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今日は天気も良さそうなので、万博公園に行く。本当なら次の日曜の曲の練習をしなくてはならないが、遊ぶ方も魅力である。実際の所、病院通いしながら、7日は箕面の虫供養で「月下美人」と「雲井獅子」を吹く予定で、10日はH山先生のレッスン曲の「青柳」、15日の三曲定演では「そよ風のように」と「群竹」そして29日は「夏の祭」「ふるさと紀行」を応援で参加する予定で、消化不良の抱えすぎ状態である。ま、ええやろ、と言うことで朝9時半の開園に合わせて出発する。中央の駐車場を起点に日本庭園と自然園を約2時間半歩く。遠見の丘のコスモスも咲き始めていました。気分爽快で帰宅し、その後少し尺八の練習をする。夜になって絃方の先生から電話で、土曜日のリハーサルを忘れないようにとの連絡である。以前のことであるが、確か日曜日だったが、家で昼風呂を入っていたときのこと、電話がかかってきた。箏の先生からの電話であった。今日勉強会なのにまだ来ないので電話したとのこと。わたしは約束をすっかり失念していたのである。慌てて風呂から上がり1時間あまり遅れていったことも有りましたからね。ま、念入りの電話はありがたいものです。もう一つは肝心の譜面をよく忘れるのですね。これは自分の注意が唯一の頼りですね。これは電話はもらえないでしょうから。
September 28, 2006
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所属している趣味の会(琴古流尺八)の支部演奏会を初めて10月1日11時から吹田市メイシアター小ホールで行う。隔年で演奏会を開催しているが、全国会員を対象にしていて、尺八は大勢で演奏するモノばかりである。今回は、尺八は原則、独り吹きである。大勢で吹くのは簡単であるが相手を頼りにしてしまい、真剣に取り組まないので、今回はその打開のための独り吹きである。絃方の賛助社中は6社中にお願いしてあり、尺八のまずい演奏をカバーして頂かなくてはならないが、場合によっては尺八が恥をかくような演奏の道連れにしてしまうかもしれない。め、演奏会と言っても、勉強会に毛の生えた程度のモノと思っておつきあい願いたい。この演奏会も、あれやこれやと準備やリハーサルをしている中に1週間を切ってしまっている。私も「秋の言葉」を吹くことになっている。暇な方がおられましたら、阪急千里山線「吹田駅」すぐの会場までお越し下さい。(無料です)毎日、目標の2時間練習も続けています。腹筋を鍛えるためにテレビを観ながら3kgの鉄アレーをよっtらよっちら持ち上げています。少しは効果が出ているかなってとこですかネ。
September 26, 2006
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増位山虚無僧保存会の行事に参加すべく、姫路に向かう。朝9時半に家を出た。中国道の吹田からはいるために、中央環状道路を走っていると高速側の車が渋滞して動いていない。暫く走って道路情報表示を見ると事故渋滞が出ている。急遽、名神豊中に変更する事にし、伊丹に向かって走るが途中で、中環道路も渋滞しているので、脇道を服部に抜ける。ようやく名神に入り西宮を経由して阪神高速にはいるがこれまた京橋(神戸)から16kmほどの渋滞。姫路のお城横の駐車場に着くのに3時間もかかってしまう。少し早く着いてお城でも散策のつもりが昼飯を食べて丁度集合時間となる。30人ほど参加があり、2時から商店街を行列で歩きながら「調子」を吹き流す。姫路駅で、そこからタクシーで虚無僧塚をお参りに行く。塚のある町内自治会のかたが大勢出迎えてくれて、町会館でお茶をよばれ再び集合場所である市民会館に戻る。秋晴れの良い天気で気持ちよい時間を過ごせたが、わたしは、みんなと別れ(明日の献奏会の参加者は随願寺に向かう)、再び帰らなくては成らない。とにかく播但道の花田から高速に入る。幸いなことに道路標示でいつもの渋滞場所である宝塚辺は2km渋滞と出ていたので少し安心する。所が走り出してから、その渋滞が段々伸び出し、8kmを越えてしまう。事故渋滞である。3箇所で追突事故が発生していたが、何でこう休日になると事故が多いのだろう。うんざりする。とにかく自分は無事、安全に帰れたのでほっと一息。
September 24, 2006
