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HUMANO

HUMANO

2005.01.03
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カテゴリ: ひとりごと
 小学生の頃、朝の通学班での登校が大嫌いだった。ひと言も口を開かず、黙ったままで30分くらいの道のりを歩く毎日だった。
 教室の中では、ごく普通に、よくしゃべる子供だった気がする。でも朝の登校時間は、別に我慢しているのではなくて、ほんのひと言さえも話せない、話したくない、だから話さない時間を過ごしていた。
 気持ち悪いとか、おかしいとか、(2列登校なので)一緒に並びたくないとか、周囲にはいろいろ言われていた。でも平気だった。とにかく通学班という体制が嫌い、上級生が嫌い、姉がいるからと態度がでかい同級生も下級生も嫌い。
 話せない私が悪いんじゃなくて、話せない雰囲気なんだから仕方ない。

 教室に行けば友達がたくさんいて、先生ともしゃべるし、何っていうほどのことじゃない。でも大人になって知ったけれど、そういう状態は「場面緘黙(かんもく)」というらしい。

 「場面緘黙」とは、会話能力はあるにもかかわらず、何らかの心理的原因によって、特定の場面(多くの場合は学校や幼稚園など。つまり家庭のような親近的ではない場面)では、言葉による表現を避ける、つまり話さないという心の働き。しかもこれが、数年持続する状態だとのこと。
 「緘黙」という言葉は初めて聞いたけど、ひどい場合は治療も必要になるような「情緒・行動障害」だったらしい。
 でも多分、担任もクラスの友達も、誰も知らなかったと思うんだ。そして6年生になって、上級生がいなくなったら自然に治ったし。

 今の私しか知らない人は、私に「しゃべらない時間」があったことを知ったら、驚くだろうなあ。





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最終更新日  2005.02.10 11:46:44
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