとりで カブの 漬物作ってた。 休んでていいよって言っても 「 だいじょうぶだよ 」 ご機嫌です。 8時半 パパは 熟睡です。 「 お休み パパ 」 部屋の 電気を消した。 「 今日の パパ 」 久しぶりの 我が家を ゆっくり味わう 治療・・・・飲薬だけ 時間を 止めたいと 思う 今のままで いて欲しい 入院して 3ヶ月たった 先生との 約束の半分が過ぎた
2005.07.26
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国民年金の 引き落としのハガキが 届いた。 先月 払えないので 一年休むと 届けたのに。 役所に 行って話すと 切り替えが 7月なので もう一度 申請してくださいと 言う 私 「 やめること 出来ないの?」役所 「 出来ません。 いま 大変でも もらう事かんがえて 」 私 「 もらえないんです。 もらえるまで生きられない。 」 どうして こんな所で 他人に パパが 死ぬこと話さなきゃいけないんだろうと 思ったら 泣けてきた。気の毒そうに 私を 見ながら 役所 「 銀行に 引き落とし停止だして ください。 そうすれば 落ちませんから・・」 私 「 先月のとき どうして そう言ってくれなかったの? 」 たぶん 違う人が 担当だったのだろう・・・でも 言わずに いられなかった。 車に 戻ってから 涙が あふれてきた。やっぱり パパが 死ぬんだな と改めて思った。 「 今日の パパ 」 食欲・・・・80%くらい 検査・・・・CT 機嫌・・・・すごくいい 退院・・・・自分で 決めてた 今日は 駐車場で 1時間も かかってしまった。ガードマンに聞くと先週月曜日休みだったので 月曜診察の人が 倍になってると 言う。病室に 着くと もうお昼近くなってた。パパの 機嫌が とても良い。パパ「 明日から 29日まで 外泊で 29日戻って即退院だ。」私 「 先生が 言ったの? 」パパ「 自分で 決めた 」 パパも 限界だったのかも。 私も たぶん限界・・・ 朝 娘と ひと悶着あり。弁当作れなくて(気力、体力なくて・・)コンビニ寄って 駅に送る予定だった。7時30分の電車だといってたのに時間になってもノロノロしてた。どうするの?って聞いたら8時にする。いつもなら 聞き流せたのに そこで プッツンしてしまった。思い切り戸を 閉めて 2階へ・・・2階の 戸も 思いっきり閉めた。なにも したくなかった。 娘は 弁当も 持たずに 歩いて駅へ・・・・ 悪いことしたと 思ってる。 でも なにかが 崩れてきてる・・・
2005.07.25
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昨夜のNHK3チャンネル「 ETV特集 奥山貴宏 がん漂流 」見ました。 ビデオにとってたので 後で見るつもりでしたが 見始めたらそのまま 最後まで みてしまいました。 風邪の 症状 肺に 水がたまる 検査入院の つもりが・・・・ がんの 宣告 ほとんど パパと 同じ始まりでした。 でも もっと 暗くて 悲しい 雰囲気なのかなと 思ってたけど 彼は 自然体で がんを 受け止めてたし 「 仕事 」「 遊び 」 「 がん 」って感じで がんに 100%入ってしまわないで飄々と してました。もちろん そこに たどり着くまでの 心の 葛藤は、あったと思う。彼の HPは 前に 見たことあったけど 過激なイラストを みて 癒し系を 求めてた私は パスしてた。昨日 TV見終わって改めて HPを 読みました。いろんな人の書き込みが たくさんありました。どうして 彼の 生きているうちに 放映されなかったのかな? それが すごく残念だと思う。 「 今日の パパ 」 食欲・・・・・50%くらい 点滴・・・・・夕食 食べられれば なし 顔色・・・・・昨日より 少し良い めまいが 治まってきたので シャンプーできました 病室に 着くと 点滴してなかった。 朝食は 少したべたそうだ。 お昼の 献立は 秋刀魚定食。 匂いだけで いらないと言う。パパが 1階の レストランなら 食べられそうだと 言うので 二人で1階へ。 カレーとサラダを 半分くらい食べた。 食後 表の ベンチで休む。 木陰なので 風が さわやか。でも病室に戻ると「 表にでたら息苦しかった。外の空気に 慣れてないからかな?」 と言う。ベットの上では、ずっと酸素やりっぱなしだから、酸素なしが辛いのかも。家に帰っても 行動範囲が狭くなると思う。
2005.07.24