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増位山虚無僧保存会の一ノ瀬先生から創立20周年記念行事を早くからご案内頂いていたが、(明日9月23日と24日の両日の行事)、私は23日の午後2時からの市中パレード(姫路二階町商店街~御幸通り商店街など)にのみの参加となってしまった。24日は午前10時から姫路市白国の増位山随願寺金堂で行われる古典尺八献奏大会は、虚無僧研究会の小菅先生や奈良の増谷さん、そして、神先生、三重の松岡さんや岐阜の高橋さん、大阪から志村先生や門田先生、福本先生など多くの方の参加があるのに欠席は残念ではあるが、盛会な献奏大会であることをお祈りする次第です。また、来年の定例に参加する予定ですのでご勘弁下さい。所属会の演奏会(10月1日)の世話役で大変なのですわ・・・・ほんまに。世話は大変ですね。これは、した者しか分からないですね(グチ)
September 22, 2006
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今日は尺八クラブの日である。明日は古文書講座、明後日は虚無僧行列、その翌日はリハーサルと、予定が詰まっている。忙しくても最低1日2時間の尺八練習のノルマは達成しなくては成らない。個々で吹いていて、乙ロをもう少し力強くするために始めたのが、腹筋力の強化である。夕食後テレビを見ているときに鉄アレイを使ったり、居合い刀の素振りをしたりと、こちらの方はすぐに手抜きの気分になってしまうが頑張って続けている。吹き方も少し工夫して、乙ロをを吹く瞬間腹筋力を使う訓練である。立ち上がりの良い音が少し出るようになったと自画自賛である。クラブの練習曲を吹いていても、その成果が出ていると内心ほくそ笑むところである。
September 21, 2006
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連休は天気も悪かったが、兎に角動かず、連休明けの今日、久しぶりに六甲山にドライブする。有料道路を避けるため、阪急逆瀬川から登る。目的地は森林植物園である。朝は昨日の予報にかかわらず重い雲が上空に二をしていたが、植物園に着いた頃には時々、強い日差しが差し込むようになる。コースは外回りで、約1時間半。千里万博公園の様に、水平に自然が広がっている場所は開放感を感じるが、六甲に嶺々に囲まれた垂直の自然にいると、畏怖の念を抱かずにはおれない。また、若い頃、仕事の休日になれば友達と野山をハイキングしていたその頃の、蒔いた種がいま遠近に芽吹いているような、親しみある輝きが感じられる。帰りに六甲ガーデンテラスで昼食をし、展望台から大阪湾の展望を楽しむ。今日は久しぶりに心ど日向干しをすることが出来た。
September 19, 2006
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台風13号が九州方面に接近している。近畿地方も影響は避けられないが、朝起きると、晴天である。朝から三曲の勉強会があるので出かけなければならないが、ほっひと安心。兎に角、安全を見越しカサを持っていくことにする。研究会の参加は今回は尺八は3人で、4人が欠席。箏は12人でほぼ全員の参加である。今日は「椿づくし」と「宮城の祝い唄」「北国」が全員での合奏曲。尺八独り吹きは、私は「夏の祭」をリクエストしていたが、まぁ、あまりイイ出来ではなかった。め、めげず次回に頑張ろう。背伸びして次回は「明鏡」をリクエストする。帰る電車の中で景色を見ているとガラスに斜めの雨の軌跡出来だす。カサの持参は正解であったようだ。本日の反省点。まだまだ集中力不足である。
September 17, 2006
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少し前に尺八吹き方考を書いたがその続である。尺八はなかなか奥が深く、いくら努力してもプロほどには吹けない。色々試行錯誤をして、書籍を開き、インターネットで参考になる記述を見ても、これと言った成果が上がらない。本来どんなものにも、その道に向いたというか、才能の有る者にはいくら努力をしてもたどり着けない域と言う所はあるが、攻めた自分で納得できる程度には至りたいものである。仕事を持っていた頃はなかなか練習が出来なかったが、最近はそこそこ時間をかけられるようになったせいか、少し吹いていて楽しく思える余裕も出てきたようである。理屈であれこれ色々なことを捏ねるより、練習が一番で有るように思えるようにもなってきた。練習すればするほど自然にその練習から教わることが次から次に生まれるように思う。少し以前のように一夜漬けのような練習ではみえてこなかった、教えてもらえなかったことが少しずつみえるのである。吹いていると、自然に下腹に力が入るが、いちいち頭で理屈を捏ねた結果でもない。いや、その逆で。練習の結果下腹に力が入る事から、吹くのには下腹から吹かなければならないと言う結論が導き出されるのかもしれない。と言っても、これはまだまだ過程の結果から導かれた結論でしか無いので今後も努力をすればまた、違った結論が導かれるのであろう。まだ、自分には吹き方を伝授出来るにはほど遠い存在である事も練習をして教えられたことである。練習に勝る師匠無し
