いっちゃんのギター談義

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2005年01月25日
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カテゴリ: ギター
nagabuchi

ある日、ひょんなことからK楽器のソフトボール大会に応援で出た。その時、パチプロなんかやめてうちへ来いと、店長から誘われた。そして翌日から、K楽器1階のレコード部でバイトを始め、1年後、この5階で、ギター教室の講師をさせていただいた。
K楽器は、この地域ではY楽器と競り合っていた。資本力があるY楽器に対して、一歩もひけをたらないというか、むしろ上回っていたのは、このショップ1階にTさんという人がいたからである。Tさんは私よりも7~8歳くらい年が上。初代の広島フォーク村に所属して、吉田拓郎さんとともに活動していた人だ。拓郎の初期のアルバムにも参加しているし、当時から、メジャーな音楽雑誌にしょっちゅう顔を出す人だった。Tさんは、その後、サザンの事務所を経て、今は東京で音楽配信会社を経営されている。
出来の悪い私はこの人に大変お世話になった。
ミュージシャンの広島コンサートにはほとんど連れていってもらった。といっても開演前と途中休憩、閉演時には、レコード販売を手伝うことが条件だった。
長渕さんも何度かK楽器に来られ、Tさんは売り出したころの長渕さんのレコード販売はかなり力を入れておられたた。
ある日、長渕さんが、女子大でコンサートを開くことになり、Tさんとともに私も行き、このハーモニカ事件が起きたのである。

楽屋に入ると、ちょっとナーバスな長渕さんがいた。するどい目だった。
長渕さんは、髪が長く、いかにもアマチュアではあるがミュージシャンという姿の私を見て、「変な奴が来た」とにらまれたように思う(自意識過剰か)。

しかし、その瞬間、マネージャーと長渕さん、そして、Tさんの3人が同時に私を見た。以心伝心とはこのこと。
私も即座に立ち上がり「キーはなんですか?」「ホーナーですか?とんぼですか?」と聞き、風林火山のように走りだした。キーは忘れたが、ホーナーだった。(ホーナーのほうが高い)
走ること20分、仕方なく、近いライバルのY楽器に入った。私は確かその時、「長渕さんに頼まれて、ハーモニカを買いに来た。」と言ったと思うが、そんなこと言う必要もなければ、意味のないことだった。しかし、言いたかったのだ。しかし売り場の女性は冷ややかだった。
ハーモニカを買って、また20分走った。マラトンの岡を走り伝言を届けた勇者の気持ちだった。
女子大の玄関でマネージャーが待っていた。そしてハーモニカを手渡したわたしはその場にすわりこんでしまった。はーはーはー。
そして、顔を上げたとき、誰もいなかった(笑)。その時、吉田拓郎さんの、外は白い雪の夜の最後の「バイバイラブ そして誰もいなくなった~」が聴こえたような気がした。

汗だくの私は、コンサートが開演しているホールに入ろうとしたが、受付で「チケットを見せて下さい。」と言われた。(笑)
ボールを取りに屋根にあがり、ボールを下で待っている友達に渡して、さて降りようと思ったらハシゴ外されてましたって感じ・・・・・って笑ってる場合じゃない。
事情を説明しても、らちがあかん。なんぼ頑張っても入れてくれん。
その時、はっと気がついた。「ハーモニカ代もらってない。」
コンサートは大盛況で終了した。

翌日、Tさんにあった。Tさんは「おまえ、昨日はコンサート見ずに帰ったんか?」と言われた。Tさんには迷惑かけたくないし、気ずかっていただいた気持ちを無にしたくない思いから、「イヤーいいコンサートでした。勉強になりました。」といった。
とてもハーモニカ代もらってないなんて言えないじゃないか。
しかし、それから数ヶ月後、長渕さんに再会する機会が・・・・・・。
第4章に続く・・・・・・・。

その夜は、私は音楽仲間との打ち上げかなんかがあって、深夜過ぎに市内を車で走っていた。

しかもよく聞くと、ツアーの途中ということで、RCC中国放送でやっているらしい。
えっ、ウソー、俺今RCCの前走ってるじゃん。(笑)しかも、RCCの裏口の通りを。そしてそこには4~5人の女学生ふうの娘がなにやらざわざわしている。「どうしたの?。」と聞くと、長渕さんが出てくるのを待っているらしい。
当然、私も一緒に待った(笑)。
そして、1時間ほどして長渕さんが出てきた。「いよー、みんな元気」と言った。(はっきり覚えている。)
そして、女の子につぎつぎにサインをしていった。(よく覚えている)
私の番が来た。私は「長渕さんお久しぶり、この間のハーモニカを・・・・」
と言うか言わんかの瞬間、「おまえ色紙ないんかー、しゃーないなー。」と
いきなり、私の服の背中にマジックでサインを入れられた。そして、「じゃーさいならー。」とドアが閉まってしまった。
私は、ハーモニカ代が欲しいわけではないが、一応恩を売っておきたいやん(せこー)かとの思いから・・・・。でも。なんでこーなるの。
で、帰って気がついたが、当時付き合っていた彼女からもらった、大切な白のJシャツの一面に、長渕さんのサインが入っているのが分かった。
これが、20年以上封印していた、長渕さんハーモニカ事件の全容である。
もし、このブログを長渕さんが見ていたら、ハーモニカ代はいりませんので(消滅時効ですな)、私の曲を1回でいいですから、ステージで歌って下さい。できれば東京ドームあたりで。お願ーい。





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最終更新日  2005年01月25日 02時19分07秒
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遠い昔でも想いでは重いね  
YUKIDARUMA さん
いっちゃん、始めまして。剛といっちゃんのあいだにこんな隠れた秘話があったなんて驚きですいっちゃんよく公表せず我慢してましたね。忍耐強いというか偉いです。普通のひとならへらへら自慢話にしますよ。きっと良い事必ず在りますよ。剛ファンとして謝ります。このままじゃいっちゃンがお気の毒すぎます桃ね。ごめんね (2005年01月30日 23時04分55秒)

YUKIDARUMAさん。  
いっちゃん。 さん
この頃は、長渕さんがセカンドアルバム出したばかりで、順子がヒットする直前でした。だから、まだ長渕さんといえど、売り出し中と言う感じでしたし、とても庶民的な雰囲気がありました。

これが、結構好評でしたね。
当時は女性のファンの方が多かったみたいです。
あの時の白のJジャンは、引越しにまぎれてもうありません。残念ですが、私の心の中で生きてますから。
その後、順子が大ヒット。もう手の届かない人になってしまいました。
(2005年01月31日 07時08分36秒)

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