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今日も 朝 昼 食べられない。 N先生に 点滴おねがいする。 水分を とっていないので 血管が なかなかでない。 顔色が 黒ずんで だるそうである。 昨日から ほとんどベットの 上で過ごしている。4人部屋のうち 2人退院して 同じ病の Tさんと 2人です。 静かな午後です。 パパは 窓際では ないので隣(空きベット)のカーテンを 開けて 窓の 外を 見ている。 その目は 風景じゃなく 遠い何かを 見つめているようで 寂しそうにみえました。 頭のCTは、昨日とったらしけど N先生何も 言わないので 問題ないのかな・・・。パパの 体が どんどん パパのものでなくなっていくような気がする。 「今日の パパ 」 食欲・・・・・マイナス 点滴・・・・・500mlの2本 栄養 吐き気止め シャンプーしたがっていたけど、めまいの事もあり 明日する事にした 顔色・・・・・悪い 夜 3チャンネルで 肺がん余命2年を 宣告された人の 番組がある 33歳という若さで 亡くなった。 見るのが 少し怖い。ビデオに とっておこうと 思ってる。
2005.07.23
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昨夜 フジTVのアンビリーバボー 「 さいごの 約束 」を みました。造り酒屋の 夫婦の 話。 ご主人が がんで 余命1年。 隠していたのに 偶然 それを 知って 「 会社の経営者として 夫として 子供たちの 父親として やるべきことが あるんだから 隠さないで 全部教えて欲しい。 」 と言うのを聞いて もし このTVパパも 見てたら 「 自分も 同じ考えだな。」 って言うのかな? 全部 教えない方が 幸せだと 今まで思ってたけど ・・・・。 全部知っていれば やりたい事が もっと 出来るのかもしれない。とても 迷う・・・。(朝 書いた分です。) (夕方 書いた分です。) 今日は、 入院してから 一番不調です。 朝から吐いて朝食取れず お昼も 食べないで クスリ飲んだのに すぐ 吐いてしまった。 N先生に 話し 栄養の点滴を お願いしました。すぐに 点滴を 始めてくれました。「 吐き気止めも 入れておきました。 今週は 外泊中止してください。」と いわれた。食事が 取れないなら当然だと思った。 点滴が 終るまで居るつもりだったのに 「 雨が 降ってきそうだから 早めに 帰れ 」とパパに言われ 落ち着いてる様子なので 家に 帰った。 午後 私一人の時 N先生から 「 めまいや 吐き気は たぶん抗癌剤の 副作用だとおもいますが 月曜日 頭の CTとります。転移では ないと思いますが・・・」 少しずつ 不安が 現実になっていく。 弱っているパパを 見たら 朝思っていた「 真実を 知らせる 」なんて事 絶対 出来ないとおもった。 今 正しいか 正しくないか 考えないで 自然の 流れにまかせようと思った。 「 今日の パパ 」 食欲・・・・・ゼロ 点滴・・・・・栄養剤、吐き気止め 4時間の2本 検査・・・・・静脈、動脈の 血液検査 教授回診・・・パスされた(その方が 良いけど) 元気・・・・・なし
2005.07.22
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昨日は 同じ部屋の Tさんと Mさんが 夕食の時間 抜け出して 1階の レストランで 外食した。 帰って来たところ 看護士さんに 見つかり現行犯。 二人は 糖尿病を もってるのです。 かなり 叱られたらしい。 今日は おとなしくしてる。 お昼少し前 N先生から話があった。 2クール終ったので 来週 CTの 結果で 効果が 出ていれば退院。 3クールから 外来で良い。しかし 変化なければ このまま入院して 違うクスリを 使いたいとの事。 さらに パパが めまいがしてる事 話したら 「頭の CTとりましょう。 」酸素不足の めまいなのか、それとも 脳への転移なのか 心配。 肺がんから 脳へ 転移する例が 多いと 聞いてます。 どんどん希望が なくなる気がした。 パパは、 自分の 病気の事 どれくらい わかっているのかな? 「今日の パパ 」 熱・・・・・少し高い 食欲・・・・あまりない 眠気・・・・すぐ熟睡してしまう 痛み止めパッチの張替えあり 追加・・・病院の 冷蔵庫に 「 コロ用 」と書かれた フライドチキンが入ってた。パパが 残した物だが コロの 大好物なので もっていってくれと 言う。家に 帰ってパパの 字を見たら 泣けてきた。
2005.07.21
