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ALOHA!9月20日には現在の家を出て、仮住まい先へ着地できそうな気配が濃厚となってきました。というか、天変地異が起こらなければ…きっと、そうなるでしょう。自宅売却を決めて、不動産屋さんへの相談から売却契約&自宅の購入契約まで、順調に約2ヵ月弱のうちに決まり…その間に思いがけないお友達が仮住まいの提供を申し出てくださったり、友達の紹介でリフォーム業者さんが見つかったり…とても良き流れで変化が起こっています。そんな中、一番大変なのが…家にあるものの整理母親が遺した「着物」をようやく昨日は処分。比較的背も高く骨太体系の私の母とは思えない、こじんまりとした体形の母の着物は私にはリフォームしても着れないし、だいいち着ないし、価値も判らないのでどうしようかな~と悩んでいたところにネットで見つけたコチラ⇒たんす屋さんに持ち込んでみました店頭では預かるだけで、本社に送って査定をして買い取り価格が決まるそうです。おそらく、うちの母のものはさほど高級ではないと思うので、値段もつかないとは思いますが…値段はつかなくても引き取って頂けるそうなので(HPに書いてあった)コチラに決めましたそして、昨日は「人形供養」にも行ってきました。両親が私のために買ってくれたお雛様。本当はどこかに寄付でもできたらよいな~なんて考えてはいたのですが、アテもないので、ここはスッキリ供養して「さようなら」しようということに決めましたお願いしたのはコチラ⇒鶴嶺八幡宮さん以前に供養を考えた時にHPを見たのですが、その時には切り口がとても厳しい感じに思えてやめました。私の中にも迷いがあったのかも。でも、今回あらためて色々な人形供養をしている寺社のHPを見比べて「ここでお願いしたいな~」と思ったのでした。写真は鶴嶺八幡宮の太鼓橋付近と大銀杏です以前から国道1号線を走っている時に鳥居を見かけていて気になっていたのですが…訪れたのは始めて。神池、女護が石、神木、淡島神社などの摂社…こじんまり&ひっそりとしていますが、とても雰囲気がよく、居心地の良い場所でした。特に、女性が訪れると良い場所かもしれません供養は毎日行われていて、電話をすると都合を聞いてくださり、予約を入れてくださいます。その時に、供養するお人形の容量を聞かれるのですが、こちらの神社の目安は45リットルのゴミ袋2袋までを1回と数えて、供養料が1万円です。詳しくは、HPをご覧くださいね。私がお願いしたのは、7段飾りのお雛様たちとモンチッチ、バービーちゃん他。1体1体をちゃんと台に並べて供養し、祝詞をあげてくださいます。終わると、自宅用のお札と持ち歩きようのお守りをくださいますなんだか、親の想いとか…人形との思い出とか…そんなことを浮かべて、ちょっと寂しい気持ちにもなり、少し涙してしまいました。とまあ、こういう感じで、資源ゴミの日は回収場所まで歩いて3分ほどの道のりを、朝5時起きで3往復したり(車を売ってしまったので、カートのようなものをひいて)、不燃ゴミの日には毎回40リットルの回収袋10袋はくだらない大量のゴミをだしたり、大型ゴミは合計で5回は来てもらい…それでも回収しきれないものは、最後に業者さんに持っていってもらう手はずを整えています。そして、古本屋さんに買い取りに来てもらい…考えたら目が周りそうですが…着々と物が無くなっていって、少し気持ちも楽になっています。物を大事に使うことも大切だけれど、捨てることで改めてものの大切さに気付くこともあるかも…これからはむやみに買わなくなる…そんな気がしています。今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの笑顔がキラキラ輝く1日でありますように
2010.08.30

