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『創作時代小説:とはずかたり』主人公で日記の記主である後深草院二条には、物語に絡む何人かの男性が傍におりました。その中の主要人物について、補足説明していきたいと思います。<ただしpgはあくまでも素人であり、文中『創作物語の登場人物として扱っている』ときには、様々な味付けをしております>西園寺(藤原)実兼 【1249~1322】平安後期から鎌倉前期に、鎌倉幕府と提携した藤原公経が立てた家が西園寺家です。公経は、源頼朝の姉と婚姻関係のあった一条能保の娘と結婚。その子実氏とともに、承久の乱の危機をかいくぐりながら、関東申次の重役を得ることになりました。元々、精華の地位にあった西園寺家ですが、乱後の活躍はめざましく、実質的には摂家を凌駕し国母を立てるまでになります。公経ー実氏ー公相ー実兼という流れですが、実は公相はまだ壮年でなくなり、相次いで家の重鎮実氏もなくなりました。若くして西園寺家の主となった実兼ですが、実氏の弟の洞院実雄の一派も後宮に娘達を送っていて、勢力は拮抗していたようです。親戚筋とはいえ、現在とはかなり印象が違う家同志の戦いもあり、実兼はかなり微妙な位置にいたようです。その実雄が亡くなってから、やっと彼の活躍が始まりました。そのころ対立が始まった大覚寺系と持明院系の間を上手くすり抜け、幕府との折衝を円滑に保つ努力をしていた政治的手腕も認められています。彼は晩年、子息の公衡が先に亡くなってしまったので、出家していながらまた政界に復帰せざるを得ませんでした。良くも悪くも激動の鎌倉後期をのりきった、大政治家だったことは間違いないでしょう。二条の日記「とはずかたり」の中では、『雪のあけぼの』として彼女の生涯を通じて登場する、主要人物。当然、二条と関係を持つことになります。彼は二条の幼なじみという立場で、若い頃から行き来がありました。二条は母方の関係で、西園寺実氏室となっていた四条貞子(常磐井の准后)と血縁関係があったので、自然と西園寺家との関係も友好的でした。「創作時代小説:とはずかたり」の中では、とにかく分別臭いところのある、しっかり者だけれど、ちょっと煮え切らない男性のイメージで書いています。彼は公人として生きることを余儀なくされた人物だっただけに、恋愛や嗜好に流されないように努めていたんじゃないかな?と。あくまで二条の事も、関係を持ち始めた頃のままの情熱的な姿を続けていったわけではない。彼女に飽きたとか、つまらなくなったとかいうものではなく、公の立場上いつも後深草や亀山に気配りをし、その地位を守るためにもこうするしかなかった、というのが本当の所ではないかと思います。源氏物語めいて、夕顔の宿より我が宿の下品さが恥ずかしいと恥じ入る二条に、優しい言葉をかけてやる。何かとの宴の席にはちゃんと後見して、衣装だの周りの者への志だのを見せてやる。そういう細かな気配りはちゃんとできる人なのです。ただ、それが女性にとって一番の幸せかどうか。大切にされていることはわかっていても、実兼には動かし難い正妻もいましたし、二条としても彼の正妻に収まりたいと考えていたわけではないでしょう(当然、後深草院への思慕の方が強いので)。けれど、彼との関係も細々ながら続けています。実兼は二条の男性関係に関して、かなり寛容です。今とは男女間のあり方が違った鎌倉後期ですから、現在と同じ感覚で見ることはできませんが、少なくとも好きだと思っている女性に複数の愛人がいて、それを普通に見過ごすことができるのは、かなりの精神力の持ち主ではないでしょうか。それもこれも、彼女の相手が後深草院・亀山院・性助法親王などの、品高い人々だったからです。彼らと交情を続ける二条に対して、実兼は耐えることはあっても、絶対に嫉妬深く咎めたりはしていません。けれども、摂関家とはいえ同じ藤原氏の鷹司大殿との関係が結ばれることについては、さすがの彼も、心穏やかではなかったのでしょう。二条との仲が一気に冷えるのも、伏見での後見騒動の後からでした。公の立場を守りつつ、二条に対しては愛情を持ちつつも、幼なじみの兄分として、最後までかすかな心の隔たりを持っていた実兼。二条がもうけた娘が成長し、誰の妻となったのかは定かではないですが、きっと心を込めて育てたのではないだろうかと、pgは思っています。気配り上手で、そつがない優等生。深入りしないで、観賞用として見ている分には一番理想的な人物です。だからこそ、激しい恋愛の対象にはならなかった。二条との恋に命を懸けた御室法親王のように、二条の心を動かすことはできなかったようです。お互いが傷つかないように配慮したつもりで、距離を置いて接していたことが、自然と二条の方にも伝わってしまった。深入りしない彼の小狡さも、二条には物足りなかったのかもしれません。二条は最後の最後まで、実兼を「大切な幼なじみの兄分」として感じていたのではないかと思います。
2006.02.07
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初めてこのパロを見たとき、ひっくりかえりました。筒井氏の一連の作品和歌・短歌パロ編の走りだったと思うんですが、pgはどっちかというと和歌が好きだったし、小倉百人一首がけっこう好きなので、もう腹抱えてわらっちゃいました。これは筒井康隆氏の『バブリング創世記』(徳間文庫)という単行本にのっていたパロ短編なんですけどね。絶対、この和歌のパロを思いついたから、あとの百首をひねりだそう!ってかんがえられたんじゃないかな?と思ういくつかの和歌を。忘れじの 行く末までは難ければ 今日限りの命ともがな(儀同三司母)がすれんじの もとのコックの硬ければ 今日限りにこわすともがな*忘れじとガスレンジのコントラストと、難しと硬しを見たとき、大爆笑。悲恋が一気に日常風味へ!こころあてに折らばや折らむ初霜の おきまどはせる白菊の花(凡河内躬恒)所宛におらばやおらん引っ越しの 俺惑わせる知らん街かな*心あてと所宛・・所宛ってぇえ(汗)。折らばや折らんの所を関西弁のおらん(居ない)と替えて、最後におきまどはせるを俺惑わせるにしたところが、ナイス!山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば(源宗宇朝臣)やまざとは金の力ぞ勝りける 人目も噂も平気と思えば*田舎の選挙(←今ちょっとタイムリー)ってのが、たまらなくブラックで良かった。わびさびなんて、どっかいけ!!という雰囲気(^^;)ゞ。瀧の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ(藤原公任)心音は絶えて久しくなりぬれど 血こそ流れて手足ひくひく*久しくって部分を上手く使ってるなぁと。それにしても手足ひくひくというあたりいかにも筒井色。おほけなく 浮き世の民におほふかな 我が立つ杣に墨染めの袖(慈円)おほほほほ おほほほおほほ おほほほほ おほほほほほ おほほおほほほ*「笑っている」という<通釈>がもう笑泪!たしかにおほけなくとおほふかなをみるとこのイメージは湧くな、一本とられたなと思いました。馬鹿馬鹿しいけどね。
2005.08.24
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