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時間だけが 目の前を 通りすぎていく。 とりあえず 今日も 何事もなく 無事に 終っていく。 病院から 帰ってくると ぐったりしてしまう。 コロの 散歩 と 夕飯の 用意が 待っている。 その前に 少しPCに 向かい しばし精神の 開放の 時間に 浸る。 自分の 書いた日記を 読み返して 涙したり 応援の メッセージに 喜んだり わずかな自由時間。 時の たつのを 忘れてしまう。 今日 入院してきた ( 4人部屋の 1つ空いてた。)Mさん( 60才 ) 社長さんだとか、 うるさくてマイペースです。 たぶん 個室に 移る予定。 話に よると 愛人宅で 心臓発作起こしたらしい。 荷物を はこんで来たのも30才くらいの 人なので 話の 愛人さん。 こんな時も 現れない 奥さんって 信じられない。 気持ち分からないでもないけど・・・。 水曜日は N先生いません。 少しのんきに 過ごせます。 ホントは いけないんだけど 病院抜け出して パパと スーパーへ。 車に 私服置いてあるので 着替えて お買い物。 二人で ぶらぶら 幸せ時間。明日も こんな風に 過ごせたら いいな。 「 今日の パパ 」 顔が 赤い・・・氷まくらで冷やす 食欲・・・・・・普通 夕飯用にもつ煮購入 痛み・・・・・・胸を拭いたとき痛み有り 血圧・・・・・・いつもより上が高い 元気・・・・・・いつもどうり
2005.07.20
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外泊から 戻ると 「 点滴 今日やりますね。 」と言われた。 予定では 明日のはず。 取りあえず レントゲン検査へ。 土曜から月曜まで 連休だったので レントゲン室が ものすごく込んでいました。 病室に 戻ったらお昼に なってました。「 点滴あるから お昼は 控えめにたべるか。 」とパパ。 1時ごろ N先生が来て 少し話す。 先生「 酸素なしだと どうですか?」 パパ「 やっぱり 苦しいです。 」 先生「 自宅に 酸素の機械入れますか? 」 パパ「 そうしてください。酸素は いつまでつずけるんですか?」 先生「 一生です。 」 パパ「・・・・・」 聞いていてパパが かわいそうになった。 今日の 点滴は 4本。1本目は 吐き気止め、アレルギー止め 2本目から4本目が 抗癌剤。2時間で終った。 同室のTさん、 9本点滴中なのに 部屋から出て行き、 戻ってくると、話が あると言う。 知り合いに 酸素やってる人が 居るので 電話で 色々 聞いてくれたらしい。 「 医者の 診断書が あれば 市から補助金が 出るので 申請したほうがいいよ。」 とアドバイスしてくれた。 ほんとに ありがたいな と思った。病気に なってから いろんな人に 助けられて 生きて居る事が わかった。 健康な 時は 見えていないものが 多かったな。 「 外泊の あとで 」 朝脱いだ パジャマが そのまま ウーロン茶を 飲んだ コップが そのまま 使った タオルも そのまま 何もかも そのままなのに ここに あなたが いない 私の 思いは どうすれば いいの いつでも いつまでも そばにいると 思って いたのに・・・・・
2005.07.19
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東京に 住む兄が たずねてきました。うちまで 車で 2時間位あります。 「 OOさん( パパのこと )に 栄養つけてやってよ。」と言って まとまったお金を 置いていきました。 パパには 言わないで欲しいと。 遠くに 住む妹が 「免疫力が 上がるペンダントだよ。」と ペアで 送ってくれました。 たぶん かなり高額な ものだと 思います。 実家の 兄は 「今の 家に 住んでいられなくなったら 俺が 住む所 用意するから 心配するな。」って いってくれました。 みんなの やさしさが 心に しみました。 みんな ほんとに ありがとう。 今日は、 実家の 母を 誘って パパと三人 少し遠出を しました。おだやかな時間を すごせました。 母には、 癌の事 話してません。外泊などしてるので 順調に 治ってると 思ってます。 悲しいけど今してる事すべてが 思い出に なってしまうのですね。 現実なのに 私一人 テレビの 画面を 見てるように 感じてる。 パパは すぐそばに居るのに すごく 遠くに 感じて すごく 悲しい・・・・。
2005.07.18