ALOHA!今日は風が強いおかげで、ほんの少しだけですが体感的に昨日よりは涼しく感じます。今日は、従兄夫婦と一緒に両親の墓参りにでかけました。父方の従兄と母方の従姉が茅ヶ崎の海に近い我が家に遊びに来て出会い結婚した…という、ちょっと稀なケース。だから、私にとって一番繋がりが深いといえば深いのかな。国家公務員だった従兄が退職してからは、世界中&日本中を2人して旅をしていて、観音めぐりをしたり、四国巡礼をしたり…私とも話があうし、血縁の中では我が家の事情を一番理解し応援してくれているので、今日は最近私が起こした変化を労うために会いにきてくれましたとても仲良しなので…理想の夫婦像だともいえるかなさて、元伊勢めぐりのつづき和紙伝承館を出て、元伊勢外宮・豊受大神社へ。最寄駅の二俣駅には「猿田彦神社」もあるんですよ伝承館への道すがら、たしか、五十鈴川も渡ったような…これって、伊勢と酷似じゃん。しかも、この大江町には聖徳太子の弟が鬼退治をした…というお話が語り継がれているそうですよ。鬼っていうのは…どこか外国から来た人のことですよね…おそらく…フム。 和紙伝承館で話が弾んでしまったおかげで、少し日が落ちてきてしまいました…台風が近づいていることもあり、ちょっと暗くなってきました。船岡山というお山の上に、元伊勢外宮・豊受大神社はあります。長い階段を登っていくと…またもや黒木鳥居。そして、社殿裏には龍燈杉。こちらも木の存在感がとても強いです。誰も居ないヒッソリとした境内。こちらも内宮と同じように摂社が社殿を取り囲むようにずらっと並んでいたので、一つ一つに感謝の気持ちを伝えてきました。 この船岡山というのは前方後円墳ではないか…と言われているお山でもあるようです。また、伝承館で出会った方の話だと、縄文の頃は海面が高かったので(峰山のタクシー運転手さんに引き続き)…この辺も海だったから船で入ってこれたんじゃないか…などとも言っていました。韓流の歴史ドラマの中にヒントになるようなことが時々描かれてるんだよ~なんて教えてくださって今度はDVDを借りなければ…。というわけで、元伊勢めぐりの旅はここで終わり…。本当は、もっと早く巡り終わったら…秦氏にも縁のある…太秦の蚕の社に立ち寄ろうと思ったのですが、時間的にも私のエネルギー的にも…もう無理な感じで…豊受大神社から最寄の大江高校前駅に行く途中では足があがらずつまづく始末でも、駅への階段を登っている途中で、本数が少ない電車がタイミングよく来てくれたので、すんなりと深夜バスに乗る京都へと向かえたのでした。この辺りは「これって古墳かも…」なんてカタチのお山があったりして、景色を見るのも想像力が湧いてきて面白かったですよ。京都に着いたのが18時。23時頃出発する深夜バスの時間にはまだまだあるので、近鉄に乗って4駅目の「竹田」にある「力の湯」へ。温泉もなかなか良かったのですが…ここは、食堂がお勧めですロハスをテーマにしているようなんですが、ちゃんとカロリー表示もされているし…しかもね、とても美味しかったんですよ。「五穀そばサラダ」の「おそば」がね…とっても美味しかった。ツルツルで。しかも、店員さんの対応もとても良いのです。お勧めですよ。ということで、京都駅には深夜バスを待つ人が溢れていて…自分が乗るバスを探せるのか少しドキドキしつつ、無事に乗り…朝・小田原に着いて空を見上げると…大きな虹が… 「今回の旅も大成功」「前途は明るいですぜい!」と、空からお墨付き頂いたような気がしたのでした…おわり最後まで読んでくださって、ありがとうございます。今日もあなたの笑顔がキラキラと輝きますように
2010.08.24

