愛知の大学でなぜかロシア語を専攻したことがあり、
当時ソ連のゴルバチョフ政権のペレストロイカの改革が進められて
いたこともあり、ロシア語が将来的になんらかの役に立つのではないだろうかと
思いながら、勉強したものだった。
成績はそんなに優秀ではなかったけど、語学には興味があったので
文字や発音などもかなり特殊なものに感じたけれど、ニュースでゴルバチョフが
話している言葉が聞き取れたらいいなって軽い気持ちもちょっくらあった。
89年の当時はそんな軽い気持ちもあってか
語学ばっかり学んでいた気もする・・・もちろん大学に通ってたからって
大学内での勉強に固執せず、独学のもんだった。
予備校当時から早朝にFMラジオでやってた「百万人の英語」の番組を
聞いていろいろ英語について楽しく勉強してました。
なかでもハイディ矢野先生の「アメリカンイングリッシュ道場」は最高でした。
発音のリエゾンなどはあそこの番組で学びましたね。
大学を卒業する年に、はじめてアメリカを高速バスをつかって二週間旅行したのですが
自分の英語の発音が向こうの人に通じたのにはびっくりしました。
所詮、ネーティブの人には独学ではまったく通じないんだろうって悲観的に感じながら
やってましたし、しかし・・・ネーティブのしゃべる早さには・・やっぱり英会話番組は
ゆっくりしゃべってくれてるんだって新たに感じたショックでしたけど・・。
89年当時、東京に在住してた杉浦玲子さんにも影響されていたのかもしれない
ハーフの子ながらばりばりに大和撫子してた日本人の子。
彼女はアメリカに留学し、ネーティブになろうってしてた子だったけど
語学に努力してた。彼女がすごかったのは、僕らと違って
ネーティブのなかで暮らしていたので結構なストレスになったのではないだろうか?
しばらく文通っぽいものをやってたけど、こっちも大学やら、仕事やら忙しくなってた
のでいつどきか音信不通となってしまった。
今のようなインターネット上でメールやりとりできる環境ならそうも
ならなかったわけだけど、今となってはそんな事考えても仕方ないか。(^_^;
最近中国人のお客さんが増えたので
英語と別に中国語を勉強しようかと思ってる。
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