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特に 予定もない 日曜日です。 パパは お昼からTちゃんと出かけています。(お昼の後 たぶん パチンコ)夕飯は 帰ってきて食べるのかな? 心配だけど 一人じゃないし。 昨日も 夜中 何度か パパを 確認しちゃった。 あまり静かに寝てると 心配になる。 (義母が 寝たまま 目を覚まさなかった事もあって。) パパと 会話してる時 普段どうりに しゃべって居る私がいて、 それを見てる もう一人の 私がいる。 もう一人の 私は 冷静で 冷たい目で見てる。 それを 感じるとパパとの 楽しい時間なのに 100%楽しめない。 昨日 パパとスーパーで 買い物中、近所の人と 会った。(誰にも会いたくないので遠くの店にしたのに・・) 「しばらくぶり、病気の方は、どう?」なんて言われても 返事に 困る。「癌です。」って言ったら 二度と聞いてこないだろうけど そういうわけにもいかず、アイマイに 返事しといた。 入院が 長いんだから 察知してほしいのに・・・・。病名は いろんな人に 聞かれた。 はっきり答えないのは、 訳あり なんです。 それでも しつこく聞きたがる人もいた。
2005.07.17
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病院に 向かう途中 黒電話の コールが2回。 パパからだ。土曜は、外泊なので パパが 病院の玄関で 待っている。 車を止めて おけないので 病院の 手前で時間に なるのを 待ってる私。コール2回は、「 もう玄関にいるよ。 」パパからの 合図。 黒電話の着信音は パパだけ。 そのコールを 聞いた時 パパが 子供みたいに ワクワクして待ってるなって 思った。 うれしい。 でも すぐ後 悲しみが 追っかけてきて 涙が あふれた。 玄関に ついても パパの顔が 見られない。 汗を 拭くふりして 涙を ふいた。 家に 着いて すぐ横になって 休む。「 今週は 土曜日になるのが ながかったよ。 」と 言う。 なんだか 嫌な 感じに聞こえた。 体調が あまりよくないせいかなって思えた。 お昼前 パパの 親友のTちゃんが プロポリスを 届けてくれた。 高価なものなのに「 俺も 飲んでるから ついでにかってきた。」と 言って お金を受け取らない。 Tちゃん夫婦と パパは、小学校からの 同級生。何かと言うと Tちゃんちに 集まって おさけ飲んだり 騒いだりしてた。 Tちゃんには、病気の 事全部はなしてある。それでも 同じように 誘ってくれる。先々週の 日曜日は Tちゃんと 仲間数人で おそば 食べにいった。12時ごろお店に入って 3時までいた。ビール飲んで おしゃべりして おそば食べて。ホントに 子供みたいに 騒いでた。パパ いい友達もって 幸せだね。
2005.07.16
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先日 NHKのためしてガッテンで 紹介してた 「くずレモン寒 」 作りたくて テキストと 粉寒天を 注文したところ 入荷待ち。 昨夜 やっと 届いた。 早速作って パパに食べさせたら 「まずいー」と一口だけ。「 クスリだと思って食べて 」 と 無理やりもう一口。 こりゃ何かに混ぜないと 食べないぞー。 動物実験では がんを 分解したと言う くずレモン寒。 毎日でも 食べて欲しいのに。 明日から 外泊。 月曜が祭日なので 戻るのは 火曜日。3泊4日です。パパは「 今日帰りたい 」 っていったら「4泊5日になるからむりです。」当然だよ。病院より 家に居るほうが 多い入院患者なんていないよ。 暑くなってきたので 心配。 本人 仕事するつもりでいる。体力落ちてるに・・・・。 「くずレモン寒の作り方」材料 水2カップ 粉寒天4g レモン汁・砂糖各大さじ2 をアルミ以外のなべに入れ、沸騰するまで木べらで混ぜ、 沸騰したら 弱火で3分。 器に入れ 粗熱がとれたら 冷蔵庫で冷やす。 冷やして 固まらなければ成功です。
2005.07.15