ALOHA!今日も暑いですね~。今日は、大工仕事が大好きだった父がたくさん残した材木を切って切って切りまくって可燃ごみで捨てる手はずを整えたり、草むしりをして木を植えかえたり、耐震用の家具の留め具を外したり…一日中、工具片手に作業に勤しんでおりました。でも、料理で包丁握るよりは工具で作業しているほうが楽しい…中身は男なんだな…ヤッパリそして、引っ越し業者さんとの打ち合わせで、引っ越しの日程も決まり、少し先が見えてきました。話題変わり…前から気にはなっていたものの、賛否両論も気になり、入手には至らなかったヘミシンク。最近、無性に気になって本でも読んでみようかしら…なんて、駅前の本屋に行ったら、ヘミシンクのCDフェアをやっていました試しにシャーマンのCD買ってみたら、はまったそしたら、紛失していた「シャスタ山」の絵葉書がどこからともなく出てきたり、テレビで「シャスタのハートレイク」の映像を見かけたり…友達との会話でシャスタの話題が出たり…と、なんかネイティブアメリカンとか…西海岸とか…その辺りに何かしらの縁ができる(というか、もともと私の魂にとって特に強い関わりがある場所らしいんですけど)…そんな予感がしてきています。ま、あくまでも予感なんで…さて、元伊勢めぐりの続きです。日室ヶ嶽を仰ぎみて、次はいよいよ「天岩戸神社」へ。グングン降りていくと道路に出ます。その道路から階段で下の河原に降りれるようになっていまして、その下の河原に「天岩戸神社」があります。階段を降りていくと、まず「産釜遥拝所」があります。そこから、下の河原にある「産釜」を拝みます。安産祈願らしいです43歳で初産のお友達が無事出産できるといいな~と思いを馳せてみました。 そして、更に下の河原に行きますれば…天岩戸の社殿がドーン。 鎖を伝って、岩を登ってお参りさせて頂きました。スルスルっと…わりと簡単に登れましたが、社殿の前に経つと、その岩を登るアドベンチャーな気分から一気に神聖な気持ちに切り替わるっていう…なんとも不思議な感覚でした。その後、裸足になって川に足をつけてみたら、冷たくて気持ちよかった…なので、またハワイのチャントを唱えてみました。神様も喜んでくれているようでね…台風が近づいていたんですけれど…とっても天気が良くてラッキーでしたよ~しばらく、河原の空気に自分を馴染ませて…今度は山道を下り…元伊勢外宮・豊受大神社に向かいます。 かわいらしい北近畿タンゴ鉄道を遠くに見ながら、誰も歩いていない車の通りも少ない道を歩いていくと、カラフルなお地蔵さんを発見。2か所ぐらい、こういったカラフルなお地蔵さんがいらっしゃいました。始めてみかけるタイプですが…何か謂れがあるんでしょうかね。こういうのも歩いてないと見つけられない発見ですしばらく、歩いていると「和紙伝承館」を発見自動車で周っていたら、おそらく寄らなかった場所ですが…ちょっと休憩も兼ねて、丹後和紙の世界にでも触れてみるか…と立ち寄りました。この辺りの地域は、古くから手漉きの「丹後和紙」が作られていて、明治時代には百八十軒ものお宅で作っていたそうなのですが、今では田中さんというお宅1軒だけになってしまいました。しかも、丹後和紙の原料である「コウゾ」の栽培から和紙作りまで、全てを担っているそうです。伝承館では、和紙作りの体験などもできるそうですが(多分、予約がいるのかな?)…私は映像を見て、和紙作りの手すきの器具などを見学させて頂きました。和紙って高いけれど…映像で垣間見ることができる丁寧かつ過酷な環境での作業、和紙へのただならぬ想いなどを感じ…納得。友達へのお土産もこちらで購入させていただきましたそして、そこで各地の神社を周られている…という方との素敵な出会いもありました。その方は「日本がなんだかおかしいのは…自分たちの核となるものが無いからではないか…だから、ルーツが知りたい。そして、本で読んだ場所にいって自分で感じてみたいんだ。」と言っていました。うんうん、判りますそこで、教えてくれたのが…なぜ伊勢神宮に落ち着くまでに…こんなに場所を転々としたか…ということ。色々な説を説いている方がいるので、鵜呑みにするわけではありませんが…「八咫の鏡」を、何者かから守るためだったのではないか…とのことでした。豊鋤入姫命は、最後には身も心もボロボロだったそうなんです…(誰か見てきたのか~と突っ込みつつ)なるほど…宝を守るために各地を転々としていた…というのであれば、何だか納得できる話ではあるな~なんて思ったのでした。ということで、その方と1時間近く話し込み…色々なことを教えていただきました。今度はもっと勉強して、この地をもう一度周ってみたいな~なんて思いましたよ。すっかり汗もひいたし、水分&エネルギー補給したので、また元気よく歩きだしたのでした…つづく
