はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2018.07.30
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カテゴリ: 唐辛子







2017
04月02日 万願寺の苗 2本を買ってきた  g-05の畑の畝の端っこに植え付けておいた
04月02日 伏見アマナガ こちらも 2本 買ってきた g-5の畝に植えておいた
04月02日 鷹の爪 2本も買ってきて 植え付けた
04月08日 伏見あまなが  無事 petをつけているので 一週間がすぎている 
04月09日 鷹の爪  追加で また2本を買ってきておいた
04月09日 伏見あまなが 追加で また 2本をかってきおいた
04月09日 万願寺 これも 追加で また 2本をかってきておいた
04月15日 鷹の爪 追加で2本をかってきた   合計で6本となった

04月15日 万願寺 これも追加で2本かってきた  合計6本となった
04月30日 鷹の爪 petをつけているので 全部 苗は 無事なり  pet様様である
05月13日 鷹の爪 petをはずしておいた 元気に育っている
05月14日 伏見甘長 petをはずしておいた まだまだ 小さいけど なんとか 無事なり
05月22日 伏見アマナガ 実がついてきたようだなあ いい感じ
05月23日 万願寺唐辛子 こちらは まだ 実がついていない
05月28日 鷹の爪 これも まだ 実は ついていないなあ
05月29日 伏見アマナガ こちらは 実が つきだしている いい感じ
06月04日 鷹の爪 これにも 実か付きだした
06月05日 伏見アマナガ 収穫をした
06月06日 万願寺 実がついている 収穫をしておいた

06月11日 伏見アマナガ 2回目の収穫をした
06月18日 伏見アマナガ 実が どんどん ついてきている 多すぎるくらいになってきている
06月19日 伏見アマナガ 3回目の収穫をした
06月25日 伏見アマナガ 4回目の収穫をした
06月26日 万願寺とうがらし 3回目の収穫をした

07月01日 伏見アマナガ 5回目の収穫をした
07月08日 鷹の爪 実がたくさんついている 最近では 珍しく たくさん実がついている
07月09日 伏見アマナガ こちらも 実がたくさん ついてきている
07月10日 万願寺とうがらしい こちらも 実がたくさん ついてきている
07月11日 伏見アマナガ 6回目の収穫をした
07月12日 万願寺唐辛子 4回目の収穫をした 小さいので 伏見とサイズが同じくらい
07月15日 鷹の爪 実がたくさん ついてきている 今年は良い
07月16日 伏見アマナガ 7回目の収穫をしておいた
07月17日 万願寺唐辛子 5回目の収穫をしておいた
07月22日 万願寺唐辛子 6回目の収穫をしておいた
07月29日 鷹の爪 実もたくさん 充実してきている
08月01日 鷹の爪  たくさんある 実もすこし 赤くなってきている
08月02日 伏見アマナガ これも 実は たくさん ついてきている
08月03日 万願寺唐辛子 これは 実がちいさい サイズは伏見とあまり変わらないなあ
08月04日 万願寺唐辛子 7回目の収穫をした
08月05日 伏見アマナガ 8回目の収穫をした
08月06日 鷹の爪 実も赤くなりだしてきている
08月07日 鷹の爪  今年の出来具合は 良し
08月11日 伏見アマナガ 9回目の収穫をした
08月12日 万願寺唐辛子 8回目の収穫をした
08月13日 鷹の爪 初の収穫をしておいた
08月14日 伏見アマナガ 10回目の収穫をしておいた
08月15日 万願寺唐辛子 9回目の収穫をした
08月16日 伏見アマナガ 赤い色の実も 増えてきている
08月19日 鷹の爪 これも 実は 真っ赤になりつつある
08月26日 鷹の爪 残りの4本も 実か 真っ赤になった もう いい感じになった
08月27日 鷹の爪 残りの4本  収穫をした  なかなか 良くできている
08月28日 今年の鷹の爪 なかなか 色も赤くなって いい出来具合であった
09月02日 万願寺とうがらしも 実は 真っ赤になってしまっている
09月03日 ふしみアマナガ これも もう 実が真っ赤になってしまった
09月09日 伏見アマナガ これも 撤去とした 次の野菜に場所を譲ろう
09月10日 万願寺唐辛子も 撤去した これで 伏見 鷹の爪 万願寺 全部 撤去となった