September 13, 2006
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今日、土曜日は特に用事がない。朝食の後散歩に出ることにする。リタイヤ後は運動不足を警戒して出来る限り1日1回の散歩であるが、大概は夕方、一仕事後である。(誤解を招いては成らないので説明して於くが、大した仕事など無いのである)コースは元もと3っつあり、最短コースは川端通りと言う旧茨木川河川跡の緑道を歩き、途中で脇道に出て阪急茨木駅近くの喫茶店にたどり着く、約40分程度のコースで、これは並コースと勝手に名付けしている。上コースは、緑道が茨木川が安威川と合流するあたりから堤防に下り、安威川沿いに阪急のガード近くまで行き、そこから下町を辿りながら令にこっさてんに至るコースである。そして中コースはJRガード下をくぐり抜け伏見屋の豆腐店の脇を旧道に沿って北に向かい、最初の交差点を右折れしてそのまま、極楽湯の手前を新橋に至りそこから安威川河川敷に下りるのである。この他に、新しく特上コースをこしらえたが、これは上コースを更に西川原公園まで阿蘇を延ばすコースである。この夏は特に暑かったので、手抜きコースと言うのを新たに加えたがこのコースは、中コースのJRガードをくぐらずに手前から路地にを通って斎場にでて、斎場の脇の高川を渡り、安威川に堤防に至るコースである。体調によって、現在はこの5つのコースから選択して歩くのである。今日は歩き出すと汗がにじみ出る。そこで並コースにする。散歩から帰ってシャワーをしてから明日の合奏勉強会に演奏する自分の曲「今小町」の練習をする。2時間ほど吹く。最近は1時間以上吹くことがノルマとしているが、なかなか続けるのは忍耐が必要である。古いテープでなにか参考になるものが無いかを探すが見つからない。その時に古いレコードでハービーマンのカム・ホーム・ベイビィというLPレコードがふと頭に浮かび気になりだしたので聴いてみる。もう、かれこれ40年以上も前のレコードである。輸入もので、当時、友達と何か分からないバンドを組んでいた、その友達と一緒に大阪へ買いに行った時のレコードである。買った帰りに梅田の喫茶店に入ってそのレコードをかけて貰ったのを今でも覚えている。ま、晴修の香りのするレコードである。
September 9, 2006
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月2回だけども結構ハードな感じの古文書講座を昨年の4月からうけている。好きなつもりで受講しているけれども、夏休みで1回休みと言うのは儲けたようにうれしい。今日は休み明けの最初の講座日である。なかなかしなくてはと思いながら、先送りにしていた予習を慌ててする。家出扇風機に当たりながらの勉強も、今日は涼しくなりかけた気温の後戻りでやたら暑苦しい。日中、クーラーを辛抱して勉強をしている中に、ついつい、一寝入りで、本当に付け刃のような予習で家を出る。自転車で15分ほどであるが、少し汗が額ににじむ。内容は、鮎川村の庄屋日記である。内容は庄屋山が几帳面に記録していた私的な日記な日記であるが、その日常の苦労や領主との抜け目無いしたたかさやそのやり取りがおもしろい。大地にはいつくばり一生懸命生きている人々が居るからこそ、この国が存続してきたのだろう。
September 8, 2006
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情報が満ちあふれた時代にあって、その功罪の意見は様々です。総務省がインターネットの情報の真偽の判別をどうこうとするとか言うニュースも有るようです。インターネットだけに限らず、新聞やテレビ、雑誌も含めて、必要な情報はすぐに入手できてしまいます。こうなると、どうも、自分で考える能力より、情報の選択能力が重要な要素になります。ところで、私も現役時代に気になっていたことがあります。会議などで色々意見を言う人はごく限られていた、多くは黙って聴いているだけです。そう言う人が発言する場合は多くは話の揚げ足を取る様なないようです。所が、場所が変わるといつの間にか他人が言っていた事をさも自分の意見にする変えて平然としているのです。こんなタイプの人がなんか多いように感じます。だから、インターネットは兎に角、あれですね、テレビやラジオと言ったにユースでやたら同じ事を手を替え品を替えて解説しているのを見ていると、それをすっかり自分の意見として他人に受け売りしてしまっているんですね。それも無批判に、自分の考えであるとすっかり信じてしまっているんdすね。この風潮は非常に怖いですね。特に昨今のマスコミの突然切れたように同じ情報の洪水をまき散らし、完全に視聴者をマインドコントロールしてしまっている状況は日本の将来のためにもゆゆしき問題をはらんでいるように感じるのですが、みなさんはどのように昨今の情報社会を感じますか。