2010.08.23

ALOHA!暑い日が続いています。朝晩はだいぶ秋らしくなってきましたが…相変わらず、引っ越し準備で「これでもかっ」と色々なもの捨てまくってます。そんな中、ダイエットを初めて1カ月半ほどになりますが、カロリー計算とスロージョギングで5kgほど減量に成功。フラを始める前は、ムエタイをやっていたので、それを辞めてフラを始めたら「フラダンサーは少しふくよかなほうがかっこいい!」なんてことを言い訳にして食べまくった為、あれよあれよ…と15kgも増えてました元の体重に戻すことも目標ですが…それよりも健康的な身体作りを目指して、食事にも気を配りながら適度な運動をこころがけようと思ってます。それでは、元伊勢の続き…峰山駅まで1時間ほど歩いたら、足がつってしまいました電車を待ちながらストレッチなどをしつつ、ゆっくりほぐしながら1時間ほどかけて電車で「大江山口内宮」駅へ。大江山口内宮駅を降りると…見渡す限り、道路と山のみそこから歩いて10分ほどの皇大神社へ向かいます ここは、とにかく木の存在感がとても強いと感じましたそして、社殿のほうに階段を登っていくと、たくさんの見どころがあります。「癌封じの膿木」「真名井の池」「麻呂子の杉」「御門(みかど)神社」「カネの鳴る石」「かわらけ割り神事の岩石祭祀場」…など。そして、社殿に到着。ここの鳥居は、始めて見たタイプ…黒木鳥居です。天然の木…そのまま…といった感じの木製の鳥居…素朴ですが、とても印象的です。 本殿左側には樹齢約2000年を超えるといわれている龍灯の杉があり、このような言い伝えがあるそうです…「節分の晴れた夜、この杉のてっぺんに明かりが灯り、これを見た人はその年は幸福に包まれる。」…と。この明かりは、この地に住む龍神が天照大神に献じた御燈明なのだそうです。そして、ここの境内には、とてつもなく多くの摂社が本殿をグルッと囲むように並んでいましたので、一つずつご挨拶をさせて頂きました。そして、この境内の右側には「天皇神道」が建立した、「岩長姫命社」と「天龍八岐龍神社」がありまして…岩長姫命神社の由緒書きには、藤沢の伊勢山でご神託を受けたことが書いてあり、こんな遠い地が我が町とひょんなことで繋がっていることにビックリ⇒これを友達に話したら、「私のファーストキスの場所で…私にとっても別の意味で聖地…」と言っていたのが笑ったそして、少し下ったところにある天龍八岐龍神社に向かう時に、「まさか、ここで蛇なんて出てきたら出来すぎ…」なんて、思ってたら、目の前を緑色の蛇がクネクネと渡っていくじゃないですか…びびった…けど…またもや歓迎ムード。次に行く、天岩戸神社の手前にも龍神様の社があったし…ここは、龍とのご縁が深い場所なんですな。ま、日本が龍体だから…当然なんだけど…。ということで、内宮・皇大神社をゆっくり堪能したあとは…天岩戸神社へ向かいます。山をずんずん降りていくのですが…途中には、ご神体山の日室ヶ嶽の遥拝所があります。この遥拝所から日室ヶ嶽を拝むと、必ず自分の望みが叶う(一願成就)と言われているそうです。ピラミッドのような美しい姿です。自然の姿なのか…それとも何かの意図で出来たものなのか…なんて、ちょっと思いを馳せてみたりして…。夏至の日の夕方に遥拝所からお山を見るとお山のてっぺんに夕日が沈むと言われているそうです。また、お山には倭姫の磐座と呼ばれている巨石があり、縄文時代のものとされる祭祀場跡と推測されるものも残されているそうですよ興味深いな~ということで、しばし、このお山を眺めた後は、ひたすら天岩戸神社に向かって、山を降りていきますつづく…今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの笑顔が誰かの明日を創りますように…