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今日は 朝から とても嫌なことが ありました。 コロ(愛犬)の散歩中 小川のほとりを 歩いていると 白い物が 流れてきました。 生まれたばかりの 子犬。 眠っているような顔 今すぐ 救いあげれば 生き返りそうな・・・・・。どうして? 飼い主が 困ってながしたのですか、かわいい自分ちの犬の子供、 里親だってさがせばいますよ。 助けたくても 助からない 命もあるのに・・・・・・ 病院までの通路で 老夫婦が 手を つないでる。 おばあちゃんの足が 悪いので おじいちゃんが 支えてる。 ほほえましい風景なのに 涙が あふれて止まらない。 私が おばあちゃんに なったときパパ 手を つないでくれますか・・・・・・ そんなこと考えたら 後から 後から 涙が こぼれて 人が見てるけど 思い切り泣いちゃった。 まだ目が 赤いけど 5階へ・・。 病室で パパは 丸くなって 良く寝てる。(昨夜 眠れなかったのかな ?) 昼前 N先生がきて 「 胃腸の 調子が 悪いと言うので クスリ 変更しました。」 (11種類から 5種類になった。) 昼食後の クスリを 飲んだら 眠くてどうしようも無いと言う。 急いで ベットに戻り あっというまに熟睡。 検査と クスリ漬けの 毎日 。 少しでも 良くなってる事を 信じよう。
2005.07.14
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看護士さんが、 細長いカードのような物を パパに渡して 「これからは、これでチェックしますね。」と言っている。 私が のぞき込むと急いで 雑誌の下にかくした。「なんでもないよ。」と言って話題をかえた。 絶対に変だ。 パパの居ない隙に見てみた。 そこには、アンパンマンみたいな顔が幾つもあった。 ニコニコからだんだん泣き顔になっていく痛みを表すカードだった。 その顔がパパの顔とダブって泣きそうになる。 いつかパパの顔もこんな風になっていくのかな・・・・・。 昨日の副作用なのか体全体が赤い。 湿疹ができてかゆいと言う。アイスノンで冷やしてる。 お昼は、パパのリクエストで冷麺を作っていったけどあまり 食べていない。食欲がない様子。 今まで 酸素吸入はベットにいる時だったのに 今日は食堂でお昼食べてる時も酸素してた。 やっぱり苦しいのかな? 心配。
2005.07.13
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今日から2クールにはいります。 前回は午後だったのでそのつもりで遅めに家をでた。 11時ごろ病室に入るとすでに始まっていたのでびっくり。 全部で3本。 「お昼までにおわるよ。」と看護士さん。 同室のTさん(肺癌、糖尿、アレルギー)は9本なので朝から夕方までかかるらしい。でも、とても前向きな人です。 ほんとに病気とは、思えなく楽しい事言って笑わせてくれます。 お昼ぎりぎり点滴が終わり、「手足がしびれてだるい。」とパパ。 お昼はうどんですが麺類を断っています。(病院の水が消毒くさくて麺やツユがまずい。) 持っていったうなぎ弁当を食べました。 午後は特に何もない。良く眠っているので私も休憩室でうとうと。2時ごろ部屋に戻ると看護師さんが「追加の痛み止め。粉と錠剤とシール。」といってクスリをわたしてる。 痛みがひどくなった事どうして言ってくれないの? 心配させない為? 「痛むの?」 聞いても 「大丈夫。」ニコニコしてる。 心配だよ。 つらい時は、言って欲しいのに・・・。 夜もずっと居たいけど子供たちもいるしそーゆー訳にいかないよね。 帰る時間だけどグズグズ。 「また明日ね。」 いつも送ってくれるけどベットで安静にしてるように言い病院を出た。 空気がひんやりしてた。
2005.07.12
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月曜日は、 ユウウツ。 パパが 病院に帰る日だから。 (看護士さんの「おかえり」と言うセリフは 気になるのだが、) 10時に戻る事になっている。 9時30分家を出て仕事の現場で少し打ち合わせ 。 「5分くらいさ。」 なんていって30分たっても来ないので携帯にかける。 当然遅刻。 パパと 荷物を病院の入り口に降ろして 駐車場へ。 ものすごく込んでて なかなか止められない。 病室についたら11時になってた。 検査の為 ベットに居ない。 明日から2クール目。 1クールの時も 副作用はあまりでなかったので 本人も前回ほど心配してないみたい。 でもやっぱり不安だよね。 同室の人も外泊でした。 お土産などもらってしまいました。 (県外からきてる) 午後疲れのせいか 椅子でうとうとしてると パパが 「ベットでねるか?」 せっかくのお誘いなので 半分借りて横になる。 カーテン閉めて 二人の世界(4人部屋なので) 幸せな時間。
2005.07.11