2018年
04月14日 とうがらし 2本を買ってきた  m-08に植え付けておいた
04月14日 ぴーまん 2本をかってきた  m-08に植え付けておいた
04月15日 ししとう 2本をかってきた  m-08に植え付けておいた
04月15日 伏見アマナガ 2本を買ってきた m-08に植え付けておいた
04月22日 とうがらし 2本を買ってきた m-07の畑に植え付けておいた
04月22日 ぴーまん 2本を買ってきた m-07の畑に植え付けておいた
04月23日 ししとう 2本を買ってきた m-07の畑に植え付けておいた
04月23日 伏見アマナガ 2本をかってきた m-07の畑に植え付けておいた
04月29日 とうがらし 2本をかってきた  m-34に植え付けておいた
04月29日 ししとう 2本をかってきた  m-34に植え付けておいた
04月30日 万願寺唐辛子 2本を買ってきた  m-34にうえつけておいた
05月16日 伏見アマナガ  苗はまだ ちいさいままなり  でも 無事なり
06月02日 唐辛子 まあ 何とか 無事に 成育してきている
06月09日 唐辛子 m-34の苗は 無事に 成育しているようだ
06月16日 唐辛子 無事に成育中  m-34の畝は役に立っているなあ
06月17日 伏見あまなが こちらも 成育はよし まあまあな
06月23日 唐辛子 実もつきだしてきている 成育はよし
06月24日 伏見あまなが こちらも 実がついてきている
06月25日 伏見あまなが 収獲をした
06月26日 万願寺とうがらし  収獲をした
06月30日 伏見あまなが 実も あちこち たくさんついてきている
07月01日 万願寺の実  これも まあまあ 育ってきている  
07月02日 伏見あまなが 2回目の収穫をしておいた
07月03日 万願寺 2回目の収穫をしたおいた
07月07日 m-34の唐辛子 実もたくさん ついてきている
07月08日 m-34の伏見あまなが 3回目の収穫をしておいた
07月14日 m-34のとうがらし 実もたくさん ぎっしりとついてきている
07月15日 m-34の万願寺唐辛子 実も 結構とついてきている
07月16日 m-34の鷹の爪 実も よくついてきている
07月21日 万願寺唐辛子 またまだ 元気で実もたくさん ついてきている
07月24日 たかのつめ 実も たくさん ついている 元気な鷹の爪である
07月25日 伏見アマナガ  これも 実がたくさんついている まあまあ
07月26日 伏見あまなが 6回目の収穫をしておいた
07月27日 万願寺唐辛子 6回目の収穫をしておいた











赤塚 不二夫     おべんきょうその15

ステージへの傾倒と長いスランプ

1975年(昭和50年)、『元祖天才バカボン』が日本テレビ系列で放映開始。
この時期には漫画家としては最も多忙を極め、週刊誌5本(『天才バカボン』「週刊少年マガジン」、『のらガキ』「週刊少年サンデー」、『ギャグゲリラ』「週刊文春」、『オッチャン』「週刊少年キング」、『ワルワルワールド』「週刊少年チャンピオン」)、月刊誌7本(『天才バカボン』「月刊少年マガジン」、『赤塚不二夫の歌謡ギャグ劇場』「月刊明星」、『つまんない子ちゃん』「プリンセス」、『らくガキ』「読売新聞 日曜日版」、『ニャンニャンニャンダ』「冒険王」(途中より斉藤あきらによる代筆)、『元祖天才バカボン』「月刊テレビマガジン」(長谷邦夫による代筆)、『おまわりさん』「全電通文化」(途中より北見けんいちによる代筆))の同時連載をこなす一方で長谷邦夫の紹介によりタモリと出会う。

タモリを中枢とする芸能関係者との交流を深める中、1977年(昭和52年)を境に、ステージパフォーマンスに強い関心を示し、傾倒していく。

後述の面白グループでの活動を筆頭に数多くのイベントを企画・出演するようになったが、その10年後には「漫画に費やしていたエネルギーをステージで発散してしまった」といった趣旨の発言があり[37]、長いスランプに陥っている事を公言。

1978年(昭和53年)、長らく主力作家として執筆していた「週刊少年サンデー」「週刊少年マガジン」「週刊少年キング」での連載が全て終了する。
また、同年の「月刊少年マガジン」12月号でも、『天才バカボン』が終了し、以降、執筆活動は縮小傾向をむかえる。

1979年(昭和54年)、3月31日、にっかつ配給による赤塚原案、面白グループ脚本によるロマンポルノ『赤塚不二夫のギャグ・ポルノ 気分を出してもう一度』が公開となる。
6月23日には赤塚の原案・製作総指揮・脚本、面白グループが製作に関わったコメディー映画『下落合焼とりムービー』が公開。どちらも監督は山本晋也が務め、一部ファンからカルト的な人気を博する。そうした陰で5月17日にフジオプロで赤塚のマネージャーとなっていた父親の赤塚藤七がすい臓ガンの転移により71歳で死去している[39]。

1982年(昭和57年)、『ギャグゲリラ』の連載が終了。この頃より、酒量が激増する。
1987年(昭和62年)、アルコール依存症に陥った赤塚のサポートを行っていた、写真家の国玉照雄の元アシスタントで、スタイリストの鈴木眞知子と結婚。結婚にあたっては先妻・登茂子が後押しし、保証人になっている[40]。結婚記者会見には登茂子とりえ子も同席した[注釈 6][26]。