2010.08.22

ALOHA!さて、元伊勢めぐりの旅2日目です。天橋立近くの民宿・川尻さんに1泊して、朝5時に目覚めた私。民宿旅館 里のやど 川尻窓から見た朝日がとても綺麗だったので、真名井神社まで散歩することにしました。この神社の入り口には、狛犬ならぬ狛龍さんがいらっしゃいます。真名井神社を目指して行くと朝早いのに神社から水を汲んでおりてくる人の姿がありました。湧水のある生活…羨ましいなぁ誰も居ないので裸足になって境内でフラ踊りました。木や風や土と一体となる感じがなんとも気持ちがよいです。そして、簡単な気功を行い、宿に戻り、もう一度温泉に入り、7時半に出発。いざ、天橋立を渡って、峰山駅にある比沼麻奈為神社へ向かいます。こちらも、元伊勢の一つです。バスの本数が少ないので、こちらは行きはタクシーを利用しました。タクシーの運転手さんによると、こちらの近くには「天女の羽衣伝説」があるそうです。おそらく、その「天女」とは大陸からやってきた「豊受大神」その人のことだったのではないか…とのことでした。稲作文化を携えてやってきた人間は、その当時のその地域に住んでいた人から見たら「天女」や「神」のような存在だったのだろう…とのこと。この辺りには、豊受大神が五穀の作り方、養蚕の仕方など、数々の濃厚技術を人々に教えたという伝説があるらしいのです。そして、縄文の頃は海面がもっと上昇していた為、当時はおそらく内陸部まで船で来られたのではないかとのことでした。ということで、「豊受大神」が籾を浸したと言われている清水戸にも案内してくれたのでした。 そして、比沼麻奈為神社に向かう途中に見える、下の写真の久次岳は神の山で地元の人も滅多に入らない聖なる山なのだそうで、磐座がゴロゴロあるらしい…と言ってました。帰って調べてみたら、「久次岳の山頂には“降臨岩”という巨岩があり、中腹には“大饗石”という捧げ物を置く八畳ほどの平らな岩もある」なんて記述を発見しました。 そして、帰りは歩くと言う私のために、歩きやすい道を案内してくれつつ、比沼麻奈為神社に到着。「パワースポット巡りかい?」と聞かれたので…「違う。自分の(日本の)ルーツが知りたい。だから、遠い祖先に"ありがとう"って伝えに来たんだ。」と答えたら、「伊勢系の神様の正しい巡り方だね」…と言って、タクシーの運転手さんは去っていきました。 比沼麻奈為神社は、それはそれは、とても綺麗で、とても丁寧に手入れのされている神社でした。きらびやかとか…そんな事とは無縁だけれど、とてもとても大切に守られている…そんな感じがしました。宮司さんがあいにく御留守でお話を聞けませんでしたが、また立ち寄りたい場所の一つとなりました。とても気持ちが落ち着く場所です。ここでは、色鮮やかな「とかげ」がお出迎えしてくれました 比沼麻奈為神社から最寄の峰山駅まで約1時間。田んぼの中の道をひたすら歩きました。でも、なんだか自分がその場所になじんでいくような、その場所の空気に溶けていくような…そんな感じがして、レンタカーで周るのは効率が良くていいけれど…こうやって歩いて巡るのも悪くないな~なんて思いました。すっごく暑かったけどネ…この後は、大江町の元伊勢三社に向かいますつづく…今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの笑顔が周りのみんなを明るく照らしますように
2010.08.16