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外泊中の パパですが、 今日仕事でした。 仕事は 建築関係。 現在は 同業者に頼んでやってもらっているのですが、 現場に行くとどうしても 自分のやり方と違う所を 手直ししてます。 (職人気質?) 私が 「仕事断ったら?」 パパ「その後仕事が来なくなるだろう。」 病気の事 全部は パパには話してません。 (がんなのは知ってるけど) 治るつもりでいるパパにとって まだまだ 将来があるのです。 私も信じたいけど。 明日は、 もう病院に戻る日。 家にいる時は 病気だなんて思えない、 でも 病室に戻りベットに横になっていると 現実なんだな。 入院も長くなると 何人も退院する人を見送る。 みんな元気になって退院、 とてもうらやましい。 笑顔で見送りながら 心の中が冷えていく。
2005.07.10
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週末なので 外泊中。 午前は 次男の練習試合 (ソフトテニス)迎えに行き、 買い物したりしてすごす。 パパは お昼を食べて 少し横になっていた。 疲れたのかな? なんて思っていたら、 「パチンコ行ってくる。」と言う。 (昔はパチンコ大好き。子供が出来てからは、お正月ぐらいしかいってないけど。) 一人で 行かせるの心配。 携帯と私の電話番号書いたメモ持たせる。 「もしも、 倒れてしゃべれない時、 困るから」 ちょっと冗談っぽく言う。 「遅くても6時に帰ってきて。」念を押して見送る。 一人でこれといったする事もなく過ごす。 (ちょっと前ならビーズ、 パッチワーク、 絵を描くなんてことに夢中だったけど。) パパの病気が わかってからみんな封印してる。 私から趣味をとったら 生きていけないよ とか甘い考えだった頃 、ほんの2か月前なんだけど 遠い昔のよう。 パチンコは 気晴らしになると思うけど 空気悪いので心配。 でも家に閉じ込めておくのもかわいそうだし・・・。 でも帰ってきたのは7時でした。 「1時間の遅刻でしょ。」 と言うと 「悪い悪い。」 もー心配してるのに・・・。 少しだけという約束のお酒も こっそりのんでる。 しょうちゅう、 ビール、 体にわるいのに。 でも子供みたいに笑ってる顔見てると あまり強く言えないよね。 今だけの幸せな時間。
2005.07.09
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金曜日の 午前は 教授回診です。 若い医者を 20人位引き連れて 病室をまわります。 担当医が 説明してカルテ、 CT、 レントゲンなど 教授に見せ教授は 聴診器などあて型どうりの診察。 医者同士の会話だけ、患者には 、 何のプラスにもならない。 本当に 白い巨塔と同じです。 でも文句も言えません。 午後担当医の N先生から話がありました。 来週から2クール目の 抗がん剤始まるとのこと。 1クール目の効果は とくになし。 でも最低2クールやらないと 分からないとのこと。 次回に希望をたくしましょう。 見た目には少し痩せただけで顔色も良い。 本当にがんなの? いまでも信じられない。 今のままで 時間をとめたい。 あるいは、 私の残りの命を 半分ずつにして 同じくらいに 死ねたらいいのにな。 そしたら だれも悲しまないですむのに・・・・。
2005.07.08
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入院して 2か月が 過ぎてゆく。 毎日お弁当を 持ってお昼は、いつも 一緒にたべてる。 病気は、肺だが 薬のせいか 胃腸のほうもあまりよくない様子。 それでも栄養をつけたくて 好きな物もっていく。 みんな病室で食事してるのに パパだけ TV前のテーブルでたべてる。(患者用食堂) 病院食以外のもの 食べているので 病室の人(糖尿の人は、制限されてる )の前では、 たべにくいらしい。 病院の帰りいつも 玄関まで パパが送ってくれる。 手押し信号で 振り向くと まだ姿がみえる。 泣きそうになるのを 我慢して車まで歩く。 どうしても、 もう一度会いたくて 車で玄関に戻ると 「どうしたの?」 とパパ 「夕飯のおかず買いにいく?」 と私。 パジャマのまま 車にのせてスーパーへ。 てんぷらと麦茶を買って病院まで送る。 「また明日ね」 家に向かう帰り道は、 いつもよりさみしくなかった。
2005.07.07
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