September 7, 2006
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所属する趣味の会の機関紙の発行を担当している。定期的に発行したいがなかなか投稿の協力がないので四苦八苦。いつも穴埋めの記事を用意しなくては成らない。今回もこの穴埋めの記事の一部を披露したい。「尺八吹き方考」と言うタイトルです。尺八を家で吹いていると良くなるのに、舞台では一向に響かない。特に人が多いとほとんど音が反射してこない感じがする。 人の演奏を聴いていても、舞台出よく響く人もいれば、まるっきり聞こえてこない人もいる。兎角、人前で演奏すると言うことはことのほか難しいようである。 特に、ひとまえであがってしまうと吹けなくなってしまう。これも素人の悲しさであろうか。プロでも様々なタイプがあるようで、まるっきりあがることが無いという人も居れば、その時の気分で緊張したりしなかったり良かったり悪かったりするようである。 言えることはどんな場合にも、舞台に立てば、1曲を完全に終えるまで耐えなければならないから、それまで吹けるエネルギーと精神力を保たなくてはならない。ついつい、舞台に立った途端に、日頃出したことのないような全力疾走状態で吹き出しまう。当然すぐに息切れしてしまい、途中で音はかすれて出なくなる。しかし、この吹き出しをセーブすると言うのもなかなか難しいものである。 それと、日頃曲を吹くときに集中していないことにも原因があるように思う。 いざ舞台で吹き出すと、なんか、つまらない事が頭の中を巡ってしまう。無心に演奏することが出来ないのである。没頭できないのである。先ほど言ったように、日頃の散漫とした態度が結果として表れているだけである。 ほかにも、環境を考えれば、四畳半や六畳間で近所に気兼ねしながら練習しているようなお座敷芸の吹き方では、舞台で吹くにはそもそも音量が不足しているのである。プロの音量は、何気なく吹いているようでその大きさは全然違う。わたしもレッスンでH先生と一緒に吹かせていただくが、プロの吹く音の巾と強さにはとうてい及びつかない。更に言えば日頃の練習する量や吹く量の違い。厚かましさ、心臓の大きさの違いが演奏の善し悪しを決めているように思えるがみなさんは如何思われますか。
September 6, 2006
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休みの日などの行動パターンは2つのタイプがあるようで、一つはやたら大勢の人が集まるところに出かけたがるお祭りタイプと、出来るだけ人の異な所、穂とを避けるように行動するタイプがあるように思う。わたしも、どちらかと言えば人にいないところが好きである。だから時間が有れば車で北摂の山々の自然を眺めながらドライブするのが好きである。一寸足を伸ばせば都会の喧噪からタイムスリップしたような静かな自然に出会える。山間の集落などがあると、一寸脇道に車を止めさせて貰い、散策すると見えなかった懐かしい景色や思わぬ感動をもらえることになる。どんな深山にも舗装道路が貫通していて、いとも簡単に車で訪れることが出来るようになっている。4,50年ほど前の日本であれば、きっと隠れ里と言われていたような辺鄙な場所も今日の日本には無くなってしまってはいるが、まだまだ牧歌的な田園風景は健在である。ま、衛星から地上の様子が分かるように時代だから、地底に里を造らない隠れ里などもうあり得ないのだから、一寸ロマンスが無いのが淋しい。それに近郊山村の建物と言えばどちらかと言えば普請さた立派なものが多くて、都会の下町の方がよっぽどうら寂れた景色のように思える。そうは言いながらも、車から離れて山村の間を抜けていくと大抵はそのはずれに、自然に抱かれた社にたどり着ける。こういったところは、近代の反映から忘れ去られたように崩れかけた建物が残っていて、初めて隠れ里に迷い込んだような錯覚に陥る。秋の高い青空に浮かぶ絹雲が、杉の巨木の間から仰ぎ見えるとき自然に同化することが出来る。
September 2, 2006
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