ALOHA!今日は終戦記念日ですね。家族や国のことを思い、命を投げ出し戦った方々に敬意を表しつつ、戦争で命を落とされた方々のご冥福を祈りつつ、今、ここに生きる私たちが一人でも多く平和と幸せを目指して、この命を大切に生きられるよう願います。昨日は東京湾大華火祭…お友達の誘いで浅草橋から船に乗っての観覧となりました。頭上から降り注ぐような大きな花火を仰ぎみて首が少々痛し…一緒に乗船した方々も、明るくとても気持ちの良い人々でした…来年も絶対連れてってもらおっと。さて「元伊勢めぐりの旅」の続きです。傘松公園を後にし、天橋立よりも丹後半島の少し北側にある伊根湾を目指します。ここは舟屋が有名です。NHKドラマで伊根の舟屋群を見たときから、是非一度訪れたいと思っていました。この地域に道路ができるまで交通手段は船。自宅に駐車場があるが如く、母屋下に船の置き場があるのが舟屋なのです。周囲5キロほどの伊根湾内には230軒ほどの舟屋がひしめきあっていて、どこか温かく懐かしさを感じる雰囲気がありました。住んでいる方も居るので、望遠鏡で覗いたりしてはいけない…とのこと。舟屋は民宿になっている所もあるようですよ 伊根湾めぐりの動画(mixi)は、こちらをクリック!伊根湾めぐりを終えたところで、午後1時半ぐらい。あらかじめ組んできた予定はすべてクリアしてしまったので、丹後半島のさらに先にある浦嶋神社を目指しました。丹後半島には「お伽話」の伝説の地が多いようで、この浦嶋神社は名前の通り、浦嶋太郎の伝説の場所です。浦嶋伝説は各地にありますが、この場所の浦嶋伝説は最古らしいです。 浦嶋神社の隣には浦嶋伝説を映像で教えてくれる「うらしまシアター」があります。私が子供のころに聞いたお話とは少し違うので下に書いておきますね。浦嶋子の伝説…水乃江乃里に住む浦嶋子(浦嶋太郎)は、船に乗り、釣りを楽しんでいました。しかし、まったく魚はかからず諦めて竿をあげようとしたところ一匹の亀をつり上げます。亀を眺めているうちに、やがて居眠りをしてしまいます。しばらくして目を覚ますと目の前には美しい亀姫が。そして、二人は船で常世の国(蓬莱山)へ行きました。そこで、嶋子は亀姫の夫となることを許され、夫婦となり楽しく過ごしていました。しかし、三年経った頃、嶋子は故郷の両親がどのように過ごしているのか気になり始めます。その思いを知った亀姫は、嶋子に「自分との再会を望むのであれば、けっして開けてはなりません。」と告げ玉手箱を渡します。嶋子は決して開けないことを約束し、水乃江乃里に戻ります。しかし、故郷はもはや自分がいた頃とは人も環境も変わり、嶋子は驚きます。やがて、その村の老婆に出会い、「三百年前に、嶋子という人が海に釣りに出かけたまま帰ってこなかった」と言い伝えがあることを聞かされます。嶋子は蓬莱山の生活が、三百年にも当たることを悟ります。そして、日毎に亀姫を思う心が募り、約束を忘れて、玉手箱の蓋を開けてしまいます。すると中から紫の煙が立ち登り白髪の老翁となり亡くなりました。浦嶋太郎が行ったのが蓬莱山というのは興味深い。最近、浦嶋太郎のモデルは住吉大神ではないか…浦嶋太郎はもともと大陸から来た人物ではないのか…なんて記述も読んでいたので、なかなか貴重なお話をまた見聞きしてしまったわ…なんて思ったのでした。台風の影響か…うらしまシアターを出た頃には雨が降り始めましたが、運よくバスがすぐに来て、この辺りはフリー乗車区間なので手をあげるとすぐにとまってくれました。この辺りは車で周っている方がほとんどなので、バスの乗客も少なく、運転手さんはとても優しく丁寧な対応で、フリー区間のこともあらかじめ説明を受けていたので助かりました。丹後半島でも人々の優しさに触れることが多かったな~。…などと、感動しつつ、天橋立近くの温泉宿に向かったのでした…つづく最後まで読んでくださってありがとうございます。今日もあなたの笑顔が輝きますように!
