劇団コーヒー牛乳の「男の60分」を観てきました。
以前から観たかった劇団と言うこともあり、某企画会議で劇団主宰の柿ノ木タケヲさんとご一緒する機会があり、劇団員の石黒君が僕の書いたラジオドラマに出演してくれたことがあり、「もう見るしかないべさっ」という気持で仕事の合間に強行観劇してきました。
面白かったー!
うーん面白かったー!
潔い直球勝負なお芝居。熱さが客席にまで伝わってくる、まさに「演劇」。
観に行って本当に良かった。
しかしながら、こないだのカスガイといい、今回といい「ラストのシーンは不要なのでは」と思えてしまった。
僕も書き手なのでよく分かるのだが、そういうふうに感じるエピローグと言うのは、大抵作家さん(演出家さん?)が最初に描きたかったものの名残だったりする。
書いている中、作っている中で、芝居は少しずつ形を変えていくことがある。
そんな時、最初から決めていたラスト、思い入れのあるシーンと言うものがそのまま残ってしまう場合がある。まるで演劇人の残留思念の如く。
それは物語の観点から言うと不純物なのだけど、意外と作り手の一番「核」の部分を表していたりして興味深かったりする。
「男の60分」を観ている間中、これを書いた人は本当に優しい人なんだろうなと感じ、ラストにいたっては羨ましいとすら思った。
本当に人間が好きな人じゃないとあの芝居はつくれない。
そんなふうに、思った。
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