この年、テレビ東京の『マンガのひろば』枠で『元祖天才バカボン』が再放送され、小中学生を中心に「バカボン」人気が再熱した流れから、翌1988年よりアニメ『おそ松くん』が21年ぶりにリメイクされ、高視聴率をマークする。

その後も『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』(タイトルは『平成天才バカボン』)『もーれつア太郎』が続々とリメイク放映されるとともに、赤塚の手による新作漫画が『コミックボンボン』を中心とする講談社系児童雑誌に連載されるなど健在さを印象付けたが、リバイバル路線が終焉を迎えた1991年頃より更に酒量が増え始める。

以後も治療のため入退院を繰り返すものの回復の兆しはなく、1992年(平成4年)には長年赤塚のアイデアブレーンとして支えてきた長谷がフジオプロを退社[41]。

1993年(平成5年)にNHK出版から、亡き父母への愛情と賛歌を綴った自叙伝『これでいいのだ』を刊行。翌1994年(平成6年)、NHKのドラマ新銀河枠で連続ドラマ化される。

1997年(平成9年)、第26回日本漫画家協会賞文部大臣賞を受賞[42]。1998年(平成10年)、紫綬褒章を受章[43]。

1997年6月1日より、静岡県伊東市の池田20世紀美術館で、「まんがバカなのだ 赤塚不二夫展」が開催され、好評を博す。デビュー前の貴重な習作から1990年代初頭までの間に描かれた名作、怪作、およそ200枚に及ぶ美麗な生原稿が展観出来るだけではなく、赤塚自ら肉体を駆使し、挑戦したエドヴァルト・ムンク、レオナルド・ダ・ヴィンチ、エドガール・ドガ、フィンセント・ファン・ゴッホといった歴史上の画家のパロディ・アートも展示。フロアには、バカボンのパパやイヤミの銅像が所狭しとディスプレイされるなど、美術館本来のイメージをぶち破る赤塚ならではの遊び心とウィットが沸き立った大回顧展となった。その後、
この原画展は、上野の森美術館や横浜ランドマークプラザ、箱根彫刻の森美術館、京都美術館えきなど、全国を巡業し、いずれも大入りを記録。特に、上野の森美術館では、期間中65000人を集客し、ピカソ展やゴッホ展の記録を塗り替え、同美術館の動員新記録を樹立した。

同年12月12日、吐血し緊急入院。精密検査の結果、食道がんと診断され22日に告知を受ける。
医師から「2か月後には食べ物がのどを通らなくなる」と告げられ、「食道を摘出し小腸の一部を食道の代用として移植する」と今後の手術・治療の内容も告げられたが「小腸を食道に使ったら、口からウンチが出てきちゃうんじゃないの。」とギャグで返す気丈さを見せて24日には退院を強行。民間療法での治療を選択する[44]。

その後は放射線治療を併行し、一時は腫瘍が消失するが[45]、翌年11月に悪化し再入院。12月に10時間に及ぶ手術を受け、5か月間の長期入院を余儀なくされ体重は13キロ減少した[46]。しかし酒とタバコはやめられず、退院後のインタビューでは水割りを片手にインタビューを受ける型破りなパフォーマンスを見せた[47][48]。その後も毎月定期的にアルコール依存症治療の「ウォッシュアウト」のため入院を繰り返した[49]。

1998年、三作目の「ひみつのアッコちゃん」、1999年、四作目に当たる「レレレの天才バカボン」が、それぞれフジテレビ系、テレビ東京系で放映開始される。

だが、1980年代後期〜90年代初頭の赤塚アニメのリバイバルラッシュの時とは異なり、再び赤塚の手によるリメイク漫画が描かれることはなかった。

2000年(平成12年)8月25日、自宅内で転倒し頭を打つ。数時間後に言葉が不明瞭になったため緊急入院。検査の結果、急性硬膜下血腫と診断される。当初、手術は必要なしと判断されたが、その後右手に麻痺が出たため緊急手術[50][51]、その後は順調に回復し[52][53]、11月1日には退院を果たす[54]。

同年、点字の漫画絵本『赤塚不二夫のさわる絵本“よーいどん!”』を発表。ある日テレビで見た視覚障害を持つ子供たちに笑顔がなかったことにショックを受け、「この子たちを笑わせたい」という思いから制作したもので、点字本としては空前のベストセラーとなり、全国の盲学校に教材として寄贈された。なお、赤塚は同書を少しでも安い価格で提供するためにと、著作権料を辞退している[55][56][57]。

2001年(平成13年)2月8日、快気祝いを兼ねた新年会「赤塚大センセイを囲む会」が都内ホテルで催された[58]。

当初身内だけの予定が、漫画家仲間を含め約100名が駆け付ける「騒ぎ」に発展。

相変わらず水割りを手離さずに新作の構想を語る様子が報道された[59]。


はた坊





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最終更新日  2018.07.30 01:03:05
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