2010.08.15

ALOHA!残暑お見舞い申し上げます。朝夕は少し風の中にも秋の気配を感じるようにはなりましたが暑い日が続いてますね。さて、引っ越し準備もまだまだ先が見えない状況ではありますが、せっかく一生懸命働いているのに、そのエネルギーが生活のためだけ…というのも「ちと切なし…」ということで思い立ち…最近読んでいる本によく出てくる…京都・丹後半島の元伊勢を何社か巡って来ました。まずは、京都まで深夜バスで移動→JR山陰線と北近畿タンゴ鉄道を乗り継いで天橋立まで…。天橋立駅から智恩寺(三人寄れば文殊の智恵)に立ち寄り、目指すは天橋立を渡ったところにある「籠(この)神社」と「真名井(まない)神社」「元伊勢」と呼ばれている場所です。まずは、天橋立(全長は3.6km)を歩いて渡ります。観光案内などには徒歩1時間とありますが、ペースの問題で、行きはゆっくり歩いたけど、帰りは急いでいたもんで25分で渡れました。レンタサイクルや観光船もあるので、もっと楽にも渡れるんだけど…今回は「歩く」がテーマでもあったので往復ともに歩きです。天橋立では、蛇の抜け殻を発見。最近、近所で蛇なんて見かけることも少なくなってきたので、とても新鮮です。そして、龍のお導きの印と感じずにはいれません。というわけで、テクテク歩き「丹後一宮 籠(この)神社」に到着。「元伊勢」に関しては、色々なサイトや本でも説明をされているので、ここでは簡単に…もともと皇祖神である天照大神は皇居に祀られていました。(その状態を「同床共殿」といいます)しかし祟神天皇は、その状態を畏れ多いと考え、まず最初に大和国笠縫邑に天照大神の神霊を移します。(当時、流行していた疫病を抑えるために占いをしたところ、皇居に一緒に祀られていた天照大神と倭大国魂神の不仲が原因と判り、それぞれを別に祀る為だった…という説もある)それが始まりとなり天照大神が鎮座するのにふさわしい場所を探し求め、祟神天皇から依頼を受けた皇女・豊鋤入姫命(途中から倭姫命に交代)は各地を転々として、ようやく今の伊勢に辿りつくのです。その転々とした場所が「元伊勢」と呼ばれています。籠神社の奥宮の真名井神社(この後に行きますが)には、昔から「豊受大神」が祀られており、豊鋤入姫命が大和国笠縫邑からこの地に天照大神の神霊をうつし、そこを吉佐宮(よさのみや)として4年間一緒に祀っていたそうです。ということだから、ここが伊勢外宮の大元ってことなのか?(これは私の推測なので確かめてませんが…) 籠神社の社殿は伊勢神宮とほぼ同じ様式の唯一神明造です。特に写真の中央部分高覧の上に小さく飾られている五色(青、黄、赤、白、黒)の座玉(すえだま)は、伊勢神宮以外に許されているのはココだけらしく…かなり格式が高い場所であることは間違いありません。ちなみにこの五色は「五行」を表しているらしいです。そして、いよいよ籠神社から5分ほど歩いた山の中にある「真名井神社」=今回の旅の大本命へ いや…もう…ね…ここ…すごいですよ…岩も木も風も水も…自然のエネルギーのうねりといいますか…畏れ多くてね…本殿と真名井の水しか写真は載せません。他のサイト見れば写真見れますけどね。でもね、ここは「パワーちょうだい!ちょうだい!」って来る場所ではありませんね。「自分の核」をしっかり持った上で、目的をもって行くのが良いと思います。そして「この世に命を受けたこと、生かされていること、前の世代が頑張って命を繋いでくれたからこそ、今、自分がこの場所に立っていられることに感謝しに行く…そんな場所です。ま、本来、神社とか自然の中は、みんなそういうところですけどネ…ということで、母の胎内から出ていくような…離れがたい気持ちを抑えつつ、傘松公園に上り天橋立の股のぞきを堪能したあとは伊根湾巡りに向かいました。…つづく最後まで読んでくださってありがとうございます。今日もあなたの笑顔が輝きますように!
2010.08.13
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