はにわきみこの「解毒生活」

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2005.03.22
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 沈黙を破ったのは、私だった。

「私、東華じゃないわ。妹の阿南よ」

 彼女は、シマッタ、という顔をした。

「ほら、千紗、ちゃんと謝って」
 龍一にうながされて彼女は、しょんぼりと詫びを口にした。

「ごめんなさい…阿南さん。失礼なこと言って。私、ただ、本当に…驚いてカーッとしちゃって」

そりゃそうだ。 居所も教えずにフラフラと旅をしているのに、知り合いがそこに訪ねてくるなんて想像できるわけがない。エアメールを受けとっただけの人物が、飛行機に乗って訪ねてくるなんて、普通だったらあり得ない話だわ…。

「確かに驚かせちゃったわね、ごめんなさい」
 祥二の部屋で他の女と遭遇したことが鮮やかによみがえった。

 龍一だって、彼女と一緒にいるのなら、先にそういってくれればいいのに。
 自分の彼氏の隣に、泣きはらした顔の女がいる。そりゃあ何かあると疑うのは無理のない状況よ。

「…私と一緒だって、説明してなかったのね、リュウは」
 千紗は不機嫌そうにくるりと向きを変えて、車の方へ歩いていった。乱暴に買ってきた荷物を降ろし始める。
「手伝うよ」
 龍一はその後ろ姿を追いかける。

 私は気が抜けて、椅子にどさっと座り込んだ。
 奇跡の再会に涙した、数十分前の気持ちがあっという間にしぼんでいく。今となっては腫れ上がった目元がただ恥ずかしかった。

 まだ手に持っていたビールの缶から一口のむと、それは、ただ生ぬるくて苦いだけの液体に変わっていた。不味い。缶を逆さまにして、その中身をすべて地面にこぼした。

 フキン代わりに使っているらしい小ぶりのハンドタオルを見つけると、クーラーボックスの冷水にそれをつけて軽く絞った。顔にそれを乗せる。
 潮風に吹かれて、濡れタオルはますます温度を下げる。
 ああ。冷たくて気持ちがいい。






 どっちの事実が、発疹の引き金になったのだろう。
 私にとって龍一は懐かしき親友だ。恋の相手ではない。だから、今の彼に恋人がいることを不満に思う必要はない。だとしたら、私がいやだったのは、姉と龍一がかつて恋仲だった、という部分になる。

 龍一がそれを私に内緒にしていたのが、許せない、ということか。

 どうして私は何も気づかずにいたんだろう。ほんの短い間のことだったのだろうか。それとも、二人は周到に私に隠してきたのだろうか。

 龍一が東華の結婚式に参列しなかったのは、かつての恋人が、他の男と将来を誓う姿を見たくなかったからなのか。

 東華も、わざわざニュースとして元の恋人に伝えたがるのはおかしい。

 どうして、東華は…
 そこまで考えて、ハッ、と思い当たった。
 昔、東華が妊娠したのは、龍一の子供だった?

 ドクドクと皮膚が脈打って、胃袋の中がひっくりかえった。
 慌てて席をたち、木陰にかがみ込む。苦い液体が逆流して、私の口から地面へと滝を作った。げほっ、とむせる。ノドの奥がじりじりと痛む。

 二つ折りになった体を伸ばすと、私はよろよろと車に戻った。助手席からペットボトルのミネラルウォーターを取りだし、直接口をつける。ごくごくと、透明な液体を体の中に流し込む。

 今日は、驚くほど体から水分が出てしまっている。乾いた喉に水がしみる。そうだ、最初にビールなんか飲んだから気分が悪くなったんだわ。私はお酒が飲めない体質なんだから。じたばたと暴れる心を静めようと、深く息を吐く。
 皮膚の発疹は、心臓の鼓動に合わせて点滅するかのように、色を濃く変えていた。

 私は、タオルで額の汗を拭うと、椅子に腰掛けた。
 あえて二人のいる方からは目をそむけ、ひたすら、波が寄せる青い海だけを見つめる。冷たいタオルは、温泉に入っている時のように、頭のてっぺんにたたんでのせた。

 それでも、波の上を滑ってきた彼の言葉は、今、現実のものだ。
「本当に会いたかったんだぜ」
 その鮮やかな感動は、過去の秘密を暴かれたことで色あせるものではない。

 頭を冷やす、って言葉があるけどホントだわ。
 カーッとしてる時って、物理的にも頭部が熱くなるもの。

 くるくると思考が回転していると、車のエンジンがオーバーヒートするのと同じ状態になるんだわ、きっと。私は、いったん思考をストップしようと目を閉じた。

 耳に入るのは波の音だけ。
 肌にふれるのはやわらかな風だけ。
 他のことは考えない。
 頭を空っぽにして休息を取ろう。

 私はこれからまた車を運転してホテルに戻らなければならないのだから。





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最終更新日  2005.03.22 07:10:28


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